陶器の鎧のパラディン   作:片遊佐 牽太

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解体屋の鎧
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 セシルがカイに形見の鎧を委ねてから数日後。

 カイは朝の修練が終わった後に、翌日は訓練場へ行かずに、直接自分の店へ来るようセシルに伝えた。

 

 翌朝、彼女がいつも訓練場へ行く時間よりも早い時間にカイの店を訪れてみると、カイは既に何かの作業をしていたのか、作業着の姿で出てきた。

 ふと店の中を窺い見ると、既に父の形見の鎧は綺麗にバラバラに解体されている。

 無論、そうなる運命だと理解はしていたが、ここまで容赦がないと、その事実に唖然としてしまう。

 

「も、もう解体しちゃったのね――」

 

「まあな。だが今は、部品の結合を外しただけに過ぎない。

 本当の意味での解体はここからだ」

 

 まさか鎧の金属を溶かして作り直しはしないだろうが、セシルは「本当の意味での解体」というのが、どういうものなのか気になった。

 とはいえ、それよりも気がかりだったのは、この日、自分が彼の仕事場まで呼び出された理由だ。

 

「ところで、わたしがここに呼び出された理由は何かしら?」

 

 セシルがそう尋ねてみると、カイは答えを寄越さずに、彼女を店の中へと(いざな)う。

 そのまま作業場の比較的整理された空間に案内されると、そこでカイは何やら手帳のようなものを取り出した。

 

採寸(さいすん)をしたいんだ」

 

「あら、型を取ったりする訳じゃないのね」

 

 あまりセシルにも深い知識はないが、何となく聞きかじった鎧の作り方を思い起こしてみる。

 

「身体の型を取って作る部分もあるにはあるが、基本はどの部分も採寸して作る。

 もちろん全身鎧の作り方としては、身体のあらゆる部分の型をとって作る方法もある。

 だが、それには時間も費用も掛かるし、別の理由もあって、今回は敢えてそのやり方は採用しない。

 何しろ型を取る方法は、本人専用のものを作る上で有用ではあるんだが、体型に密着しすぎて長時間着るのに適さないんだ。

 じっとしている時だけ身に着けるのならいいが、騎士の遠征では戦いで激しく動く時もあれば、それこそ眠る時にも、鎧を着続けなければならないことがある。

 それに成人女性の身体は、一日の中でも()()()()()()ぐらいの体重の増減がある。

 つまり美味しいものを沢山食べればお腹が重くなってしまうように、一日の中でも体型が変化するということだ。

 その分の()()を作っておかないと、鎧を着続けること自体が困難になってしまう」

 

「――パーセント?」

 

 セシルはカイの説明を聞いて、聞き慣れない単語を問い直した。

 

「すまん、こちらの話だ。聞き流してくれていい。

 どちらにせよ今回の鎧は、君のお父さんの鎧を元にして作らなければならない。

 型を取ったところで、その通りに合わせて作れる訳でもないからね」

 

 何となく話をはぐらかされてしまったようにも感じるが、どうやら採寸が必要だという事実に変化はなさそうだ。

 ただ、セシルは言われるままに作業場の中心に立ったが、この場に針子(はりこ)が現れる気配もなく、カイとセシル以外には誰もいない。

 どうするつもりなのかとセシルが様子を窺っていると、カイはどこからともなく太めの紐のようなものを引っ張り出してきた。

 見ると、紐には幾つもの長さを示すような印と数字が書いてある。

 

「カイ、まさかあなたが採寸するの?」

 

 カイは質問には答えずに、無言で紐をセシルのふくらはぎや腕に回して、寸法を測り始めた。

 

「両腕を上げてくれ」

 

 そう言われて、流れのままにセシルは両腕をゆっくりと持ち上げた。

 だが、カイが至近距離に近づき、自分の胸元に紐を回そうとするのを感じて、思わず両腕を(すぼ)めてしまう。

 するとセシルの肘がカイの頭にぶつかって、彼は思わず顔を(しか)めた。

 

「痛え!

 ちょっ、おい! 急に腕を下げるなよ!!」

 

 作業を阻害されたカイが抗議の声を上げるが、セシルはそんな彼を鋭く睨み付ける。

 

「カイ、あなた今、変なところ触ろうとしたでしょ!?」

 

「――あのなぁ、鎧を作れと言ったのは、君の方じゃなかったか?

 採寸できなければ鎧など、作りようがないじゃないか。

 それに俺の記憶が確かであれば、君は鎧を作るために()()()()()と宣言した」

 

「そ、それはそうだけど――。

 でも、それとどこを触ってもいいというのは別の話だわ!」

 

 セシルは自身の過去の発言に狼狽(うろた)えながらも、何とか自分を正当化しようとした。

 ところがカイは呆れたような表情をすると、やれやれといった口調で、彼女に対して呟いた。

 

「心配しなくていい。

 俺は『最高の鎧を作る』以外のことには、興味がないから」

 

「なっ――何ですって――!?」

 

 興味がないと断言されて、セシルはムカムカと腹を立て始めた。

 興味があると明言されても、それはそれで対応に困るだろうが、面と向かって()()()()()とは、これは一体どういうことだろう!

 そもそも女性に興味を持たない趣味の持ち主なのか、もしくは男性として、セシルを魅力的に感じないということなのか。

 前者だとすれば、それはそれでセシルとしても困るような気がしないでもないが、後者なのだとしたら、女性として黙っている訳にはいかない。

 セシルは普段、女っぽさを押し出した服装をすることこそ少ないが、金色の髪はいつも綺麗に手入れしているし、体型も引き締まって、それなりの魅力があることを自負しているのだ。

 何しろ、これまでミラン騎士長を始め、男性に言い寄られた回数は、数度ではきかない。

 

「君は鎧を作るのに協力する。もしくは協力しない。

 ――さて、どちらだ?」

 

「わ、わかったわよ――」

 

 カイにそう選択を迫られ、セシルは膨れ面のまま渋々両腕を持ち上げた。

 彼は何でもないことのように、紐を脇の下に通して、胸元の採寸を始める。

 微妙にカイの指先が、セシルの胸元に触れた。

 すると、その部分が熱を持ったように、じわりと熱くなるのが判った。

 

 見るとカイはブツブツと数値を呟きながら、手元の手帳に寸法を記載するばかりである。

 無理にこちらを意識しないようにしているのかもしれないが、少なくとも何か別の行動を起こすような気配は感じられなかった。

 

 ――興味ぐらい、(いだ)けばいいのに。

 

 セシルは粛々と作業を進めるカイを見て、心の中で少し不謹慎な感想を呟くのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌日からは夕刻に時間を変えて、剣の鍛錬を行う時間が復活した。

 何やらカイの鎧作りの関係で、今後朝には時間が取れなくなってしまうらしい。

 ところが時間を変更してからの初日、約束の時間になっても、セシルが一向に姿を見せなかった。

 

 結局、息を切らせたセシルが稽古場に姿を現したのは、陽が暮れる時間になってからだ。

 

「おい、随分と遅い登場じゃないか」

 

「ハァ――ハァッ――。

 ごめんなさい。これでも急いで、随分と走ったのよ。

 それこそ――魔法でも使えれば、遅れずに来られたのかもしれないけれど」

 

 セシルは冗談めかしてそう言うと、深呼吸しながら息を整えた。

 

 ――昔、とある開拓者が森を切り拓いて、この街を作ったという言い伝えがある。

 そして、その開拓者は今や失われてしまった『魔法』を駆使して、集落を発展させたというのが、この街に残る伝説だった。

 

 だが、それから長い年月が過ぎたことで、人々の中から魔法の力は、殆ど失われてしまっている。

 今や触媒も無しに魔法を行使できるのは、それこそ(ダーク)妖精(エルフ)のような魔物だけである。

 今日において人間が使える魔法というのは、付与術(エンチャント)と呼ばれる事前に宝石などに力を付与しておく魔法だけに過ぎなかった。

 

「――わかった。今更、今日遅れたことを責めるつもりはない。

 だが、俺も鎧を作るために時間が惜しいんだ。

 だから今後待つのは、三十分だけにする。

 お互いに約束の時間から三十分以上遅れる時は、その日の鍛錬はないものとして、解散することにしよう」

 

 冗談があまり通じなかったのか、カイは至極無表情なままで、息の整わないセシルに言った。

 

「――わかったわ。

 でも、本当に今日は特別だったの!

 エリオット殿下も、もうすぐわたしを()き使えなくなると思って、帰り際に無理難題を押しつけてくるんだから!

 明日からは絶対に、遅れないようにする」

 

 セシルの誓いの言葉を聞いて、カイが静かに微笑んだ。

 だが、もはや辺りは陽が傾き、空に闇が落ち掛かってきている。

 さすがに今の時間からでは、剣で対戦するのは現実的ではないだろう。

 

「さあ、今日はもう陽が落ちてしまう。

 折角ここまで来てくれたが、今日はお開きだ。

 帰りは俺が、自宅まで送っていこう」

 

 カイがそう言ってセシルを促すと、彼女は目を閉じながら仕方なさそうに頷いた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 カイがセシルの鎧を手掛け始めて、一ヶ月ほどが過ぎた。

 叙任式までに残された期間は、あと一ヶ月半あまりということになる。

 ところがカイはこの時期になっても、どのような鎧を作り上げようとしているのかを、セシルに詳しく教えようとしない。

 

 最初の一、二週間の間は、セシルも素直に待つだけの毎日を送っていた。

 だが、それが一ヶ月ともなると、鎧の完成への心配が膨らんで、不安な気持ちが抑えられなくなってくる。

 

「ねぇ、カイ。

 鎧のことなんだけど――」

 

「またその話か。

 何度も任せておけと言ったはずだろう?

 君は俺に委ねると言った割には、俺をちっとも信用しようとしないのだな」

 

「そんなこと、ないけど――」

 

 これまでも何度となく、同じような会話を繰り返してきた。

 とはいえ、セシルは一度強引に、彼の店に押しかけて様子を覗おうとしたことがある。

 だが、その時は敢えなくカイに門前払いを喰らってしまった。

 どうやら作業工程をセシルに見せたくないようだが、その秘密主義も行きすぎると、不安と不満の行き場がどこにも無くなってくる。

 

 

 その日、今日こそはしっかり文句を言ってやろうと、セシルは強い決意を持って朝を迎えた。

 

 でも、面と向かって文句を言えば、カイを怒らせてしまうかもしれない。

 彼を怒らせれば、鎧を作るのを、やめると言い出してしまうかもしれない――。

 

 そんな後ろ向きな考えが、朝からセシルの脳裏をぐるぐると駆け巡った。

 だが、最終的には心にある不満を、真正面からぶつけようと決断した。

 

 ただ、いざそうなると、夕方を迎えるまでの時間、セシルはそわそわとして心が落ち着かない。

 何とかその日を失敗なく乗り切ったセシルは、夕刻足早になりながらも稽古場に到達した。

 

 ところが――。

 

「今日に限って遅れて来るなんて、絶対許せないわ――!!」

 

 カイはこれまで約束の時間に、一度たりとも遅れたことがない。

 なのに、彼は今日に限って、時間になっても一向に姿を見せる気配がないのだ。

 不満をぶつける気勢を削がれてしまって、逆にセシルの気持ちにはイライラが募っていく。

 

 ところがそれが十分経ち、二十分経ち――。

 

 そして、カイが現れないまま三十分が近くなると、セシルは不満よりも大きな不安を高まらせることになってしまった。

 彼は店を自営しているので、遅れる要素は少ないはずだ。

 なのに、この日に限って姿を見せないとは、どういうことなのだろうか?

 以前、約束の時間から三十分以上遅れるようであれば、お互いを待たずに解散するという約束を交わしたことがセシルの頭を過ぎった。

 たまたま都合が悪くなっただけなのか、それとも何か不測の事態でも起こったのだろうか?

 いいや、ひょっとしたら、何かの事故に巻き込まれてしまって、来たくても来れない状況にあるのかもしれない――。

 単に今日会えないかもしれないというだけのことが、彼女の心にどんどんと重くのし掛かっていく。

 

 そうして約束の時間から三十分を超えた頃に、ふと遠くから稽古場に近づく人影が見えた。

 慌ててセシルがその人物を確認すると、それは果たして待ちわびていたカイの姿のようだ。

 ただ、普段とは違って、彼の服装は作業着のままだった。

 

「カイ!! 遅いじゃない!

 あなたに何かあったんじゃないかと、随分と心配したわ!」

 

 セシルが咄嗟に口にした言葉は、丸っきり恋人を待っていたかのような台詞(セリフ)だった。

 彼女は咄嗟に自分が口にした言葉に気づいて、思わず恥ずかしさに頬を染める。

 

「すまん、どうしても手が離せなかった。

 今日はもう待っていないんじゃないかと思ったが」

 

 その言葉に、思わず「待っているに決まっている」と言いかけて、セシルは慌てて口を(つぐ)んだ。

 

 そう言えば今日はカイに、伝えなければならないことがあったはずだ。

 なのに、彼を見て安心してしまったセシルの心には、なかなか用意していたはずの言葉が浮かんでは来ない。

 

 セシルは再び心を落ち着かせると、何か会話の切っ掛けを探そうと試みた。

 ところが彼女の目論見は、その後カイが放った言葉によって吹き飛んでしまう。

 

「――どういうこと!?」

 

 思わず訊き返す語気が強くなってしまった。

 それもカイが急に「明日から剣の稽古が出来なくなる」と言い出したからだ。

 

「実は鎧を作るにあたって、足りていない素材があってな。

 それを用意するのに数日ほど、()()()()()()()ことになった」

 

 セシルはカイの言葉を聞いて、意外だというような表情を見せた。

 

「素材?

 それにしても、この街で手に入らない素材なんて、存在したのね」

 

 セシルたちが住むこの街は、規模が大きく、物流でも大きな役割を担う街だ。

 逆に言えばこの街で入手できない品物は、どこの街へ行っても流通していないとまで言われている。

 

「俺もここでなら全ての素材が、問題なく入手できると思い込んでいた。

 だからこの状況は、少々見込み違いだったところはある。

 ただ、どうも最近になって、南方からの物流が途絶えてしまっているという話を聞いた。

 どうも噂では、南の街道が一部封鎖されていて物が届かないのだとか」

 

「南の街道が――?」

 

 セシルはその話に、怪訝(けげん)な表情を作った。

 本来街や街道を守護するのは、騎士団の役割のはずである。

 だが、末席とはいえ騎士団に在籍するセシルのもとには、南の街道が封鎖されているなどという情報は入ってはいなかった。

 

「さすがに南の街道の様子を見に行くほど暇なわけでもないが、一方で素材がいつ手に入るのか、わからないままというのも困る。

 なので少し手間にはなってしまうが、()()()素材を採集しに行くことにした」

 

「自分で――?

 待って。それって危険なことなんじゃないの!?」

 

 何の素材を求めているのかわからないが、セシルは本能的にカイが何か危険なことをしようとしているのではないかと思った。

 だが、カイは心配ないと余裕のある表情を見せる。

 

「なあに、大した危険はないさ。

 何しろ何度も行ったことのある道のりだ。

 それに結構値が張る素材だったから、自分で取りに行った方が金銭的にも助かる」

 

「じゃ、じゃあ、わたしも一緒に取りに行くというのは?」

 

 セシルが思わず口走った短絡的な提案に、カイは呆れた表情を見せて、それを完全に否定した。

 

「セシル、君は騎士叙任を前にして、騎士見習いの職を放棄するつもりなのか?

 それに俺がゴブリンや小鬼(オーク)たちに、簡単にやられてしまうとでも?」

 

「――そう――だけど。

 それは判っているけれど――」

 

 考えなしに理不尽なことを言って、彼を困らせている――。

 それを理解して、セシルの声は次第に小さくなった。

 

「恐らく最低三、四日は不在にするだろう。

 だが、それはそれでちょうどいい機会かもしれない。

 しばらく他の騎士でも相手にして、教えを請うといいよ」

 

「ちょ、ちょっと待って。

 そんな――わたし、困るわ」

 

 カイの急な提案にセシルは戸惑った。

 そもそも、そんな申し出を受けてくれそうな騎士に心当たりが無いから、カイを頼って剣を習っていたのだ。

 

「君の腕前ならもう心配ない。

 元々筋はいいと思っていたが、この数ヶ月で驚くほど強くなった。

 もはや戦いについて俺が教えられることは、殆どないと言ってもいい。

 ただ、模擬試合(デュエル)は人間相手の戦いだ。

 だから、それに備えて場数を踏むようにした方がいい」

 

「カイ――でも――」

 

 何か無理に突き放されているような気がして、セシルは隠すことなく不安を表情に表した。

 するとカイは右手を軽くセシルの頬に添えるようにして、優しげな視線で彼女にこう伝える。

 

「そんな顔をするなよ。別に今生(こんじょう)のお別れをしようと言ってる訳じゃないんだ。

 それに、俺には君の鎧を完成させるという重大な責務があるからな。

 鎧がないまま叙任式が近づいてきて、不安になってしまう気持ちも分かる。

 だが、ほんの数日の話だ。

 俺を信用して、理解して欲しい」

 

 そう押し切られてしまったセシルは、軽く頬に触れる指先を感じながら、目を閉じて小さく「わかったわ」と呟いた。

 

 

 

 

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