陶器の鎧のパラディン   作:片遊佐 牽太

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セシルとセシリア
1


 百年を超える昔。

 王都より北東の(うっ)(そう)とした森林が広がる場所に、どこからともなく現れた開拓者が小さな集落を作った。

 一説によるとその開拓者は、別の世界から渡来した人物で、異能を駆使して森を切り拓いたのだという。

 

 開拓者はその力を駆使して、家を建て、水路を引いて、いくらかの人が住める場所を作った。

 そうして築かれた集落の近くには、『迷宮』と呼ばれる大規模な遺跡があったと伝えられている。

 その迷宮の中には、危険な魔物と共に、幾ばくかの価値のある『財宝』が眠っていた。

 

 開拓者自身が、財宝を目当てとしていたのか、もしくは開拓した場所に偶然遺跡があったのか、それは残念ながら定かではない。

 どちらにせよ、集落が作られて間もなく、財宝を目当てとした『冒険者』と呼ばれる者たちが、集落に集うようになったのは確かだ。

 

 冒険者たちは集落を本拠地にして、店で武器や防具を整え、手に入れた財宝を商店で売り捌いた。

 すると、小規模だったはずの集落は、見る見るうちに『街』へと発展を遂げた。

 

 道が整備され、商人たちが街道を行き交う——。

 

 だが、そんな活気とは裏腹に、街の治安は徐々に悪化し始めた。

 結果、住民たちは自らの生活と財産を守るために、それまで続いた自治を放棄する決断をするのである。

 

 一転して王国の庇護下に収まった街の中心には、大きな宮殿が建ち、そこへ『領主』という肩書きで、王都から貴族が移り住んだ。

 そして、領主である貴族は『騎士団』を形成し、街の周囲を城壁で覆って、治安の維持に努めたのである。

 

 ——貴族による統治。

 そして、貴族が作り出した街を守るための騎士団。

 その庇護下で、多くの冒険者と商人たちが、活発に行き来する。

 

 

 それから優に百年を超える長い月日が経ち——。

 

 

 街は、王都にも匹敵する程の規模にまで、発展を遂げていた。

 街には今も数多くの冒険者が滞在し、その営みを守るための騎士団が存在する。

 

 そんな街を舞台にして、日々繰り広げられる人々の成功と失敗の体験は、いくつもの逸話や冒険譚となって、人々の間で語り継がれていた。

 

 

 そして、今から語るのは、そんな街で生まれた一つの勇気と情愛の物語である——。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「——わたしが、騎士にですか?」

 

 それがまるで意外なことであるかのように、彼——いや、()()は問い直した。

 少し緩みかけた姿勢を調(ととの)え直すと、その動作に合わせて、束ねたはずの金色の髪が、ふわりと頬を撫でる。

 

「そうだ。残念ながら今すぐにという訳ではないが。

 実際の叙任は春になるだろう。

 ——何か不満があるのか?」

 

 不満など無かろう——そんな意図を込めた言葉が、目の前の男性から投げかけられる。

 髪や髭に白い物は混じり始めているが、目前に腰掛けるアルバート騎士団長の眼光は鋭い。

 

「いいえ」

 

 もちろん、不満などあろう筈もなかった。

 むしろ、跳び上がらんとするほどの朗報である。

 恐らく彼女の帰りを待つ家の者たちは、この知らせに、歓喜の涙を流すに違いない。

 

 何しろ彼女の家は、()()()()()()()()()なのだから。

 

「では、殿下には私から回答差し上げておく。

 叙任までに用意せねばならぬものは、ミラン騎士長に訊いておくと良い。

 金は掛かるかもしれぬが、騎士団の面子(めんつ)というものもある。

 叙任式で、みすぼらしい恰好だけは絶対せぬように」

 

「承知しました」

 

 いつものように質問したいことが、喉元まで出掛かった。

 だが、この場で求められているのは殊勝(しゅしょう)な受け答えだと感じて、素直な言葉だけをアルバートに返す。

 

 彼女が騎士見習いとして、この騎士団に配属されたばかりの頃は、どんな話に対してもアルバートを質問攻めにしていたものだ。

 そのせいで、ただでさえ深い彼の眉間の(しわ)は、より深くなってしまったのかもしれない。

 

 彼女はアルバートの話の終わりを悟ると、改めて大げさに敬礼し直した。

 その行為が気になったのか、アルバートの白髪の交じった眉が、ピクリと動く。

 だが、それを気に留めることもなく、彼女は軽やかにくるりと転回すると、アルバートの前から颯爽(さっそう)と退出していった。

 

 この後はミラン騎士長のところに顔を出さねばならない。

 ミラン騎士長は彼女にとって、相性の面で苦手な相手だった。

 きっと騎士になることを嫉妬されて、嫌みの一つや二つも浴びせかけられてしまうだろう——。

 

 そんな予想を立てて、彼女は思わず(ほころ)んだ顔を(しか)めてしまう。

 だが、嬉しい知らせを受けて、嫌なことばかり考えるのも、もったいないと思い直した。

 

 何しろ騎士になれるというのだ。

 これまで何年もそれを思いながら、叶わなかった大きな夢。

 自分はもう騎士になることはない——そう諦め掛けていたところでの、思いもよらない朗報。

 

 宮殿の廊下を歩いていると、徐々に喜びが込み上げて、背中に羽根でも生えてきたように感じる。

 アルバートの言葉通りに叙任が春に行われるのであれば、それはきっと毎年定期で行われている『春の叙任式』を示しているのだろう。

 春の叙任式は、この街で行われる最も華やかなイベントの一つである。

 そこには街の騎士や貴族だけでなく、この国の王族たちも列席するのだ。

 その華やかでありながら厳かとも言える場で、自分が甲斐甲斐(かいがい)しく騎士に叙任される——。

 そう考えると嬉しさと共に、身震いのようなものが襲いかかってきた。

 

 ——いいや、身震いなどしている場合ではない。何しろ自分は騎士になるのだから!

 

 彼女は思わず満面の笑みを浮かべると、その喜びをひた隠すように、俯きがちに足を進めて行くのだった。

 

 

 

 

 

 セシル・アロイスは騎士見習いである。

 そして、セシリア・アロイスというのも、()()の名前である。

 

 彼女は下級貴族のアロイス騎士家に生まれた、唯一の子供だった。

 ただ、男児のなかったこの家にとって、彼女は女性であることを求められなかった。

 

 無論、どこかで結婚はせねばならない。子供がなければ、アロイス騎士家は(つい)えてしまう。

 それを考えた彼女の父は、彼女に対して二つの名前を送った。

 

 ひとつは『セシル』という、騎士家の跡取りであるための、()()としての名前。

 もうひとつは『セシリア』という、騎士家の跡取りを産むための、()()としての名前。

 

 だが、この世界に生を受けて以来、彼女はずっとセシルのままだった。

 これまでセシリアでいたことは——いや、()()()()ことは、過去に一度もない。

 

 

 セシルは到達した扉の前で立ち止まると、一度冷静に深呼吸をした。

 俯くと束ねたはずの金髪が流れていって、彼女の白く整った横顔を少しだけ撫でる。

 

 平常心——そんな言葉を心に思い浮かべながら、セシルは目の前の扉を四度続けてノックした。

 そして、続けて声をかけてみると、部屋の中から反応が返ってくる。

 

「セシルです」

 

「——チッ」

 

 扉の外まで聞こえてくるなんて、どんな大きな舌打ちなのだろう!

 セシルはふと、そんな余計なことを考えると、気を取り直して扉をゆっくりと開けた。

 

 部屋の中には確かに、半身(はんみ)のままこちらを振り返ったミラン騎士長がいる。

 それほど広い部屋ではないものの、騎士長には宮殿の中に個室が与えられているのだ。

 

 彼は気障(きざ)ったらしくウェーブの掛かった前髪を払うと、さも恨めしそうにセシルを(にら)んできた。

 色気づいた髪型はしているが、顔にはいくつもの皺が目立っているのがわかる。

 気取って若作りをしているものの、ミランは決して歳若い訳ではない。

 

 彼は再び聞こえるほどの舌打ちを挟むと、面倒臭そうに口を開いた。

 

「チッ——。

 一体、何の用だ!?」

 

「アルバート騎士団長から騎士叙任に必要なものを、ミラン騎士長にご教授いただくよう指示されましたので、こちらへ伺いました」

 

 他の言い方もあったのかもしれないが、思わず遠回しに「騎士団長の命令でなければ、お前のところになど来ない」と言ってしまったようにも思う。

 ただ、その深い意味まで、彼に伝わったかどうかはわからない。

 

 ミランはまた舌打ちをすると、本当に面倒臭そうに机に置いてある書類を指さした。

 

「そこに一通り書いてある。書類を持ったらさっさと出て行け!

 何しろ私は、お前と違って忙しいのだから」

 

「承知しました。

 お心遣い、ありがとうございます」

 

 訊けと言われたので口頭で聞くものだと思っていたのだが、これは想像以上に用意が良い。

 ひょっとして、会話もしたくない程に嫌われているのだろうか——?

 好かれていないことは理解していたものの、セシルは少しだけ、そんなことが気になった。

 

 気を取り直して、彼女が示された書類を目視してみると、そこには確かに叙任に向けて準備するものが書き連ねられている。

 ただ、記された内容が本当に間違いないかは、他の誰かにも確認せねばなるまい。

 何しろ嫌われている相手に提示された内容を鵜呑みするほど、セシルはお人好しではないのだ。

 用心深い彼女は何となくそう考えながら、目の前の書類を静かに手に取った。

 

 ——これ以上の用はない。用がないのであれば、さっさと部屋から退出するのが良い。

 彼女はそう思って、背中を向けたままのミランに敬礼すると、速やかに部屋の扉に手を掛けた。

 そして、セシルはそこで振り返ると、ミランに向かってこう言った。

 

「では、騎士長の()()(はかど)ることを、陰ながら祈っております」

 

 それは、少々皮肉を込めて言った言葉だ。

 実はセシルはミランが『待機』の指示を受けているのを知っている。

 前回の遠征でミスのあったミランは、しばらく謹慎を命じられて、仕方なくこの部屋にいたのだ。

 

「余計なことを言うな! さっさと行け!!」

 

 想像通りの返答が戻って来たのを聞いて、セシルは首を(すく)めながら、そそくさと部屋を出た。

 

 

 それからセシルは騎士団の他の騎士を捕まえると、ミランから渡された書類に間違いがないかを確認した。

 ところが予想に反して騎士たちによると、書類の内容に不備は見つからないらしい。

 

 確かに、間違った内容を記せば、ミランは嫌っているセシルに赤っ恥を掻かせることが出来るだろう。

 だが、そうしてしまえば、騎士団の面子は丸つぶれになってしまう。

 それに、そのようなことが起これば、書類が残っている以上、ミランへの責任追及は避けられないはずだ。

 ならば、間違った内容を記すのは、決してミランの得にはならない。

 

 ——警戒しすぎたか。

 

 相手から嫌われていると言っても、ミランは同じ騎士団の騎士である。

 セシルは自分の考えを少々反省するように、首を(ひね)りながら、そう思い直すのだった。

 

 

 

 

 

 叙任の事実が伝えられたセシルの家は、上を下への大騒ぎとなった。

 何しろ、待ちに待った正騎士の誕生なのだ。

 一昨年に正騎士だったセシルの父が亡くなって以来、この家で働く全員が「そのうちアロイス騎士家は無くなってしまう」ことを覚悟していたに違いない。

 

 そして、今日伝えられたのは、その真逆をいく()()だった。

 

「これで、安心して冥土(めいど)に旅立てます——」

 

「リーヤ、喜んでくれるのはいいけれど、あなたがいなくなるのは困るから」

 

 涙ぐんでいるメイド長の言葉に、思わずセシルは苦笑する。

 もういい歳になって身体は丸みを帯びてきているが、セシルを小さい頃から厳しく(しつ)けてくれた彼女のことだ。喜びもひとしおといったところなのだろう。

 

「ですが春の叙任式となると、それほど時間に余裕がある訳ではありませんね。

 馬や鎧は必要として、他に何を準備すべきなのでしょうか?」

 

「一応、指示は受けたわ」

 

 セシルはそう言ってリーヤに、ミランから受け取った書類を渡す。

 

「——なるほど、少々手間と費用が掛かりますが、殆どは準備できるものだと思います。

 ただ、馬はいますし、鎧や盾もあるにはありますが——家にあるものでは、さすがに駄目ですよね?」

 

 リーヤが自信なく尋ねた内容に、セシルは即座に首を横に振った。

 

「あれじゃあ、駄目だわ。

 今日アルバート騎士団長にも、みすぼらしい恰好は絶対駄目だと念を押されたもの。

 痩せた馬にブカブカの鎧なんか着ていったら、それこそ末代までの恥になる」

 

「ですよね——。だとしたら困りました。

 恐らく馬はどうにかなると思います。最悪叙任式の間だけ借りれば良いだけですからね。

 ——問題は鎧の方です」

 

 この国の騎士の叙任には、手作りの金属鎧(プレートメイル)が必要とされていた。

 とはいえ、セシルの父は正騎士であったから、家に金属鎧(プレートメイル)はあるといえばある。

 

 だが、それは父が若い頃から着続けていた年代物の鎧だ。明らかに古風な見た目のものであったし、何しろ寸法が全く合わない。

 

「——高いのよね?」

 

「詳しくはありませんが、お値段は正に上から下まであると聞きます。

 騎士団には金属鎧(プレートメイル)に詳しい方がいらっしゃるのではないでしょうか?

 一度お尋ねになられてはいかがでしょう?」

 

 リーヤからの提案に、セシルは素直に頷く。

 

「そうするわ。

 でも問題は、騎士見習いの()に、みんなが素直に教えてくれるかどうかだけど」

 

 これまでセシルは自分を積極的に、女だと思ったことはなかった。

 それに、騎士団では女性だからと特別扱いされたこともなかった。

 更に言うとこの国の歴史を(さかのぼ)れば、建国以来、女性騎士というものは多くはないが何人も存在している。

 

 だが、女が自分と肩を並べたり、自分の上の立場に立つという事実を前にしてしまえば、どう反応するのだろうか?

 全員がこれまでと何ら態度を変えずに、セシルに接してくれるだろうか——?

 

 セシルはここへ至るまでにも、自分が女性であることで、周囲からの()()を体感してきたつもりだった。

 だが、これから味わう向かい風は、これまで以上のものになるのかもしれない。

 

 すると、リーヤはそんな考えを巡らせたセシルを慰めるかのように、包み込むような優しい笑顔で、小さく「きっと、大丈夫ですよ」と呟いた。

 

 

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