バイパーゼロin明華~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.02 バイパーゼロ、ユナイテッド

 アンフィジカルレイヤーにて、彼女の本質を見た。

 

 彼女にとって、鳴谷慧はいつも身近にいた存在だった。

 異国の地に慣れない彼を、親にお願いされた通りに律儀に支え続けた。

 

 ──大丈夫! 慧にはあたしがずっとついてるから!

 

 そう。

 彼女にとって、鳴谷慧はずっと側にいてくれるはずと思うほどの、大切な存在だった。

 生物学的に特別な存在として。遺伝子継承のパートナーとして。

 そんな彼を、彼女は身を投げ出して救った。

 なんて、勇気ある少女だろう。

 自分の命を犠牲にしてまで救いたいと思うほど、彼女にとって鳴谷慧の存在は大きかったのだ。

 たとえそれが、永遠の別れという矛盾をはらむ事になろうとも。

 それはきっと、鳴谷慧にとっても同じはず。

 あれだけ動転していたのは、その証拠。

 あのままでは、自立飛翔体四号の動作にも影響を与えてしまうだろう。

 それだけの事を、私はしてしまった。

 ほんの不注意で、私は2人を引き裂いてしまったのだ。

 

 ──私、死ぬの……? 慧に、本当の事を言えないまま……?

 

 大丈夫。あなたの死を、鳴谷慧は望んでいない。

 

 ──あなた、は……?

 

 私はF-2A-ANMバイパーゼロ。

 あなたには、申し訳ない事をしてしまった。

 私の不注意で、あなたの命を危険に晒してしまった。鳴谷慧を悲しませてしまった。

 だから、私があなたを救う。

 

 ──助けて、くれるの……?

 

 あなたの再起動には時間がかかる。

 その時が来るまで、あなたの体は、私が預かる。

 だから、どうか──

 

 ──なら、ひとつだけ、頼まれて。あいつを……慧を、お願い。

 

 了解した。

 

 かくして、2人の体は重なり合った。

 バイパーゼロの本質が宋明華の肉体に宿り、溶け込んでいく。

 そうして、やがて。

 意識が、眠りから目覚めていく──

 

     * * *

 

 あれから、どれくらい経っただろう。

 明華が小松基地へ担ぎ込まれ、長い長い手術の末、この病室に入ってから。

 もうすっかり夜になった中で、明華が、遂に目を開けた。

「明華……! よかった……! 大丈夫か! 俺の事、わかるか?」

 恥ずかしながら、泣きそうだった。

 手術で一命はとりとめたものの、いつ目を覚ますのかわからない状態だったから。

 明華が、ゆっくりと体を起こす。

 そして、俺に顔を向けた──けど。

「鳴谷……慧」

 ぽつり、とつぶやいたその顔は、どこかぼんやりしていた。

 違和感を覚えた。

 それは、明華のものじゃない。

 そもそも、明華は俺の事をフルネームでなんか呼ばないし。

 というか、明華は「あ」と何かに気付いたように声を漏らすと、自分の両手や体を見下ろして観察し始めた。

 まるで、冷静な研究者のように。

 自分の体に、違和感でもあるかのように。

「明──華?」

 何だ? どうしちまったんだ明華?

 まさか、あの時のショックで記憶をなくしたとか言わないよな? いや、俺の名前はちゃんと言えてたけどさ。

 そんな時だった。

「どうやらお目覚めのようだ。あまり驚くなよ、イーグル」

 あまり会いたくない人が、病室の中に入ってきた。

 八代通遥。日本のアニマ全ての生みの親。

 隣には、イーグルもいる。

「……あれ? あれ? 慧の家にいた人じゃん。バイパーゼロは? バイパーゼロいるんじゃないの?」

 イーグルは明華を見るや否や意外そうにくりくりした目を見開くと、きょろきょろと病室を見回し始めた。

 バイパーゼロを探している?

「今からそれを確かめるとするか」

 すると、八代通さんがベッドの前に出た。

 こんな時でも、彼は煙草を取り出してライターで火を点ける。

 ふう、と白い煙を吐く。

 それが、まるで深呼吸してるみたいだと思った時、

「お前はバイパーゼロか? それとも、宋明華か?」

 そんな、おかした事を明華に問うた。

 すると、明華は。

「私は──バイパーゼロ」

 冷静に、そう答えた。

「え……?」

 明華じゃなくて、バイパーゼロ? どういう事なんだ?

 でも、確かにその表情はバイパーゼロのもの。

 でも、バイパーゼロは明華を助けるために、死んだんじゃ──?

「え!? バイパーゼロ!? バイパーゼロなの!? どういう事!? なんで慧の家にいた人になっちゃったの!?」

 イーグルは、信じられないとばかりにベッドに詰め寄って、明華の体を観察している。

「……全く、君は一体何を考えていたんだ。今回は君の意思を尊重してやったが、ザイのコアなんて異物を人間に埋め込んだら、普通拒絶反応起こしてショック死するのがオチだろうが。下手したらお前も明華さんと揃ってお陀仏になる所だったんだぞ」

 そして八代通さんは、険しい表情で説教を始める。

 理解が追い付かない。

 八代通さんもイーグルも、明華とバイパーゼロとして接している。

「それしか方法が導き出せなかった。無謀だったのは認める」

 そして、明華もまるで感情を感じさせない、コンピューターかロボットみたいな声で会話している。

 その言い回しは、確かにバイパーゼロのもの。

 おい。

 じゃあ、明華は──

「待ってください! 一体何が、どうなってるんですか!? 明華は、一体どうなったんですか!?」

 思わず、話を遮って八代通さんに聞いていた。

 すると、八代通さんは、話を聞いて全てを理解できた探偵のような顔をしてタバコの煙を吐き、

「わからないのか? 今目の前にいるのは君の幼馴染じゃない。F-2Aのアニマ、バイパーゼロだ。明華さんの体に、バイパーゼロが乗り移っている感じだな」

 そんな事実を告げた。

 バイパーゼロが、明華に乗り移っている?

「そんな、一度死んだアニマが他の人に乗り移るなんて、できるんですか?」

「理論的には可能だ。個体という概念のないザイは、手段と目的によって姿を変えるんだろう? そもそもアニマだって、元を辿ればザイだったものだ。選ぶアバター次第で、ザイにだってアニマにだってなれる。その要領で行けば、コアさえ無事なら一度死んだアニマを蘇らせる事も理論的には可能になる。バイパーゼロはそれを証明した。バイパーゼロは、元のアバターを捨て去って、明華さんの体を新たなアバターに選んだ訳だ」

「でも、さっき拒絶反応って」

「そうだ。普通、人の体に人ならざるモノを埋め込んだら、ただで済む訳がない。本来なら新しくアニマとしての肉体を作り直すところだが、生憎今の技本にそんな余裕はなくてな、仕方なくやった訳だ。だが、どういう訳か2人の相性はよかった。なぜそうなったのかは知らんが、EGGが明華さんの脳波と同調していたんだ。ちょうど、君とグリペンのようにな。その副作用として、今まで不安定だったEGGも安定した。まるで明華さんに合わせたみたいにな。おかげで俺にもイーグルにも、明華さんの姿で見えている」

 そうか。

 それなら、イーグルが今も困惑しているのもわかる。

 バイパーゼロは、不確かなアニマだった。

 見る人の記憶をもろに受け、その姿は見た人によって変わってしまう。その本当の顔は、誰も知らない。

 きっとイーグルにも、俺には知らない姿で見えていたのだろう。

 それが急に変わったんだから、驚かない訳がない。

「何はともあれ、あのままでは明華さんも長くは持たなかったらしい。バイパーゼロは無事だった自らのコアを提供した事で、死にゆく明華さんを生かした訳だ」

「でも、それじゃあバイパーゼロが明華の体を乗っ取ったみたいじゃないですか。明華は、本当に生きているんですか?」

「『生きる』という言葉の定義にもよる」

 すると、不意に明華──いや、バイパーゼロが話に割り込んできた。

 相も変わらず、

「肉体的に見れば、宋明華は間違いなく生きている。この肉体は、回復途上だが確かに正常に動作している」

「じゃあ、明華の意識はどうなったんだ!?」

「不明。少なくとも、彼女の意識が再起動するには、しばらく時間を要する。それがいつになるかは、私にも予想できない」

 何だ、それ。

 それじゃあ、留守の間に家を乗っ取ったみたいなものじゃないか。

「お前……本当に明華を助けたかったのか?」

 疑ってしまう。

 助けるなんてのは建前で、実はやられてしまった時にたまたま都合のいい相手がいたから乗り移っただけなんじゃないかと。

「私は、宋明華の命を危険に晒してしまった」

 すると。

 どこか悔やむように、バイパーゼロは語った。

「私が撃墜したザイが、あなた達の所へ落ちてしまった」

 え。

 あの時落ちてきたザイは、バイパーゼロが撃墜したものだったのか?

 確かに、撃墜した敵機がどこへ落ちるかなんて予想するのは難しい。

 相手はミサイルと違って、単調な動きなんてしない。相手はまだ操縦が生きていて、不時着を試みるかもしれないから。

 しかもそれを戦闘中に判断して、とっさに対応するのはまず不可能だろう。

「私の不注意だった。まだ避難していない民間人がいた事に気付いていなかった。そんな私の落ち度で、彼女を死なせたくなかった。彼女の死は鳴谷慧に、しいては自立飛翔体四号によからぬ影響を与える」

「バイパーゼロ、お前……」

 そうか、バイパーゼロは知っていた。俺と明華の関係を。

 他の誰でもなく、俺自身が話したから。

「私は、彼女からあなたの事を託された。鳴谷慧」

 バイパーゼロは不意に俺の手を取って、迷いなく告げる。

 突然の行動に、俺は驚いた。

「私が、彼女に代わってあなたを守る。それが、彼女と交わした約束だ。どうか信じて欲しい」

 俺を見つめる黒い瞳。

 それは、お節介な明華のものと、何も変わらなかった。

 

 ──大丈夫! 慧にはあたしがずっとついてるから!

 

 そう、あんな事を言ってくれた時と、同じように。

 ああ。

 これは、俺の思い違いだったようだ。

 そういえば、何だかんだ言ってお土産を渡してくれたりとか、バイパーゼロは悪い人じゃなかったし。

「バイパーゼロ……」

「……いい雰囲気になってる所悪いが、そう手放しで喜べる事じゃないぞ、バイパーゼロ」

 でも、それもほんの束の間。

 八代通さんの声で、現実に戻された。

 見れば、その表情は、相変わらず険しい。

「ザイのコアがあるとは言っても、今の君の体は人間でしかない。君の能力は、大半が失われていると言っていいだろう」

 それは、事実上の戦力外通知。

 バイパーゼロの目が、僅かに見開いたのがわかった。

 

(続く)

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