バイパーゼロin明華~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.01 明華が死んだ!?バイパーゼロも死んだ!?

「……ねえ、バイト行かないの?」

 俺は、明華が一瞬何を言ってるのかわからなかった。

「何言ってんだよ。こんな時にバイトなんか行ってる場合じゃないだろ」

「こんな時だからでしょ!? 放っておいていいの!? 見てよあれ!」

 指差した明華に釣られる形で、空を見上げる。

 俺達のすぐ上で、ザイと紫色のドーターが戦っている。

 そうだ、今はどういう訳か小松上空は戦闘の真っ最中。

 今、道路にいるのは俺と明華だけ。

 こんな非常事態に、長居は無用。家に向かって置いてきた忘れ物を見つけたら、すぐに避難する予定だった。

 そんな時に、バイトの事なんか気にする人なんて、普通いない。

 ……そう。

 たったひとつの可能性を除けば。

「な、何訳わからない事言ってんだよ、明華──」

「わからないならはっきり言うわ。慧って、あたしに内緒でザイと戦ってたんでしょ?」

 明華に、俺が小松でしていた事がバレていた。

 どうして。

 なんで。

 最初に思ったのは、そんな動揺だった。

 明華が航空学生になる事に反対していたから、隠していた事なのに。

「なんで、それを──」

「薄々変だと思ってたけどね、この間かかってきた電話で偶然知っちゃった。なんで隠してたのかは聞かないどくけど──なら今の状況も、平気でいられる訳? トラブルのせいにして行かないかもしれないとか言ってる場合じゃないんじゃないの?」

 俺を射抜く明華の目が、なんで戦わないのか、と俺に問いかけてくる。

 そう。

 俺は、真実を知ってしまった。

 俺が何十回ものループを繰り返して、ザイと戦ってきた事。

 いや、正確にはループに巻き込まれて、というか──

「……ダメなんだ」

「え?」

「普通にザイと戦っても、根本的な解決にはならないんだ。本当にザイに打ち勝つためには理不尽な犠牲が必要で、それでも解決と言えるかは微妙なものでしかならなくて……」

 ザイを完全に消し去る事はできない。

 どんなに破壊した所で、それはあくまでアバターだけを破壊しているようなもので、ザイという存在そのものには何も影響がない。また新しいアバターを用意すればいいだけ。

 しかも、ザイはこの世からは観測できない世界からエネルギーを得ているから、補給線を絶って行動不能にする事もできない。

 だから、巻き戻す。

 ザイが存在する以前の状態に、世界をリセットする。

 そのボタンを押す役目を担わされたのが──グリペン。

 俺が大切にしたいと思った、深紅のドーターの魂。

 彼女は、何回も俺と出会って共に戦い、恋人になる所まで行ったのに、最後はリセットボタンを押す事しか選べない。

 行く所まで行ったら、最後はリセットボタンを押して出会う所からやり直し。

 それが、何十回と繰り返されてきた、ザイとの戦い。

 なら、俺が今までしてきた事って、一体何だったんだって話だ。

 どんなに進めても、永久にクリアできずやり直すしかないテレビゲームみたいな世界。

 グリペンに、その中から抜け出す術はない。

 なら──

「だから、辞めたんだ。そんな理不尽な方法でしか世界を救えないって言うなら、いっそこんな世界なんて滅びちまえばいいって──」

 白状していた俺は、なぜか笑っていた。

 苦笑いって奴か。

 こういう時になると、人って返って笑ってしまうものなのかな、と思っていると。

「……何それ。つまりあたしに死んでくれって事?」

 明華の冷たい問いに、俺は動揺した。

 明華はうつむいていて、表情が見えない。

「いや──ち、違う!」

「だってそうじゃない! 頼むから俺と一緒に死んでくれ、って事でしょ! そんなの、サイコパスな犯罪者みたいじゃない!」

 明華の声が感情を帯びる。

「そうじゃない! そ、そうだ、明華とどこかに逃げるんだ! そうして──」

「そんなの嫌! 滅びた世界で慧と二人っきりで、ザイに怯えながら生きるなんて!」

「だから、そんな事言ってないだろ!?」

「言ってる! どうして、どうしてそんな簡単に諦められるの!?」

「諦めるも何も、もう方法がないんだから仕方がな──」

 俺が言い終わる前に、頬に痛みが走った。

 ぶたれた。

 俺の頭の中を、真っ白にするほどの威力。

 呆然と明華を見ると、俺を見上げるその顔は怒っていた。

 目から、何かが零れているのが見える。

懦夫(ヌォフー)(いくじなし)!」

 心底失望したとばかりに吐き捨てられた。

 その肩は、僅かに震えている。

 その様は、なぜか俺の心に妙に刺さるものがあった。

「……慧はさ、何のためにザイと戦ってたの?」

「何の、ため?」

 その問いに、俺は答えられなかった。

 俺がザイと戦っている理由。

 それは、家族を殺したザイに復讐するため。

 だけど。

「意地でも守りたいものとか、ないの……? それがあれば、諦められる訳ないんじゃないの……?」

 俺が守りたいもの。

 それって、俺にあるのか?

「それ、は──」

 迷っていると、何かの爆音がする事に気付く。

 それは、だんだん大きくなっているように感じた直後。

「慧っ!」

 明華の声と共に、いきなり突き飛ばされた。

 倒れた直後、目の前で爆発が起きた。

 爆風が一瞬、体を飲み込む。

 立っていたら、間違いなく吹き飛ばされていた。

 見れば、爆発したのは、さっきまで自分達がいた所。

 ガラス細工の残骸が散らばり、燃えている。

 ザイが落ちてきたんだ。

「……明華?」

 そして、さっきまでいたはずの明華がいない事に気付く。

 まさか。

 嫌な予感が過って、残骸をよく見る。

 すると、すぐに見つけられた。

 残骸の下敷きになって、倒れている状態で──

「明華──!?」

 

「──」

 上空からそれを見ていたバイパーゼロは、自分の目を疑った。

 成層圏付近から飛来する新型への警戒をあざ笑うように、日本海に突如として侵入してきたザイ。

 イーグルらが迎撃に向かったのだが、その内の数機が低空で小松市上空に侵入したのだ。

 たまたま定期メンテナンスのために小松を訪れていたバイパーゼロが、それを迎え撃つ事になった。

 那覇の切り札たるバイパーゼロならば、容易く退けてくれるだろう。

 少なくとも、上からはそう期待されていた。

 バイパーゼロ自身も、難しいミッションだとは思っていなかった。

 だがそれは、目の前で起きた出来事で裏切られた。

 息を吸うように撃墜したザイが落下していく先に、民間人がいた。

 彼らを、墜落に巻き込んでしまった。

 予想外の事だった。

 市民の避難は完了していたと聞かされていたのに。

 しかもその民間人には、見覚えのある顔が。

 鳴谷慧。

 グリペンと共に戦っていたが、今は訳あって離れているという少年が。

 戦友を巻き込んでしまったという事実に、バイパーゼロは空で初めて「動揺」という感情を抱く。

 結果それが、周囲への警戒を鈍らせた。

 警報が鳴った時には、既に弾丸の雨が降り注いでいた。

「──!?」

 コックピットを貫く弾丸。

 走る痛み。

 奪われる感覚。

 自分が後ろを取られて射撃されている事に気付いた時には、既に飛行する力の大半を奪われてしまっていた。

 だが、そのまま黙ってやられる訳には行かない。

 相手は勢いをつけすぎたのか、追い抜いた。

 その隙を突いて、ミサイルを発射。

 最後の1機だった相手は、それであえなく爆散した。

 戦いは終わったが、もはや小松に戻れる力はバイパーゼロに残っていなかった。

 高度は落ちている。回復できない。迷っている暇はない。

 バイパーゼロは、目の前に見えた広い道路を滑走路に見立て、不時着する事を決めた。

 黒い煙を吹く紫のドーターは、教科書通りの胴体着陸で道路に不時着、機体をほぼ損壊させる事なく路上で停止した。

 偶然にもそこは、ザイが墜落した場所──鳴谷慧を巻き込んでしまった場所の近くだった。

 

 俺は周りで起きている轟音なんか気にせずに、明華を下敷きにしている残骸をどけていた。

 それがやっと終わって、明華を仰向けにして様子を確かめる。

「おい、明華! 明華……しっかりしろっ!」

 俺が揺すりながら呼びかけると、明華がすっかり弱り切った目で俺の顔を見た。

 その表情は、素人の俺から見ても、一目で虫の息だとわかるものだった。

「あれ……あたし、なんでこうしちゃったかな……? さっき、いくじなしって言った、ばかりなのに……」

 今まで聞いた事もないほど、弱々しい声。

 それが、ますます嫌な予感を加速させる。

「もう喋るな! すぐに助けを呼ぶから! えーっと、今救急車呼んでもダメか……ああ、くそっ!」

 いつになく動揺していて、どうしたらいいかわからない。

 すると、俺の頬に、何かが触れた。

 明華の右手だった。

 その手は錆び付いた機械のようにぎこちなく、俺の頬を包む。

「慧……」

「……え?」

「あたし……やっぱり、慧の、事──」

 全部言い終わる前に、明華の目が閉ざされた。

 がくり、と頭が落ちる。

 同時に、頬から手が力なく滑り落ちる。

「明華……? おい、明華! 明華ッ!?」

 おい、冗談だろ。

 どんなに揺すっても動かないなんて。

 どんなに呼びかけても返事しないなんて。

「俺の事が何なんだよ!? 返事をしてくれっ!」

 何度やっても結果は同じ。

 明華は、動かなくなってしまった。

 それは、つまり──

「そんな……そんな──っ」

 あんな事を言ったのに、明華は俺を庇ってくれて、そのまま──

 受け入れ難い事実が、俺の背中にのしかかってくる。

 明華……お前はいい旦那さんを見つけて、結婚して、子宝にも恵まれるんじゃなかったのかよ──!?

 そんな未来が、今目の前で閉ざされてしまった。

 俺がアンフィジカルレイヤーで見た記憶に、こんな悲惨なものはなかった。

 一体、どこをどう間違ったら、こんな事に──!?

「明華アアアアアアッ!」

 気が付いたら、空に向かって叫んでいた。

 目元がずぶ濡れになるのも、構わずに。

 それを、どれくらい続けた頃か。

 不意に俺の耳元に、固く冷たいものが触れた。

 はっと振り返る。

 そこには、目の前で息絶えたはずの明華がいた。

 いや、明華じゃない。

「……バイパー、ゼロ?」

 どこかぼんやりしているその顔は、俺には明華の姿で見えるバイパーゼロのアニマだ。

 だが、その肩や腹は赤く染まっている。

 そしてその背後には、煙を吹いて乗り捨てられていたドーターがあった。

 まさか、あのバイパーゼロが、負けたのか……!?

 そんな俺をよそに、バイパーゼロは俺にスマホを押し当ててくる。

 見て、と言わんばかりに。

 何かを伝えようとしているのを察した俺は、スマホを受け取って画面を見る。

『彼女は私が助ける。八代通遥に、私のコアを彼女に移植するように伝えて欲しい』

 は?

 何を言っているのか、俺には全くわからなかった。

 コアを移植なんてどういう、と思った矢先、どす、と肉を潰すような音が聞こえた。

 はっと顔を上げた途端、俺は言葉を失った。

「──っ、──!」

 バイパーゼロが、自分の手を胸へ直に突き刺している。

 ずぶずぶと手を胸の中へねじ込んでいく度に、彼女の体が赤く染まっていく。

 そして、口から本来出てはいけない赤いものが吹き出す。

 いつになく大きく見開いている目が、その痛みの尋常のなさを伝えてくる。

 何のつもりなんだ。

 なのに、何やってるんだ、って止める事もできなかった。

 その残酷な様に、俺は思わず吐き気を感じて目を逸らし、口に手を当てていた。

 ぐちゃ、と何かを引き抜く音。

 見ると、血みどろになったパイパーゼロの手に、淡く輝く宝石が握られていた。

 アニマのコアだ。

 がくり、と力が抜けたように膝を落としたバイパーゼロは、それを明華の胸の上に置く。

 その時、どこか満足したように笑んだような気がした。

 だが、それも束の間。

 バイパーゼロは、力なく目を閉じて、明華の隣に崩れ落ちた。

「おい、バイパーゼロ!? バイパーゼロッ!」

 すっかり全身を血に染めたバイパーゼロの体は、完全に死んでいた。

 自衛隊の車がやってきたのは、ちょうどその時だった。

 

(続く)

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