ラスボス系王女をサポートせよ!   作:平成オワリ

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第二話 幼い双子を救出せよ!

 かつて南の傭兵国家ヴァジュラには、三百年前より恐ろしい魔族が隠れ潜んでいた。

 

 その名は――魔界大帝ボノボン。

 

 血と計略と戦争を好む、悪鬼羅刹とも相違ないと魔界でも悪名高い魔族である。

 

 かつて魔王クロノと魔界の覇を競い合ったとされる彼は、最終的はクロノによって斬り伏せられたと伝えられていたが、実際は地上に逃げ込み力を蓄えていたのだ。

 

 用心深いボノボンは昔からほとんど表舞台には立たず、陰から国を操り血を流させる事を生き甲斐とする卑劣な魔族である。

 

 地上へと逃げた彼は己の隠れ住む場所として、当時すでに傭兵国家として周辺諸国に戦争狂いと認識されていたヴァジュラに目を付けた。

 

 ヴァジュラの初代傭兵王に成りすまし、力を蓄える。そしていずれは魔王クロノに復讐を遂げ、魔界を制覇する。それがボノボンの野望だ。

 

 そうして時は流れ、復讐相手である魔王の死を知ったボノボンは喜んだ。拍手喝采である。別に自分が倒さすことにこだわりのなかった彼は、周囲の部下達に笑いながらこう言った。

 

『魔王のアホよりワシの方が長生きした。つまり、ワシの方が魔族として格上っちゅーことじゃ』

 

 厚顔無恥とはこの事だが、彼の周りは何も言わない。この男は卑劣であるし恥知らずであるが、その力は決して侮れるものではないのだから。

 

 そうして恐れるモノは何もないと周辺国家へと戦争を仕掛け、そして一か月後には血祭に上げられてしまう。

 

 魔王を殺した少女――ミスト・フローディアとその従者達の手によって。

 

 そうして魔界大帝ボノボンの野望は潰えた――かに見えた。

 

「ぐふふ……」

 

 昏い闇の中、一人の男が王城を見上げる。

 

 体格は良く、二メートル近い身体は無駄な筋肉を削ぎ落としてなお並の男性よりも肥大。その形相は鬼のようで、子供が見れば泣き叫ぶほどに恐ろしい。

 

 彼こそ、魔界大帝ボノボン。かつての戦乱を生き延び、こうして悪意のある笑みを浮かべて王都シノミヤへと侵入を果たしていた。

 

 公式には、ミスト達によって追い詰められた傭兵国家ヴァジュラが伝説の傭兵王ボノボン――実際は魔界大帝ボノボン――を召喚して反撃に出たとされる。

 

 しかし実際、ボノボンは元々傭兵国家ヴァジュラの中に隠れ住んでいたのだ。では召喚された傭兵王は何者か?

 

 それは魔界でも有数の大悪魔にして、魔界大帝ボノボンの側近中の側近――悪魔公爵ブラックサンダー。彼が影武者となり、ミスト達を殺して世界中を戦乱の渦へと巻きこもうとした。

 

「ワシは悟った。表に出るから負けるのよ。最初から最後まで影からアホ共を操れば、何があっても負ける事はないんじゃ」

 

 悪魔公爵ブラックサンダーは強大な悪魔だ。もしこれが他の国との戦争であれば、間違いなく傭兵国家ヴァジュラの勝利だっただろう。

 

 ただ相手が悪かったのだ。魔王すら殺して見せたミスト達を相手に奮戦こそすれ、力の差は歴然。ミスト達と敵対した悪魔公爵ブラックサンダーが殺されるのは、そう時間はかからなかった。

 

 こうしてボノボンが三百年の時をかけて作り上げた傭兵国家ヴァジュラは、闇の女王ミストによって滅ぼされる事となった。

 

「さあ復讐の時間じゃぁ」

 

 しかしボノボンはめげない。雌伏の時を過ごし四年。否、魔王クロノに負けてから数えて三百年以上。

 

 待つと事に関しては誰よりも得意だったボノボンは、こうして復讐のチャンスを待ち続け、そうしてついにチャンスを掴みとった。

 

 そう、ミスト・フローディアが公務で王都を留守にしている隙に、彼女の子供達を攫うチャンスを。

 

「さあ待っとれよあのメス餓鬼が……おどれの餓鬼共の四肢を引き千切って、一本ずつ送り届けたるからのぉ……」

 

 王城を見上げた魔界大帝ボノボンは、そのまま闇に消える。そして――

 

 

 

 

 この日、最悪の悪意が王都を襲う。

 

 カグヤとヤマトの二人は、暗黒神官達すら気付かぬうちに忽然と姿を消してしまったのだ。最初はヤンチャな二人だ。隠れて遊んでいるだけだろうと思っていたが、それはあまりに長く、ついには日が暮れても誰も見つける事が出来なかった。

 

「探せ! 探せぇぇぇ!」

「カグヤ様ー! ヤマト様ー!」

 

 しかし懸命な捜索にも拘わらず、彼等二人の消息は不明のままだった。

 

 それは王都シノミヤ中で似顔絵などが飛び交う騒ぎとなる。そんな似顔絵を手に取る一人の青年がいた。

 

「……まじかよ。どこのどいつだ! 下手したら今度こそ世界が滅びるぞ!」

 

 青年は皇帝達がいない隙に王都を楽しもうと来ていたのだが、王子達が行方不明になったと知った瞬間、慌てて駆け出した。まるで迷うことなく、まるで目的地がわかってるかのように、凄まじい速度で駆け出した。

 

 

 

 

「ぱぱ……まま……こわいよぉ」

「なくなかぐや。ふかくをとったが、おまえだけはかならずにがす」

「やまとぉ」

 

 突然闇が訪れたと思えば、二人はいつの間にか廃墟へと連れ去られていた。そして目の間には恐ろしい鬼がいたのだ。

 

「恐ろしく似た顔立ち……その顔を見てるだけで、臓腑がひっくり返りそうじゃわい」

 

 地獄の底から出たような低い声。明らかに人とは異なる岩のような顔面に白一色の瞳。カグヤ達が五・六人分はありそうな巨体。

 

 魔界大帝ボノボンは、城の中でしか過ごしたことのないカグヤ達にとって、初めて見る恐ろしい化物であった。

 

 恐ろしさに涙を流すカグヤを庇うように、ヤマトは震える体に力を入れて睨み返す。とはいえ、恐ろしいものは恐ろしい。如何に大人顔負けの力を持っていようと、相手は正真正銘トップクラスの化物である。

 

 三歳とは思えない聡明さを持つヤマトは、カグヤ以上にこの状況の不味さを感じ取っていた。

 

「おいおに! もくてきはなんだ!」

「……なんちゅー生意気なガキじゃ。どうやら己の立場が理解出来ん様じゃな」

「がっ!」

 

 ボノボンはヤマトに近づくと、その小さな腹へ蹴りを入れる。ヤマトの腹部くらい大きな足だ。ヤマトが踏ん張ることなど出来る筈がなく、勢いよく壁へと蹴り飛ばされた。

 

「やまと!」

 

 いつも一緒の大切な兄が鬼に殺される。そんな恐怖が足を突き動かし、ヤマトの下へと向かおうとするが、ボノボンに首根っこを掴まれ宙に浮かされる。

 

 そして目の前に、恐ろしい鬼の形相を持つ化物。

 

「あ……あ、あ、あ……」

「ほんまにムカツク顔しとる餓鬼じゃのぉ……このまま喰ってやろうか!」

「ひぅっ! やだやだ! たすけてパパ、ママ!」

 

 カグヤは恐ろしくなり目を閉じつつも、首を横に激しく振り抵抗をする。それが何の意味もなさないことは、この場にいる誰もが分かっていた。

 

「ぐ、ぐぐぐ……おのれ、かぐやをはなせばけものめ!」

 

 崩れ落ちた壁から出てきたヤマトは、必死に這いずりながらボノボンを睨みつける。

 

 そんなヤマトを見て、ボノボンは思わず目を見開いた。

 

「信じられん。手加減したとはいえ、普通死ぬじゃろ。なんで生きとんじゃ……」

「ふぐぐ……かぐやを……はなせ」

「とはいえ、半死半生なのは違いないか。ぐふふ、そうじゃ、お主の目の前でこの餓鬼の腕を一本ずつ喰らってやろう。その次は足、そして腹、最後に顔」

 

 ボノボンは醜悪な笑みを浮かべたまま、ゆっくり近づき――

 

「そうすれば、お主はどんな顔をするんじゃろうかのぉ?」

 

 地面に這い蹲るヤマトの背中を踏み潰す。

 

「ぐがぁ! ぐぅ……ぐぅぅ……!」

「やまと、やまとー!」

 

 あまりの激痛に苦悶の声が漏れ、涙を浮かべながらもヤマトは叫ぶのを耐える。

 

 何故なら自分は大陸を統一した偉大なる皇帝ミストと、その右腕にして世界最強の魔術師トールの息子。そして、時代のフローディア統一帝国の皇帝となる者。情けなく声を上げるなど、出来る筈がない!

 

 ヤマトにはこの場を打開する手段はない。だがきっと、耐えれば助けが来るはずだと信じていた。普段はふざけている神官達は極めて優秀だ。何より、このような蛮行、父と母が許すはずがない。

 

「あんしんせよかぐや……ぐぅ! われは、ぅ……つよいから、かならずたすけて、やるから」

「あ、やまとぉ……」

 

 そんな二人の兄弟愛は、しかし化物には通用しない。

 

「つまらんのぉ……」

 

 魔界大帝ボノボンはぽつりと呟くと、足をヤマトから退ける。

 

「もうええ。人質は二人おっても面倒なだけじゃ。とりあえず、メス餓鬼は喰らって、このオス餓鬼が泣き叫ぶのでも見て愉しむか」

「き、きさま! これいじょう……かぐやをなかせてみろ! ころしてやるからな!」

「ぐふふ……その端整な顔がどう歪むか、愉しみじゃ!」

「やだ! やだよぉぉ!」

「やめろ……やめろぉぉぉ!」

 

 かぐやを己の正面に持ち替えたボノボンは、その小さな腕に目を向けて大きく口を開く。

 

「それじゃあ、頂きまー……」

 

 その瞬間、一筋の光が煌めく。

 

「あ……?」

 

 かつて魔界ではあの魔王とさえ覇を競い合う、最高クラスの魔族。謀略と策略は卑怯と罵られる事も多いが、それ以上に逆らう者を殺し尽すことで恐れられた最凶の魔族。

 

「なんじゃ? おいこれはなんじゃ何故ワシの腕が……腕が堕ち……」

 

 そんな魔界大帝の両腕が、ゆっくりと堕ちる。

 

「腕がぁぁぁぁぁ!」

 

 その瞬間を、ヤマトは、カグヤは一生忘れないだろう。

 

「これ以上しゃべんなクソ野郎」

「なっ! 誰じゃ貴様! なんなんじゃ貴様は――」

 

 あまりに美しい剣線。流星のような煌めきと共に煌めいたと思えば、ボノボンの足が堕ちる。同時に胴体、そして首。たった一線に見えたその剣戟は、無数の光が遅れて来るほど速く、まさに閃光と言うに相応しいほど綺麗なものだった。

 

「ワシは……まかいたいてい……ぼの……ぼ……」

 

 それがかつて魔王と覇を競い合った魔界大帝の、最期の言葉となる。細かく崩れ落ちた身体は決して戻る事はなく、地面にボトボトと堕ちていく。

 

 更に男はその肉体の一粒すら存在を許さないと言わんばかりに、落ちていく身体を火炎魔術で焼却した。

 

「……ふう」

 

 そうして黒髪の青年はいつの間に抱き抱えたのか、カグヤをゆっくりと地面に降ろし、動けないヤマトへ回復魔術をかけると優しく微笑んだ。

 

「二人とも、よく頑張ったな」

 

 その言葉を聞いてカグヤとヤマトは自分達が助かったのだと、ようやく実感が出来た。

 

「あ、あれ……?」

「む、むう……?」

 

 頬を伝う一筋の水滴。二人は自分達が最初、何で泣いているのかわからなかった。だが黒髪の青年の微笑みを見て、安堵したのだと気付き、一気に緊張の糸が途切れてしまう。

 

「あ、あ、ああああ!」

「むぅぅ! ないてない! われはないてないぞ!」

 

 大きく泣き叫ぶカグヤに、必死に我慢するヤマト。そんな対照的な二人を見て、青年は少しだけ笑ってしまう。

 

「何この二人。見た目はあいつらそっくりなのに、すっげぇ可愛い」

 

 そう言いながら青年は泣く二人を抱き締めてやり、落ち着くまで待ってやる。しばらくして泣き止んだヤマトがしっかり立ち上がり、青年を見上げた。

 

「いのちをすくってくれたこと、れいをいう。なにかのぞみはあるか? われがなんでもこたえてやるぞ」

「なんつーか、三歳児がこんなにしっかりしてると、ちょっとヒクな」

 

 将来が怖いんだけど、と呟きながら、青年は気まずそうに頭をポリポリとかく。

 

「別に礼はいらねーよ。お前のとこの両親には、ちょっと借りがあったからな。それを返しただけだ」

「きしさまは、ままとぱぱのしりあいなの?」

 

 カグヤの言葉に、青年はしまったと思うが後の祭り。その言葉に瞳を輝かせた二人は、一気にテンションが上がる。

 

「であれば、しろにまねこう! われらをたすけたのだ。そうおうのれいはするぞ!」

「うん! おれいしたい!」

「いや、だからいいって。あ、そうだお礼っつーならさ、お前らの両親に俺の事隠しといてくれよ。それがお礼! いいだろ?」

 

 慌てたようにそう言う青年に二人は首を傾げるが、命の恩人だ。二人は揃って頷く。

 

「良い子だ」

 

 青年は二人の頭を再度撫でる。それを二人は気持ち良さそうに受けいれた。

 

「うむ。ぬしはけんのうでだけでなく、なでるうでもいいな」

「はは、どういたしまして」

 

 頭を撫でていると、カグヤが顔を赤くして見上げてくる。

 

「……ねえきしさま?」

「ん? なんだ?」

「きしさまがすきなおんなのこは、どんなひとですか?」

「と、唐突だな……」

 

 青年は考える。いくら落ち着いたとはいえ、先ほどまで恐ろしい目にあったのだ。ここで会話をして気を紛らわせられるなら、いいだろうと思った。

 

「そうだなぁ……どっちかっていうと、お淑やかで髪の長い女の人が好きだな」

 

 青年が思い出すのは、幼馴染の一人。別に恋心があったわけではないが、女性の理想像を言えば彼女になると、当たり前のように思った。

 

「うん、ほかには?」

「後はそうだな。俺に殺意を向けない、高笑いしない、もう一回言うが殺そうとしない。これは絶対条件だ」

「それはあたりまえだとおもうが……」

 

 青年はこの二人とそっくりの少女を思い出す。高笑いをしながら落雷を落とし、炎龍を暴れさし、仕舞には隕石を落としてきた少女。あれは今でも恐ろしいと、若干トラウマになっていた。

 

「わたし、おしとやかになる! あと、たかわらいしない! きしさまをころそうとはおもわない! ……うわきしないなら」

「おう、良い心がけだ! 頑張れよ! ところで最後なんつった?」

「うん、がんばるからまっててね」

「うん? ああ、まってるな?」

 

 首を傾げながら答える青年を見て、ヤマトは呆れたように呟く。

 

「これは……きしよ、じんせいのはかばにあしをつっこんだな」

「誰に教わったんだよそんな言葉」

「うちのしんかんたち。まあたいせつないもうとだが、われもきさまならかまわんさ」

 

 謎の言葉が妙に重く感じた青年だが、不意に背後に振り向いた。その顔は盛大に引き攣り、額からは汗を流し出す。

 

「どうしたの?」

「ああどうやら二人のお迎えが来たらしい。つーわけで俺は帰るな」

「え?」

「おい!」

 

 二人が引き留めようと手を伸ばすが、そんなもの関係ないと青年は一気にその場から駆けだした。

 

「じゃあ約束な! 二人には、俺の事内緒だからなぁぁぁ!」

 

 そんな声と共に、青年は姿を消した。それとほぼ同時に現れた二つの影。

 

 それは、二人がこの世で最も愛する両親の姿であった。

 

 

 

 その後――

 

「それで、誰が助けてくれたのだカグヤ?」

「んー、ないしょ!」

「なあヤマト、ヒント! ヒントくれ!」

「ちちよ、それはいえぬ」

 

 ミストとトールは愛しい二人を守ってくれた人物について尋ねるも、二人は頑として答える事はなかった。二人とて礼を言いたいのだが、どうも子供は時として頑固で、いくら聞いても無駄に終わってしまう。

 

 ただ、この日を境に二人はまるで明確な目標が出来たかのように変わった。

 

 ヤマトは積極的に剣を学び、いずれは世界最強の剣士を目指し始めた。

 

 カグヤはマナーや教養といった、淑女に必要な科目を必死にこなしていた。

 

 そんな二人の頑張りを、トールとミストは見る。微笑ましい姿だ。頑張る子供はやはり可愛い。しかし――

 

「俺、魔術師なのに息子が目標にしてくれないんだが……」

「娘が私と真逆の性格を目指しているように見えるんだが……」

 

 解せぬ。と同時に呟く二人であった。


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