陶器の鎧のパラディン   作:片遊佐 牽太

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陶器の鎧のパラディン
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 目前を覆う鬱蒼(うっそう)とした森が、迫り来る不安を駆り立てているように思えた。

 陽が昇った後も、霧が十分に晴れることはない。

 そこかしこに生まれる陰影が、何か得体の知れない魔物を生み出してしまいそうでならなかった。

 

「――チッ、つまんねー。

 ゴブリンでも現れねぇかなあ」

 

 少し離れた場所から、不謹慎な悪態(あくたい)()く声が聞こえてくる。

 セシリアはふと視線だけを動かすと、その声がした方向をチラリと窺った。

 するとそこには退屈そうに、地面に転がる石を蹴飛ばす若い騎士見習いの姿がある。

 彼女はその振る舞いに眉を(ひそ)めると、無言で森へと視線を戻した。

 

 今ほどセシリアの視界に入ったのは、今年二〇歳になる騎士見習いである。

 名前をラリー・レオフリックといい、上流貴族の出身だった。

 ラリーは騎士見習いではあるものの、彼の実家はこの分隊に所属する()()のメンバーの中で、最も高い階級を持っている。

 だが、その四男であるラリーは、騎士としての資質を十分に持っているかどうか、怪しい人物であった。

 

 何しろラリーはこうして持ち場に就いていても、悪態ばかり吐いて、真面目に任務を果たそうとしない。

 セシリアが初めて顔を合わせた時も、見下した視線で、年長で位も高い彼女に挨拶一つ返そうとしなかった。

 

「ラリー、セシリア、こちらへ戻って来てくれ。

 どうやらヘルマンたちが帰って来たようだ」

 

 後方の離れた場所から声を掛けられて、セシリアは野太い声の持ち主を振り返った。

 それはこの分隊のリーダーである、騎士長のグレンという男の声だ。

 

 歳は四〇前後で口髭を生やしており、中流貴族の出身である。

 落ち着いた雰囲気はあるものの、上昇志向が強くて、あまり部下の進言には耳を貸さない。

 

 ただ、ラリーはこのグレン付きの騎士見習いで、グレンが強面なこともあってか、ラリーはグレンの言うことだけはそれなりに聞く。

 通常身分の低い騎士に、身分の高い騎士見習いが付くことはないが、ラリーの実家が彼の扱いに困って、敢えて中流貴族の下につけた――というのが、もっぱらの噂だ。

 

「やっと戻ってきたのか!

 もう、つまらねー見張りなんか懲り懲りだ!!」

 

 ラリーの吐き捨てた言葉を聞いて、グレンの後方に控えたローブを着た男性が笑みを浮かべた。

 

 彼は治癒術士(ヒーラー)のハンスといって、この分隊で唯一の魔法使いである。

 魔法使いと言っても、騎士団から支給された治癒魔法が付与された触媒を扱う、いわば衛生兵のような役割だ。

 短髪で目が細くて、身体は大きいものの、表情からして臆病な性格だと思われた。

 そのせいか、普段は作り笑いばかり見せて、殆ど喋ろうとしない。

 恐らく歳は三〇歳ぐらいで、見た目だけだと(いじ)められっ子が、そのまま大人になってしまったような風貌に見える。

 

 とはいえ、彼が扱う治癒魔法の触媒は、この分隊の騎士たちにとってはかけがえのないものだった。

 何しろ怪我人が出てしまったら、治療魔法の触媒を扱えるのは、彼一人しかいない。

 

 セシリアがラリーと共に、グレンたちのいる方へと向かうと、直後に遠くからガチャガチャと鎧の擦れ合う音が聞こえてきた。

 どうやら騎士長のグレンが言った通り、偵察に出ていた()()が戻ってきたようである――。

 

 

 あの日、カイと別れたセシリアは、遠征軍と共に東方国境へと向かった。

 遠征軍は東方国境全域に展開し、そこでいくつもの分隊に分かれて、治安維持活動を行うのである。

 具体的には一〇名以下に分けられた分隊が、周辺に蔓延(はびこ)った蛮族や盗賊の掃討を行うのだ。

 

 セシリアが所属する騎士長グレンの分隊も、そうした国境周辺の蛮族を掃討するための部隊の一つだった。

 そして、そのグレンたちは、遠征軍の本隊からしばらく離れて、問題を抱える集落の一つへ向かう道の途上である。

 

 彼らは集落へ続く街道の半ばまで来ると、集落には入らずに仮の拠点を作った。

 というのも、彼らが向かおうとしている集落周辺で、複数のゴブリンが目撃されたという情報があったからだ。

 そこで彼らは三名の騎士を先に偵察に出して、集落周辺の状況を探っていたのである。

 

 セシリアが仮の拠点に戻ってくると、間もなく偵察に出ていた三人の騎士たちが、同じように戻って来た。

 集落への道は馬が使えないこともあって、偵察は徒歩で(おこな)っている。

 彼らは拠点に到着すると、深い疲労度を見せるように、一斉にふぅと大きな息を吐き出した。

 

「ふぅ――隊長、戻りましたぜ」

 

「ご苦労だったな、ヘルマン」

 

 隊長のグレンに声を掛けられた騎士は、唇の端を曲げてニヤリと笑った。

 直後、彼の視線がセシリアの方へ向いたのがわかる。

 セシリアはその視線に、如実に表情を堅くした。

 

 このヘルマンという騎士は初対面の時に、()()()()様な視線を投げ掛けてきた男だ。

 せせら笑いが板に付いた三〇歳ぐらいの騎士で、どう見ても好色そうな雰囲気を醸し出している。

 隊長のグレンの命令には忠実なように見えるが、色々な意味で注意が必要な相手だった。

 

「やっぱりゴブリンの()がありましたよ、隊長。

 それも集落からかなり近いので、確実に掃討する必要がありそうです」

 

 少し興奮した様子で、ヘルマンと共に偵察に出ていた騎士見習いが言った。

 こちらはクラトスという名前の、ヘルマン付きの腰巾着のような男である。

 お調子者で、いつもヘルマンの周りをウロウロと取り巻いて歩いていた。

 この男もセシリアの存在が気になるのか、チラチラと彼女を覗き見ていることがある。

 

「セシリア、こっちに異常はなかったかい?」

 

「ええ、大丈夫だったわ」

 

 セシリアはそう答えると、最後に質問した騎士に向かって、朗らかな笑みを浮かべた。

 

 彼がここにいることはセシリアにとって、心安まる出来事である。

 というのも、分隊最後の七人目の騎士は――彼女が良く知る空色の髪の青年、ヨシュアだったからだ。

 

 騎士長のグレンは全員が集まったのを確認すると、改めて偵察に出ていた三人に尋ねた。

 

「街道経由でゴブリンの巣を攻略した場合、ヤツらに気づかれる可能性はどれくらいある?」

 

「気づかれずに近づくのは無理でしょうね」

 

 むしろ気づかれない訳がないとでも言うように、グレンの問いにヘルマンが即答する。

 グレンはヘルマンの顔を不快そうに見ると、すぐに別の選択肢を提示した。

 

「だとすると我々は一度集落に入ってから、巣の退治に向かう必要があるということだ。

 早速私が集落の代表に事情を話し、集落経由でゴブリン退治に向かう許可を貰うことにしよう。

 では、この拠点を引き払い次第、集落の方へと移動する。

 私が集落で交渉している間は、全員集落に入らずに門の外で待機しておくように」

 

 騎士長であるグレンの判断は早く、指示は的確なものに思えた。

 

 だが、そのグレンの振るまいも、いざ戦いになればどうなるだろうか?

 危機が迫った状況においても、即座に適切な判断が下せるのだろうか――?

 

 セシリアはカイが語ったルサリアの悲劇を思い返しながら、その疑問を浮かべずにはいられなかった。

 

 

 セシリアたちは指示通りに仮の拠点を撤収すると、グレンを先頭にして、集落へと向かった。

 街道を歩く間は近くに潜むゴブリンを刺激しないよう、声を出さずに息を潜めて進む。

 周囲にはカチャカチャという、騎士たちの金属鎧(プレートメイル)が擦れ合う音だけが、妙に大きく響いていた。

 

 果たして無事に集落へと辿り着くと、そこで騎士たちは一様に、ホッと溜息を吐く。

 騎士長のグレンは全員が揃っているのを確認すると、事前の指示通りに、彼一人だけが集落の門を(くぐ)って中へと入って行った。

 残りセシリアたち六人は、集落の外で待機している。

 

「――おい、ゴブリンたちが降りて来たぞ」

 

 それはセシリアたちが待機し始めてから、ものの数分が経過したばかりのことだった。

 

 ヘルマンが指さした先には、山手から街道に降りてくるゴブリンたちの姿がある。

 その数はかなり多いようで、二〇匹強というところだろうか。

 しかも完全に街道にまで降りてきたこともあって、集落前に陣取った騎士たちの姿が丸見えになってしまっている。

 

「どうします?

 このままじゃあ、遅かれ早かれ気づかれて――」

 

 騎士見習いのクラトスが、ゴブリンの様子を見ながら、臆病な声を上げた。

 だが彼が言う通り、街道に降りたゴブリンたちは、間もなく騎士の存在に気づいてしまうだろう。

 

 いや、単に気づかれて戦闘になる程度で済めばまだいい。

 何しろこの集落の近くには、ゴブリンの巣が存在するのだ。

 もし仮に、その巣から大量の仲間を呼ばれでもしたら、騎士たちはもちろん、集落もきっとただでは済まないことだろう。

 

「ゴブリンはまだ、こちらに気づいていないわ。

 今のうちに急いで集落に入るべきよ」

 

 セシリアの主張に対して、即座にヘルマンが反対意見を唱えた。

 

「我々はグレン隊長から、集落の外(ここ)で待機するよう命令されているんだぞ。

 許可が下りる前に集落に入れば、命令違反として後々問題を生じる」

 

「でも、それでは気づかれてしまうわ!

 気づかれれば結果的に、この集落にゴブリンを引き寄せてしまうことになるのよ。

 どう考えても、その方が深刻な事態になる」

 

 すると、セシリアの言葉を聞いていた騎士見習いのラリーが口を差し挟んだ。

 

「女騎士様はゴブリンが怖いのか?

 ゴブリンなんざ、倒しちまえばいいじゃないか」

 

 あからさまな挑発の言葉を聞いて、セシリアはキッとラリーを(にら)む。

 ラリーはむしろその反応を楽しんでいるかのように、ニヤニヤと侮った笑みを浮かべた。

 

「それこそ、そんな命令は受けていないぞ。

 勝手に戦闘を始めるなんて言語道断だ」

 

 ヘルマンがラリーをそうして叱り飛ばすと、ラリーは顔を紅潮させて吐き捨てた。

 

「何だぁ? 腰抜けの集団かよ!」

 

「何だと!?

 貴様、もう一度言ってみろ!!」

 

 上級貴族出身とはいえ、騎士見習いの聞き捨てならない台詞に、ヘルマンが眉を吊り上げて怒りの表情を浮かべる。

 

「よせ、声が大きい。

 二人ともやめるんだ」

 

 仲間割れの雰囲気を感じたヨシュアが、慌てて二人の間に割って入った。

 だが、それでも興奮したラリーの挑発は止まらない。

 

「何度でも言ってやるさ!

 あんたは()()()()って言ってるんだよ!

 あんたの剣と鎧は飾りか?

 ゴブリンごときが怖いなら、()()()()と一緒に尻尾を巻いて逃げればいいんだよ!!」

 

「貴様っ――!?」

 

「!?

 拙い、気づかれたかもしれない――!!」

 

 ヨシュアの声を聞いて、一旦停戦したヘルマンとラリーは、慌ててゴブリンの方向を振り返った。

 高い声の応酬が続いたことで、ゴブリンたちがこちらに視線を向けているのが分かる。

 どう見てもそれはゴブリンたちに、自分たちの存在を認知されてしまった状況だった。

 

「チッ、もう倒すしかないだろッ!!」

 

 そう言い捨てるとラリーは、いち早くゴブリンたちの方向へと駆け出して行く。

 そしてゴブリンに向けて雄叫びを上げると、腰に吊した剣をギラリと抜き去った。

 

「あいつ――!!

 クソッ! 仕方ない、全員で掃討するぞ!!」

 

 ヘルマンの挙げた声に、クラトスとヨシュアが相次いで(ばつ)(けん)する。

 

「セシリアはハンスを守って!」

 

「わかったわ」

 

 ヨシュアからの指示を聞いたセシリアは、治癒術士(ヒーラー)のハンスを守りながら、ゴブリンのいる方へと駆け出した。

 

 見れば先行したラリーは、既にゴブリンとの戦闘に入っている。

 彼は文字通り剣を無尽に振るって、何匹かのゴブリンを葬り去ったようだ。

 そして最後尾のヨシュアがゴブリンの群れに到達する時には、ゴブリンたちの数は半数近くにまで減少している。

 

「フン、この程度の相手にビビってたのかよ!?」

 

 興奮したラリーが得意気に、ゴブリンを斬り倒しながら叫んだ。

 

「侮らないで!

 侮った時ほど危険があるのよ」

 

 セシリアはハンスに襲い掛かろうとしたゴブリンを、一刀で斬り倒しながら警告を発した。

 

「ケッ、新人騎士の癖に知ったようなことを言いやがる」

 

 セシリアはその言葉を聞いて、思わずラリーを睨み付けた。

 睨む彼女の頭の中には、カイが語った言葉が思い浮かぶ。

 

 ――共に戦う騎士たちが、同じ慎重さを持つとは限らない。

 

 確かに、彼の言う通りだと思った。

 そしてそれを事前に認識していた筈なのに、無力な自分はその状況に対して、何の対処も出来そうにない――。

 

「ラリー、ゴブリンを侮らない方がいい。

 そこに見えるだけならまだしも、増援が来れば奴らを掃討するのは簡単じゃない」

 

「――チッ」

 

 珍しくヨシュアが低い声で告げた言葉を聞いて、ラリーは不満そうに舌打ちをした。

 

 ゴブリンの数はもはや残り数匹になっている。

 このまま全てのゴブリンを掃討出来れば、危惧すべき状況を何とか脱することが出来るだろう。

 騎士たちも小さな擦り傷や引っ掻き傷を負ったものはいるが、重傷を負ったものはいないようだった。

 それであればハンスの治癒魔法で、十分に治療することができる。

 

 ただ、ゴブリンの数が多かっただけに、重い鎧を着た騎士たちには、疲労の色が見え始めていた。

 変わらず俊敏な動きを見せているのは、ハンスを守っていたセシリアぐらいのものである。

 

 そして、ラリーが不穏な声を上げたのは、何とかこのまま全員無事にゴブリンを倒すことができれば――と、セシリアが密かに安堵した瞬間のことだった。

 

「――見ろ!

 あんなところにまだいやがる!!」

 

 ラリーが街道の外側の茂みに、数匹のゴブリンが隠れているのに気づいたのだ。

 

「!!

 ラリー、ダメだ! そいつは追うな!!」

 

 だが、ラリーはヨシュアの制止を振り切って、見つけた群れに向かって駆け出した。

 

「ヨシュア、あれは――!!」

 

「セシリア!

 マズいよ、あれは別の群れのゴブリンだ。

 あれに手を出したら、恐らく()()()()()()を引っ張り出すことになってしまう」

 

 その言葉を聞いて、セシリアは思わず絶句した。

 

 疲労が蓄積した騎士たちは、再びゴブリンの群れを丸々掃討することが出来るのだろうか?

 身軽な鎧でハンスを守っていた、セシリアはまだいい。

 だが、息が上がりつつあるヘルマンやクラトス、そして気負ったラリーはどうなのか。

 

 見れば、ラリーは見つけたゴブリンに追い縋って、斬りかかっている所だった。

 彼は一匹、二匹とゴブリンを斬り倒したが、三匹目を取り逃がしてしまう。

 直後、逃げ出したゴブリンを守るように、茂みから一〇匹以上のゴブリンがラリーに襲い掛かった。

 

「ヘルマン! クラトス!!

 大変だ、ラリーが――」

 

 ヨシュアに呼ばれたヘルマンは、振り返って、起こっている事態に愕然(がくぜん)とした。

 

「なっ――あの馬鹿!

 何てことしやがるんだ!!」

 

 怒りの声を上げながら、残ったゴブリンを叩き斬る。

 

「ハァハァ――ヘルマン様!

 アイツ、ど、どうするんです!?」

 

 クラトスが息切れしながら言った言葉に、ヘルマンが即座に怒りの言葉を返す。

 

「どうするって、助けるしかないだろッ!!

 隊長がいない間に死人なんか出せるか!」

 

 しかし最初の群れのゴブリンも、全てを掃討し終わった訳ではない。

 それらも取り逃がしてしまえば、何が引き起こってしまうか判らなくなってしまう。

 

 セシリアは状況を見た上で、冷静な声色でヘルマンに言った。

 

「わたしがラリーを助ける。

 ヘルマンは残りのゴブリンをお願い。クラトスはハンスを守って」

 

「セシリア、ボクも行くよ」

 

 ヨシュアの申し出に、セシリアが頷いて微笑む。

 

「判った。セシリア、頼む。

 ――だが、絶対に無茶はするな」

 

 ヘルマンの端的な言葉に、セシリアは小さく頷いた。

 そして即座に身を(ひるがえ)すと、ゴブリンの群れを目標に、一気に駆け出していく。

 

「――はあ、はあ。

 クソッ! 来るなッ!!」

 

 全力で駆け寄ると、ラリーは息を切らせて叫びながら、ゴブリンの群れと渡り合っていた。

 だが次々に襲い掛かってくるゴブリンの攻撃は、上手く防ぎきれていない。

 金属鎧(プレートメイル)を着た部分はさすがに無事なようだが、数えるのも難しいぐらいに身体中に傷を負っているようだった。

 

「ラリー、下がって!」

 

 セシリアが声を上げながら、ゴブリンを一刀で斬り倒す。

 直後セシリアは、ゴブリンを二匹、三匹と次々に斬り倒した。

 

 ラリーは相当に疲労しているのか、セシリアの言葉に何も反論せずに下がっていく。

 その彼に追い縋るゴブリンを、今度はヨシュアが斬り倒した。

 

「セシリア、数が増えてる。

 これはとてもじゃないけど倒しきれない」

 

「わかってるわ。

 でもこの状態のまま、集落に群れを連れて、逃げ込む訳にはいかないのよ。

 わたしがここは支えるから、ヨシュアはラリーと一緒に集落へ!」

 

「セシリア――無理はしないで」

 

「フフ、もちろんよ!」

 

 そう言ってセシリアは不敵に笑うと、集落の方へ後退するヨシュアとラリーを見送った。

 

 一匹、二匹、三匹――。

 既に数えるのが馬鹿らしい程に、ゴブリンたちはセシリアの周りに輪を作って集まっている。

 

 それぞれは人間の子供ほどの背丈しかなく、決して手強いような相手ではない。

 だが、その手には危険な武器を持ち、侮れない力で攻撃を仕掛けてくる。

 

 彼女は騎士になる前にも、ゴブリンや小鬼(オーク)と交戦した経験があった。

 だが、ここまで多くのゴブリンに取り囲まれた経験はない。

 

 一般にゴブリンは単体では弱く、集団になると危険を孕むと言われている。

 であれば、これほどの集団との戦いには、どれ程の危険を伴うのか――?

 

「大丈夫よ、セシリア。

 落ち着いて。きっと――やれる」

 

 セシリアは自分に言い聞かせるように、小さく声に出して呟いた。

 彼女は左手をギュッと握り締めると、盾を変形させて展開する。

 ここから先はゴブリンを倒すよりも、自分の身を守って、無事に後退することを優先すべきだからだ。

 

 そして――次の瞬間。

 

 セシリアは、一陣の()とも言える素早い動きを見せた。

 

 

 


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