「王の話をするとしよう。そこは壁もなく城もなく、国すらない始まりの空。地の底で輝く原初の星。魂の在り処を見せようか」
詠唱をすると共に急速にキャスターの下へ魔力が集まっていく。その輝きはライダーの宝具にも勝るとも劣らない。月光の光量を遥かに凌駕したその光は神秘的であると同時に異質だった。
「
果たしてそれは完成した。殺風景なアスファルトに花が芽吹き、どこからともなく爽やかなそよ風が吹いてくる。剣呑とした空気は霧散し、マーリンを包み込むようにして塔が立つ。ああ、これが。これこそが理想郷なのだ。
「何をした、キャスター!」
周囲の空間が変わろうとも突き進むライダー。車輪は回転し突撃の威力をあげていく。敵の宝具の正体も分からず、勇んで進む姿は勇猛というより、無謀であった。
「なに、単純なことさ。空間の展開だよ」
ライダーの戦車が塔ごと踏み抜かんと進撃する。稲妻が奔り空気が集束する。空を駆け、天に轟くその衝撃はキャスターの塔を砕き――――――――はしなかった。
「何だと!?」
驚くライダー、それも当然だ。何せ、塔に当てようと駆けた戦車が、塔に当たる瞬間に止まってしまったからだ。これには戦車を引く馬たちも驚いたようで必死に足を動かしているが一向に戦車は進まない。
「ははは、無駄さライダー。この空間を一度展開してしまえば、誰しもが矛を収めるしかない。この空間にいる者は傷が癒え、あらゆるものを傷つけることができなくなってしまうんだ」
「小癪な真似をしやがるな。キャスターよ!!」
「こうでもしないと私が負けそうだったからね」
マーリンとアキレウスは再び相対する。しかし、依然として状況は好転しない。どちらも宝具を使用したというのに決着はつきそうになかった。
(相手はトロイアの英雄アキレウスだったのか。これはまた分が悪い。逃げるとするか)
キャスターは塔から降り立つと、アイリを担ぎ逃げ出した。アイリの豊満な胸が背中にあたるがそこは気にしない。
それを追おうとするライダーだが、マスターから止めがはいる。
「ライダーよ、相手にするな! 逃げる臆病者は逃げさせておけ、あのようなものは次会う事もなくそこらの雑魚にやられるであろう!」
普段とは違うことを言うマスターにライダーは違和感を持ったが、マスターに歯向かうのは自分の忠義に反すると考え、その言葉におとなしく従った。
ライダーは霊体化し、その場を去る。もし実体化したままであったらあまりに強く握りすぎて手から血がにじみだしていただろう。屈辱的だ。見事に弄ばれてしまった。
(次会うときは覚悟しておけよ、キャスター)
花は散り、静寂が舞い戻った。あとに残るのは破壊されたコンテナや、抉れたアスファルトのような、戦いの傷跡のみであった。
「いや~、危なかった」
危機的状況から脱したキャスターは戦場から十分に距離をとると、抱えていたアイリを脇に下ろした。
「まさか、ライダーのマスターが見逃してくれるなんて、驚いたわ」
「それには十分種も仕掛けもあるのさ、マスター」
キャスターは説明する。
キャスターの幻術はライダーには通用しなかった。では、ライダーのマスターはどうであろう。ライダーのマスターは姿が見えないが声は聞こえる、ということは、どこからかこの戦いを見ているはずだ。そこでキャスターは見た者の自尊心を存分に煽る幻術を使った。結果は上々。冷静さを失ったマスターは見当違いの命令をライダーに出し、ライダーはそれに従った。
「というわけなのさ」
説明を聞いたアイリは目をぱちくりとさせている。まるで赤子が逆立ちをしている様子を目撃したときの母親のようだ。
「あなたってすごいのね」
キャスターは称賛を受け取り照れた仕草をとる。それはもう嬉しそうに、べた褒めされて照れている子どものように照れた。嬉しいことは大げさに楽しいことは全力でがキャスターのモットーなのだ。
しかし、その間にも胸中を満たしていたのは強烈な違和感だった。
(この聖杯戦争には何かがある気がしてならない)
本来なら英霊ではないキャスターが聖杯戦争に出てきたのもその違和感を突き止めるためだった。
(何事もなく終わればいいが……)
月に雲がさし、地上に影を落とす。夜風はどこか冷たく、触れる者の心を冷やす。そんな夜に、キャスターは不穏な気配を感じずにはいられなかった。
そろそろ語彙力の危機。
〇独自解釈ポイント
キャスターの「永久に閉ざされた理想郷」の効果。
マーリンを中心に花が咲き乱れる空間を展開する。マーリン自身は塔の中に立てこもる。花が咲いている場所にいるものは、傷が癒え、傷つけることができなくなる。