陶器の鎧のパラディン   作:片遊佐 牽太

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 叙任式が行われる日まで、一週間を切った。

 

 カイは鎧下をセシルに披露した日から、彼女に鎧の話をしていない。

 セシルも達観してしまった訳でもないだろうが、ことさら進捗を確かめようとはしなかった。

 

 そして、叙任式まであと数日となったこの日、とうとうカイから鎧に関する話が切り出された。

 

「セシル、長らく待たせてしまった。

 明日は剣の方はお休みにして、俺の自宅に来てもらいたい」

 

「――!?

 それって――!!」

 

 次に来るべきカイの言葉を予想して、セシルの表情が花が咲いたように、パッと明るくなる。

 

「ああ、鎧が()()()()

 早速、君に見て貰いたいんだ」

 

 セシルはその言葉を聞いて、跳び上がらんばかりに喜んだ。

 

 

 

 翌日、セシルは(はや)る気持ちを抑えながら、カイの自宅を訪問した。

 昨日の夜もそわそわするばかりで、実はあまり良く眠れなかったのだ。

 

「よく来たな。中に入ってくれ。

 もうお披露目の準備は出来ているから」

 

 セシルが待ちきれないようにカイの自宅へ入っていくと、以前よりも部屋の中が綺麗に整頓されていた。

 鎧だけを集中して見せるために、余計なものは片付けてあるようだ。

 

 そして、期待感を膨らませたセシルが、部屋の中心に視線を向けた瞬間。

 

 

 ――目の前に現れたものの美しさに、彼女は一気に心を奪われたのだ。

 

 

「こ、これが――」

 

 目にしたものを言葉にするのも難しいように、セシルは端的に小さな感嘆を()らした。

 この気持ちを直ぐさま表現したいはずなのに、口からは上手く言葉が出てこない。

 

「ああ、そうだ。

 セシル、これが君のために作った鎧だよ」

 

 カイの言葉を受けて、セシルはゆるゆると、鎧に(にじ)り寄って行く。

 そして、触れれば壊れてしまいそうな(はかな)い花でも愛でるように――振るえる両手をゆっくりと、鎧の方へと伸ばしていった。

 

「す、凄いわ――!! 見たこともない形!

 これが――これが、あの金属鎧(プレートメイル)だというの!?」

 

 セシルの大きな驚きも、至極もっともなことだった。

 彼女が思い描く金属鎧(プレートメイル)というのは、銀色の金属板が全身を覆う無骨なものだったからだ。

 それをいかに装飾するか――それが金属鎧(プレートメイル)に許された、見た目を洗練できる部分の全てだと思い込んでいたのである。

 

 だが今、彼女が目にしている()()()()()()金属鎧(プレートメイル)は、そうした外観の概念が、そもそも異なっていた。

 無論、目の前に飾られた美しい鎧は、父の形見の金属鎧(プレートメイル)を元にして作られているはずである。

 ところがセシルには、あの古くさい金属鎧(プレートメイル)のどこを活かせば、目の前の鎧へと生まれ変わるのか――それを説明されても、きっと理解できそうにない。

 

 ――今、セシルの目の前にある鎧には、まるで純白の花とでも言うような、白いドレスを模したような上品な(おもむき)があった。

 

 全身は白い光沢のある素材で覆われていて、その上に銀色に輝く金属板が、胸元と腰回りを覆っている。

 金属板には白い素材と調和するような、美しい花を模した装飾が細やかに施されていた。

 そこには無骨に全身を覆い隠すような、よくある金属鎧(プレートメイル)の印象は皆無だ。

 何より白い素材がこの鎧全体を、真っ白なドレスのように見せている。

 

 セシルは最初、それを白い布か何かだと思っていた。

 だが、近づいて見てみると、どうやら布とは全く違う素材のようである。

 

「驚いたわ。

 まるで、お姫様みたいよ!」

 

 カイはセシルが上げた声を聞いて、思わず唇の端を上げて苦笑した。

 

「君が希望したように、()()()()()()()を最大限に押し出したつもりだ。

 俺の記憶が正しければ、これこそが君が望んだものだろう?

 無論、今更違うと主張されても、取り返しはつかない訳なのだが」

 

「違わないわ!!

 ――でも、ビックリするぐらい綺麗なのは気に入ったけど、鎧にしては随分と露出している部分が多いということはないの?

 それに金属板で守られている部分が、胸と腰回りだけのように思うけれど」

 

 セシルが容赦なく指摘していくと、それを待ち構えていたように、カイが得意気に答えた。

 

「もちろん、すべて考えてあるさ。

 何しろ()()()()()の鎧は、必要ないんだろう?

 この鎧は、俺が知るどの金属鎧(プレートメイル)よりも()()()()()を持っている。

 どういう構造でそうなっているのかは、これから一つ一つ説明していこう。

 だが、その前に――」

 

 カイはそこまで言うと、セシルに向き直って貴族に対する(かしこ)まった礼をとった。

 

「さあ、こいつをぜひ一度、君に着てみて欲しいんだ」

 

 

 

 

 セシルは隣室で昼顔(エボルブルス)の青色を模した鎧下姿になると、そろりと扉を開いて、カイのいる部屋へと戻っていく。

 やはり、菱形に開いてしまっている胸元は、手で押さえてしまっていた。

 胸元の膨らみが覗く程度ではあるのだが、どうしても堂々とは見せる勇気がない。

 

 セシルは部屋の中央に進んで行くと、カイが作ってくれた鎧をゆっくりと観察した。

 カイはどうやらセシルが着替えている間に、()()()()()()を取り外してしまったようである。

 今、目の前の人型(トルソー)に飾られているのは、金属板の内側にある白いドレスのような部分だけだった。

 

「この白い生地は――?

 布ではないのね」

 

 セシルはそのドレスのような白い生地に、手を触れながら尋ねた。

 触れてみると明らかに布ではなく、何かの革であることがはっきりと分かる。

 ただつやつやとした光沢があるせいで、遠目に見れば白絹のように見えないこともない。

 

「そいつは(ホワイト)リザードの革で作ってあるんだ」

 

(ホワイト)リザード!」

 

 思わずセシルはその名前を、同じように繰り返した。

 

 (ホワイト)リザードというのは、(アッシュ)リザードという魔物の変種で、圧倒的に数が少ない稀少種のことである。

 そのため革の入手難易度が高く、高級素材として取引されているものだ。

 だが、通常(ホワイト)リザードの革は、貴族が使用する家具などに使われることはあるものの、好んで衣服や防具に使われるようなことはない。

 セシルは一度だけどこだかの貴族が、外套(マント)の素材として使っているのを見たことがあるが、それ以外で(ホワイト)リザードの革を、衣服に使っている例を見たことがなかった。

 

「破れにくく水を弾き、火や魔法に強くて、光沢があるぶん汚れにくい。

 ただ薄くて軟弱であるために、服であればまだしも、防具に使うと防御力を高く保てない。

 しかも稀少なせいで、異様に入手しづらいしな。

 実はこの街を出て行ったのは、そいつを集めようとしたからなんだ。

 随分と集めるのに時間が掛かった分、十分な量を確保することができたよ。

 それで、元々腰回りにだけ使う予定だったのを、全身に使うことに変更したんだ。

 だが、(ホワイト)リザードの革だけでは、鎧として十分な装甲にならない。

 そこで今回、革の()()に防御板を縫い付けて、板金外套(コートオブプレート)の構造を採った」

 

「コートオブ――?」

 

 聞き慣れない単語を聞いて、セシルはその言葉を問い直す。

 

「コートオブプレート。

 生地の裏側に防御板を仕込むことで、外側からは見えない装甲にしてあるということだ。

 この鎧は金属板の部分が少ないように見えるが、実際はこの白いドレスのような部分も、全て()になっている」

 

 その話を聞いて、セシルの表情が輝いた。

 触って確かめてみると、カイの言うとおり、スカートのように見える部分も硬い装甲になっているようだ。

 彼女が裏側を(めく)って防御板を見てみると、何枚もの白板が綺麗に並んでいるのが分かった。

 

 カイは板金外套(コートオブプレート)人型(トルソー)から取り外すと、腕を通せるように開いて、セシルの前に持ち上げる。

 導かれるままにドレスのような板金外套(コートオブプレート)を身に纏うと、果たして父の鎧とは比べものにならない()()に驚いた。

 

「これ、裏側に縫い付けてある板は、金属じゃないのね?」

 

 セシルはある種の確信を持って、カイにそう問い掛ける。

 実際纏うと、身体に感じる重量が、明らかに金属板の重みよりも軽いのだ。

 

 すると、カイは聞いたこともない素材の名前を口にした。

 

「それは『無機焼結体(セラミックス)』だ」

 

「せらみっくす――?」

 

「残念ながら一言で説明するのは難しい。

 そうだな――『()()』とでも、言った方がわかりやすいか」

 

「陶器――?」

 

 今更ながら思い起こしてみると、確かに彼の作業場には、金属の防具だけでなく、陶磁器のようなものも見本として置かれていたように思う。

 だとするとカイは金属の加工だけでなく、陶芸も生業(なりわい)にしているのだろうか――?

 

 そんなことを考えながら、セシルが防御版を指で小突いてみると、確かに金属とは違う乾いた音が返ってきた。

 

「陶器って、すぐに割れてしまいそうな印象があるけれど。

 これは、割れたりはしないのかしら?」

 

「ああ、こいつは滅多なことでは割れないし、軽くて電撃系の魔法も通さない。

 陽射しを浴びても鉄ほどは熱くならないから、それだけ暑さや寒さにも強いと言える。

 そして木や樹脂じゃない分、火炎系の魔法を浴びても、燃え上がることがない。

 それに、わざわざ表面を火に強い(ホワイト)リザードの革にしたのは、見た目だけの理由じゃないんだ。

 何しろ防御板が燃えなくても、表面が燃えてしまったら意味がないからな。

 無論、(ホワイト)リザードも陶器の板も、完全に弱点がなくて万能という訳じゃない。

 だが、これ以上に硬くて丈夫な鎧を着ているやつは、恐らく()()()()()()()()()

 

 セシルはカイの自信に溢れる言葉を聞いて、思わず唾をゴクリと飲み込んだ。

 

 普段であれば素朴な疑問として、「()()()()そんなことが言えるの?」と口にしていただろう。

 だが、彼の自信に満ちた発言は、不思議な力でそれを真実だと思い込ませることに成功した。

 そして、セシルはそれがきっと、本当なのだろうとも思った。

 

「ところで、あの金属鎧(プレートメイル)はどう活用したのかしら?」

 

 セシルが尋ねた金属鎧(プレートメイル)とは、父の形見の鎧のことだ。

 するとカイは金属板で作られた、鎧の胸当てと腰当てを持ち出してきて、セシルに見せた。

 

「――!!

 これって――」

 

「そうだ。こうやって使ってある」

 

 カイがそう言いながらセシルに示したのは、先ほど取り外した胸当ての()()だった。

 最初、白い板金外套(コートオブプレート)に取り付けられていた胸当てを見た時には、まったく気づかなかったのだ。

 だが、取り外された胸当ての裏側には、確かに見覚えのある装飾が見えている。

 

 それは、父の金属鎧(プレートメイル)の装飾と全く同じものだった。

 

 

 

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