陶器の鎧のパラディン   作:片遊佐 牽太

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 鎧下の出来映えを確かめた翌日から、二人は五番街奥の稽古場で剣の修練を再開した。

 セシルはもはや自分の感情を、偽ることができないものだと自覚している。

 だが、彼女自身その感情を、どう扱えばよいのか理解していなかった。

 

 何しろセシルは男女の恋愛事に、全くと言ってよいほど疎かったのだ。

 想いを正直にぶつける勇気はないし、かといって、カイと一定の距離を取りたいとも思えない。

 

 ただ、そんな複雑な感情も、剣を交えている間だけは何も考えずに済むようだった。

 だから、彼女はただひたすらに、剣の鍛錬に打ち込み続けたのだ。

 

 ところが、セシルは自身の感情とは別に、その日以来気がかりに思うことがあった。

 それは剣を交えるカイの動きが、あまり良くないように感じられたことだ。

 

 そして、その印象は、日を追うごとに顕著になってきている。

 

「きっと、君が上達しているんだろう」

 

 違和感を遠回しに伝えても、カイはそう言って取り合おうとはしなかった。

 確かに以前は(さば)くことのできなかった攻撃は、かなりの確率で防げるようになったと思う。

 十本に三本と言っていた対戦成績に到っては、この数日は互角以上に戦えていると言ってよい状態だった。

 

 だが、セシルが気になっていたのは、それを差し引いたとしてもカイの動きが悪いということだ。

 

「――カイ、どこか怪我したとか、悪いってことはないのよね?」

 

 心配する口調のセシルの言葉を、カイは笑い飛ばしながら否定する。

 

「大丈夫。どこも悪いところはない。

 ただ、強いて言うとすれば、かなりの()()()ではあるな」

 

「寝不足――?」

 

 セシルはそれを聞いて少しだけ安心した。

 だが、彼に寝不足を強いている原因に思い当たって、再び心配が募り始める。

 カイはセシルの金属鎧(プレートメイル)を作るために、何日も夜なべしているに違いなかったのだ。

 

「ひょっとして、この夕方の時間はあなたの負担になっている?」

 

「いいや、ずっと家の中に閉じこもりっぱなしというのもな。

 少しはこうして外に出た方がいいし、一日中鎧に向き合うよりも、君に会っていた方が気も晴れる」

 

「――それだったらいいけど」

 

 そう答えながらセシルは、微妙に頬が上気するのを止めることができなかった。

 彼がどういう意図で、自分と会うことを前向きに表現したのかは判らない。

 だが、たったそれだけのことであっても、今のセシルにはその言葉が嬉しかった。

 

 

 ところがそれから数日経つと、より一層カイの動きは緩慢になっていった。

 力が出ていない訳でもなく、身体が動いていないという訳でもない。

 ただ集中力が感じられない上に、身体の切れが決定的に悪かった。

 

 そしてセシルはとうとうその日、カイに対して初めて()()()をした。

 これまでカイと戦う時は、いつも全力を出し切っていたのだ。

 ところが、その日のカイは顔色も良くなく、明らかに注意が散漫だった。

 

 セシルが七、八割ほどの力でぶつかって行くと、力なくカイが押し込まれるのがわかる。

 ただ、セシルの手加減に気づいたのか、カイは一瞬不快な表情を見せた。

 セシルはそれを見て自分の行為が、彼の自尊心を傷つけたのではないかと心配する。

 そして、それを払拭しようと、目一杯の攻撃を仕掛けた瞬間――。

 

 避けるだろうと思っていた一撃は、見事にカイの側頭部を捉えた。

 

「ぐっ――」

 

「!? カ、カイ!」

 

 その場で膝を折ってくずおれたカイを見て、慌ててセシルが駆け寄っていく。

 彼の頭部を守っているのは、細い(はち)(がね)のような不十分な防具でしかない。

 そこに打撃を受けてしまったカイは、完全に気を失って倒れ込んでしまった。

 

「だっ、大丈夫!?

 カイ! 目を開けて!!」

 

 陽が傾いた夕刻の稽古場に、セシルが彼の名を呼ぶ声が何度も木霊する。

 

 一方、セシルに抱きかかえられたカイは、彼女の声に応える気配を見せなかった。

 

 

 

 

 それからカイが目を覚ましたのは、優に一時間以上の時間が経過してからだ。

 彼が薄らと目を開けた頃には、周囲は既に薄暗さに包まれている。

 

「――カイ?」

 

 セシルはカイの頭をしっかりと抱えたまま、手で無精髭が生える頬を(さす)っていた。

 そして、彼女はカイが目覚めたことに気づくと、彼に小さく声を掛ける。

 

「良かった。目が覚めた?」

 

「セシル――」

 

 カイが呟くように彼女を呼ぶと、セシルは即座に謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい。避けると思って加減を考えていなかったのよ。

 倒れた時、本当に焦ったわ」

 

「君の腕がそれだけ、上達したってことさ」

 

 そう言いながらカイはゆっくりと、腕を突き立てて上体を起こしていった。

 どうやらセシルはカイが眠っている間、ずっと膝の上に、彼の頭を抱えて介抱していたようだ。

 

「痛みはない?」

 

「大事はないよ。少し気を失ったついでに眠りこけていたようだ。

 今は逆に睡眠が取れて、むしろ意識がハッキリしているよ。

 頭にはちょっと()()()()ができてしまったようだが――。

 大丈夫、ふらつくような症状もない」

 

 少し側頭部の出っ張りを気にしながら、カイが伝えた言葉にセシルが思わず微笑んだ。

 

「実は相当焦りはしたんだけど、寝息を立て始めたのを見て、ちょっとだけ安心したの。

 お陰であなたの可愛い寝顔を、存分に堪能させてもらったわ」

 

 そう言いながらセシルはフフフと、悪戯っぽく笑った。

 カイはやれやれといった風体で、その場にゆっくりと立ち上がる。

 

「すまん、随分と長い時間、介抱させたようだな。

 今日は練習不足だったかもしれないが、もう暗くなっているし、ここまでにしておこうか」

 

「そうね――。

 ええ、そうしましょう」

 

 セシルは意外なほどあっさりと、カイの言った言葉に同調した。

 

 普段、二人が稽古場から帰る時は、それぞれ別の帰路をとっている。

 だが、その日は既に夜が深くなっていたこともあって、カイはセシルを自宅まで送っていくことにした。

 

 すると、その道のりの途中で、セシルが何かを振り切ったようにカイに言う。

 

「――ねえ、カイ。お腹が空いちゃったわ。

 良かったら街で一緒に食べて帰らない?」

 

 これまで二人は毎日のように同じ時間を過ごしていた。

 だが、それは全て剣の鍛錬や鎧作りのためであって、それ以外の目的で二人が同じ時間を過ごしたことはない。

 

「俺は別に構わないが。

 ――だが、また悪い噂になるんじゃないのか?」

 

「それこそ今更な話ね」

 

 そう言ってセシルは笑うと、まるで誰かに見せつけるように、カイの腕を取って歩き始めた。

 

 

 

 

 その日以来、セシルとカイは、毎日のように夕食を共にするようになった。

 場所は決まって二人が出会う切っ掛けとなった『奇跡の酒場』である。

 

 酒場の主人は二人が食事を楽しむ時、気を利かせて、あまり出しゃばるようなことがなかった。

 だが、二人が声を掛けると、酒場の主人も加わって三人の会話が楽しく弾む。

 

 もちろん、こんなことが日頃から続いていけば、セシルの行動が噂にならない訳がない。

 誰が流しているのかは判らなかったが、セシルの噂話は、瞬く間に騎士団中に広がった。

 無論、そうなってしまえば、その話は自然にエリオットやアルバートの知るところになる。

 

 

 エリオットは壮行会が終わってからというものの、セシルに話し掛ける機会を無理に減らしているように思われた。

 それには恐らく、結婚相手への配慮があったに違いない。

 ところが、そうして関与を薄めようとしていても、どうやらこの噂話ばかりは気になるようだった。

 

 そして、叙任式も近くなった頃に、エリオットは急にその話を切り出した。

 

「セシル、そう言えば君のことで小耳に挟んだのだが」

 

「はい、殿下。

 どのようなお話でしょうか?」

 

 大体エリオットがこういう話の切り出し方をするときは、(ろく)でもない下世話な話であることが多い。

 

「いや、他愛もない話で正直どうかとは思うのだが――。

 やはり少し気になってな。

 先日、セシルが夜の稽古場で、男性をずっと抱き締めていたという噂話を聞いたのだ」

 

「なっ――」

 

 本当に、誰がこういう噂を吹聴(ふいちょう)しているのだろうか――!?

 

 恐らくセシルが長時間カイを介抱していたのを、誰かが目撃したに違いない。

 それ以外に彼女には、思い当たるような行動はなかったし、そんな事実がある訳がないのだ。

 

 しかし、それにしてもカイの頭を抱きかかえていただけの話が、どうして『抱き締めていた』に変わってしまうのだろうか――!?

 

「剣の稽古で攻撃を当ててしまって、気を失った相手を介抱していたのです」

 

 セシルは努めて冷静な声色になるように、エリオットの言葉をやんわりと否定した。

 

「そうなのか。

 しかし、その男性と毎晩、夜を過ごしているといった噂もあるのだが」

 

「よ、夜を――?」

 

 思わずセシルはその言葉を聞いて、妙にいかがわしいことを想像してしまった。

 だが、よくよく考えれば毎晩夕食を共にするのも、夜を過ごしていると表現できなくはない。

 まるで言葉遊びのように思ったが、何となくこういうことで、あらぬ誤解というものが広まってしまうのではないかとも思った。

 

「何をご想像されているか判りませんが、最近その男性と夕食を共にしているのは事実です」

 

 セシルは下手に事実まで否定するのは、良くない結果を引き起こすと考えた。

 どうせいつかはエリオットにも、知られる時が来ると思っていたのだ。

 

「そうか。それならいいんだ。

 それで君はその男性と、お付き合いしているということだね?」

 

「いいえ。

 今のところはわたしの()()()()な片想いに過ぎません」

 

 エリオットはセシルが告げた言葉を聞くと、それがさも意外だったというように表情を変えた。

 彼女はそんなエリオットを見つめながら、開き直るように静かに口を開く。

 

「――わたしが恋をしてはいけませんか?」

 

「いいや、とんでもない。

 ただ君の口から、色恋に関する言葉が出てくることを想像していなかった。

 その、何というか――。

 君も女性なのだな、と思って」

 

 出てきた言葉は全く、失礼千万な内容だった。

 エリオットは今までセシルのことを、木石か何かだと思っていたのだろうか?

 

 だが、このエリオットという人は他人の感情に疎く、悪気なくそういうことを口にしてしまう人なのだ。

 しかも彼はセシルが、()()()()()を目指そうとしていることを知らない。

 更に言えば、彼女が女性であることを、隠さなくなった理由も理解していなかった。

 

「そうですね。

 騎士には男性も女性もありませんから、それが意外に思われるのも、無理のないことなのかもしれません」

 

 セシルは様々な思いを飲み込むと、エリオットが言った言葉に素直に頷いた。

 すると、エリオットは今の答えで満足したのか、セシルに笑みを向けながら話題を切り替える。

 

「――そう言えばそろそろ、叙任式が近づいているね。

 どのような鎧を用意しているのかは聞いていないが、君の晴れ姿に期待しているよ」

 

「はい。皆様の記憶に留めていただけるような姿を、お見せしたいと思っています」

 

 セシルはそう言って、まだ見ぬ金属鎧(プレートメイル)を想像しながらも、エリオットに自信の籠もった満面の笑みを見せつけるのだった。

 

 

 

 

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