バイパーゼロin明華~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
「……理解不能。説明を求める」
「いいか。アニマの体は、最初からアニマとして作られているからこそ、コアの力を操れる。それを持たない人間にコアの力を扱えると思うか? その身に余る力を使えば、自滅するのがオチだ」
「自滅」
「今まで通りにドーターを操縦して戦おうものなら、肉体が持たずに気絶する。グリペンに乗った鳴谷慧の事を知っているならわかるはずだ──いや、それ以前の問題か。そもそも演算能力からして人間のものになってしまったんだ。ドーターと接続しようものなら膨大な情報を処理しきれずに、『頭が爆発する』だろう」
「待ってお父様!? それって、バイパーゼロが今度ドーターに乗ったら、死んじゃうって事!?」
イーグルが、驚いて八代通さんに詰め寄る。
八代通さんはあっさりと、そうかもな、と答えた。
何だ、それ。
という事は、少しでもアニマの真似事をすれば、バイパーゼロの──いや、明華の命はないって事じゃないか。
すると、イーグルの視線が俺に向いた。
「許せない……!」
忌々しいものを見るかのような目。
ぞっとしたのも束の間、イーグルはまっすぐ俺に突っかかってきた。
「バイパーゼロを戦えなくなるくらいボロボロにしたなんて、許せない許せない許せないっ!」
「ちょ、なんで俺のせいに──!?」
「だって! 慧が今まで通り戦ってくれてたら、こんな事にならなかったでしょーっ!」
今まで通り戦ってくれてたら。
それは、俺の胸に鋭く突き刺さる言葉だった。
今まで通り戦っていたら。
もしかしたら、そもそも明華も、こんな目に遭わなかったかもしれない──
「そんな慧なんか、ザイにやられちゃえばいいんだ!」
イーグルはそう吐き捨てて、ずかずかと病室を出て行ってしまった。
八代通さんは、そんなイーグルを呼び止める事もせずに、じっと俺をにらむ。
「……そうだな、我々は今回の騒動で、貴重な切り札をひとつ失ってしまった。先の戦いで深手を負ったファントム、事実上戦力にならないグリペンも含めれば、もう半減だ」
またぞっとした。
今、日本は3機ものドーターが行動不能になっている。
使えるのは半分以下の2機だけ。
それだけで、ここに核を落とすかもしれない新型のザイを迎え撃たなきゃいけないのか……?
「だから我々とて、せっかく生き延びたバイパーゼロを肥やしにする訳にもいかない。明華さんの家族には、とりあえず娘さんは行方不明だと伝えてくれ」
「え、行方不明って──!」
「機密事項だから仕方がないだろう。しばらくここで預かるのだからな。どの道ドーターは修理しなければならんし、復帰のめどが立つまでは、そうするしかない」
復帰……?
まさか、バイパーゼロをまた戦わせるつもりなのか……?
「待ってください! バイパーゼロを戦わせるつもりなんですか?」
「何だ、誰のせいでそうなったと思っている? 嫌なら穴埋めでもしてくれるのか?」
八代通さんの言いたい事は、それだけでわかってしまった。
バイパーゼロの代わりに戦えと。
バイパーゼロを戦えなくした罪を償えと。
まるで、バイパーゼロを──いや、明華を人質に取るような言い方に、く、と怯んでしまう。
なら、と俺はバイパーゼロの気持ちを確かめようとしたが。
「私は戦闘可能レベルにまで復帰するつもりだ」
まるで先回りされたように、そう言われてしまった。
そんな、どうして。
俺は思わず、バイパーゼロの両肩を掴んでいた。
「何言ってるんだ!? 次ドーターに乗ったら死ぬかもしれないんだぞ!? せっかく助けた明華の命を、無駄にするのか!?」
「無駄にしないために、そう判断した。何もしない方が、宋明華の命を無駄にする確率が高い。あなたが戦わないのなら、猶更」
「バカ言うな! そんなの無茶だ! せっかく命を助けたなら、それをもっと大事にしないと──」
「
え。
今、なんて言った……?
あの時明華が俺に言った事と同じ事を言わなかったか……?
見れば、バイパーゼロが顔をしかめている。
それは、明華が不機嫌な時と全く同じで──
「ほら、本人もそう言っているんだ。君に止める権利はない」
話は、八代通さんに強引に止められた。
「君がどんな選択をしようと、止めはしないさ。だが、明華さんは世界の行く末を知っても君の事を、命を投げ捨ててまで守ってくれたんだろう? なら君は、そんな幼馴染にさえ及ばない腑抜けという事になるな。少し前まで最前線で戦っていたのが嘘みたいだ。まさか君は、確実に勝てる勝負しかしないタイプだったのか?」
八代通さんが挑発してくる。
でも、俺は何も言い返せない。
「なら、せいぜい未来の可能性に殺されないよう、うまく立ち回る事だな。鳴谷慧」
あざ笑うような八代通さんの言葉。
その一方で、バイパーゼロは妙に戸惑った様子で、自分の口に手を当てていた。
「今の、言葉は──?」
* * *
すっかり暗くなった基地の中、正門へ向かう。
足取りは、まるで後ろから引っ張られているかのように重い。
逃げるのか?
俺の心の奥底から、そんな声がする。
「──」
胸にぽっかり穴が開いたよう。
頭の中は、後悔ばかり。
明華はバイパーゼロに乗り移られて、不完全なアニマと化してしまった。
そんなの、俺の知らない内に改造されてしまったようなものだ。宋おじさんに、どう顔向けしたらいいんだ。
もし俺が戦い続けていたら、明華はそうならずに済んだのか? 明華を、こんな危険な世界に巻き込まずに済んだのか?
いや、これは明華だけの問題じゃない。
明華を救う代償として、力の大半を失ってしまったバイパーゼロ。
自衛隊は最強の切り札を失い、盟友のイーグルは怒った。
もし俺が戦い続けていたら、バイパーゼロはそうならずに済んだのか? こんなややこしい事が起きずに済んだのか?
得られる答えは、ただひとつ。
俺は間違っていた、という事。
世界を救わないという事は、こういう事だったという事。
俺はグリペンを救いたいあまり、幼馴染と自衛隊最強の切り札を犠牲として差し出してしまった。
釣り合う訳がない。
俺は、本当にバカだ。
俺はこんな事をしてまで、グリペンを救いたかった訳じゃない。
「──」
そういえば、グリペンに会わなかったな。
いや、瀕死状態の明華の事で頭がいっぱいだったから、気付かなかっただけかもしれない。
あいつは今、どうしてるんだろう。
電話をしても全く繋がらないし、どこでどうしているのか全くわからない。
こんな事を知ったら、失望するだろうな。
会った所で、突っぱねられるだけかもしれない。
いや、そもそも会ってどうするつもりなんだ俺は?
もう一度一緒に戦ってくれって頼むのか? グリペンにまたリセットボタンを押させるのか? え?
──まさか君は、確実に勝てる勝負しかしないタイプだったのか?
──なら、せいぜい未来の可能性に殺されないよう、うまく立ち回る事だな。
くそ。
悔しいけど、あいつの言う通りだ。
俺は、未来の可能性に尻込みしている。
何度も通った、グリペンが犠牲になる未来が、怖くてたまらない。
かと言って、一体何か正解なのかは、まるでわからない。
だから、尻込みして全く動けずにいる。
ただ──
「──」
正門を前にして、足が止まる。
今ならまだ引き返せる。
今出て行ったら、本当に後戻りできなくなる。
本当に、逃げるのか?
明華を置いて、逃げるのか?
いや、俺はそもそも。
どうしてまだ引き返せるなんて、思っているんだ?
それは──
「──っ!」
ダメだ。
このまま間違いっぱなしなんて嫌だ。
このまま逃げたら、もっと大きな間違いをしてしまいそうな気がする。
今よりもずっと、後悔しそうな気がする。
そんな未来の可能性に殺されるくらいなら、俺は──!
「──ああもうっ!」
沸き上がる感情に任せて、俺は踵を返した。
グリペンに会いに行く。
そして、謝るんだ。もう一度、一緒に戦ってくれないかって。
きっとグリペンは、簡単に許してくれはしないだろう。
乗り越えたとしても、勝機は全く見えない。
でも、バイパーゼロだって言ってたじゃないか。
何もしない方が、無駄にする確率が高いって──!
* * *
こうして俺は基地に戻って、もう一度グリペンと一緒に戦う事になった。
小松を核で狙っている新型のザイも、撃墜する事ができた。
目の前の危機は、とりあえず去った。
でも、俺の胸に開いた穴は塞がらなかった。
だって。
俺が家に帰っても、俺の事を出迎えてくれる人は、もう誰もいなくなってしまったんだから──
(続く)