ケーフェンヒラーの娘wiki風まとめ   作:わりとアレ

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グリューネワルト伯爵夫人ならびに同盟のあれこれ

グリューネワルト伯爵夫人


 皇后より4歳年上で同年代であるグリューネワルト伯爵夫人とは、その前半生では接点がないに等しかったが、後に極めて親しい友人となった。皇后を語る上で、彼女のことは外せない。

 

アンネローゼ・ウォーリック・グラフィン・フォン・グリューネワルトAnnerose Worlick,Gräfin von Grunewald)

伯爵夫人。帝国功労勲章大十字章。モデル。ブランドプロデューサー。コラムニスト。コメンテーター。フェザーン第10大学附属中央図書館資料編纂員。同盟愛煙家協会上級理事。帝国系同盟人クラブ連盟名誉理事。

グリューネワルト伯爵夫人

Gräfin von Grunewald

 

【挿絵表示】

フェザーン社交界のナイトパーティにて

髪が短いため大学在学時と推定される

高等弁務官主催の夜会では長いウィッグをつけていた

       伯爵夫人小目次       

15.1 生い立ち

15.2 フェザーン留学

15.3 ウォーリックとの出会い

15.4 同盟への亡命

15.5 ロボス事件と最終通告運動

15.6 誘拐事件

15.7 分離同盟戦争

15.8 夫婦関係

15.9 子供たち

 15.9.0 子供たち小目次

15.10 皇后との関係

15.11 後年と死後

:以下補足資料

15.12 トリューニヒトの回顧録

 

生い立ち


 帝国暦426年、ゾンネンフェルス伯爵エドマンドの長女として生まれる。

 母は降嫁した皇族で、グリューネワルト伯爵夫人本人はオトフリート4世の孫にあたる。皇孫ではあるが、オトフリート4世は子の多くを貴族に押し付けていたため、この当時の貴族社会では実にありふれた存在だった。

 グリューネワルト伯爵夫人号は母が降嫁するときの封号であり、母の死後に自身が一代限りでの継承を認められている。

 ゾンネンフェルス伯爵の2人目の後妻*1とグリューネワルト伯爵夫人は折り合いが悪く、また、生前のゾンネンフェルス伯爵も以前の妻の娘に対しては冷淡であり、親子の情というものは見られなかった*2

 グリューネワルト伯爵夫人もゾンネンフェルス伯爵家に対して何かを期待することはなく、父の死に際して伯爵家の継承権を完全に放棄することと引き換えに、生母が所有していた郊外の小さな屋敷と、成人までの養育費として父の遺産の僅かな分与を継母に申し出て認められた。

 

 以後、グリューネワルトを家名とし*3、完全にゾンネンフェルス伯爵家とは関係を絶つ。

 父の死の時点では後見人が必要な子供であったが、貴族社会ではオトフリート4世は非常に嫌われており、縁を切ったとはいえオトフリート4世派の筆頭ゾンネンフェルス伯爵の娘という理由で敬遠された。帝国貴族社会で力のない相手を排斥するのではなく敬遠という形で放置するのは実は温情に近いものであるが*4、後見人が決まらないことには変わりない。

 その状況を見かねたブルッフ*5が後見人に名乗りを上げた。ブルッフはゾンネンフェルス伯爵の友人であり、オトフリート4世を批判*6した廉で退役となった老提督である。帝国貴族たちは、友人のことで不興を被った上にその娘の世話まで見るとは何と物好きなことよと噂しあったが、ブルッフは意に介さなかった。

 しかし、確かに物好きに過ぎたやもしれぬと、後にブルッフは苦笑することになる。

 

 

 

フェザーン留学


 豪胆で辛辣な為人で知られたブルッフに苦笑させるほど、グリューネワルト伯爵夫人の評判は旧体制下の帝国貴族基準において芳しからぬものだった。

 とはいえ、最初から素行不良であったわけではない。帝都の高等女学校(リュツェウム)時代は化粧っ気もなく髪型も服も地味で勉強と本の虫であり、豊かで明るい緑の森(グリューネワルト)ではなく寒く物寂しい灰色の森(グラウエワルト)と同窓にあだ名されていたほど大人しい女学生だった。

 しかし、卒業後、フェザーン第10大学(エコール・ダル・リベロー・ユニベルシテ)教養学部(・ドゥ・フェザーン・ディズ)に留学してからは一変。帝国貴族令嬢とは対極にあるような自由奔放な生活を送るようになる。

 

 フェザーンを訪れた帝国の婦女子は身分の上下を問わず、その物質的な豊かさに魅せられて「フェザーン病(フェザーネン・クランクハイト)」に罹患すると揶揄されることが多い*7。グリューネワルト伯爵夫人もその例に漏れず、フェザーン到着直後からショッピングなどに熱を上げた。

 ただ、カジュアルファッション*8で大学に通い、地上車の免許を取って自らマニュアル運転でドライブに出掛けるなど、グリューネワルト伯爵夫人は一般的な帝国貴族婦女子の枠から大いに逸脱していた。

 さらに、フェザーン大学対抗戦などの応援や大学が休みとなれば友人たち*9とイズマイル地区の人造湖に泳ぎに行ったりスキー旅行に出掛けるなどフェザーンの大学生ライフに馴染み過ぎている一方で、フェザーン在住の帝国貴族のコミュニティで開かれる舞踏会や夜会は欠席の常連。年始のパーティや皇帝誕生日など最低限しか顔を出さず、夜に向かうのはフェザーンの歓楽街コーベルク街という有様から、帝国貴族社会では「フェザーン女(ディー・フェザーネリン)」と批判されるほどだった。

 

   フェザーン病が骨の髄まで回った末期患者。帝国貴族の皮を被ったフェザーンの浮かれ女。新無憂宮ではなく、フェザーン社交界の寵妃……

 グリューネワルト伯爵夫人を表す言葉は数多く、毀誉褒貶に富んでいる。

 多くの侮蔑の言い回しも、数少ない賞賛の言葉も、彼女がフェザーンでの生活を心底堪能し、フェザーンの文物をこよなく愛していることは、表現の差はあれど認めるところであった。

 事実、フェザーンをこよなく愛し、また、フェザーンに愛された女である。

 

 フェザーンが寵愛を与えるのは、なによりも持てる者。

 この傲慢で贅沢な支配者は、持たざる者など一顧だにしない。

 僅か15歳にして帝国本土から留学という形でその御前に進み出たグリューネワルト伯爵夫人は、高等女学校の時に投機に成功してカウフの羽の称号を得た資産家であり、典礼省管轄の高等女学校とはいえ3回も飛び級を行う才媛であり、帝国本土だけではなくフェザーンでも強い社会的ステータスを誇る伯爵夫人であり、そしてなにより、際立って端正で秀麗な眉目と波打つ豊かなプラチナブロンドが人目を惹きつけてやまない華やかな美女であった。

 

 この恵まれた容姿は高等女学校では冬の灰色に閉ざされていたが、フェザーンに出てからは季節が変わったらしい。まさに、飛び級を繰り返したために後輩となっていた元同級から卒業の時に贈られたという「目の喜び」の一節の如く、今や寒い冬は去り、緑の森は萌え出た春の草花で彩られた。その多彩で絢爛な美しさは、目の肥えたフェザーン長老会議の名士たちをも瞬く間に虜にする。

 

 かくして、緑の森は社交界の華となるが、この名花は高嶺に咲く孤高の花ではない。

 紳士貴顕たちの誘いに応じてナイトクラブやダンスホール、文芸寄席などで共に遊興に耽るという、二つの名の如く誰も拒むことなくあまねく地上を照らす月の光であり、豪奢で贅沢で不遜な享楽の娘であり、繁栄と退廃の都フェザーンの恋人だと言っても過言でない美姫であった。

 

メックリンガー『グリューネワルト伯爵夫人――フェザーンが愛する女の肖像』
  

 

 メックリンガー*10の言い回しは大げさであるが、若くして資産を築く才覚を持ち、必要であらば地位と権威を少しも躊躇うことなく振りかざす厚顔さを備え、さらに生まれ持った美貌を磨き上げたグリューネワルト伯爵夫人は、血統などで受け継いだのではなく自ら成功者となったフェザーンの名士たちから一目置かれる存在であったのは間違いない。

 さらに言えば、フェザーンの豊かさを愛しフェザーン万歳(モンジョア・フェザーン)の口癖とともにシャンパングラスを鳴らすグリューネワルト伯爵夫人であればこそ、特に誇り高い帝国貴族に対しては慇懃無礼で冷淡な対応で知られるフェザーンの社交界(モンド)ですぐに我々の仲間(ノザミ)と受け入れられ、その美しい髪を讃える月の光(レイヨン・ドゥ・リューヌ)という二つ名を授けられたのだろう。

 

 夜の派手な生活態度ばかりがクローズアップされがちだが、フェザーン留学で最初に入った進学準備過程(スチューディエン・コレーク)や進学先であるフェザーン第10大学教養学部でも出席率は極めて高く、試験やレポートの評価も最優等という素行不良ながらも抜群の優等生でもあった。

 夜の浮かれ女(フラッパー)ぶりからは想像できない成績に、大学では教授たちを色香で惑わせた妖婦(ヴァンプ)だと陰口も叩かれたが、教授たちを誑かすよりも真面目に試験を受けた方が高い点数を取れるということを理解してもらいたいものねと本人は気にも留めていない。

 事実、フェザーンでは就職時に大学での単位評価点と担当教授の名前のリストを提出するため、多少の誤魔化しであればともかく、教授たちにいくら媚びてもトップクラスの成績を収めることなど不可能。陰口は派手で存在感のあるグリューネワルト伯爵夫人へのやっかみであることは明白であった。

 ただし、やっかみではなく、自業自得である場合も多いのがグリューネワルト伯爵夫人である。

 

 後述するモデル業やブランドプロデュースでフェザーンの社交界ばかりでなく一般にも広く名が知られるようになるとファンも増えたが、共和主義左派から主に夜の放蕩生活を指して若い女のくせに不遜で傲慢な貴族だと批判も受けた。

 批判を目にして、大人しく反省したり自粛するようなグリューネワルト伯爵夫人ではない。

文句があるなら新無憂(ヴネ・ドンク・ア・ノイエサンスーシ・)宮にいらっしゃい(シ・ヴザヴェ・デ・ゾブジェクスィオン)」と悪態をついたところ*11、共和主義左派も負けじと「街灯にお送りあそばしてやれ(アンヴァイエ・ア・ラ・ランテルヌ)!」*12と返してきた。

 まるで芝居のような売り言葉に買い言葉の応酬は、グリューネワルト伯爵夫人の性格から創作されたエピソードであるように思えるが、少しも脚色をしていない全くの事実であった。

 

 

 

ウォーリックとの出会い


 グリューネワルト伯爵夫人は、フェザーン第10大学教養部を卒業*13しても帝国には戻らず、フェザーンでも最難関の高等職業訓練校(グランゼコール)の一角である古文書学校(エコール・デ・シャルト)に2年次編入し、優秀な成績で卒業。母校のフェザーン第10大学附属中央図書館に資料編纂員(アーキビスト)として勤務を始める。

 同時に、きわどい話題を墨塗りで書きなぐる週刊誌の隔週連載、伯爵夫人流検閲コーナー(ラ・スンシュア・ア・ラ・コンテス)を担当。当初は週刊プリティー・ウーマンのフェザーン版編集長であるあったルビンスキー*14が企画した色物有名人枠のコラムの予定だったが、初回のカウフとオヒキンズが泥酔して*15とても紙面には載せられないようなテープとなった。

 グリューネワルト伯爵夫人は当り障りのない部分だけを書き起こした抜粋と、逆も面白いところだけを編集して個人名や内部情報などを墨塗りにした原稿をルビンスキーに提出。ルビンスキーは即座に後者を採用した。コーナー名前も前号の予告から伯爵夫人風検閲コーナーに変更して隔週連載を開始。書き手の話題性だけではなく記事の内容でも注目され、コラムニストとしても名を知られるようになっていた。

 

 また、新無憂宮での帝国貴族社交界デビューの時に着用した自身発案のドレスをフェザーンで市販するに際し、その販促ポスターでモデルデビューを果たす。

 ポスターは実に好評。フェザーンでは盗難騒ぎも起こったほどであり、そのニュースに合わせて、同盟にも存在が知られるようになった。

 その後も、黎明(ル・ミニュイ)子夜(ローブ)で名高いフェザーンの高級ドレスシリーズ、「流れ星(レトワール・フィランテ)」を手掛け、コンテストで特別賞を受賞した「美しき花々(ル・ベル・フルール)」シリーズも世に送り出すなど、ブランドプロデューサーとしても活躍をみせる*16

 

 マルチな才能を発揮するグリューネワルト伯爵夫人だが、自分の本職は華やかなファッション業界やモデルなどではなく、あくまで史料編纂員だとつねづね公言していた。

 古文書に当たるのが好きなのは事実らしく、勤怠は非常に良好。派手な夜遊びとは対照的な地道で根気のいる作業にも真面目に取り組む優秀な職員だったと、勤務先の上司や同僚から高く評価されていた。同盟への亡命がなければ長く続けてもらいたかったと、皆から退職を惜しまれている。

 

 なお、史料編纂員として勤務するようになっても、夜の行状が改まったわけではない。

 大学時代と変わらずフェザーン社交界の華として浮き名を流し、ナイトクラブなどでレビューを楽しむなど遊びまわっていた。

 後に夫となるウォーリック*17と出会ったのも歓楽街のダンスホールであり、わたしがあまりにも美少女だったから向こうからナンパしてきたのよねと語っている。これについて、あまりの美少女だったので思わず私から声を掛けてしまったよとウォーリックも笑いながら認めていた。

 

  「あら、帝国貴族はワルツばかりで、チャールストンやフォックストロットなどを存じ上げないとでも? もしそうであるのなら、貴方が教えてくださるんですの、ミスター?」

 紅唇から漏れるのは、流暢な同盟公用語。

 目を閉じれば、ハイネセンにある高級クラブに親に連れられて社会見学で訪れた、好奇心いっぱいの名家の令嬢が瞼の裏に浮かぶかもしれない。

 しかし、ひとたび目を開ければ、そのような戯言は消えてなくなる。

 彼女の長い睫毛の下からの流し目は、程よく上げられた形の良い唇は、光沢のある白い絹の長手袋につつまれた細い手は、清冽な風に揺れる野の草花を思わせる名家の令嬢などでは決してない。

 例えて言うなら、噎せるような濃密な色香を漂わせながら雌蕊を顫わせて男を誘う大輪の花。

 ドレスを着てソファで足を組んで微笑んでいるだけでも、あたかも一糸まとわぬ姿でベッドに横になっている姿を幻視させるほどの圧倒的な艶めかしさ。

 最初に誘いかけた男たちのほうが却ってたじろぎ、遠巻きにして情けなく譲りあっているなか、フロアに高く響く白エナメルの靴音。

 官能の薄靄を切り裂いて、服の上からでも分かる鍛えられた腕が差し出された。

「では、僭越ながら私が教えてしんぜよう。レディ・グリューネワルト」

 英雄の、登場である。

 

映画『されど英雄はブロンドと結婚する』
  

 

 この帝国暦444年の当時、グリューネワルト伯爵夫人はまだ18歳であり、ウォーリックは43歳、しかも、別居中とはいえ妻がおり、成人した子供もいた。

 宇宙艦隊(コマンダー・イン・チーフ・)司令長官(オブ・ザ・スペースフリート)を無傷で勇退して休養中という名の無職であったとはいえ、翌年、伝統ある私学の名門パラス大学の学長に就任するなど、社会的な立場からしても問題が多い関係であった*18

 

 

 

同盟への亡命


 帝国暦452年にグリューネワルト伯爵夫人がフェザーン第10大学附属中央図書館史料編纂員の職を辞して同盟に亡命したのは、フェザーンに脱出してきたルードヴィヒの世話係に任じられ、ルードヴィヒの同盟亡命の際も随行の要請を受けたためである。

 亡命中であり正式に冊立されていたわけではないとはいえ「皇太孫(エアツヘアツォーク=トローンフォルガー)*19の世話係という役職は帝国貴族婦女子にとっては栄誉であるが、グリューネワルト伯爵夫人は恐懼して感激するどころか、全く乗り気ではなかった。

 世話係を引き受けたのは帝国高等(ヘーア・コミサール・デス・ライ)弁務官(ヒスフェアトレータース)に強いられた結果であり、ルードヴィヒ個人のことは気に入っていたものの、自分の目的が第一。世話係については、最初から期限決めで短期間という条件を採用の時に認めさせていた*20

 

 自分の目的とは、当時、恋人関係が続いていたウォーリックとの結婚である。

 フリードリヒ4世即位後であればともかく、まだ帝国との戦争が続いていた当時の状況で同盟の英雄であるウォーリックがフェザーンに移住するなど認められず、身軽なグリューネワルト伯爵夫人が同盟に亡命することで一緒になることを望んでいた。

 そのような思惑があったグリューネワルト伯爵夫人は、ルードヴィヒとリヒャルト派の貴族たちがフェザーンから同盟に亡命する際には喜んで同行する。

 同盟には以前にも政争で敗れた貴族や皇族などが亡命しており、後のマンフレート2世の側近たちは亡命政府(GiE)(ガバメント・イン・エグザイル)*21の樹立を望んだが、ルドルフの反省から戦う民主主義(フォーティファイド・デモクラシー)の立場を同盟憲章で明確にしている同盟政府は却下した。

 ルードヴィヒ一行に対しても同様で、亡命した時の与党、中央党(センター・パーティ)*22の若手筆頭であり法秩序(チェア・オブ・ザ・コミッティー)委員長(・フォー・ロー・アンド・オーダー)であったヤングブラッド*23の発言が良く知られている。

 

  「同盟に来たからには、皆さんは民主共和制の市民として生活していただきます。

 民主共和制においては主君と臣下という関係は存在しません。あるのはただ、友人だけです。

 ああ、爵位やカイザーリッヒェ・ウント・ケーニクリッヒェ・ホーハイトといった敬称も使っていただいて構いませんが、全てニックネームの類、帝国で言う儀礼称号の扱いとなります。吾らが英雄、ウォーリック元帥のように。

 なに、すぐに慣れますし、もし、帝国に戻るようなことがあっても問題ありません。

 同盟の市民となって銀河帝国皇帝に即位した前例もありますから」

 そのようなことを流暢な帝国宮廷語で話していたが、当時、私にはこの女性が何を言っているのかさっぱり分からなかった。これは私がまだ幼少であったからかと思っていたが、後で随員に話を聞いたところ、誰も分かっていなかった。

 いや、ただひとり、完全に理解していたのは、グリューネワルト伯爵夫人だけであった。

 伯爵夫人がいなければ、私たちの亡命生活は最初から大いに躓いていたことだろう。それは、恐らく、誰にとっても不幸であったに違いない。

 

ルードヴィヒ捕鳥公『回顧録――銀河の端から端を旅して』
  

 

 ルードヴィヒ一行の同盟での受け入れが完了して生活が落ち着くと、約束通りルードヴィヒの許を辞す。とても懐いていたルードヴィヒから子供らしい可愛らしい引き留めの条件が出されたが、グリューネワルト伯爵夫人は首を縦に振らなかった。

 この胸をときめかせる恋と心に満ちる愛ばかりは、たとえ殿下といえどもわたくしに賜ることはできませんものと笑顔とともに行宮を去る*24

 

 グリューネワルト伯爵夫人の同盟への亡命申請とウォーリックとの結婚の許可については、障害が多かった。障害だらけであったと言っても過言ではない。

 あからさまな容疑者扱いでこそなかったもののスパイ疑惑がかけられ、何度も面談という名の尋問が行われた。自分のことは我慢に我慢を重ねて*25亡命申請受理までこぎつけたグリューネワルト伯爵夫人だったが、結婚の前にウォーリックが非公式の査問会(ヒアリング)*26に召喚されるに及んで、ついに激昂。そのような不当な権力の濫用などから絶対に救い出してみせるわと息巻いた。

 結局、ファン*27やローザス*28など他の730年マフィアのたちの尽力もあって、ウォーリックは無事に解放。同時に、グリューネワルト伯爵夫人との結婚も認められ、翌年に晴れて結婚式を挙げる。

 

 ウォーリックの解放に動いた730年マフィアたちは、第2次ティアマト以降は他のメンバーのために動くようなことなど考えられないほど関係は冷え切ってしまっていた。

 冷えた関係であった彼らを動かしたのは、グリューネワルト伯爵夫人である。

 ウォーリック解放のために奔走。単身、ファンやローザスの元に赴き、雪の降る中、3日間断食して裸足で立ち続けたり裸で土下座をしたりして協力を頼んだという話も残っているが、さすがにそれは都市伝説レベルの噂に過ぎない*29

 しかし、3度どころか何度も通って協力を依頼したというのは事実である。

 

 是非とも解放に力を貸してくれたお礼がしたいと、グリューネワルト伯爵夫人は自身の結婚パーティにファンやローザス、さらにジャスパー*30を招待、久々に生存している730年マフィアが全員顔を揃えた*31

 最初こそウォーリックも含めてどこかぎこちなさが見えたが、それも暫くのこと。酒が入って周りで宴会芸も出る騒ぎになると陽性な雰囲気に巻きこれてしまい、最後はお互いに服のボタンは弾け飛び顔に青あざを作って帰るようなパーティとなった。

 

   一番に口火を切ったのは、ウォーリックであった。

 パーティのホストとして一肌脱いだと言えば聞こえは良いが、もともとウォーリックは空気を読めないところがある(本人は読めていると思い、よかれと思ってやっているというのが始末におえない)。この時も、それに類するものだったが、幸い良い結果となった。

 ウォーリックが行ったのは、ジャスパーに対してベルティーニも夫人が来てくれたし後はコープだけだなと話を振ったことだ。最初は結婚パーティの新郎が相手だと我慢していたコープも、コープの話を続けるウォーリックにもともと容量の少ない堪忍袋の緒が切れて、うるせえ!この始末書ヘボ貴族野郎!その似合わねえちょび髭引っこ抜いてやろうか!と怒鳴ってからは酷いものだった。

 皮肉と罵声の応酬、ジャスパーが振り回すフォークの先から肉汁がテーブルクロスを汚すという有様。なお、ジャスパーと変わらないほど身振りを交えていたウォーリックのワイングラスからは一滴も零れなかったのはバロンの面目躍如だったと付け加えておく。

 それはさておき、ヒートアップする二人と同じテーブルながら我関せずと超然としていたファンの顔に、手が滑ったと称してケーキの皿を投げつけたのはウォーリックだったが、ジャスパーだったか、はたまた二人同時だったか、私もいい加減酔っていたので覚えてはいないが、クリームをつけたままの無表情な顔でファンがお返しとばかりにまだ湯気がでているシチューの皿をで手にした時は、さすがに全力で止めに入った。それまで男どもの喧嘩を楽しそうに笑って見ていた新婦の伯爵夫人が些か慌てていた姿は印象的である。

 良い歳をして士官学校時代よりも酷い乱痴気騒ぎをしてしまったが、長年のわだかまりを流すには、それくらい突き抜けないと駄目だったのかもしれない。どうやら、私たちは参謀長だの司令長官だの元帥閣下だの言われてて利口ぶり、大人しくし過ぎたようだ。

 伯爵夫人にも、マフィアを冠しているのですから、もっと野性味があって危険なくらいでないと魅力は半減ですわよ、と後で冗談めかして言われてしまった。

 なかなか手厳しいじゃじゃ馬お嬢さんである。

 ただ、ウォーリックのフェザーンでのやらかしでさえワイルドの一言であっさりと片づける度量の持ち主であるため、歳の差や離婚歴など関係なく案外上手くいきそうだ。私たちではなかなか難しかったベルディーニ夫人ともすっかり親しくなり、かつての「熊と結婚したリス」の笑顔を久しぶりに見ることができた。

 私はアッシュビーとは違い男女の機微には疎いが、この二人なら大丈夫なのではないかと、したたかに酔いながら確信したものである。

 

ローザス『道違えども忘れえぬ我が戦友たち』
  

 

 このパーティを境として、以前の距離感やよそよそしさなど、じゃがいもの皮と一緒にダストシュートに放り込んだようにきれいさっぱりなくなり、遠慮なく物を言い合う古い友人としての交流が復活した。

 お互いに家を行き来するようにもなり、次世代の交流も生まれている。

 それがよかったのか、以前から皇后と付き合っていたウォーリックはともかく、他のメンバーは見違えるほど若々しく元気になった。

 特に顕著だったのは、ファンである。

 

 統合作戦(チーフ・オブ・ジョイ)本部長(CJOHQ)(ント・オペレーション・ヘッドクォーターズ)であったファンはグリューネワルト伯爵夫人が亡命した年に、元帥号を授与されて退役。いくつかの名誉職に就いたが、本気で仕事をすれば若い者の邪魔になると公園で鳩に餌をやるだけの毎日を送っていた。

 その公園にグリューネワルト伯爵夫人が押しかけて助力を乞い、迷惑だと感じて公園に行かなくなると私邸に突撃。しかも、周到に先にローゼスの許を訪れて紹介状を持っていたため無碍に追い返すわけにもいかず招き入れたら、頷くまでは梃子でも動かないという構えである。

 根負けしたファンが、渋々ながら一度だけだと了解して、久しぶりにローゼスの私邸やジャスパーの個人用モバイルにアクセスした。

 

 ファンは本当に一度だけのつもりだったが、もともと世話焼きで疎遠になった友人たちを心配していたローザスを巻き込んだグリューネワルト伯爵夫人の作戦勝ち。今度はローザスにつかまり、古い付き合いが復活することとなった。

 そして、旧友だけではなく、グリューネワルト伯爵夫人の長男ポールとファンの孫ヒューリックが親友となったことから、グリューネワルト伯爵夫人とも長い付き合いとなる。

 退役してからのほうが本部長なぞの椅子に座っていた時よりもよほど騒がしい毎日だったとは、ファンの最期の述懐である*32

 

 

 

ロボス事件と最終通告運動


 ウォーリックは私学の名門パラス大学*33の学長の任期満了後、地元である惑星パラスの知事に出馬して当選。1期4年の任期を全うする。

 その後は中央へという声も少なくなかったが、任期中は政策ではなくグリューネワルト伯爵夫人絡みでの批判や苦情が多かったため、妻を愛していたウォーリックは辟易して政治家を引退。こちらもかねてより誘いの多かった俳優へと転身する。

 

 とはいえ、完全に公職から遠ざかったわけではない。ルードヴィヒ1世の即位後の捕虜交換に際しては、パラス星系政府から軍事顧問への就任要請を快諾。パラス星系を含むエル・ファシル広域管区の退役軍人連盟(ベテランズ・フェデレーション)を代表して知名度と人脈を駆使し、積極的にハイネセンの統合作戦本部や同盟政府と折衝、一人でも多くの地元出身の兵士の帰還に尽力した。

 

 なお、ウォーリックはエル・ファシル広域管区の士官学校(ミリタリー・カレッジ)には入学せず、ハイネセンの国防軍士官学校(アライアンス・ディフェンス・アカデミー)へ進んでいる。

 任官後も地元ではなく主に中央の正規艦隊や統合作戦本部、地方の警備艦隊出向でも海賊の多いフェザーン方面で活躍したこともあり、地元の退役軍人連盟や在郷軍人会(ベテランズ・アソシエーション)に多い地方警備艦隊出身者からはやや敬遠されていた。

 勿論、人望がなかったというわけではない。

 地元の兵士たちにとっては、中央で大成功を収めた雲の上の存在という意識が強かっただけである*34。これが同じパラス出身でもビュコック*35のように中央の第5艦隊に勤務経験のある兵士や士官からはむしろ「御大(ガバナー)」と親しまれ、尊敬されていた。

 

 もっとも、中央との強いパイプを活かしてパラスのために尽力するウォーリックの姿勢やパラス訛りの演説などを直接に見聞きする機会が増えるや隔意などはすぐになくなり、第5艦隊の兵士や士官たちのように自分たちの大将だと認識を改めた。

 また、軍以外で多かった後妻に若い帝国貴族を迎えたことへの批判も鎮静化したが、グリューネワルト伯爵夫人への風当たりはなお強く残っていた。

 

 結婚から5年後の帝国暦458年にイゼルローン要塞攻防戦が勃発。トールハンマーの一撃により数万の将兵が蒸発、同盟は大敗する。

 宇宙艦隊司令長官であったジャスパーは同盟が掴んだイゼルローン要塞情報の確度に疑問を持ち、捕虜交換完了直後というタイミングでの出征には最後まで反対していたが、中央議会(ザ・セントラル)*36の選挙が間近ということもあって国防委員会(アライアンス・ディフェンス・コミッティー)に押し切られる。そして、敗北の責任をとって辞任した。

 

 イゼルローンへの出兵の後の同盟中央議会選挙では、大敗を受けて反戦平和を掲げる左派連合と対帝国強硬主義の右派が躍進。中道諸党の一人負けとなり、右派と一部の中道勢力が連合政権を組んだ。

 与党、統一と正義と自(ユニティ・アンド・ジャスティス)由(UJF)(・アンド・フリーダム)から国防(チェア・オブ・ジ・アライ)委員長(アンス・ディフェンス・コミッティー)にトラバース*37、統合作戦本部長にキングストン*38という新体制が誕生した。

 この二人は統一共和派(ユニオニスト)という一連の分離同盟運動の中心グループに所属しており、後のロボス事件を主導していたことが判明している。

 

 トールハンマーショックにより良心的兵役拒否(コンシェンシャス・オブジェクション)ならびに脱柵(ディザーション)が一気に増加し、社会でも反戦運動がかつてないほど盛り上がりを見せている情勢をトラバースは非常に憂え、委員長就任以前より軍の綱紀粛正を主張していた。しかし、第11艦隊の新任司令官であるヒース*39ら現役の艦隊司令官がこれ以上の引き締めは逆効果、軍が瓦解すると上申。ウォーリックやファン、ローザスら退役した提督たちも現役の艦隊司令たちに同調したため、トラバースは意見を撤回せざるを得なかった。

 

 ただ、撤回と同時にロボス大尉*40の逮捕を憲兵に命じる。

 この件の背景として、トールハンマーの威力を見逃すとは軍は一体何をしていたのかという厳しい声が寄せられていたことが大きい。

 もし、帝国の秘密兵器の威力の一端も掴んでいれば、数多の兵士を蒸発させるような悲劇は起こらなかったとの批判をかわすためのスケープゴートとして、同盟軍統合作戦本部の情報課に勤務していた帝国からの亡命者2世であるロボスが選ばれたというわけである。

 

 逮捕は同盟の大手ネットワークのニュースで大々的に報じられたが、罪状がイゼルローン要塞に関するスパイ活動と発表されたことから世論の反対は少なかった。

 それだけ、トールハンマーが同盟社会に大きな衝撃を与えていたことの証左であると同時に、恐怖心の裏返しで明確な生贄を求める群集心理が作用したのではないかと、後にロボスの同僚であったシトレ*41が記している。

 

 下院(ザ・ハウス)である中央議会選挙で躍進し、今回の逮捕劇でも世論の明確な反対がなかったことに統一共和派は我々の勝利だと快哉を叫んだが、風向きはすぐに変わり始めた。

 まずは、ロボス事件。

 ロボスに対する軍事裁判は物証に乏しい中、異例の短時間で有罪が確定、軍籍剥奪の上で終身刑となったことで、識者が批判の声を上げるようになった。

 さらに、統一共和派が声高に唱え始めた政治的な主張について、市民の間から批判が聞かれるようになる。

 

  建国140周年を迎えた吾らが自由惑星同盟は、来る150周年という大きな節目を前に、次のステージに進む段階に到達していると考える。

すなわち、現在の星系政府間の対等同盟連合から、安定して強力な統一共和国への改編である。

真の同盟市民諸君であれば我々の理念にすぐに賛同していただけると思うが、まことに残念で悲しむべきことに、現在の同盟には紛い物の同盟市民が存在する。

そう、帝国からの亡命者たちである。しかし、我々は悪しき専制主義者の手先ではない。元帝国臣民という理由だけで排除することはなく、いまだに紛い物の民主共和主義者である彼らに、真の同盟市民となる最後の選択の機会を与えよう。

つまり、民主共和制への栄誉ある完全なる服従か、専制帝国の卑劣なスパイとしての死か、である!

 

同盟の真の安定と発展のために統一共和国を希求する会パンフレットより
  

 

 その印象的になフレーズから最終通告運動(アルティメータム・ムーブメント)と呼ばれたこの政治的な主張にくわえて、運動の尖兵として憂国騎士団(パトリオティック・ナイト・コープス)などの暴力組織が亡命者コミュニティの店舗などに侮蔑的なマークを落書きしたり打ち壊したりを行ったりする事件が発生するに及び、市民たちの批判はさらに広がった。

 また、もともと統一共和派の中央集権志向に反対していた市民連合に、憂国騎士団の活動活発化を憂える反戦平和派が合流。同盟市民の輪(サークル・オブ・アライアンス・シチズンズ)という運動がテルヌーゼンを中心に新しく生まれる*42

 同盟市民の輪の主張は、「自由惑星同盟は、古の地球時代のように国家ありきではない。自由を求めて帝国の圧政の手から逃れてきた自主自尊の人々が、自律的に集まって自らの選択で国家となった。市民たちの選択による同盟成立の歴史を忘るなかれ。同盟の元首の名称が銀河連邦時代の大統領(プレジデント)でも一般的な国家元首(ヘッド・オブ・ステート)ではなく、長征一万光年(ロンゲスト・マーチ)の際にハイネセンが呼ばれていた指導者(ザ・リーダー)に由来する国民の指導者(リーダー・オブ・ナショナル)であるのも、歴史を忘れないようにとの先人たちの配慮である」という、先ず国家ありきと主張する統一共和派へのアンチテーゼであった。

 

補足:

 帝国との停戦条約を結ぶ前の自由惑星同盟の元首は、最高評議会議長である。

 ルドルフが連邦憲章に兼職禁止事項が明記されていないことに付け込んで元首と首相を兼ね、権力を掣肘されることのない終身執政官(アドミニストレーター・フォー・ライフ)、さらには皇帝即位への道を合法的に開いた反省から、同盟は元首と首相の兼任を同盟憲章で明確に禁じている。

 元首である国民の指導者は上院が指名*43、首相である最高評議会議長は下院議員から選ばれ、どちらも国民の直接投票ではないことも銀河連邦時代からの変更点である。

 パトリシオからヤングブラッドまで最高評議会議長と国民の指導者が兼任しているのは、あくまで戦時体制ゆえの特例措置。元首候補資格条項が一時停止されたことにより、上院が最高評議会議長を元首に指名することが慣例となった。

 通常は全会一致になるまで、それこそ24時間継続しても議論を尽くすことが義務付けられている最高評議会も、帝国との戦時中はスピードを重視するため多数決での議決が特例として認められる*44

 これは帝国と接触後に泥縄式に制定されたのではない。いずれ帝国に発見され戦争になることを見越していた建国の先人たちが、最初から戦時についての特例措置を制定し、同盟憲章にあらかじめ明文化していた。まさに先見の明と言えるが、制定した長征一万光年の先人たちも、その恩恵を最初に受けたパトリシオも、まさかその後130年もの長き渡って戦争状態が続くことは想定外であっただろう。

 帝国との停戦条約締結後、およそ140年ぶりに上院が最高評議会議長とは別に元首を指名した。これにより、名実ともに戦争が終わり、平和の時代が訪れることになる。

 

 この同盟堅持派(フェデラリスト)とも呼ばれた同盟市民の輪の盛り上がりを、統一共和派は民主共和制に対する裏切りであると断じ、帝国からの亡命者と並んで最終通告運動の該当者に認定した。

 憂国騎士団の活動が、店舗などの器物から帝国からの亡命者やその子孫、同盟堅持派の市民などにも拡大。同盟内部の対立が激しさを増す。

 

 帝国からの亡命者やその子孫は同盟堅持派からは擁護されたが、統一共和派などの右派は勿論のこと、中立の市民たちからも風当たりが強くなった。

 その理由は、統一共和派のスローガンに賛成しているわけではないが、帝国からの亡命者たちが現在の同盟の混乱を招いた原因のひとつであることは間違いなく、市民感情として迷惑だ、というわけである。

 

 特にグリューネワルト伯爵夫人は悪い意味で有名人であることから批判の矛先にされやすく、また、ロボス事件については「今の同盟軍に必要なものは百万の艦隊、一億人の軍人ではなく、慎重かつ冷静な再審議。将来的に元帥にまで届きうる同盟の俊才を自ら失うような真似をすることこそ、真の利敵行為だと思いますわね」と当初から軍の対応に批判的だったこともあり*45、ウォーリックの勧めに従ってフェザーンに避難する。

 

 この時、批判の矢面に立つのはグリューネワルト伯爵夫人だけであり、まだ幼い子供たちが批判にさらされることは一度もなかった*46

 そのため、ウォーリックに子供たちを預けて、グリューネワルト伯爵夫人は単身フェザーンに出発したことが、後の誘拐事件の時に幸いした。

 もし、子供たちまで人質に取られていればさすがの私でもどうしようもなかったと、ウォーリックは事件解決後に安堵のため息を漏らしている。

 

 

 

誘拐事件


 学生時代からフェザーンで過ごしていたグリューネワルト伯爵夫人にとっては、フェザーン行きは避難というよりも学生時代に過ごした街に戻ってきたという感覚だったらしい。

 当時の友人知人も多く、元の職場であるフェザーン第10大学附属中央図書館は非常勤職員の席を用意し、グリューネワルト伯爵夫人も喜んでそれを受けていた。史料編纂員としての評価の高さは社交辞令ではなかったことが伺える。

 夫のウォーリックとは離れてしまったが、疎遠になるどころか仲は一層睦まじくなった。ウォーリックも多忙な撮影やロボスの弁護活動の合間を縫ってはフェザーンを訪れ、まるでまだ結婚前の恋人時分のような甘い時間を過ごして気力を充実させていた。

 以下、誘拐事件の流れについては、映画の描写に準じる。

 

 誘拐事件の日、いつものように宇宙港でグリューネワルト伯爵夫人の見送りを受けた後、ウォーリックを急な差し込みが襲った。トイレに行っている間に搭乗時間が迫り、もう一泊滞在を伸ばしたいという下心もあって予約していた便をキャンセル。トイレから翌朝一番の宇宙船の予約を取ると、パラスとハイネセンに連絡を入れて手早く調整を済ませる。

 そして、意気揚々ともう一泊できるようになったと伝えようとした矢先、一瞬だけグリューネワルト伯爵夫人から通信が入った。

 

 通話に切り替える前に通信は切れ、ウォーリックから掛けなおしても繋がらない。ウォーリックは嫌な胸騒ぎに従って即座に同盟の高等弁務官事務所、そして、グリューネワルト伯爵夫人と個人契約を結んでいる警備会社に連絡を取った。

 結果は、すぐに判明。

 空港から地上車で滞在先のホテルに向かう途中で襲撃を受けたということだった。

 

 長老会議やフェザーンの名士たちは、もとよりグリューネワルト伯爵夫人とは顔馴染み。地球教団に取り込まれていないメンバーは救出に動くウォーリックに協力的だった。

 当局については、ルードヴィヒ1世から協力要請を受けた皇后が、その場でカウフに連絡して協力を要請。カウフも事態の深刻さを察し、即座に親しい公安関係者に話をつけたため、ウォーリックの脱法行為は一時的に棚上げとなった。

 

 それまでは一部が協力していたり目を瞑ったりという程度であったが、帝国と同盟からの全面協力の申し出を受けてフェザーン自治政府全体も方針転換。その日のうちに積極的協力に転じ、独断専行で突き進むウォーリックへの援護体制が整う*47

 協力体制が整ってからグリューネワルト伯爵夫人の解放までの経緯については長くなるため、詳しくは「映画「1440」」を参照のこと。

 

  ――実際にご自身が救出されたわけですが、映画をご覧になった感想はいかがですか?

 悪くなかったよ。私は当事者ということもあって一般的な観客とは違うけれど、純粋にエンターテインメントとして楽しめた。会場の皆も最終的な結果は分かっていても、場面場面に一喜一憂しながら楽しめることだろう。期待していいよ。

 

――これは嬉しい一言をいただきました。当事者として、ということですが、実際の救出劇とはずいぶん違ったものなのでしょうか?

 アンナが攫われたという一報を警備会社から聞き出してからは無我夢中でね。正直なところ、途中のことはあまりはっきり覚えていなんだよ。シーンを飛び飛びに覚えているという感じかな。

 

――それは、詳細は映画で確認して欲しいということでしょうか?

 おや、折角、私が言葉を濁したというのに、君はなかなか正直だね。まあ、ハイウェイでカーチェイスはやったし、ビルからも飛び降りたのではないかな? ヘリの強奪もやったようなやっていないような気がするね。おっと、もちろんノースタントだよ? なにせ、急なオファーだったからね。私が主演もして監督もして脚本も書いて道具も調達してと八面六臂な大活躍さ。いろいろ足りないことばかりで周りを振り回して迷惑をかけたようだが、無我夢中だったし、結果的に銀河の敵となる犯罪者集団が判明したんだ。結果良ければすべてよしと大目に見てもらいたいね。ああ、お褒めの言葉なら、年中無休で受け付けている。特に、ご婦人方からはね。

 

――では、はっきり覚えているシーンというのは?

 なんといっても、敵のアジトに突入して、アンナの姿を見た時からかな。愛する妻が無事であったことは喜びであり安堵であり、それと同時に、アンナを攫った奴らへの憎しみで疲れや眠気など吹き飛んでしまった。

 

――誘拐の一報を受けてから睡眠はおろか、全く休まれていませんでしたよね?

 フェザーンに避難していたアンナと会える時間は限られていたから、その前からほとんど徹夜状態だったよ。でも、あの時、もう一度突入して救出しろと言われても、当然、完遂できただろう。その時は、4度目、5度目の英雄の誕生というわけさ。

 

――当然、ですか!

 ああ。当然だとも。もっとも、それはその後の素晴らしいご褒美があればこそではあるがね。

 

――ご褒美とは?

 それを聞くのは、君。野暮というものだろう。誰でも知っている夫婦の流儀で、お互いの無事を確かめ合ったのさ。

 

映画『1440』同盟上映記念舞台挨拶でのゲストインタビュー
  

 

 映画としてエンターテインメントになっているが、この誘拐事件が端緒となってサイオキシン犯罪や恐るべき地球教団の存在が発覚し、人類の敵に対して同盟と帝国が初めて手を取り合った。この合同捜査という経緯があったからこそ、将来的に帝国と同盟が停戦条約に調印することが出来たと言っても過言ではない。

 グリューネワルト伯爵夫人こそ、まさに、銀河の歴史を動かした運命の女(ファム・ファタール)でもある。

 そのように言われると珍しく照れを浮かべてそれはわたしであってわたしではありませんと謎めいた発言とともに否定するが、グリューネワルト伯爵夫人がいなければ少なくとも地球教団の陰謀の発覚は遅れ、現在の銀河の姿とは似ても似つかないものとなっていたことは間違いない。

 

 

 

分離同盟戦争


 グリューネワルト伯爵夫人の誘拐事件から地球教団の陰謀が発覚するや、同盟のニュースもそれ一色に染まる。明確な「人類の敵」の出現をうけて、同盟社会の混乱については一時的に棚上げされた。

 しかし、先送りであることは誰もが理解しており、各勢力は次の活動のための準備期間として水面下で行動。帝国と同盟で同時に地球教団壊滅の宣言が出され、フェザーンの合同捜査本部も解散すると、内部対立が再燃した。

 地球教団の制圧、解体といったニュースに代わり、統一共和派に近いいくつかの過激派グループが*48が帝国からの亡命系市民と衝突する様子が連日ニュースで流れ、紙面を賑わせる。当時の同盟市民の手記などを見ると、対立の激化はある程度予想済みであったらしい。

 しかし、さすがに将官クラスが参加した救国軍事会(ナショナル・サルベーション)議(NSMC)(・ミニタリー・カウンシル)なる軍事ク―データーの計画が発覚した時は社会に衝撃が走った。

 

 クーデターは軍によって未遂で解決することができたものの、現役の将官が参加したということもあり、軍ならびに政権へのダメージは大きかった。

 市民の反応に、軍は態度を硬化。機密情報保護を名目として、おもに帝国からの亡命者、同盟市民の輪の賛同者などの政府に反対する市民の監視を強化、行動を制限することを政府に要請する。

 政府がその要請を認めたことで自由の制限であると市民の反発が強まった。決定的だったのは、可能性があるというだけでロボスの母親を事情聴取のために拘束したことである。

 

 これでは古代地球の魔女狩りか専制帝国的な連座ではないかと、厳しい批判が巻き起こった。

 その最先鋒にいたアッテンボローは、同盟やフェザーン、さらには帝国を問わずあらゆるメディアに「我、弾劾す(ジャキュズ)!」*49を発表、ロボスとその母親の弁護、ならびに統一共和派弾劾のキャンペーンを展開した。

 

 弾劾を行ったアッテンボローは気骨のフリージャーナリストとして知られており*50、この弾劾の後しばらくして自宅の換気システムが故障して夜の間に一酸化炭素中毒死してしまうところだった。若い頃から右も左も上も下も舌鋒鋭く切り込んでいくため敵が多く、エアダクトの不調で一酸化炭素中毒死になりかけたのは純粋な事故だったのか暗殺未遂だったのか、未だに不明である。

 

 アッテンボローの弾劾を世論が受け入れたことで、統一共和派は市民に向き合うのではなく上から強制的に国体を変革させる方向にシフト。統一共和国構想に賛成する5つの星系政府元首への働きかけを強くし*51、新しい連盟(リーグ)の結成を企画した。

 自由惑星同盟に対する分離活動ならびに帝国を利する民主共和制への罪に当たるのではないかと批判されたが、現在の同盟の脱退を意図するものではなく、ましてや帝国と手を結ぶつもりなどないと説明。そもそも同盟憲章(ザ・チャーター)には加盟星系の離脱を禁じておらず、また、各星系憲法にも「自由惑星同盟を構成する」と明記を強要していないため、改憲などの手続きは必要ない。

 5つの星系では星系市民投票で過半数を獲得し、新連盟への参加が可決された。

 新連盟は星系旗に緑が多く取り入れられていたことから「森林連盟(フォレスト・リーグ)」とも呼ばれる*52

 

 投票結果を受けて、森林連盟への批判は一度は沈静化した。しかし、他の星系政府でも右派の動きが活発化し、「森林連盟に合流せよ!」「我らはひとつ!」とのスローガンでデモを行ったり、反対派の活動を妨害するような事件が多発。

 なかでも、エル・ファシル星系での森林連盟賛成派と反対派の衝突では多くの死傷者が出て騒乱が拡大し、軍が出動する事態となった。

 一部の過激な賛成派が暴徒と化して軍病院にまで押しかける騒ぎとなったが、最近の情勢を鑑みて治安上の懸念があると病院の警備体制の視察を行っていた管区司令部のビュコック中佐の指揮もあり、入院患者や病院施設に被害はなかった。また、軍病院を襲撃してきた賛成派の死者もゼロ、負傷者も最低限度に抑えたという手腕が高く評価され、以後は「エル・ファシルの英雄(ヒーロー・オブ・エル・ファシル)」と呼ばれることになる*53

 

 この騒動を受けて、多くの星系政府は最終通告運動のデモの認可取り下げ、もしくは認可の厳格化に乗り出す。

 また、エル・ファシル星系の統一共和派の地方リーダーや幹部の逮捕に踏み切ったことから、これは自由の侵害であると統一共和派は声を強めた。

 逮捕されたのは統一共和派だけではなく、賛成派との衝突で大怪我を負ったエル・サイド*54の後を継いで反対派のリーダーとなったロムスキー*55らも同様である。しかし、反対派の逮捕者は圧倒的に少なかったと、統一共和派は当局の姿勢を批判している。

 

 さらに、重症のエル・サイドを軍病院に緊急搬送して優先的に治療を行ったのは反対派と軍や政府との癒着を示すものだと攻撃したが、これは反対派が搬送されるエル・サイドを追って軍病院にさえ強行突入しようとした事実を報じられてすぐに沈黙した。

 エル・ファシル星系政府は統一共和派の批判を受けても逮捕者の即時釈放要求には応じず、パラスなどの周りの星系も同調。

 この対応に森林連盟加盟星系も態度を硬化させ、対立が一層深刻化する。

 

 

 悪化の一途をたどる状況を決定的に加速させたのが、政権の中間選挙と位置付けられている地方選。すなわち、同盟加盟星系の首長や議会選挙において右派が大きく後退、中道諸党と左派が過半数を超えるという結果が示されたことである。

 左派と中道諸党は議席や勢力を伸ばしても過半数には届かないという事前分析であったが、実際の投票は予想を大きく上回るものであった。

 

 その結果、同盟議会の上院(ザ・セナート)である星系代表部会(ザ・リプレゼンタティブス)は野党議員が多数を占める捻じれ現象となる*56。さらに、それまで静観を決め込んでいた同盟憲章擁護(オフィス・フォー・ザ・プロテ)局(OPC)(クション・オブ・ザ・チャーター)がロボス事件の再審査を軍に請求。そして、審理にあたった当時の軍事法廷要員が同盟憲章違反容疑で告訴されるに及び、軍からも反発を受けて行き詰った政権は中央議会を解散。

 総選挙に持ち込むも結果は星系選挙と変わらず、右派の完全な敗北となった。

 なお、この時にロボスは再審理を受けて無罪であることが立証されて母親ともども解放され、軍籍の復帰と名誉の回復、少佐への昇進と判決後からの未払いの給与を含む賠償の支払いが行われた。

 

 左派と組んだ中道諸党は、第一党に返り咲いた中央党の代表ヤングブラッドを新しい最高評議会議長(シュプリーム・カウンシル・チェアマン)に指名した。

 統一共和派は、ヤングブラッド政権に対し最終通告を行う。

 ヤングブラッドは統一共和派の主張を退けたものの話し合いを諦めたわけではなく、対話の呼びかけを継続したが、今度は統一共和派が一蹴。

 翌年、同盟からの離脱を宣言し、後に分離同盟戦争(セパレート・アライアンス・ウォー)と呼ばれる内戦となった。

 

 後世から見ると、統一共和派の行動はあまりに短絡的にすぎる。同時期に帝国でもリップシュタットの内乱が起こっているため、腰を据えれば交渉で内戦を回避できたのではないかという見方が多い。

 また、ヤングブラッドは交渉のチャンネルを閉ざしたことは一度もなく、統一共和派へ何度も粘り強く話し合いを呼び掛けていた。それにもかかわらず、急速に内戦という状態に至ったのは、同時期の帝国でのルードヴィヒ1世へのテロと同じように地球教団残党の強い関与があったことは間違いない。[要出典]

 最新の研究では、地球教団残党を装った帝国の謀神(マイスター・デア・イントリーゲ)ことケーフェンヒラー伯爵の策の一環であったという説が有力である*57

 

 この分離同盟戦争にて、再びウォーリック、ファン、ローザス、それに、ジャスパーも最前線に立った。

 ジャスパーはヤングブラッドから再び司令長官へとの要請を受けて一足先に再任官。ローザスは参謀長ではなく副司令長官として別動隊を率い、ファンとウォーリックは地方星系の総司令官の要請を受諾した。

 地方星系といっても警備艦隊だけではない。同盟の軍制は正規艦隊も連合軍であるため*58、ファンには地元であり艦隊司令の時に率いていた第8艦隊が、同じようにウォーリックには第5艦隊がそのまま指揮下に入った。

 

 いずれも統一共和派ではなく、従来の体制を維持する同盟堅持派の司令官としての参戦である。

 ただ、もし、ウォーリックの結婚を機に古い友情が復活していなければ、他の730年マフィアのメンバーは政権や故郷の星系から乞われても現役復帰などありえなかっただろう。

 そして、まだファイアザードやドラゴニアなどの往時を思わせる信頼に基づいた完璧な連携など望むべくもなく、内乱が長引いて多くの死傷者が出ていたことは後世の研究者たちの間で意見が一致している。

 なお、出撃していた730年マフィアのメンバーは完勝を収めた時に、それぞれの艦橋で「どうだ(ガチャ)、ブルース!」と叫び、おれたちはお前がいなくても勝てるんだ!と異口同音に続けたことが、ウォーリックの従卒のチャン一等兵などの証言から明らかになっている*59

 

 森林連盟は艦隊戦の敗北を以て同盟政府に降伏したため、地上戦などはなく、死者や民間の被害が軽減されたことは誰にとっても幸いだった。艦隊戦の敗北から降伏までの死者は、慌てて逃げ出そうとして交通事故に遭うなどした僅か5人に留まる。

 森林連盟があっさり敗北を認めたのは、星系住民の民意に基づいた同盟からの独立は犯罪ではなく、救国軍事会議などの同盟に対する非合法なクーデターなどとは違うこと。トラバースの事前の楽観的な説明と異なり、森林連盟参加星系が供出している第3艦隊の他には第11艦隊しか合流しなかったこと*60。また、トラバースら指導者グループの多くが艦隊戦の敗北とともに姿を消し、徹底抗戦を主張するような幹部が少なったことがあげられる。

 これに、同盟軍相打つをできるだけ避けようと最初は慎重な姿勢を見せたローザスではなく、包囲しつつ主力は速戦即決のジャスパーの方針に決定したことも功を奏した。

 

  「向こうに寝返った11艦隊の相手は、おれにやらせてくれ」

 勢い込むジャスパーに、ファンが片眼を開く。

「それは意趣返しの一種ではあるまいな」

「見くびるな。さっさとこんなバカげたことを終わらせて、あいつの墓参りにいくだけだ。おれは、まだ出来てないんだよ」

 あいつというのが誰を指すのか、わざわざ口にするまでもない。

 では異存はないとばかりに再び目を閉じて腕を組むファンに、ウォーリックは大げさに肩を竦めてみせる。そして、一同を見回して、陽気な口調で私に告げた。

「ま、こいつはおれたちのなかで最も退役が遅い。まださび付いてはいないだろう戦場の嗅覚を信じる、ということでは駄目かね、参謀長?」

 最近は「私」などと気取っていたウォーリックも、仲間内では昔のように自分のことをおれと言うようになった。また、今は副司令官であるにも関わらず、昔と同じく参謀長と呼んでくる。

 無論、答えは言うまでもない。

 

 第1艦隊は同盟首都星ハイネセンの警備、第2と第10艦隊はイゼルローン回廊方面で可能性は低いものの帝国の侵攻に備えている。残る第4艦隊を久しぶりにジャスパーが率いて第11艦隊へ直進。別動隊として第6艦隊を任された私は、第7艦隊と第9艦隊の様子を確認しつつ第4艦隊の後詰にはいる。

 第5艦隊をウォーリックが、第8艦隊をファンが率い、それぞれ別の航路から森林連盟に迫った。

 

 顛末は実にあっさりとしたものであった。

 第11艦隊は士気が極めて低く、ジャスパーが戦う前からすでに逃げに入っているような状態。ジャスパーの突撃に前衛は蜘蛛の子を散らすように、いや、むしろ第4艦隊を迎え入れるように左右に潰走し、一気に旗艦を包囲することに成功した。これには第11艦隊司令部もどうしようもなく、即座に全面降伏となった。

 

 聞けば、第11艦隊の将兵はみなヒースこそ我らが司令官と心をひとつにしており、ヒースの更迭から今回の分離同盟騒ぎは何から何まで不満しかなかったとのことである。

 ヒースは第2次ティアマトでも総司令部の参謀としてともに働いたこともありよく知っているが、どうやらよい将官になったようだ。

 11艦隊の収容と再編は私が請け負い、ジャスパーはコープの墓参りを済ませると、第3艦隊を目指して先に進む。

 

 ジャスパーはさっきは斉射三連だけで終わってしまったと不完全燃焼気味だが、今回の相手は帝国軍ではなく、同じ同盟軍である。それを忘れないでもらいたいと指摘すると、一瞬、目が泳いだことは友人として明記せざるを得ない。

 

 しかし、ジャスパーがコープの墓参りをしたおかげで、その後の第11艦隊やコープの故郷の星系市民感情が悪化することなく、スムーズに同盟に帰参してくれたことは助かった。

 ジャスパーがそのような政治的な効果を分かってやったのかは怪しいが、宇宙艦隊司令長官職で揉まれた可能性はないわけではない、ということにしておこう。

 

 なお、敵主力である第3艦隊については、先に到着した第5艦隊と第8艦隊の挟撃によりあっさりと戦闘継続能力を失った。第4艦隊が到着した時には既に戦闘は終わっており、ここでもジャスパーは不完全燃焼であったが、第4艦隊の将兵はさっき勝ったから今度は負け番、もう終わっていて助かったと大いに安堵したらしい。

 

ローザス『道違えども忘れえぬ我が戦友たち』
  

 

 余談ではあるが、ジャスパーのジンクスは勝ち勝ち負けであり、第11艦隊の前は宇宙艦隊司令長官時代にさかのぼる。なお、ジャスパーはイゼルローン要塞攻略戦には最後まで反対の立場であったため、司令長官でありながら攻略戦参加は政治的に見送られ、第1艦隊とともにハイネセンで留守をさせられていた。第4艦隊の将兵は、当然、そのことを覚えている者が多かった。

 これも余談となるが、ジャスパーがコープの故郷で墓参りをした日は、後にコープの日となった。これは墓参りをした後で答えたインタビューに起因する。

 

   ようやく、あいつの墓参りをすることができた。やっと、肩の荷を下ろせた気分だ。

 皆も、今まで言えなかったことや、出来ずにいて後悔したりするようなことがあるなら、さっさと済ますに限る。

 そうだな、おれのこの墓参りが、そのきっかけになれば嬉しく思う。コープの奴も、喜んでくれるに違いない。あ、いや、きっと、たぶんな?

 まあ、コープの奴のことはさておき、もし、今まで疎遠になっていた相手が二の足踏んでいたようなことを、意を決して言ってきたり、何かをしてきたら、それまでどんなに怒っていたり文句があったとしても、とりあえずは黙って相手の言い分などを聞いてほしい。おれも墓参りの最中でコープが墓から出てきて文句を言ってきたら、全速力でハイネセンまで逃げ帰るからな。うん? それは誰でも逃げ帰る? そうか、そうだよな。コープの奴、怒るとしつこかったからなあ……ふざけて酒を飲ませたウォーリックの野郎にも、後々まで絡んでいたし。あ、違う? 墓から出てきたら立派なホラー? あ、そうか。そうだよな。よし、コープはそのまま眠っていろ!

 おっと、すまん。また脱線したな。

 つまり、皆がそういうことをやってくれると、おれもこいつも喜ぶってことだ。

 もし、そういうことがないという実に幸運な奴は、そうだな、墓参りをしたり、旧友を訪ねるというのはどうだろうか。友のために時間を使うのも、素晴らしいことさ。きっとな。

 

同盟暦元年第015号市民発案に添付された映像資料より
  

 

 地元のメディアが大々的に取り上げたジャスパーのインタビューを受けて、地元の英雄を記念してコープの日としようとの機運が高まった。ハイネセンへの凱旋後にこれを聞いたジャスパーも賛成。他の730年マフィアとともに署名活動を行い、市民発案(シチズンズ・イニシアチブ)*61として議会に提出した。

 中央議会では全会一致で可決、コープの故郷だけではなく同盟全体の記念日となった。

 アッシュビーが戦死した12/11と同じように同盟の休日であり、学校が休みになるとあって子供たちが大いに喜んだという。アッシュビーは戦死であり同じく戦死者も多いため祝日というムードはないが、こちらは友人の日とも呼べるポジティブな日である。素直に喜びを表しても咎められることはなく、友情を深めるという理由で朝から友達と遊びに行っても宿題云々と言われないため人気がとても高い。

 

 トラバースやキングストンら首脳陣の多くは地球教団のカバー組織である憂国騎士団と親しかったことから一緒に逃亡、潜伏した見られている。

 残った森林同盟の指導者たちは同盟政府の対話の呼びかけを拒み、最終通告を発して艦隊戦にまで発展したことで内乱罪が適用された。幹部たちは終身禁固、参加した将兵はそれぞれの立場に応じて有期限の禁固刑や懲役となった*62

 

 追記。20年後、フェザーンの民間宇宙探査企業であるスペースYが、地球辺境の小惑星帯にある居住存在惑星にトラバースらが潜伏していることを発見した。

 トラバースは衰弱していたため裁判前にフェザーンの病院で死去。生存者は同盟に送られ、先の指導者たちとは違い、テロリストである地球教団の一味として裁判にかけられ、死刑が確定した。

 地球教団や憂国騎士団のメンバーは器物損壊や人身傷害、殺人を犯した者については別途、同盟法で裁かれた。

 

 

夫婦関係


 結婚した年に双子が生まれ、ウォーリックはパラス知事を1期務めただけで政界を引退、俳優に転身して成功を収めるなど、グリューネワルト伯爵夫人との生活は前の結婚とは比べるまでもなく幸せなものだった。

 グリューネワルト伯爵夫人の誘拐事件におけるウォーリックの、まるで「軍務省が涙すべき40分間」の前に帝国軍に突破されまいと戦線を死に物狂いで支え続けた「提督たちの胃に穴の開く90分間」のように血走った目で普段の余裕をかなぐり捨てた鬼気迫る勢いでの救出劇や、ウォーリックを査問会から救出するために「わたくしの貞操以外であればなんでも差し出します」と言いきって離婚して孫とも上手く行かずに家庭的に恵まれていなかったファンを鼻白ませたグリューネワルト伯爵夫人の姿は、結婚前の二人を知っている向きにはいささか奇異に映る。

 

 なにしろ、ウォーリックは社交界で浮き名を流した伊達男であり、グリューネワルト伯爵夫人も年若いうちからナイトクラブなどで派手に遊ぶような軽薄な面があった*63

 この件についてウォーリックは彼女は若くて美しく、なにより歯並びがとても綺麗で魅力的だから夢中になるのさと、いつもの美女論を展開して煙に巻いていた。

 事実、ウォーリックがグリューネワルト伯爵夫人を初めて知ったのは、自身の社交界デビューのドレスのCMで微かに口元をほころばせているポスターだった。それを見て、なんと若くて歯並びが綺麗な娘だと心に深く刻まれたのだとか*64

 しかし、別のインタビューでこのような答えもある。

 

  確かに、いつも口にしている理由は嘘ではない。勿論、ただそれだけでもない。

私は彼女でないと自由ではいられなかったし、恐らく、彼女もそうなのだろう。

私たちは、とても似た者同士なんだ。だから、私が心から愛せるのは彼女だけであり、彼女も私だけを愛してくれているはずだ。これはね、君。自惚れなどではなく、ひとりの女に愛された男して、ちょっとした自信があるのだよ。

 

『アイム・ア・スリー・タイムス・ヒーロー』アワード受賞インタビュー
  

 

 なお、グリューネワルト伯爵夫人に言わせれば、少し違う見解が返ってくる。

 

  まあ、わたしが●●●を●●●いるのは間違いのない事実だけれど、●●●が、というより●●●●●●●●のメンバーが一番●●なのは、言うまでもなく●●●●●●なのよ。

もう卒業して何十年にもなるのに、未だに●●●●で一回●●●ことを分かりにくい形で自慢するのだもの、どれだけなのよって感じだわ。それに比べれば、わたしはせいぜい2番目。3番目がビーフステーキかしら? ステーキには勝てるけど、●●●●●●には勝てる気がしないってものよ。もう●●●●●からではなくて、もし●●●●●も勝てる気が少しもしないなんて、嫌になるわね。

 

グリューネワルト伯爵夫人『伯爵夫人流検閲コーナー』
  

 

 本人の発言とはいえ、自分は2番でビーフステーキに勝てる程度というのは、照れ隠しも多分に含まれているのは間違いない。これに関しては、ウォーリックの言のほうが二人の実際の関係に近いと思われる。

 グリューネワルト伯爵夫人と親しい関係者によれば、二人の仲の良さの秘訣は恋愛感情も勿論あったが、何よりもお互いを良く理解してる者同士の深い絆で結ばれていたことであるらしい。

 

 ウォーリックは男爵を称してはいても、本物の貴族などではない。いつもの歯の浮くような台詞回しも気障な振る舞いも、偽物といえば偽物である。

 貴族などではないのだから、そのように勿体ぶるのは似合わない。気取らずに本物の自分を出したほうが良い。そもそも私たちは同盟市民なのだから、専制主義の貴族の真似事などはおかしいだろうと忠告や批判を受けることは少なくなかった。

 それでもウォーリックは、いやいやそんなことはないさと笑って流すだけで、行状を改めることは一度もなかった。

 

 グリューネワルト伯爵夫人は留学でフェザーンに出て以降、歓楽街の夜の女王のひとりにも数えられた派手で放埓な夜遊びだけではなく、大学にはカジュアルなファッションで通うなど、およそ帝国貴族婦人らしからぬ振る舞いも多かった。

 そのため、旧体制下での帝国本土の貴族社会では平民かぶれであり、また、破廉恥*65だと軽蔑されており、本物ではなく紛い物の貴族だとという嘲笑を込めて、偽絹の伯爵夫人(クンストザイデネ・グラフィン)と呼ばれていた。

 自分の悪評を知っていたグリューネワルト伯爵夫人も本土の帝国貴族社会に背を向け、リップシュタットの内乱前は古文書学校の研修旅行で帝国公文書館(ライヒスアルヒーフ)を訪れた以外は、帝国に戻ろうとしなかった*66

 この二人について、件の関係者は次のように語っている。

 

  Wの言う彼女でないと自由でいられなかったというのは(これも相変わらず気取った言い回し!)、まあ、あれでしょ。Wの振る舞いって結局はただの貴族趣味に過ぎないこと、そのくせ本心ではとても気にしていたってことを、Aだけが正しく理解したからよね。

正しい理解というのは、スノッブで気取った言動を馬鹿にしたり否定したり軽蔑したり、後これが大事なことなんだけど、憐れんだりせずに、心から楽しんで付き合うことよ。

なんだそれだかと思う? まあ、思うでしょうね。言葉にすれば、とても簡単で単純なことだもの。

でも、Wが今まで会った人間は、誰もその簡単なことができなかったのよ。離婚した相手も含めてね。

WはAに出会って初めて、自分が本物じゃないってコンプレックスを気にせず、好きな貴族趣味を思う存分に出すことが出来たわけ。まあ、それで惚れたってことでしょうね。ちょっと拗ね気味に捻くれてるところは可愛いし、悪い男じゃないと思うけど。ただ、あんなのに入れあげるとか、女の趣味が悪いのは難点よね。

 

ローレライ『クソったれと舌打ちばかりしているわたしの悪友と、その奇特な恋人の話』
  

 

 一般的には本物を前にしたほうが自分の偽物ぶりを強く意識してしまうものだが、皮肉なことにグリューネワルト伯爵夫人また、自分が所属する社会で浮いた存在であった。

 しかも、自業自得の部分もあるとはいえ、貴族の社交界で後ろ指をさされているなど故郷に戻るところはなく、さらに言えば、実家は子供の時に完全に縁を切っているという、一族や家族を大事にする帝国貴族には珍しい天涯孤独の身。それは裏を返せば、身分からも血縁からも地縁からも自由ということでもある。

 そのようなグリューネワルト伯爵夫人だからこそ、他の人のように数々の栄光に目が眩むこともなく、地位や名声や資産など歯牙にもかけず*67、まるでダンスを申し込むようにウォーリックの心に手を差し伸べられたのだろう。

 今まで何事も本気になることが出来なかったウォーリックもまた、差し伸べられたその手を取ることで、初めて誰かを心から愛することができたに違いない*68

 

 

 

子供たち


        子供たち小目次        

14.9.1 子供たち

14.9.2 ポール

14.9.3 フランシス

14.9.4 ニコラ

 

 夫ウォーリックとの間に一男二女をもうけた。双子の男女は誘拐前に生まれているが、次女は誘拐事件の後で生まれたため下卑た憶測も流れた。勿論、そのような事実はなく、生まれた時期も違うことからウォーリックの子供であることは間違いない。

 長男のポールと次女のニコラは大学の予備役士官訓練(リザーブ・オフィサーズ)過程(ROTC)(・トレーニング・コープス)を修了し、予備役士官となっている。長女のフランシスはハイネセン音楽院(コンサーバトリー)の教授に任じられるまでの10年ほどパラス星系で共和国親衛隊音楽隊(リパブリカン・ガード・バンド)に所属していた。退任時の階級は副楽長で常任指揮者である憲兵少佐。共和国親衛隊音楽隊は軍楽隊でもあるが、兼職が認められているため隊員は平時は民間のオーケストラや音楽学校の教師などをやっており、フランシスも作曲家、演奏家としてだけではなくパラス大学の音楽関連講座の講師として活動していた。

 

ポール:長男


 ポール・カウント・ウォーリックPaul "Count" Warwick)

 双子の長男ポールはウォーリックの撮影現場に遊びに行っていたこともあって、早くから子役として同盟の芸能界デビュー。そのまま俳優となり、父親の二つ名と母親の本物の爵位にちなんで"伯爵(カウント)"と呼ばれるようになった。ポールの二つ名が伯爵(エール)ではないのは、帝国の爵位由来といういささか皮肉的なニュアンスが込められているためである。

 軍の階級は予備役中佐。他の二人よりも高いのは役者としての体作りも兼ねてトレーニングに参加することが多く、親友であるファンの孫の影響もあってパイロット研修過程なども積極的に受講、昇進基準を満たしたためである。

 ただ、軍人としての地位などには興味がなく、父であるウォーリックの縁故もあり推薦には不自由しなかったが、予備役でも入学できる統合軍指揮幕(ジョイント・サービシーズ)僚大学(JSCSC)(・コマンド・アンド・スタッフ・カレッジ)の通信コースは周りから勧められても固辞。結局、予備役大佐には昇進しなかった。

 

 かつてローレライという名前でフェザーンのナイトホールを風靡した有名ダンサー、サン=ピエール・ヤンの娘、ドミニクと結婚*69。ドミニクとの間に二男をもうけた。

 ポールとドミニクそれぞれの母親であるグリューネワルト伯爵夫人とサン=ピエール・ヤンは、グリューネワルト伯爵夫人がフェザーンで史料編纂員として勤務し始めた頃からの悪友であり、第一の親友でもあった。親友と言えば、お互いとても嫌そうな顔をして否定するさまがそっくりだというほど仲が良い。

 その二人がまだ独身の時に、お互いに子供ができるようなことがあっても、あんたの子供と結婚させるとかないわねと酒を飲みながら笑いあっていたらしいが、現実は非情なものである。婚約の顔合わせで久しぶりに会った二人は、お互い貼り付けたような真顔であった。これは、いったいどういう顔をしていいか分からなかったとのこと。[当事者?]

 とはいえ、親の事情でお互いに好きあった子供の結婚に水を差すようなことはせず、むしろ、あいつには負けたくないとお互いに競い合うように自分の子供の魅力を演出、同盟の若い天才俳優と、フェザーンで人気の新進バレエダンサーという肩書がなかったとしても実に華やかな結婚式となった。

 

 ポールはウォーリックの交流の影響でファンの孫であるヒューリックと友人となり*70、これは偶然であったがヒューリックの病気をごく初期に発見、危ういところで一命をとりとめた*71。ヒューリックは一見不真面目そうに見えるが、根は頑固で融通が利かないという祖父と似た者同士であり、祖母の離婚を巡って祖父とは長年対立していた。

 ヒューリックはもともと宇宙が好きで船も好きだったが、祖母は祖父を思い出すということで大反対。地上での仕事を探すよう強く勧めてきたため、ヒューリックは家を飛び出した。

 当時の同盟であれば宇宙に出る一番の近道は軍に入ることだが、軍は祖父の影響力が大きすぎて嫌だとその選択肢は却下。結局、職を転々としていたところ、ポールとグリューネワルト伯爵夫人の仲介もあってヤン・タイロンの商会に落ち着いた。

 

 ポールはウォーリックの助けも得て、友人の家庭環境修復に乗り出す。

 正面からは困難ということで、離婚した祖母の方面からアプローチ*72。復縁するまでには至らなかったが、それまでの断絶ではなく一応の和解に成功する。

 これによりヒューリックの祖父に対する態度も軟化し、ハイネセンポリスのレストランなどでファンと離婚した妻、息子の嫁とヒューリックの四人で会食する姿がたびたび見られるようになった。

 この経験は俳優としてのポールに大きなプラスとなったらしく、それ以前とは見違えるように演技に深みが加わったと評価され、若い天才から時代を代表する名優へと大きな一歩を踏みだした。

 

 なお、ヒューリックであるが、ヤン商会でのポジションは事務員であったが、宇宙海賊との戦闘に際しては的確に助言をしたり、エンジンの不具合を早期に発見するなど多才ぶりを発揮。特にエンジンの不具合は発見が遅れていれば航行中の事故につながりかねない深刻なもので、九死に一生を得たとタイロンは特別ボーナスをはずんで感謝したほどの危機であった。

 タイロンは息子のウェンリーに商売っ気がなく、息子夫婦の様子から孫もその道に進まないだろうとみてとるやヒューリックを後継者にと考えたが、ヒューリックも商売が好きというわけではなかった。

 むしろ、当時、経済開発委員長であったトリューニヒト*73が発表した「同盟500年・3000億人計画」を受けて数世紀ぶりに盛り上がりをみせる宇宙開発や宇宙開拓に熱意を持っていた。

 このままでは辞表を叩きつけて商会を飛び出し、ライバル会社に囲いこまれてしまう危険性が高かったため、タイロンはスペースYという宇宙探索会社を設立*74。ヤン商会の役員を兼任することを条件にヒューリックを代表に据えた。

 

 フェザーンに本拠地を置いたスペースYは新規航路の探索などで実績をあげると、グリューネワルト伯爵夫人から投資を受けて規模を拡大する*75

 フェザーンにも政府機関の宇宙研究センター(ソントル・デチュード・スパシヤル)はあるが、そもそもフェザーンは一貫して可能な限り民間に任せるスタンス。宇宙研究センターも自ら開発計画を実施したりするわけではなく、民間の宇宙会社の調整や認可などを行うのが主な仕事だった。

 そのような風土のため、スペースYを筆頭にベリョースカなどいくつもの会社が設立され、活況を呈すことになる。

 

 かくして、同盟のポプラン*76、帝国のケンプ*77と並んでこの時代を代表する探索者パイロットとして名前を馳せる三人が歴史に登場することになる。同盟は経済再建中で宇宙探索には少し出遅れるものの、トリューニヒトの手厚い後援や帝国に比べて銀河最奥へ航路を伸ばしやすいために成果は引けをとらなかった。

 一方、フェザーンの民間会社は新航路の発見もあったが地理的な条件の悪さは否めず、帝国や同盟が政府機関として本腰を入れ始めると後塵を拝すこととなる。

 そのなかでもいくつかの会社は成果を上げた。最も有名なのは、スペースYが帝国の地球の再開発事業のために周辺100光年程度の調査を行ったときに、それまで謎に包まれていたジャン・ピエールの終焉の地を特定したことだろう。

 

 このように同盟と帝国とはいささか趣の違う発見も多く、特にスペースYは良い意味での「おもしろエクスプローラー」として認知されており、発見の記者会見も「いつものスペースY」を期待されていることが多かった。

 グリューネワルト伯爵夫人にやはり議決権なしの株式は失敗だったのではと忠告する声もあったが「帝国と同盟と同じことをしても差があるのは当然。それに、まっとうな航路や新惑星の発見もありますし、ジャン・ピエールの墓は歴史的、いえ、むしろ考古学的なな業績には違いありません。これからも活躍を楽しみにしていますわ」と問題視しないどころか更なる出資も考えているというコメントを出しており、最大の理解者と出資者を失わずに済みそうだとヒューリックを大いに安堵させた。

 

 

フランシス:長女


 フランシス・ウォーリック・ケッセルリンク・ザ・マーチクイーン・ディー・ムジークグラフィンFrances Warwick Kesserling "The March Queen" die Musikgräfin)

 フランシスもポールと同じく幼い頃にウォーリックに同行して撮影現場に出入りしていたことから子役としても出演していたが、プライマリースクール卒業と同時に芸能活動を引退して音楽の道に専念。作曲家、ピアノとトランペットの演奏家としても有名になった。特に、分離同盟戦争終結10周年記念祭のための音楽コンクール作曲部門で1位となった、"行進曲"ジャスパー行進曲(マーチ・ジャスパー・マーチ)で一躍有名となった。これは戦争終結当時、ハイネセンへの勝利の凱旋を行った宇宙艦隊司令長官のジャスパーが率先して出迎えた市民たちと楽しく踊りあかすことで、自由と民主主義と同盟の再結束を祝った陽気な祝祭の雰囲気を曲にしたものである。まさにジャスパーの陽気なエピソードを彷彿とさせる、思わず一緒に手拍子をとりたくなる軽快なリズムで、広く同盟市民に親しまれた。クラシックのコンサートでもアンコール曲として特に人気が高い。

 フランシスはこの他にも五稜星よ(ファイブポインテッド・)永遠なれ(スター・フォーエバー)など行進曲を多く作曲し、マーチの女王とも呼ばれるようになる。フランシスの曲は同盟に留まらずに帝国でも愛好者が多く、フランシスの曲のファンであると公言して憚らない典礼尚書アルテバラン大公女が宮廷官職である音楽伯(ムジークグラフィン)を名誉称号として授与することを決定。パラスに赴き、自らフランシスに特許状を手渡した*78。フランシスもそのお礼として帝国公演を約束、夫婦で帝国各地に演奏旅行を行い、帝都では新無憂宮で皇帝臨席のコンサートを開いた。

 

 ハイネセン音楽院の教授に就任してからは作曲や演奏よりも音楽教育に力を注ぐようになり、テルヌーゼンを中心に音楽教育活動に取り組んでいた音楽教師のジェシカ・エドワーズ・ラップと活動を共にした。

 ジェシカ・エドワーズの夫は、テルヌーゼン出身の人権派弁護士として有名なジャン・ロベール・ラップ。ジャン・ロベールの父がウォーリックの離婚に際して公平公正に遺漏なく手続きを完遂したことが縁となって、以後、家同士で親しく交際することとなる。

 フランシスがジェシカ・エドワーズを知ったのは音楽教育活動ではなく、学生時代に幼馴染のジャン・ロベールから「近くの音楽学校との合同ダンスパーティで素敵な子がいたんだ」と恋愛相談を受けたことがきっかけである。フランシスとジェシカ・エドワーズはその後、同じく音楽の道を歩む者同士意気投合。ジャン・ロベールとは関係なく生涯の親友となった。

 

 また、父の縁で知り合ったローザスの孫、ミリアムとも8歳年上の姉代わりとして親しくなり、年上のエンジニアとの恋を成就させるために協力している*79

 ミリアムの手助けをしたフランシス自身は、母親の大学時代からの親友であるケッセルリンクの甥、ルパートと結婚。子宝には恵まれなかったが、ルパートも音楽家*80ということもあって、多くの弟子を自分の子供のように可愛がった。

 

 なお、母のグリューネワルト伯爵夫人は自他ともに認める音痴であり、娘に音楽の才能があり、その道を志したことをとても驚き、またそれ以上に喜んだ。

 この方面でわたしの遺伝子が仕事をしなかったことは本当によかったわと、フランシスがピアノのコンクールで初めて金賞を受賞したときに抱きつきながら語っていたらしい*81

 しかし、当のフランシスは、わたしママの歌声とても好きと、何度も歌をせがんでいた。パパのほうがとても上手だからと躱そうとしても、ママの歌がいいといつも聞き分けのよいフランシスの可愛らしい我儘に、仕方がないわねえと眉を寄せながらも小声で歌って聞かせたとも回顧録に書かれている。

 

   確かにママの歌は上手いとはお世辞にも言えないけれど、わたしはとても好き。目を閉じて聴いていると、本当にママの姿が脳裏に浮かんでくる、ママの心そのものの歌声。家族だから、身贔屓も多分にあるかもしれない。それでも素敵なことだと思う。

 わたしが最初に聴いたママの歌は、まだわたしが生まれる前。パパとママが恋人だった頃に、パパが得意のトランペットで主旋律を吹いたサウンド・ザ・トランペットの変則デュエット。本当はカウンターテナーのための二重唱だから、ママがトランペットだとよかったのだけど、ママは楽器は全然の人だから。

 当時から音痴なのが嫌で、人前では決して歌わなかったママが、誕生日プレゼントに一緒に歌ってほしいとパパに言われて、渋々、承知した歌。まさか、こっそり録音されていて、ママには内緒だよとパパからこっそり聴かせてもらったとは思っていないはず(天国のパパ、ばらしてごめん)。

 貸し切りだったとはいえレストランで、しかも、好きな人の前とあって、ものすごく照れて、声もはっきりわかるくらい震えていたけど、でも、パパの誕生日のお祝いをしようという気持ちは、とても、とてもとても、伝わってきた。

 わたしがママだったら歌えるかな、こんな歌声を出せるかなって考えてしまったけど、でも、わたしに歌というものを教えてくれたのは、間違いなく、ママのこの曲、この歌だった。

 

ジルベスターコンサート収録ディスクより「来たれ汝ら、芸術の子よ」セルフライナーノーツ
  

 

 

ニコラ:次女


 ニコラ・ウォーリック・ビュコック・セカンド・バロネス・オブ・パラスNicola Warwick Bucock "2nd Baroness of Palas")

 次女のニコラは上の二人とは違って幼い頃から本を読むのが好きな、大人しい子供だった。それでも兄妹仲はよく、本は手放さなかったもののフランシスがリビングで趣味のバイオリンを弾いたり、ウォーリックやポールが乱入してファミリーコンサートになる時などは楽しそうに手拍子を合わせたりもしていた。兄が(姉と父も)出演する映画やドラマ、インタビュー番組やコンサートなどは全てディスク保存しており、ニコラの宝物である。

 ハイスクールの時に決めた政治の道に進み、国立中央自治大学政治学部を卒業。退役後に政界に進出したロボスの秘書をつとめたあとパラスの星系議員を経て、パラス知事に最年少で当選した。「2代目パラス女男爵(セカンド・バロネス・オブ・パラス)!」と有権者から声をかけられると、いつもはクールな美貌に困ったような嬉しいような表情が浮かんだという。

 

 ロボス、さらにその盟友であるトリューニヒトからは熱心に中央政界に出るように勧められ、国防委員の席も用意しているとまで誘われたが固辞。知事を退いてからも中央に出ることはなく、生涯、パラスの発展に力を尽くした。

 その政策は「過度を慎む(ビウェア・オブ・エクサス)」をモットーにしたもので、ロボス事件や最終通告運動のように極端に走らない、中庸を重んじたバランスをとることを大事にした*82。有権者に強く訴えるキーワードやフレーズを使わないため政策への熱心な支持者は少なかったが、不満も少なかった。これはひとえに、ニコラの優れたバランス感覚と政治センスのたまものだろう。

 

 また、連続して出馬することはなかったが、後任が舵取りに失敗して雲行きが怪しくなると再出馬ということを繰り返し、通算で5期20年パラスの知事を務めた。5期目の最後、これで本当に引退の日に、市民の代表からパラスの母という名前とカーネーションとサフランの花束を奉られた*83。これにはいつもの困ったような嬉しいような表情を見せたが、親しい人には、パラスの母はわたしのとってはママのことだから、本当はパラスの母の娘とか、そんな呼ばれ方が良かったと言っていたらしい。しかし、軍の階級を持たないグリューネワルト伯爵夫人とは違い、予備役少佐でもあったニコラはマムと敬礼を受ける身であり、やはりパラスの母が相応しいだろうと夫から諭されている。

 

 父ウォーリックの後継者と目されたビュコックの孫、同名のアレクサンドル・ビュコック・セカンドと結婚、一男をもうけた。ビュコック・セカンドは病気で早期退役した父と同じく国防軍士官学校に入学して軍人の道に進んでいたが、結婚を機に退役。ニコラの夫兼秘書兼広報官兼護衛となり、パラスとハイネセンを忙しく往復することとなった。

 義理の祖父であるビュコックがエル・ファシルの軍病院を守った時にグリーンヒル*84の婚約者が緊急手術中であり、病院を無傷で守り抜いたことで大恩人だと、それまで生え抜きと士官学校卒で派閥的な対立のあったビュコックに感謝するようになった。

 それ以来、グリーンヒルは対立の解消と融和に動き、それまで政治的な活動を避けていたビュコックも反目の解消に自発的に発言や行動を行いグリーンヒルに協力した*85

 

 また、二人は公人としてだけではなくプライベートでも親交を結んだ。

 グリーンヒルの娘フレデリカと結婚したヤン・ウェンリーはグリューネワルト伯爵夫人の元恋人であり古い親友であるヤン・タイロンの息子という縁もあり、ニコラたちとは子供時代から仲が良かった。

 その友誼は次の世代にも続き、ヤンとフレデリカの息子であるユーリ*86とニコラとビュコック・セカンドの息子は生涯にわたる親友であり、冗談で義兄弟のようなものだと言っていたら偶然にもキャゼルヌ*87の二人の娘と結婚して本当に義理の兄弟となった。

 

 ちなみにビュコックは後にウォーリックの後継者として第5艦隊司令官を、ハイネセン出身のグリーンヒルはジャスパーの後継者として第4艦隊司令官をそれぞれ拝命してライバル関係にあるとみられていたが、当人同士は先述のように家族ぐるみで付き合いのある親友であった。

 むしろ、ウォーリックとジャスパーが「うちの秘蔵っ子のほうがお前のところよりも凄い」と子供のように言い合っていたらしい。

 

 

皇后との関係


 

 実に破天荒なグリューネワルト伯爵夫人と、国母となり帝国貴族婦女子の鑑となった皇后では、その在り様が全く異なっている。しかし、いくつかの類似点がみられた。

 お互い早熟で語学に堪能。4歳で帝国宮廷語をマスターして、歴史や法学の専門書を独学で繙くなど、学習意欲が人並外れていること。その一方、家庭人としては一市民のような価値観を持っているのも極めて近い。初期のカウフに投資を行っていることも同様である。

 

 そして、何故か民主共和制への理解が深く、また、時折100年単位で物事を見ているかと思えば、実に近視眼的なことにとらわれるなど、一貫性がない傾向も似ていると言えるだろう。

 ただ、グリューネワルト伯爵夫人は実際に政治には全く関わらなかったため不明だが、皇后については専制君主制の銀河帝国の皇后という立場があればこそ通用したに過ぎず、政治家としては甘く採点しても二流どまり。民主共和制の同盟であれば名前を残すこともなかったと同盟では論評されている*88

 

 追記。トリューニヒトが晩年に出した回顧録に、グリューネワルト伯爵夫人と政治に関する新しい記載があった。

 詳細については、[トリューニヒトの回顧録]を参照。

 グリューネワルト伯爵夫人は文化やエンターテインメントなどの分野では積極的に意見を発信し、ときおり立体TVなどのゲストコメンテーターも務めたが、政治向きな話については口を閉ざし、話を振られても惚けたり論点のすり替えなどでまともに取り合わなかった。

 文化と違って興味や関心がないと思われていたグリューネワルト伯爵夫人が、実は内々ではいろいろ政治向きの話もしていたことは衝撃を与えたが、生前は全くそのような素振りを見せていない。

 思考や感情が口と直結しているという印象とは異なり、その言動は計算されていたことが分かる。本人が聞けば、これでも帝国貴族の端くれですからと不敵な笑みを浮かべたことだろう。

 

 グリューネワルト伯爵夫人は皇后が進学のために帝都に出てきた際に借りた屋敷の元持ち主とあり、両者の接点そのものはとても早かった。しかし、実際に出会うまでは、それからかなりの時間を要している。

 皇后は留学したグリューネワルト伯爵夫人の話を聞いてフェザーンの高等弁務官事務所を通じて何度かコンタクトを取ろうとした節があるが、伯爵夫人は全く応じなかった。

 

 コンタクトを取ろうとしていたのは、ルードヴィヒ1世も同様である。

 旧体制下の帝国では、同盟への亡命は貴族といえども称号の剥奪や帝国内の資産を全て没収され、親族がいれば連座で処刑あるいは奴隷身分へと落とされるほどの重罪であった。

 しかし、ルードヴィヒ1世はグリューネワルト伯爵夫人が逃亡中に親しく世話をしてくれたことをとても感謝しており、これまでの献身と忠誠に報いるという口実で同盟への亡命の際に返上していた爵位と年金を再び下げ渡していた。

 後見人であったブルッフ*89はグリューネワルト伯爵夫人の成人後のこととあって不問とされ、実家のゾンネンフェルス伯爵家も幼少期に縁を切っていたことから、評判は落としたものの連座ということにはならなかった。

 ルードヴィヒ1世はグリューネワルト伯爵夫人からの丁重なお礼状の返信という形で、その後も何度も帝国への帰還を非公式に促していたが、常に一方通行であった。

 

 

 皇后とグリューネワルト伯爵夫人が知り合ったのは、帝国の国内事情が少し落ち着いてから皇后がお忍びでフェザーンに旅行した時のことだ。

 皇后は星間貿易商人に扮したが、カウフ経由でその協力を依頼されたヤン・タイロンは昔、グリューネワルト伯爵夫人と恋仲であった*90。ちょうど、グリューネワルト伯爵夫人もフェザーンに出る用事があったため、久しぶりに会おうということになった。タイロンから指定されたレストランに出向いたところ、皇后一家もいたというわけである。

 

 その場での出来事については当事者の誰一人書き記していないために様子はわからないが、最初、皇后とグリューネワルト伯爵夫人はお互い様子を伺うような緊張した雰囲気だったものの、ある言葉をきっかけに急速に打ち解けたらしい。

 皇后がお忍びで出掛けたように、グリューネワルト伯爵夫人もオーディンに密かに戻って皇后と会っている。そのための小さな屋敷を、皇后がオーディン市街に自費で建設した。

 屋敷に名前も付けていたそうだが、これについては伝わっていない。ただ、グリューネワルト伯爵夫人はそれを聞いて手を叩いで面白がっていたことが周囲の記録に残っている。

 また、皇后の没後、孫のエリザベートが屋敷の名前を知って人前で吹きだすという極めて珍しい光景が見られたらしい。

 

 エリザベートは帝国貴族の紋章に精通しており、若くして上級紋章官や貴族の代表ともいえる典礼尚書に就任するなど、典型的な旧体制下の貴族のような印象を持たれることも多いが、実際に接してみると大公女らしからぬ気さくな人柄で平民にも親しまれている。

 ただ、個人としては母のアマーリエの薫陶よろしくマナーに関しては旧体制下の帝国貴族の水準を完璧に満たしており、人前で吹きだすことはおろか、歯を見せて笑うようなことも避けていたほどだ。

 そのエリザベートの盛大なマナー違反はアマーリエの知るところとなり、大目玉を食らったそうだが、生涯、何を見たのか口に出すことはなかった。件の屋敷の小さな銅像についても心当たりがあったらしく、問われるたびに口元を引きつらせては慌てて扇で隠していた。

 

 皇后とグリューネワルト伯爵夫人は自分たちが意気投合するきっかけとなった言葉を合言葉に、その後は頻繁に交流を持つようになった。その言葉については皇后もグリューネワルト伯爵夫人も記録を残さず、真相は闇の中である。

 追記:封印指定されていた皇后の手書きメモから、26文字の伏字が見つかった。どうやらこれが皇后との合言葉であるようだが、未だ完全な解読には至っていない。この26文字の女神を解読するためには、ミーミルの泉で左目を失っても悔いはないのだが。

 

 また、交流と言えば、皇后は最高評議会議長となったヤングブラッドともグリューネワルト伯爵夫人を通じて親交があった。グリューネワルト伯爵夫人がヤングブラッドと知り合ったきっかけはルードヴィヒ1世の亡命時の折衝であるが、親交をもったのはウォーリックの査問会騒動の時である。ヤングブラッドは、グリューネワルト伯爵夫人がウォーリックの査問会からの解放を求めて奔走した際、頭を下げに行った相手のひとりでもあった。

 ファンやローザスのように軍に対してはウォーリックとの繋がりが使えたが、政治家たちにはほとんど無視をされていた。その中で、ヤングブラッドだけがグリューネワルト伯爵夫人の面会要請に応じた。面会は5分程度であり、ヤングブラッドが何か便宜を図ったというわけではないが、面会したとニュースで報じられたことで査問会の存在が明るみに出たことはウォーリック解放への大きな一歩となったことは間違いない*91

 フェザーンに逃れた門閥貴族や同盟の対帝国強硬派からはこの仲の良い3人がいずれも女性であることを嘲ってペチコート同盟(ウァイバーレギメンター)と揶揄していた。

 

 後にこの揶揄を聞いたグリューネワルト伯爵夫人は、あら、それは素敵な言い回しよねと嘯きながら自身が若い時にドレスシリーズを手掛けたフェザーンのメゾンにペチコートを発注、皇后とヤングブラッドに親愛の証としてプレゼントしている。

 ヤングブラッドは苦笑しつつも二人に同盟が誇るトップメーカー自慢の精緻な一枚を、皇后も負けじと帝国の工房を督励して縫製した繊細華麗なペチコートをお互いに贈りあった。

 これがきっかけとなって帝国、フェザーン、同盟を問わず婦人服やインナーの技術交流が盛んとなり、3枚のペチコート(ドライ・ウンターロック)の名前を冠した銀河全体のデザインコンペが創設されることとなった。

 

 また、皇后との関係で言えば、第13回帝国議会の傍聴席でヤジを飛ばして退席を命ぜられた「議場よさらば(グッバイ・コングレスホール)!」事件がある。これは帝国側の憤激を買ったが、既に親しくなっていた皇后と事前に打ち合わせをした上での演出であったことが議会後に明らかになっている。

 この時には既に40歳を超えており、ウォーリックの妻兼秘書兼通訳としてだけではなく帝国系同盟人(フェデレーション・オブ・インペリア)クラブ連盟(ル=アライッシュ・クラブス)*92の名誉理事としての帝都再訪でもあったが、フェザーンで共和主義左派と文句の応酬をしていた頃と変わらない稚気めいた振る舞いと衰えぬ容色であったと、若い頃のグリューネワルト伯爵夫人を知っている向きは話している。

 事件の詳細については、第13回帝国議会と帝国統治院*93を参照。

 

 皇后からの真相公表は、思いのほか激しくなった帝国内のグリューネワルト伯爵夫人への批判を抑えるためであった。ただ、当の本人は別にわたしは平気なので黙っていてもよかったのにと肩を竦めてみせたらしい。

 しかし、これにはウォーリックから、私も子供たちも悲しい思いをするから偽悪趣味や故意の煽りはほどほどにしてくれよと窘められて、大いに反省したとのこと。

 

 これ以降、グリューネワルト伯爵夫人は、親しい相手以外にはこの手の発言はマイルドになった。その反動か、伯爵夫人風検閲コーナーの舌鋒の鋭さは従来以上となり、単行本として発売した年は同盟やフェザーンの本屋が選ぶブックセーラーズ・アワード、グランプリ・デ・リブレール候補の常連となる。

 なお、帝国の書肆(グローサー・プライス・)大賞(デア・ブーフヘンドラー)および帝国書籍大賞(ライヒスブーフプライス)では伯爵夫人風検閲コーナーの帝国語翻訳版である「検閲大臣」はノミネートさえされなかった*94

 

 

 

後年と死後


 

 ウォーリックの死後、グリューネワルト伯爵夫人は再婚することはなかった。

 経済的に余裕があることもあり、引き続き伯爵夫人風検閲コーナーの執筆を続けながら自分の手で3人の子供を育てている。

 帝国本土の貴族や富裕層であれば乳母や家庭教師、使用人たちに世話を任せるのは勿論のこと、同盟でも裕福な家はシッターを入れることが半ば常識となっている中、グリューネワルト伯爵夫人のこの方針は珍しいものであった*95

 

 子供が学校に通うようになると毎日地上車を運転して送り迎えを行うなど精力的に子育てに勤しみ、進学や学年が上がって手がかからなくなると、パラス大学図書館に申し出て非常勤職員としてパートタイム勤務もはじめた。

 この頃には帝国と休戦、少し後には正式に停戦したことや、自身の舌禍も減っていたこともあって、同盟市民の批判や嫌悪も以前よりかなり薄れており、大学図書館側も優秀な史料編纂員であるグリューネワルト伯爵夫人の申し出を断る理由はなかった。

 大学図書館での勤務の傍ら、後にはエル・サイド家の蔵書の整理や目録作成なども請け負うなど、エル・ファシル地域の文化事業に貢献している。

 

 なお、エル・サイド家の蔵書については旧知のヤン・ウェンリーに引き継がれ、寄贈されていた蔵書から地球教団の暗号の発見と解読。帝国当局による残党の隠し財産の発見と、計画中の皇帝御幸の滞在先を狙ったゼッフル粒子を用いたテロについての未然阻止に繋がった。

 この功績を以て、ヤンは帝国より黒鷲勲章(シュワルツァー・アドラー・オルデン)ならびに一代限りの勲爵士(リッターオルデン)を授けられ、帝国の「エル・ファシルの英雄(ヘルト・フォン・エル・ファシル)」となった。なお、同盟における「エル・ファシルの英雄」と言えば、ビュコックのことを指すのは先述の通りである。

 

 死後、パラスのイーストウッド・メモリアルパーク*96に埋葬された。当然、ウォーリックの隣である。

 年齢的に先に亡くなったウォーリックが遺言でハイネセンなどの同盟の英雄を祀るパンテオンへの埋葬を拒否し、パラスのイーストウッド・メモリアルパークへの埋葬を希望したのも、グリューネワルト伯爵夫人のことが念頭にあったことは間違いない*97

 そして、活動した期間は軍人に比べて短かったが、映画俳優であることに情熱と誇りをもっていたこともうかがえる。

 

 なお、パラス星系の共和国国定記念建造物(リパブリック・メモリアル)として、花崗岩の山肌に高さ20メートル近くのウォーリックの胸像が削りだされている。

 これは英雄崇拝に繋がると批判を浴び、実際に地元の英雄ではないかと議論が沸騰。グリューネワルト伯爵夫人が、夫は自分が原因でそのような議論となるのは望まない性格であったのは皆さんご承知のはずです。軍人としては懸念があるということでしたら、映画俳優として記念されるというのはどうでしょうか」と星系議会に助け船を出した*98

 議会の許可と予算が降り、周囲の国定公園化も含めてプロジェクトがスタートした。以後、パラス出身で活躍した名優、名監督などがウォーリックに続くように刻まれていき*99、映画ファンの人気スポットとなる。

 

 グリューネワルト伯爵夫人の墓碑銘は、「私に自由を与えよ、さもなくば死を(ギブミー・リバティ・オア・ギブミー・デス)」。

 隣に眠るウォーリックは「我らの信頼は友の中にある(イン・フレンズ・イズ・アワ・トラスト)」である*100

 悪友であり、グリューネワルト伯爵夫人より長生きしたサン=ピエール・ヤンによれば、グリューネワルト伯爵夫人の墓碑銘は本人の希望であるらしい。

 

  この墓碑銘を見て「いや、あんたもう死んでるでしょ!」と突っ込みを入れながら花束を投げてもらいたいのよ。これが墓参のルーティンってのは楽しそうでロックでしょ?と、もうベッドから起き上がることも出来ないくせに笑いながら言っていた。最期の最期まで、本当に、アホな女であったが、まあ、あれでも、紛れもない私の親友である。

クソったれ、くたばるの早すぎだろう!

あれだけ批判も受けていたんだから、100年でも200年でも厚かましくもう少し世に憚りやがれ!

お前の墓参りの時には、わたしだけが煙草吸って酒を飲む。お前には一口でも分けてやるものか!

 

ローレライ『天国でも地獄でもなく、どこか遠い処に行った友人への手紙』
  

 

 サン=ピエール・ヤンの述懐からも分かるように、グリューネワルト伯爵夫人は愛煙家である。

 帝国の高等女学校時代は着飾ることはなかったが肌の手入れを熱心に行っていることは有名であり、同じ寮の女学生たちはグリューネワルト伯爵夫人が肌に悪い煙草を喫むようになるとは全く考えられなかったと口を揃えた。

 美容への関心は高等女学校入寮前から高く、母に下賜された屋敷の継承権を得るや真っ先に高性能の軟水化装置を導入。他にも浴室の改装に力を注ぎ、後から屋敷を借り受けた皇后が設備の充実ぶりに感動したことはよく知られている。

 

 肌の手入れや美容に高い関心を持っていたグリューネワルト伯爵夫人がフェザーンに出てしばらくして喫煙するようになった理由は、ストレスが原因だったと本人が告白している。

 外から見れば自由奔放、気儘に生きてストレスなどとは無縁にしか見えないため、喫煙もファッションの一環と理解されることが多いが、ヤン・タイロンと別れた後が最も酷く、ウォーリックと恋仲になってからは本数が減ったことからもストレスに左右されていたのは間違いないだろう。

 

 帝国では貴族、平民を問わずに女性の喫煙率はかなり高いが、フェザーンや同盟では一般的に低い。そのような事情もあり、また、グリューネワルト伯爵夫人は目立つ存在であったことから、フェザーンの専売局(ビュロー・デュ・モノポル)のCMなどに起用されることも多かった。

 本人はフェザーンでの煙草のCMはあまり乗り気ではなかったが、スタイルが良く手足の長いグリューネワルト伯爵夫人が細身の煙草を咥えて立っているだけで絵になった。ドレスのCMの時と同じく、公共施設に貼られた専売局の販促ポスターが盗まれる事件が多く起きている。

 その逮捕者の中に普段はグリューネワルト伯爵夫人を批判している共和主義左派のフェザーン市民*101がいるなど、ポスターが魅力的であったことを証明するエピソードには事欠かない。

 

 また、伯爵夫人風検閲コーナーを連載していた週刊誌に、独身時代のサン=ピエール・ヤンとふたりで煙草を吸っているプライベートショットが掲載されたこともある。

 これは至近距離で煙草の火を融通するという構図であり、グリューネワルト伯爵夫人の同性愛疑惑に新たな1ページを追加することになったが、サン=ピエール・ヤンだけカメラ目線であり、狙った一枚ということが発覚した。

 理由は伯爵夫人風検閲コーナーで自分のことをかなり強烈に罵倒されたので、その意趣返しであったらしい。この件について、グリューネワルト伯爵夫人はサン=ピエール・ヤンが得た原稿料の折半で手打ちとした*102

 

 同盟に亡命後、フェザーンでのCMなどを知っていた同盟愛煙家(アライアンス・シガー)協会(ACAC)(・アフィショナード・クラブ)からは歓迎を受けた。

 グリューネワルト伯爵夫人は協会の名前にもなっている葉巻(シガー)ではなく紙巻き煙草(シガレット)の愛好家であったが、それで門前払いするような狭量なクラブではなかった。それどころか、同盟愛煙家協会はロボス事件など帝国からの亡命者に風当たりが強かった時期も掌を反すことなく、一貫して陰に日向にグリューネワルト伯爵夫人に援助を行っている。

 その恩義に深く感謝したグリューネワルト伯爵夫人は、同盟愛煙家協会には最大限の便宜を図った。夫のウォーリックも葉巻と並んでパイプの愛好家であったため、分離同盟戦争前から二人でCMやポスターに良く出演していた。

 なかでも、他の会員と同じく会員証代わりに贈られたスモーキングジャケットを着こなし、このタキシードスタイルにシルクハットとヒールのあるブーツで男装した煙草のCMは、人気作が多いグリューネワルト伯爵夫人のポスターの中でも白眉といわれ、同盟の女性向けファッション界に大いに衝撃を与えた。

 ただ、最初の妊娠からは禁煙期間も長く、独身時代のような愛煙家ではなくなっていたが、歳を重ねてもその年代ごとに煙草を咥えている姿が似合うという不思議な魅力を持つ人物であった。

 

 

 

トリューニヒト回顧録


 グリューネワルト伯爵夫人は雑誌のコラムやSNSは勿論のこと、立体TVでのコメンテーターとして出演した時にも政治的な発言を振られた際、話を逸らすか揶揄うような発言で躱すなどまともに口にしなかった。

 そのため、政治関連には全く興味も知識もない、というのが一般的な評価である。

 

   同盟の英雄の中の英雄であるウォーリック元帥が帝国女(しかも栄誉ある同盟市民となりながら未練がましく帝国の爵位を返上せず、年金ものうのうと受け取っているという厚顔無恥さ!)に骨抜きになってしまったのは全く嘆かわしいことである。

 3度の英雄の唯一の欠点であると、確信を以て申し上げられる。

 同盟にも民主共和制を奉じる美しい婦人が多くいるのに、専制主義国家で教育を受けた帝国女などを選んでしまったことは残念でならない。しかも、帝国貴族婦女子の美徳であるらしい貞淑さや慎ましさなどとは無縁、私的で幼稚なことばかりを口にしている。

 無論、吾が同盟は言論の自由が保障されており、名誉の棄損や風説の流布などではない限りはそれで逮捕されるということはない。何を口にするかは当人の自由であるが、それが当人の評価に返ってくるということを、そのスポンジケーキが入っている頭で考えてみるとよい。

 ああ、私はなにも彼女を貶めているわけではなく、事実を申し上げたまで。

 また、良識のある同盟市民として、評価できる点があることを忘れずに記しておこう。公的なことを考える意思も能力もないくせに賢しらに発言したり、社会進出など騒ぎ立てている有象無象とは一線を画していることだけは評価している。

 あともうひとつ、美女であることも評価の対象となるだろう。

 

ボネ『女と政治』
  

 

 ボネ*103のこの発言は複数の差別と偏見に満ちており、女性スキャンダルで政界を引退させられる前に書かれていればさらに物議を醸したことだろう。

 ただ、それらの要素を取り除いてみれば、同盟においてグリューネワルト伯爵夫人の評価の傾向としてはしごく一般的なものであった。

 

 しかし、トリューニヒトがその評価に一石を投じた。

 トリューニヒトが経済開発委員長の時に政治生命を賭けて発表した「同盟500年・人口3000億人計画」。これは、その気宇壮大なスケールと地に足の着いた堅実な成長・発展計画を両立させており、なにより建国以来、初めて「戦後(ポストウォー)」を迎えた同盟社会に未来への方向性を与えた。

 道筋が明確になったことで同盟社会が迷走する危険が減少し、燃え尽き症候群のような無気力な停滞に罹患することも避けられた。

 同盟はもとより、銀河の不安定要素のひとつを排除したと帝国首脳部からも高く評価され、トリューニヒトに将来の最高評議会議長の椅子を約束するものとなった。

 驚くべきことに、このトリューニヒト最大の功績と誰もが認める計画は彼自身の発案ではなく、ニコラから聞いたグリューネワルト伯爵夫人の話が基になっていたと、晩年に出した回顧録で自ら告白している。その「ああ、五稜星の旗よ(オー・セイ・ザ・ファイブポインテッド・)! 汝はとこし(スター・マーク・バナー・オー・)えに自由の国(ロング・メイ・イット・ウェイブ)に翻らん(・オーア・ジ・アライアンス)」から、一部抜粋する。

 

   熱心に彼女を批判して私を褒め称えてくれていたボネ君には申し訳ないが、レディ・グリューネワルトは考える興味も能力もないわけではなく、旧体制下の銀河帝国貴婦人の流儀を守って政治向きのことは必要最小限、たとえば夫君であるウォーリック元帥に関することなどを除いて、口を閉ざしていただけだと私は確信している。

 これは私がまだ若い時に、ビュコック夫人となる前のミス・ウォーリック(その時はロボス先生の秘書であった)から、レディ・グリューネワルトが家で茶飲み話として帝国と同盟のこれからについて指摘した内容を聞かせてもらった。

 もうずいぶん昔のことになるが、今でも鮮明に覚えている部分が多い。勿論、一言一句そのままというつもりはないし、恥ずかしながら記憶の美化ということもあるだろう。ただ、私の心に残った話であるのは間違いない。

 ミス・ウォーリックとの会話を私の記憶を元に再現しながら、その内容を一部、披露しよう。

 

「母が言うには、旧銀河連邦領土である帝国本土は3000億人の人口を支えることが可能だと歴史的に証明している。しかし、専制帝国となり封建制も併用した銀河帝国の最大人口は、ルドルフの最初期の3000億人。つまり、銀河連邦末期の人口そのままであり、上昇に転じていないどころか時代を経るにつれて帝国の人口は下がる一方。450年あまりの治世で、250億人にまで激減している。これで人類の指導者を気取るのは片腹痛い、と」

「同盟にも帝国からの亡命者がかなり流れてきたとはいえ、合計しても全人類の人口は当時の13%にまで低下している。この5世紀もの間、ルドルフが自らの使命としていた人類の発展とは逆の方向に進んでいるね」

「はい。ですが、人類の半数以上を抱える銀河帝国が旧体制下のゴールデンバウム王朝であれば、それも当然の結果でしょう。銀河連邦末期の混乱は構造的な問題ではありませんでしたが、帝国が衰退していったのは構造的な問題。つまり、ゴールデンバウム王朝の統治システムで体制が崩壊に至らずに存続できるのは、その程度の人数というわけです」

「……これは斬新な意見を拝聴した。帝国、かつてのゴールデンバウム王朝は450年もの長きにわたって銀河に君臨してきたと自らの正当性と優越性を喧伝してきたが、逆に、帝国の統治システムでも管理できる範囲に国力が衰退していったからこそ永らえた、という見方もできるわけか。それは、興味深い。しかも、それを元帝国貴族のグリューネワルト伯爵夫人が口にするというのは特にね」

「あら、母は今でも典礼省の銀の名簿に登録されている本物の帝国貴族ですし、グリューネワルト伯爵夫人の称号保持者でもあります。勿論、同盟市民であることに変わりはありませんが」

「おっと、これは失礼。レディ・グリューネワルトを揶揄するつもりはなかった。許してもらえるかな」

「ええ、勿論です。わたしも母もそれほど狭量ではありませんもの。それで、母が言うには、仮にゴールデンバウム王朝が、特に中期以降に3000億もの人口を抱えていたとすれば、とても一部の門閥貴族だけでは統御しきれない。経済規模も今よりもはるかに拡大する以上、ブルジョワジー、富裕平民層の力が門閥貴族を凌駕するほど強くなる。いずれ、規制緩和の要求から下の階級に飛び火して、帝国全体が階級闘争で大革命騒ぎとなるのは、火を見るよりも明らかだ、と。もっとも、革命で多くの死者が出てその後に混乱が続いても、社会的流動性のある国民国家にスライドできていれば後から急速に発展が見込める。歴史を鑑みるに、途中で革命が起こっていたほうが人類社会にとって益となった可能性が高い、とも言っていました。帝国は連邦制の上に胡坐をかいておくくらいで丁度よかったのに、だそうです」

 

 銀河帝国を市民革命で倒す!という魅力的な想像にとらわれてしまいそうになるが、しかし、と続けるミス・ウォーリックの淡々としたいつもの口調で、意識は散文的な現実に引き戻された。

 

「リップシュタットの内乱を経て、銀河帝国は変わった。否、現在進行形で変わりつつあります。指導層は民主化志向を隠さず将来の立憲君主制を目指して構造改革を実施しており、それまで門閥貴族に頭を押さえられていた優秀な下級貴族や有産市民階級を引き立て、実権を与えることで随分と社会の風通しが良くなっているようです。規制も軽減され、貴族に対する暗黙の了解も廃れつつあります。これからは人口が増えても対応できる社会制度を構築していくことでしょう」

「経済戦争であれば同盟に勝機は多そうだが、今のままではフェザーンが肥え太るだけか」

「はい。正式に停戦しても帝国はイゼルローン回廊を解放せず、フェザーンを今まで通りに同盟と帝国の間の唯一の窓口として扱っています。国内産業が発展するまで、フェザーンを帝国の御用商人として同盟の防波堤、経済的な門番をやらせるつもりだと。もし、帝国がイゼルローン回廊まで解放してフェザーンの力を抑える方策をとっていれば、あるいは、仮に帝国が同盟を、もしくは同盟が帝国を征服して完全な統一国家になれば、同盟製品が帝国本土にあふれたことでしょう。それはそれで将来的な同盟本土の産業空洞化という懸念がでてきますが、それはさておき。現状は、同盟の帝国への輸出は今までに比べれば格段に伸びてはいますが、圧倒しているというわけではありません」

「平和特需と経済開発委員会では名付けているそうだね。いや、全く特需さまさまだよ。この特需がなかったら、軍縮で社会に戻った帰還兵が仕事のないままあぶれたわけだから、本当にぞっとしない。帝国の真似ではないが、特需のうちに社会と経済を戦時から平和時にシフトさせないとならないだろう」

「ええ、それは間違いありません。しかし、大事なことは他にもあります。少し話を戻しますが。同盟はどうなのでしょうか」

「うん? どう、とは?」

「今の帝国は、かつての3000億人の社会を目指して動いているように見えます。ひるがえって、わたしたち同盟はどうなのでしょうか? 3000億人まで人口が増えた同盟社会の姿を、先生は思い描いたことはありますか?」

 

 言葉のハンマーで殴られるというのは、こういうことを指すのだろうか。

 どんな演説でも討論でも言葉に詰まるということのなかった私が、ミス・ウォーリックのこの問いかけに対し、舌が痺れたように動かなかった。

 

 当然ながら、この程度、反論はいくらでもできる。

 そのような荒唐無稽な想像などより、政治家である以上は、現実の同盟130億市民の生活を守らねばならないと一蹴するのは簡単だ。

 たとえ、今回の当選でようやく(周りは最速だとほめそやしたが、私の主観ではようやく、であった)国防委員の椅子が回ってきたような若輩であっても、政治家である以上は全力で邁進しなければならない仕事である。

 

 しかし、である。

 その現実生活の対応の先にある未来のビジョン、同盟の行く末を描き出せるかということもまた、政治家にとって重要な使命であるのは言を俟たない。

 それは理念としては知っていたが、理解したのは、まさしくこの瞬間であった。

 無粋な言い訳をさせてもらえば、知識だけでまるで理解していなかったというのは、なにも私だけではないはずだ。同盟の政治は帝国のアクションに対するリアクションの歴史であるというのは、歴史家のヤン氏に指摘されるまでもない。

 無論、先のことも考えるが、せいぜい5年が限界というところだろう。

 なにぶん、下院議員の身では、選挙に当選することが最重要。しかも、比例当選ではインパクトが薄いため、小選挙区からの当選で知名度を上げなければ、政治の世界で上に行くことはできないことは常識である。

 比例に比べて小選挙区での選挙は何かと物入りであり、コネクションも最大限に使わねばならず、必然的に準備に時間をとられてしまい――

 脳内で誰かに向かって言い訳している私に、ミス・ウォーリックは続ける。

 

「……これは母ではなく、わたしの感想となりますが、帝国本土でできたことが同盟に出来ないはずがありません。ただ、帝国と同じく、今の同盟に3000億人の市民を満足させることは難しいとも考えています」

「確かに、今は難しいというか、ありていに言えば不可能だろう。しかし、今できないからといって将来も同じとは限らない。未来の姿として希望を示し、そこに至るために道を整えていくのが政治の、政治家の役割である……」

 

 転換期である現在、求められているのは、同盟市民を煽り立てて戦争へを向かわせ、軍需産業に利便を図って多くの武器弾薬を仕入れる従来の政治家ではない。

 現実の処理に手を動かしつつ輝く眼差しで明るい希望を語る、そのような政治家である――

 

 そう、私の同盟500年・人口3000億人計画は、ミス・ウォーリックから聞いたレディ・グリューネワルトの話が出発点であった。

 レディ・グリューネワルトは数字を分析したわけではなく歴史的な観点からその結論に至ったようだが、キャゼルヌ氏の『数字で見るゴールデンバウム朝の衰退』によれば、帝国は人口だけではなく産業分野などにおいても初期から衰退の一途を辿っていることが裏付けられた。

 発展の指標には人口だけではないが、少なくともゴールデンバウム王朝にはそれが当てはまると言ってよいだろう。

 

 そして、非公式の依頼であったために詳細は公開できないが、キャゼルヌ氏が所長を務めるカウフ総合研究所にいくつかの時代で帝国が人民を統御できずに革命が起きた時のことを試算してもらった。その結果は、いずれもリップシュタットの内乱以前よりも人口も産業も発展する、というものだった。

 明確に提示されたこのデータをもって、私の肚は完全に定まった。

 選挙で当選した時に政治家と呼ばれるような身になったが、私が本当の意味で政治家となったのは、この瞬間だろう。

 

トリューニヒト『回顧録――ああ、五稜星の旗よ! 汝はとこしえに自由の国に翻らん』
  

 

 ニコラがトリューニヒトに語ったのは、中央党の下院当選記念祝賀会。

 中堅の国防委員であるロボスが人に囲まれて身動き取れないため、挨拶周りを済ませて先に戻るトリューニヒトの見送りを代理で秘書のニコラが仰せつかった。その途中、トリューニヒトの秘書が迎えの地上車の手配で席を外した時に交わされた一幕であったらしい。

 パーティで酒が入ったこともあって、いつもは慎重なニコラらしからぬ饒舌ぶりである。

 口が滑ってしまったと後から反省するニコラに、ことの顛末を聞いたグリューネワルト伯爵夫人は、話を聞いたのがトリューニヒトなら悪くない結果になるわよ、と笑い飛ばした。

 

 トリューニヒトは言ってみれば機会主義者で、良くも悪くも中央党を体現しているような人物である。自分で一から流れを作り出すのは不得手でも、よそから借りたもので流れを作り出すのは非常にうまい。ニコラが話した同盟3000億人というのは人目を惹きやすいフレーズだし、おそらく今後はそちらに、経済方面にシフトすると思うわねとグリューネワルト伯爵夫人は断言した。

 生粋の国防族で党でもプリンス扱いなのにと驚くニコラに、そこがトリューニヒトの真骨頂よと笑みを返したという。

 

 事実、この後からトリューニヒトが国防委員会だけではなく、中央党や党派を超えた議員たちの経済研究会、官僚や専門家を呼んだ勉強会などに熱心に顔を出すようになった。最初に委員長のポストを得たのが国防委員会ではなく、経済開発委員会だったというのが、その後のトリューニヒトの行動を物語っているだろう。

 経済開発委員長就任のニュースに驚く娘夫婦に対し、グリューネワルト伯爵夫人は若い時と同じく悪戯めいた眼差しを返し、さも当然のように言ってのけた。

 だって、これからの主戦場は経済だもの。目立ちたがり屋で派手好きなトリューニヒトであれば、一番目立つところに行きたがるのは当然のことよ、と。

 

 

 

 

 

 

*1
つまり、3人目の妻である。ゾンネンフェルス伯爵は妻と死別が続き、グリューネワルト伯爵夫人の生母を含めて3人の皇女と結婚した

*2
わたしが息子なら長男だから違っていたでしょうけどね、とはグリューネワルト伯爵夫人の談である

*3
結婚後に生まれた子供は夫の家名となり伯爵家の世襲はないという条件で典礼省の許可が下りた

*4
グリューネワルト伯爵夫人の帝国封が世襲の大所領などではなく、門閥貴族基準ではした金程度の年金であったのも幸いしている

*5
当時、退役中将。のちに現役復帰してアルデバラン大公領艦隊の編制に携わり大将昇進。初代の総司令官代理として領邦軍の基礎を築き上げた

*6
ゼ―フェルト『銀河帝国全史』:「彼は皇帝のために才能、財産、精力の全てを吸い上げられて死んだ」との発言であった

*7
この不名誉な言い回しに対し、帝国人だけが罹患するということはフェザーンではなく帝国病(マラディー・アンペリヤル)ではないかとフェザーンの住民たちは陰で笑っていた

*8
乗馬や狩猟に行く時のような帝国貴族的な意味合いのカジュアルではなく、ボーダーのトップスやポロシャツにデニムのミニスカートやスキニージーンズを合わせ、足元はスニーカーというフェザーンでいうカジュアルなファッションであった。また、オーディンよりも日差しが強いフェザーンでは色素の薄いグリューネワルト伯爵夫人にとってサングラスは必須であり、そのコレクションはカタログを作れるほどの質と量であったらしい

*9
学生時代に最も仲の良かったケッセルリンクは当初、名士たちと高級クラブで夜遊びに明け暮れるようなグリューネワルト伯爵夫人は、ただの学生である自分たちと一緒にいても退屈しているのではないかと疑っていたらしい。しかし、仰々しいのは好きではありませんからと自らの愛称を求められて伯爵夫人(グラフィン)から取ったラフィーを奉ると喜んではしゃいだり、ここは帝国本土ではないのですからと最初からタメ口(チュトワイエ)だと釘をさしてくるなど実に気安く、すぐに心配はただの杞憂に過ぎなかったと安心するようになった。大学時代の友人たちもグリューネワルト伯爵夫人に負けずに多才なタレント揃いであり、長じて各分野で名を成した。詳細は「フェザーン第10大学出身の著名人」を参照のこと

*10
エルネスト・メックリンガー。詩人、小説家、劇作家、画家、美術史家、音楽家、文化評論家であり乗馬や射撃、フェンシングの名手でもあるなど多くの分野に才能を発揮する万能の天才(ウニヴェルザール・ジェニー)。帝国学士院会員。専門家ではないものの歴史学にも造詣が深く、本職の歴史家であるヤンをして「帝国人は才能についても貪欲に過ぎる、一つくらいこちらに残しておいてくれてもバチはあたらないだろうに」と嘆かせるほどの緻密な論考を多く残している

*11
これは冗談であったらしく、もっとも新無憂宮に行ってもわたしはいないのでご苦労様なのだけれど、と続いてたが、後半は意図的に削除されて広まった

*12
古代地球時代、鉄製の絞首台に街灯がぶら下げられていたことから、人を絞首台やギロチンに送るという意味の言い回しである。古代地球時代の経緯から、特に帝国貴族に対する罵倒に使われることが多い

*13
フェザーンの大学はほとんどが3年制である。同盟の大学は4年制。帝国は単位取得後に大学教授資格と博士号審査に合格すれば卒業となるため年限の定めはないが、官吏となるには3年以上の修学が資格要件に定められていることから、3年あるいは4年での卒業が多い

*14
のちに自治領主となるアドリアン・ルビンスキーの父親である

*15
もともとカウフのインタビューだったが、しばらく親友に会っていないという話を聞いたグリューネワルト伯爵夫人が急遽、オヒキンズも連れてきて、レコーダーと一緒に高級クラブの個室に放り込んだ。2時間後に様子を伺うと、カウフもオヒキンズも普段の鬱憤の反動で酷い有様だったという

*16
美しき花々のシリーズは人気を博したが、コンテストでは物議をかもした。花をテーマにしたドレスのデザインコンペティションに、着用する美女こそ花であると言わんばかりにドレスは蔓や葉、咢といったデザインコンセプトで応募。本来は即座に選外だが、ドレスの出来が非常に良かったために審査員たちは困り果て、急遽、特別賞を制定して本来のコンテストの枠外に押しやった。なお、金賞を受賞した作品よりも注文数が圧勝だったことが、ドレスの完成度の高さを雄弁に物語っている

*17
ウォリス・バロン・ウォーリック・フライヘア・フォン・パラス(Wallise "Baron" Warwick,Freiherr von Pallas)同盟軍退役大将。終身元帥号。宇宙艦隊司令長官。惑星パラス知事。エル・ファシル広域管区連合軍総司令官。旗旒提督(フラッグ・アドミラル)号。俳優。パラス帝国男爵号所持者。言わずとしれた同盟の救世主にして英雄の中の英雄。第2次ティアマトと分離同盟戦争で勝利で飾り、プライベートでも誘拐された妻の救出に自ら先頭で突入して無事に救出したという3度の英雄(スリー・タイムス・ヒーロー)である

*18
アッテンボロー『私本同盟軍英雄列伝』:レディ・グリューネワルト、いや、ミセス・ウォーリックがバッシングを受けた一番の理由は、彼女の結婚前の退廃的で不道徳な品行ではなく、帝国からの亡命貴族という点、次いで同盟の英雄の中の英雄であるウォーリック元帥の妻の座に収まったということだろう。また、ウォーリック元帥の死後にグリューネワルト伯爵夫人が遺産を不当に独り占めしたとの声も前妻の周辺から聞こえてきたが、前妻との離婚調停の時に弁護士が財産や年金の分与手続きを完了させており、言いがかりに近いものであった。とはいえ、帝国貴族であるグリューネワルト伯爵夫人が法に疎く、対応を誤れば前妻たちに付け込まれたであろうことは想像に難くない

*19
正確には、大公であり帝位継承者の意。ルードヴィヒは誕生と同時に大公に叙されており、大公位を持たない皇太子(クローンプリンツ)と区別するため、このように称される

*20
これにはリヒャルト派の貴族たちが怒りを露わにしたが、帝都から脱出してきたルードヴィヒ陣営に雇われてもよいという党派色のない爵位持ちの帝国貴族婦女子など、当時のフェザーンには皆無であった。つまり、グリューネワルト伯爵夫人は大いに足元を見た、というわけである

*21
帝国風に言えば亡命政府(エクスィールレギールング)である

*22
銀河連邦時代からの伝統ある党名。右派保守主義と左派自由主義の間に立つという党名の通り中道の穏健派の集まりであった。ただ、所属議員の政治信条は左右の幅がきわめて広く、党内党と批判される多数の派閥が存在した。軍の中でもいわゆる良識派と呼ばれるグループと繋がりが深い

*23
後に同盟で初の女性の最高評議会議長に就任する。ヤングブラッド家は代々、軍人と政治家を輩出しており、ダゴンの戦いの時のパトリシオ議長の対立候補にして国防委員長として入閣したコーネルの直系であった

*24
メックリンガー『グリューネワルト伯爵夫人――フェザーンが愛する女の肖像』:後にルードヴィヒ大公が皇帝の座よりも大公女アマーリエを欲したのも、この時のグリューネワルト伯爵夫人の印象が大きく影響しているとも言われている。なお、行宮は皇帝の御座所のことであり、この時は皇太孫に過ぎなかったルードヴィヒ大公に使うには不適切ではあるが、後に皇帝に即位したこともありとのときの避難先は行宮と表現されることが一般的である

*25
歳を重ねても悪酔いすると必ずこの時の罵倒が口から途切れることなく飛び出したらしい

*26
これは同盟憲章(ザ・チャーター)にも同盟基本法(ベーシックロー)にも規定のない、完全に恣意的なものである

*27
ファン・チューリン退役大将、終身元帥

*28
アルフレッド・ローザス退役大将、終身元帥

*29
ローザスらが住んでいた街区からメープルヒルの屈辱(ヒューミリエイション・オブ・メープルヒル)との名称でウェブに広まった面白半分の揶揄いに対しては、屈辱というなら最終的に小娘ひとりに動かされてしまったファン元帥のほうが屈辱なのではありませんかと、煽り芸が得意なグリューネワルト伯爵夫人にしては珍しく真顔で返していた

*30
フレデリック・マーチ・ジャスパー。大将。宇宙艦隊司令長官(当時)。後に終身元帥

*31
なお、ベルティーニ元帥の夫人も結婚式に参加している。ただし、招待客ではなく、グリューネワルト伯爵夫人の親族として、であった。グリューネワルト伯爵夫人の亡命がなかなか認められないことを耳にしたベルティーニ夫人は、その亡命の理由にいたく共感。実際にグリューネワルト伯爵夫人と接見した後で、彼女はスパイなどではないと後見人に名乗りをあげる。グリューネワルト伯爵夫人も自分の資産目当てで集まってくるハイエナが多い中、ベルティーニ夫人は信頼を置くに値する人だと自身の後見を願い出た。二人は年齢的には母娘ほど離れており、第2次ティアマトで亡くなった元帥との間に子供がいなかったベルディーニ夫人にとって、グリューネワルト伯爵夫人は本当に娘のような存在であったらしい。手のかかるところもまた可愛いと可憐に微笑むママのほうがよほど可愛らしいと、頭を撫でられながらグリューネワルト伯爵夫人は照れ気味に苦笑していた。このように、グリューネワルト伯爵夫人もベルティーニ夫人を代母(ゴッドマザー)ではなくママと呼んで慕い、終生親密な関係であった

*32
ローザス『道違えども忘れえぬ我が戦友たち』

*33
芸能活動が盛んで映画の街でもあるパラスらしく、映画学や映像学、演劇学といった講座も充実している。グリューネワルト伯爵夫人がフェザーンの歓楽街コーベルク地区にあるフェザーン第8大学(ユニベルシテ・ドゥ・フェザーン・ユイット)に近い雰囲気で懐かしいわとコメントした通り、両大学は姉妹校として提携していた

*34
くわえて、男爵と揶揄された気障な振る舞いなども影響していたのは間違いない

*35
アレクサンドル・ビュコック。大将。宇宙艦隊司令長官。二等兵からの叩き上げで大将まで出世した同盟軍の歴戦の宿将。呼吸する軍事博物館(リビング・ミニタリー・ミュージアム)と尊称される。あるいは、4B(クアドラプル・ビー)。この二つ名は、オヤジ(Big Buddy)あるいはボス(The Boss)、それに名前(Bucock)で4つのBとのことらしい。ただ、Bというのは士官学校を出ていないビュコックは二級品である、二級品をいくつ重ねても一級品にはなれないといった否定的な意味合いもないわけではないだろう。これは本人も承知していたが、事実じゃからのと気にも留めていなかった。また、すぐに机を殴るエピソードは軍の外でも有名であり、退役後は机メーカーなどからCMの依頼が殺到した。元司令長官閣下が殴っても大丈夫!というフレーズが巷で良く聞かれるようになり、この言い回しについても事実じゃからのと苦笑していた

*36
正式名称は同盟国民評議会(アライアンス・ナショナル・カウンシル)だが、通常は中央議会の呼称が用いられる。選挙方式は、小選挙区比例代表併用制。銀河連邦(ユナイテッド・スターズ)(USG)(・オブ・ギャラクシー)の下院は完全比例代表制を採用していたため小党分立状態を招き、それが末期の混乱を収束できずルドルフの台頭を許したとして、5%の阻止条項を設けている。議席の大多数は比例区。小選挙区は一票の格差の調整のためだけに設置されており、ハイネセンなどの人口密集地が対象であった

*37
分離同盟戦争の後に廃法になったが、トラバース法と通称される軍人子女福祉戦時特例法(WSRLCWCS)の発案者として知られている

*38
大将。第2次ティアマトでは後方勤務(チーフ・オブ・ザ・リア・サービス・)本部長(ヘッドクォーターズ)として勝利に貢献した

*39
当時、中将。第2次ティアマトでは総司令部の作戦参謀のひとりとして従軍、アッシュビーの死を間近で見届ける。後に大将昇進。宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長を歴任する

*40
ラザール・ロボス。同盟軍退役中佐。自由戦士勲章。国防委員長や外務委員長を歴任。外務委員長時代には銀河代表者会議同盟首席代表として、次席代表の経済開発委員長トリューニヒトとともに帝国全権リヒテンラーデ侯爵と貿易に関する折衝やこれからの銀河のあるべき姿について議論を戦わせる。後に下院議長に就任。民主共和制の守護者としてハイネセンらが眠るパンテオンに国葬を以て埋葬された同盟の英雄のひとりである

*41
シドニー・シトレ。大将。統合作戦本部長。国防委員長となったロボスとは喧嘩もするが深く理解しあう仲であり、名コンビとしてしられる。士官学校校長時代に『ロボス事件に寄せる』を発表。草稿は分離同盟戦争終結後に完成していたがすぐに発表せず、その後も資料の収集に努めつつ敢えて時間をおいた。「冷静な視点と筆致で当時の情勢を客観的に分析し得た、同盟が現在と未来に誇るべき名著のひとつである」とヤンが激賞している

*42
運動の中心人物のひとりが人権派弁護士として知られたラップ。ウォーリックの離婚調停の主任弁護士であり、グリューネワルト伯爵夫人とも家族ぐるみで付き合いがあった

*43
主な資格は同盟議会議員、星系議員、星系元首の退任から10年以上経過、2年間の兵役満了、同盟国籍取得から35年以上などであり、元大学教授や官僚、退役大将などの軍高官が指名されることが多かった

*44
平時で多数決が禁じられたのは自分は反対したという政治的パフォーマンスを抑制し、閣内の一員としての責任を果たすことを求めたためである

*45
これはグリューネワルト伯爵夫人の本心でもあったが、立場的にコメントすることが難しく、一貫してロボス大尉の擁護に動くという行動で示したウォーリックの気持ちも代弁したものであった

*46
シトレ『ロボス事件に寄せる』:同じく亡命者2世であったロボスとレディ・グリューネワルトの子供たちとの温度差の理由は、なんといっても父親が同盟の英雄の中の英雄であるウォーリック元帥であったからに違いない

*47
映画でも、邪魔する追手かと勘違いしてブラスターを向けた主人公だったが、当局の手のひら返しを知るや、ひとしきり罵倒した後で「逆襲だ(ストライク・バック)!」とにやりと笑うシーンは全体のターニングポイントとして名シーンとなっている。この逆襲だという台詞は実際にウォーリックも口にしたそうだが、その時の笑みはにやりというより獰猛な肉食獣のような凄みがあったらしい

*48
それまで悪名を轟かせていた憂国騎士団は地球教団との繋がりが露見したため統一共和派も解散を命ぜざるを得なかった。しかし、大手のニュースネットワークではその事実は分離同盟戦争が終結するまで報じられず、暴力装置としていくつかの別の器が用意されて人員がスライドしただけであった

*49
同盟公用語、帝国公用語の各紙に同じように弾劾記事を載せているが、フェザーン系新聞の記事が最も格調高く、現在はアッテンボロー弁論といえばフェザーン語を指すのが一般的である

*50
主に政権に対する批判で知られているが野党勢力に対しても同じトーンで攻撃している喧嘩屋である。同名の孫にジャーナリスト、後に政治家に転身するダスティ・アッテンボロー・セカンドがいる

*51
期せずして両回廊とは反対方向の「後方地帯(リア・エリア)」に位置する星系ばかりだった

*52
連盟は当初、国家刷新(ナショナル・リニューアル)連盟(NRF)(・フェデレーション)という名称を考えていたが、銀河連邦時代のルドルフの会派を想起させるということで、通称であった森林連盟を正式名称とした

*53
これは政府やメディアの官製英雄ではなく、エル・ファシルの市民たちが自発的に呼び始めたものであるが、ビュコック本人は英雄扱いは柄でなく、ただ喧嘩が奴らよりもうまかっただけの話だと髭を揺らして苦笑していた

*54
銀河連邦末期から銀河帝国最初期の共和主義政治家、ハッサン・エル・サイドの子孫。エル・サイド家は長征一万光年(ロンゲスト・マーチ)に加わっており、同盟建国時からエル・ファシル星系の開拓を主導した地域の名家。銀河連邦時代やそれ以前の地球時代に関する文献などを多数所有、同盟でも屈指の蔵書家でもあった

*55
エル・ファシルの医師。民間の開業医であるが、軍病院とも提携して医療技術交流など友好的な関係を築いていた。息子のフランチェシクは医師から政治家に転身、エル・ファシル星系政府首相を務めた

*56
正式名称は星系ならびに(カウンシル・オブ・ガバメント)惑星政府代表者(・リプレゼンタティブス・オブ・ザ・)による評議会(システム・アンド・プラネッツ)であるが、同盟中央議会のように通常は星系代表部と呼ばれる。星系代表部会議員は選挙によって選出されるのではなく、その正式名称の通りに各星系や惑星から派遣された代表使節が議員となる。これは銀河連邦の時からの制度であり、民意とは別に各連邦の意思を連邦政府の政策に反映させるという意図があった

*57
ルビンスキー『分離同盟戦争の裏側』:戦いとは何も艦隊戦に限ったことではない。戦局を有利に運ぶために、戦場の外を整えることが肝要である。この時期、帝国でも諸侯を排除するためにルードヴィヒ1世(当時)がリップシュタットの内乱を起こさせており、同盟の動きを封じるために内戦への動きを加速させるために手を打ったと考えるほうが、地球教団の関与という従来の説よりも自然だろう。こうなると、ケーフェンヒラー伯爵が同盟の捕虜となったのも、エコニアの収容所で爵位持ちのため捕虜交換リストの上位に名前があげられながらも娘の結婚まで帰国を拒否していたのも――考え出すと、そもそも自棄になって軍に入ったという動機からして疑わしくなってしまうが――同盟に帝国の工作機関を構築するためではなかったのか、という疑惑が浮上する。その疑惑を強めているのが、あまりにも杜撰と言わざるを得ない救国軍事会議のクーデターだ。機密文書が本人たちの手によって抹消されてしまっているため全容を掴むのが困難だが、乏しい根拠、低い成算ででクーデターを起こそうとしたことは疑いようがない。参加したメンバーの中心は将官であり、子供の癇癪のようなクーデターを同盟の知性の一端を担う彼らが自発的に行おうとしたとは思えず、誰かに踊らされたと考えるほうが納得がいくというものである

*58
政治的な理由から、第1艦隊は同盟加盟星系すべての混成艦隊。最大勢力であるバーラト広域星系が単独で供出しているのは、2・4・6・10の4艦隊。その他の6艦隊はそれぞれ別の広域星系や星系連合から供出される艦隊となる。基本的に艦隊要員も出身星系の兵士や士官が占めるため、バーラト星系の4艦隊は姉妹艦隊のように結束力が固い。たとえ、援護が間に合わないような状況であってもお互いを決して見捨てないという口癖で知られている。なお、ハイネセンの国防軍士官学校出身者は、出身星系を問わずに配属されるワイルドカード扱い。地縁に囚われずに大局的見地から同盟軍全体を俯瞰することができるため将来は軍中央で活躍することが期待されており、各星系の士官学校出身者よりも昇進が圧倒的に早い

*59
グリューネワルト伯爵夫人から、本当にあの人たちはアッシュビー元帥のことが好きで好きでたまらないのねと呆れられている

*60
トラバースは自分に反発を強める第11艦隊司令官ヒース中将を統合作戦本部の査閲次長に更迭、同じく統一共和派の中将を据えた。この他に中立を表明していた第7艦隊と第9艦隊が合流すると言っていたが、直前に統合作戦本部の幕僚総監から第9艦隊司令官に復帰したコッパーフィールド大将がまたたくまに艦隊を掌握するや同盟堅持派の立場を明確にし、第7艦隊を牽制して森林連盟への合流を防いだ。コッパーフィールドはベルティーニを深く尊敬しており、それ以外の730年マフィアのことは快く思っていなかったことは常々、公言していた。敢えて幕僚総監として一線を離れていたコッパーフィールドを現場へと向かわせたのは、今回の森林連盟の内乱は大義がなく、また、マムの「娘婿」どのとその友人たちを助けるのは吝かではないと、ベルディーニ夫人を母と慕うグリューネワルト伯爵夫人の存在が大きかったと後に述べている。そうでなければ、幕僚総監のまま中立を保つつもりであったらしい

*61
これもルドルフの反省から立法府に付託するのみで、立法府で否決されても国民投票(レフェレンダム)にかけられることはない

*62
弁護側は内乱ではなく騒擾罪であると主張したが、裁判で退けられた

*63
グリューネワルト伯爵夫人はフェザーンの名士たちとの交流だけではなく、クラブやホールのレビューダンサー、コンパニオンたちとも仲が良く、三流ゴシップ紙に同性愛(エス)の疑惑を書かれるのは日常茶飯事であった。ナイトクラブで女性ダンサーに対するおひねりは胸の谷間に入れることが多いが、スレンダーなダンサーたちに対してフェザーンマルク札の端を唇で挟み、反対の端を口に咥えさせたところ、伯爵夫人風(ア・ラ・コンテス)として歓楽街で大流行。口紅で汚れた札の交換が増えた元凶として、フェザーン銀行協会から厳重注意を受けたこともある

*64
このポスターまだ亡命前で顔出しがNGだったこともあって顔が見切れている構図だが、それでも絶世の美少女だと確信したと言うウォーリックに、結婚後のグリューネワルト伯爵夫人は、それは首のない美女の死体の類ですわねと肩を竦めてみせたらしい

*65
アルデバラン大公女『昨日も今日も明日も明後日も舞踏会』:「農家の娘は素足(ディー・バオアーンメートヒェン・)を見せ、高貴な淑女(ゲーエン・バーフース・ウント・ディー)は乳房を見せる(・フォーアネーメン・バーブルスト)」との言葉がありますが、旧体制下の帝国貴族婦女子が素足を見せるのは、いかなる時でもタブーでした。逆に胸元は深く刳れて広く開き、コルセットで盛り上げた乳房がこぼれんばかりというデザインのイブニングドレスが夜会では正装となっていましたので不思議なものです。勿論、胸元ははだけてもスカート丈は最低でもマキシ、靴の先がちらりと裾から覗く程度というのがチャーミングということだったようです。そして、アフタヌーンドレスは襟高で長袖、肌の露出を極力抑えることは古代地球時代と変わりありません

*66
ただ、偽絹呼ばわりはよほど癪に障ったのか、帝国貴族子女の社交界デビューのドレスを絹ではなく本当にレーヨンで誂えた。しかも、伝統ある帝国の工房に注文するのではなく、わざわざフェザーンのメゾンで仕立てたこともグリューネワルト伯爵夫人の性格の一端を示している

*67
ウォーリックの周りには、それらを求めて群がる人間も多かったと従卒のチャン一等兵が述懐している。「あの女性は提督に相応しいとはあまり思えませんが、少なくとも、ハイエナようなところが全くなかったことに関しては、文句のつけようがありません。そして、提督のことを愛しているのもまた事実でありました」

*68
ローレライ『クソったれ(シャイセ)と舌打ちばかりしているわたしの悪友と、その奇特な恋人の話』:なお、これはWの方も同じなのよ。Aがカジュアルでラフな姿でいる時も、ドレスを着てコルセットをきつく締めて伯爵夫人然とスカしている時も、どちらもWは楽しんでAに付き合っていたわ。AがWにとって唯一、自由になることができる相手だったように、AにとってもまたWだけが自由に振舞える相手だったということよね。まあ、ちょっとカッコつけて言えば、深い理解と共感で結ばれた絆を持つ二人ってことなんでしょうけど、これ、お互いに美男美女であったから成立し得た可能性が高いと思うのよね。ただし、二枚目に限るとか、美人は得だっていう類の話! まったく、本当にクソったれ(サルテ)な奴ら。末永く幸せに爆発してしまえばいいのよ

*69
父親は星間貿易商人のヤン・タイロン。弟がフェザーンの歴史家ヤン・ウェンリーである

*70
ヒューリックの父親であるファンの長男は既に亡くなっていた

*71
グリューネワルト伯爵夫人との会話がきっかけになったらしい

*72
こういう時は女の方から攻めるんだとはウォーリックの助言である

*73
ヨブ・トリューニヒト。経済開発委員長。国防委員長。外務委員長。財政委員長などを歴任後、最高評議会議長に就任。外務委員長時代は同盟首席代表を兼任してフェザーンの銀河代表者会議にて帝国全権ローエングラム侯爵や次席代表ビッテンフェルトと、帝国や同盟、フェザーンを含む将来の銀河の在り方について議論を戦わせる

*74
YはYangの略である

*75
タイロンとの話し合いで無議決権株式という形で出資した。グリューネワルト伯爵夫人もウォーリック家ではなく個人の財産からの出資であり、特に経営に口を出すつもりもないため快諾。ポールに言わせれば、面白そうなことやっているから応援しているだけ、ということであるらしい。その点もキャゼルヌから勿体ないと批判される理由のひとつである

*76
オリビエ・ポプラン。中佐。幼稚園の保父からスパルタニアンのパイロットを経て腕利きのエクスプローラーに転身するという異色の経歴を持つ。ベッドにひとりで寝たことがないと豪語する色男であり、リン・パオもおれには少し劣るなと嘯いて憚らない。普段の言動から軽薄な印象を与えるが不思議と女性陣の方もポプランを愛し、醜聞めいた話は驚くほど少ない。また、パイロットとしての実力は確かであり、軍人としても格闘技や銃のとりあつかいなど、装甲擲弾兵も顔負けの名人であった

*77
カール・グスタフ・ケンプ。准将。若い時から名を知られた帝国のエースパイロット。探索者(フォルシュングスライゼンダー)としても一流であり、新航路や居住惑星の発見数ではポプランやヒューリックを凌ぐ冒険王である。クリスティーネやグリルパルツァーも良く一緒に探索を行っており、発見についての三人での共著も多い。また、二子に恵まれ、家庭では良き夫、良き父であった。ただ、探索行のたびに「とうさんは誰も見たことのない冒険に行く」「宇宙怪獣を退治してくる」などと話していたことを子供は真に受け、帰ってくるたびに毎回、父親の冒険譚や怪獣退治の様子を心待ちにするようになる。クリスティーネやグリルパルツァーは勿論のこと、宇宙開発本部(ヴェルトラオムフォアシュングスアムト)へ出向してきたフェルナーの伝手で上司のオーベルシュタイン=ケーフェンヒラー伯爵や、その妻であるマッダレーナ、さらにその縁でメックリンガーなども喜んでアイディアを出し、ケンプは子供たちが成長するまで父親の面目を施すことができた。なお、妻が纏めたケンプの物語りは関係各位の快諾を得て絵本のシリーズとなり、帝国では知らぬ子どもがいないほどのベストセラーとなる。絵本の収益で基金を作り、子供教育の支援や絵本の普及に努めた

*78
なお、その際、フランシスの演奏集が収められたディスクにサインをしてもらって一緒に写真を撮ってもらうなど、大いにはしゃぐ典礼尚書の姿が見られたという。当然のように、母アマーリエから後で説教されていた

*79
「年上の男を落とすのはママが得意だから任せて」「よろしくお願いします、師匠」というコメディなやり取りが我が家のリビングで堂々と行われたとローザスは個人の日記に記している

*80
母子家庭で経済的に苦しかった時期もあるが、親友の頼みを聞いたグリューネワルト伯爵夫人が匿名で支援を行い、危機を脱することができた。また、ルパートの音楽学校への入学後は、さらに他の匿名の寄付が増えたらしいが、グリューネワルト伯爵夫人を凌ぐほどの寄付を長期にわたって送ってきた匿名の篤志家のことは不明である

*81
ウォーリック・ケッセルリンク『私の原風景。ママの歌声、パパの笑顔』

*82
特定の政党に所属することはなく無所属であったが、政治思想はロボスやトリューニヒトら中央党内の右派に極めて近かった

*83
サフランは、ニコラの政策のモットーである「過度を慎む」という花言葉を持っているから選ばれた。サフランはニコラの花としてパラスで親しまれた

*84
ドワイト・グリーンヒル。大将。統合作戦本部長。国防委員長。最高評議会副議長。フェザーンの至宝たるフレデリカの父。統合作戦本部長時代は国防委員長トリューニヒトの指揮の元、後輩であり地理学に詳しいリンチ宇宙艦隊司令長官とともに宇宙海賊の討伐と並行して同盟辺境の未発見星系探査と航路開拓に着手した。グリーンヒル時代から宇宙海賊討伐は警備艦隊の充実とともにそちらに移り、同盟軍の任務の比重が宇宙探索方面に傾いていったことから、統合作戦本部ビルはかつての宇宙省(ザ・ミニストリー・オブ・スペース)のようだと冗談交じりに言われることも多かった。軍内の反発する向きに、それもまた平時の軍のありかたの一側面だと冷静に諭すなど、器の広さと見識の高さを示している

*85
アッテンボロー・セカンド『人生の履歴書は軍の全ての階級とともに――ビュコック大将評伝』:リンチ、ホーランド、ワイドボーン、フォークなど錚々たる士官学校首席卒業生たちを抜擢し、その能力を十全に発揮させたのもグリーンヒルの影響だったと後に述懐している。もしグリーンヒルと親しくなっていなければハイネセンポリス組とは反発しあったままだったと苦笑していたが、さすがにそれは謙遜というものだろう。確かに頑固親父であり、何かあるとすぐに怒鳴りながらオフィスの机を殴る「兵士気質」は将官に昇進してもなお健在。しかし、細かいことに拘らずさっぱり流すなど度量は広く、自分がどっしりと後ろに構えて才気あふれる若手を好きに動かせるなどまさに将に将たる名司令長官である。そのビュコック大将が、自らが兵卒出身だからと頑迷固陋に士官学校卒業生と対立する姿というのは、たとえ自身の発言であったとしてもとても想像できない

*86
フェザーンの数学者。小説家。主に架空戦記を得意とし、変幻自在で多才な戦術を駆使することで人気を博したベストセラー作家である。当人も相当に軍事の知識が豊富だと思われていたが、戦闘のアイディアはもっぱらの父のシミュレーション結果を参考にしていると後に語って驚かせている。それまで父のヤン・ウェンリーは歴史家でありフェザーン第10大学教養学部講師の肩書はあれども、酒と紅茶のことばかり語るエッセイスト、あるいは女魔術師ヤンの夫としか認知されていなかった。後に父の許可を得て公表した戦術シミュレーションのデータは同盟、帝国軍首脳を震撼させ、魔女の夫も魔術師であったかとマールバッハ伯爵やラインハルト1世、ワイドボーンやフォークにため息交じりに述懐させている

*87
アレックス・キャゼルヌ。カウフ総合研究所所長。大学時代から組織論などの優れた論考で知られ、同盟の商社勤務時代には理論だけではなく極めて高い実務能力も発揮。カウフ財閥の実質的後継者となったアドリアン・ルビンスキーからヘッドハンティングを受け、一家でフェザーンに移住する。帝国と和平を結んだからには、こちらのほうが全銀河を股にかけた活動ができて楽しそうだとフェザーンに帰化した。ルビンスキーの右腕として辣腕を振るったが、ルビンスキーがボルテックの次の自治領主に就任した際は政府入りはせず、カウフ総合研究所の所長に転身して自治政府にもはっきりと物申した。かなりの皮肉屋であるが、精神的な波長があったのかお互いかなりの酒好きであった故か定かではないが、歴史家のヤンとはすぐに意気投合。10年来の友人のように親しく付き合うようになった

*88
ボネ『女と政治』:帝国の女傑、新時代の母などと御大層な言われようだが、皇后陛下(ハー・マジェスティ)という威光を外した一個人としてみれば、これが正当な評価である。むしろ、やや甘いかもしれない。もっとも、二流どころの才能で立憲君主制への橋渡しをしてしまった腕力には敬意を払っている。しかし、私人としては、夫であるフリードリヒ4世には心からの同情を寄せるものである

*89
この当時は大将

*90
別れた後は酒飲み友達ということで落ちつき、お互いに結婚もしたので男女の仲に戻ることはなかった

*91
それまで査問会が報じられなかったのは報道への圧力があったためである。ヤングブラッドとの面会を報じることができたのは、圧力を不当だと反感を抱いていた報道陣が多かったこと。それに、現役閣僚であるヤングブラッドからの「これを使って査問会のことを流せ」という無言のメッセージを責任者が正確に理解したことがあげられる

*92
政治団体、言葉を飾らずに言えば政党にしようという向きもあったが、結局は社団法人に落ち着いた。初めて帝国系同盟陣として最高評議会議長となったムーアの子孫がグリューネワルト伯爵夫人の時に代表を務めている

*93
存在しないページ

*94
皇后に対する帝国当局や書店組合の忖度があったと思われるが、当の皇后本人は生前、グリューネワルト伯爵夫人から直接渡されたサイン本を何冊も所持していた

*95
ヤン『帝国貴族の一考察』:同盟市民婦人として自立心と勤労精神が欠如しているといつも批判をしているウィンザー女史が、グリューネワルト伯爵夫人自身が親ではなく使用人に囲まれて育った幼少期の経験の反動ではないかと珍しく共感を寄せていることは特筆に値する。しかし、親から離されて育つのは旧体制下の帝国貴族では珍しくない。帝国からフェザーンに亡命してきた貴族についても話を聞いたことがあるが、いずれもウォーリック家とは状況が異なっていた。これは程度問題というレベルではない。古代地球時代と違い現在の同盟やフェザーン(帝国もだが)ではホームコンピューターや洗濯ロボットなどが進化しているためメイド・オブ・オールワークという働きぶりではないにせよ、ほぼすべての家事や育児を自分で行うというのは、完全に異質である。これはグリューネワルト伯爵夫人特有のケースと判断するのが妥当だろう

*96
軍関係や戦没者慰霊の墓地ではなく、芸能関係者が多く埋葬されていることで知られている

*97
当のグリューネワルト伯爵夫人は、死んだ後もパンテオンでアッシュビー元帥と一緒にいたいと思っていないようで安心しましたと、割と本気の顔でインタビューに答えていた

*98
助け舟というのは、懸念を示した議員も本音を言えばウォーリックの顕彰には賛成であるが、ただ、民主共和制にひとりの英雄はいらないという政治信条故に疑問を呈さざるを得なかった。グリューネワルト伯爵夫人はその心情と葛藤を承知していたからこそ、あえて妻として映画人を前面に出すよう発言したと考えられている

*99
息子のポールも名優として胸像が刻まれた

*100
物腰は優雅に(ジェントリー・イン・マナー・)、行動は力強く(ストロングリー・イン・ディード)」と最後まで悩んでいたそうだが、晩年に取り戻した友情のほうに軍配が上がった。グリューネワルト伯爵夫人は、貴方がアッシュビー元帥を筆頭に730年マフィアの皆さんがとてもお好きなのはわたくしには分かっておりますので、と言わんばかりの半ば呆れ半ば愛おしむような微笑みが印象的だったと子供たちに書かれている。なお、墓碑銘としては選ばれなかった物腰は優雅にの言い回しは、グリューネワルト伯爵夫人の提案で後にパラスの共和国国定建造物として刻まれた胸像のバナーとして使われた

*101
本人は転売して活動資金に充てるつもりだったと供述しているが、他にも画像などを所持しており、個人の所有目的での犯行であるのは明白である

*102
グリューネワルト伯爵夫人らしからぬ甘い対応であり、そもそもコーナーの連載と同じ雑誌の掲載とあって、このサン=ピエール・ヤンのコメントまで編集部の仕込みであるというのが今の定説である

*103
対帝国強硬派政党「同盟のための選択肢(AfA)(オルターナティブ・フォー・アライアンス)」の元幹事長。中央党右派とは比較的親しく、特にトリューニヒトに党派を超えた親近感を抱いていた。トリューニヒトに中央党を離党して新党を立ち上げるよう、何度も説得をしていたほどである。言動に男尊女卑の傾向が強く、それを隠そうともしないため、多くの女性団体から激しく批判されている。特にウィンザーとは仇敵といってよい関係であり、ウィンザーが大手ネットワークの看板ニュースキャスターであった時から弾劾と批判の応酬を繰り広げていた




あとがき.2

思いつくままに付け足していきます


・ようやく伯爵夫人のイラスト完成ヤッタゼ
 ハードル上げすぎて困りましたが、なんとかー。これで勘弁してあげるから(震え声)。いえ、もう勘弁してください……(土下座)。
 もうイラスト書くつもりなら超絶美人とか設定で絶対しない。絶対に!
 なお、一度アップしたイラストを寝て起きた後にみたら気に入らなかったのでちょっと整形(手直し)しました。

・同盟のあれこれ
 書いていると思いのほか同盟のこと考えてなかったことが分かって面倒k時間がかかりました。はい。とはいえ、そんなに細かく決めるつもりはないので、ふわっと議会回りなどだけ書くつもりです。わりと本編中で書いたので、わざわざ項目立てするほどのことでもありませんでした。

・銀河連邦と帝国と同盟
 ルドルフがヒトラーなら銀河連邦はワイマールで同盟はBRDっぽいナニかでもいいかなと思ってドイツベースに。ドイツは昔から分権主義強いので同盟と相性がよかったです。軍を各星系が供出したりというのはプロイセンだけではなくバイエルンやザクセンなどの連合軍だったドイツ帝国風。中央のほかにも星系に士官学校があるのは、ハノーファーの士官学校出て任官後にプロイセンに転籍したシャルンホルストの経歴を見て。ああ、こういう感じなのかなーと。
 なお、この世界線では最初から認められていませんが同盟に帝国の亡命政府(エクスィールレギールング)があったら規模の小さなDDRみたいになるのかも。

・万能の天才
 軍人にならずに芸術方面に時間を注いだ結果、原作よりパワーアップして手が付けられない芸術の巨人に。もうメックリンガーひとりで帝国の全芸術分野を背負えるのは?状態。凄い。

・道違えども
 全然、道が違えていない件。730年マフィアめっちゃ仲良しになって驚きですよ。最初は原作のイメージだったのでこんな回顧録のタイトルにしたのですが、タイトル詐欺もいいところ。でも楽しかったのでこのままゴー。

・コープの日
 やったね、同盟の祝日が増えるよ! その分主婦が大変に……という感じではないのが未来世紀のいいところ。子供のお昼とかも材料パックを入れてマシンでちょちょいと自動調理的な。勿論、オルタンスとかグリューネワルト伯爵夫人とか自分で子供のお昼を作る家庭もありますが、忙しかったら手抜きの方法はたくさんあるという感じで。今日の献立も料理マシンがオートでで提案してくれるに違いないです。きっと。
 あ、730年マフィアでコープだけ扱いが少なかったのでテコ入れしました(正直)。

・ビュコックの昇進速度
 今回、登場するので最初のほうの年表を作ってみて驚愕。私が軍事に詳しくないので驚いただけかもですが、二等兵で入隊して4年で軍曹とかちょっと飛ばしすぎなのではー。ヤンのスピードもアレですけど、ビュコックもなかなかですよね。
 考えてみたルートとしては以下のような感じ。

432年 二等兵として入隊。エル・ファシル星系兵団で訓練。5か月後に修了、一等兵昇進。第5艦隊配属。
433年 上等兵昇進。ドラゴニア会戦参加。兵長昇進。術科学校編入。
434年 術科学校卒業。伍長任官
436年 軍曹昇進。第2次ティアマト参加。曹長昇進。

 あとこの話のビュコックは士官学校こそ出ていませんが、パラス大学を通信制で卒業してます。そこでウォーリックの目に留まって、いろいろ推薦とか受けられるようになりました。指揮幕僚大学とか戦略大学とかの軍事上級学校にもスムーズに指名されて入学していますので、原作より出世が早いという状況。ただ、停戦して平和になったのでシトレとかもまとめて大将でうちどめ。元帥にはなれませんでした。

・アスターテのアレ
 パエッタが第6艦隊との合流ではなく第4艦隊の救援に固執した理由のひとつとしてバーラト星系姉妹艦隊だったから、ということを追加してみるテスト。ヤンはそういうところお構いなしに戦術として最適解を提出。当然、パエッタもその正しさを分かってはいても選択することができないという感じに、この話の世界観だとなってしまいます。
 まあ、原作は原作、パラレルはパラレルということで。

・26文字
「Obersteinmecklingeiersbrug」。つまり、銀凡伝のアレ。大好きです。
 最初は皇后もグリューネワルト伯爵夫人もお互いに相手のことを警戒していました。たぶん相手も転生者だろうけど、自分が原作クラッシュした自覚があるので(どちらも自意識高めです)原作至上主義だったら怒ってるんじゃないかーとか無用の心配を。あと、フィクションの世界にインしたから倫理観とかポイな人だったらどうしようとか、そういうことも一応考えておりました。全くの杞憂でしたが!

・ファン・チューリンの孫
 正直やりすぎた気がしないこともありません。が!ファンといったらヒューリックですよねえ。
 中身が本人とかそういうことはなく、似たような別人と言うことで。

・ヤンとフレデリカとその子供
 ヤンのことは大好きだけど崇拝はしていないフレデリカと、ヤンの子供は出したかったという作者都合。なお、ユーリといってもフィギュアスケートなどは苦手な模様。
 夫婦関係はヤンが立体TVを見ながらこれはフェザーン資本で云々。フレデリカ答えて曰く、そんなことも……あるわけないじゃないですか、あなた。陰謀史観はフィクションだけに留めておいてください。目が覚めていないようですから、これを。珈琲どーん。フリッカ、ごめん。ごめん、悪かった。冗談だよ。ええ、わかっていますとも、これはわたしの分。あなたのはこちらと紅茶を差し出す妻の鑑。もちろんブランデーは香り付け程度に。この後、論文をまとめる作業がありますのでアルコールは控えるべし。ただ、フレデリカも勿論、手伝いますとも的な夫婦のお話。

・レストランでの嬉し恥ずかし彼氏のお誕生日
 グリューネワルト伯爵夫人が歌ってウォーリックがトランペット吹いたサウンド・ザ・トランペットは、男女逆ですけどアリソン・バルサムとレスティン・デイヴィーズのコラボのイメージ。

・エリザベート噴き出し事件
 屋敷の名前が「銀英伝原作読み転生者記念会館」とか書かれていたらそれはねーというものです。おばあさまとグリューネワルト伯爵夫人も転生者だったのかーい!と。噴き出したエリザベートは悪くないはず。このあと暫く、もしかしたらこの人も転生者なのでは……!と疑心暗鬼になったもよう。転生者は3人だけでした。
 ちなみに屋敷の中庭に建つ銅像は原作者を模していると言われています。はい。

・ビーフステーキには勝てる
 サムライガール・ステイマツのエピソードから。大山夫妻はいいですね。

・墓碑銘
 普通は残された人が贈るものですが、うちのキャラは我が強くて自分で決めてしまいました

・共和国国定記念建造物
 自分の夫をラシュモア山のアレにしようと提案する妻の鑑です。きっとドヤ顔してました。

・トリューニヒト
 経済閣僚に転身。あとこのトリューニヒトは12歳の時に同盟社会がトールハンマショックに怯んで良心的兵役拒否が歴史的に激増したことに憤るあまり15歳で早期徴兵に応じているため、停戦前に兵役を経験している。実際に従軍はしていないもののまだ帝国と戦争時の兵役経験者は一目置かれ、政界でも年齢に似合わず発言力が高いという設定。チキンホークではないというか、この話ではそもそもジェシカが政治家になっていないので弾劾などはありません。
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