「……ふうん。見直したわリン。やるじゃない、アナタのアーチャー」
どこにいるのか、楽しげな少女の声が響く。
「いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに済まそうと思ったけど、少し予定が変わったわ」
……黒い影が揺らぐ。ありえないことに巨人は少女の言葉に応えた。バーサーカーの方を見ると、潰れていた顔が元に戻っている。死んだ者が生き返る、そんな魔術もあるのかもしれない。でも、それだったらバーサーカーを倒すことなんて………。
「――なによ、それ。ここまでやって逃げる気?」
遠坂の声は震えていない。去ったはずの猛威が再び目の前に現れたことに対して、驚きはあっても怯えはないようだった。
「ええ、気が変わったの。セイバーはいらないけど、アナタのアーチャーには興味が湧いたわ。だから、もうしばらくは生かしておいてあげる」
巨人が消える。白い少女は笑いながら、
「それじゃあバイバイ。また遊ぼうね、お兄ちゃん」
そう言い残して、坂の向こう側へ消えていった。
「…………」
それで、突然の災厄は去ってくれた。口ではああ言っていたが、遠坂もあの少女を追いかける気はないのだろう。俺にだって見逃してもらえたと判るのだ。なら、あの遠坂がわざわざ無謀な戦いを挑むとは思えない。
「マスター。負けてしまってすまない」
坂道の下からジークフリートが駆けてきた。その体に傷はなく、俺は疑問を抱いた。
「セイバー、傷は?」
「ああ、見ての通り大丈夫だ。俺は並みのサーヴァントより頑丈でな。それよりマスターの怪我はないか。俺はそれが心配だ」
「……。ああ、俺の方も怪我はない。――――!」
それは地面に転がるアーチャーの矢を見たときにおこった。
それは何の変哲もない矢であるはずだった。屈強なバーサーカーを撃退した矢。何故、そこまで気になったのかは、自分でも分からない。それが魔力の残滓となって散っていく。跡形もなく消える様は熱に溶ける飴のようでもある。その感覚――。
それが――――
――――理由もなく、吐き気を呼び起こした。
「――マスター、今のは」
「……アーチャーの矢だ。それ以外は、判らない」
顔をあげ、遥か遠くのアーチャーに視線を移す。未だ姿を見たことがない彼は、見えるはずがないのに微笑んだ気がした。
「衛宮くん、無事?」
……遠坂が駆けよってくる。それに、無事だ、と手をあげて答えた。さっきの違和感に妙な心残りはあるが……。
「そう。なら私たちも行きましょう。結構ハデにやったんだから、騒ぎを聞きつけて人が来るわ」
じゃあね、と長い髪をなびかせて、遠坂は坂道を遠坂邸の方へかけていく。
「――――――――」
それに続いて自宅のほうへ行こう、と地面を蹴った瞬間。目の前が真白くなった。
「マスター……!?」
……倒れる体を支えてくれる感触。それもすぐに消えて、あっけなく、ほとんどの機能が落ちてしまった。――――残ったのは、この鼓動だけ。何が癪に触って、何が気になっているのか。……意識は落ちようとしているのに、熱病めいた頭痛だけが、鼓動のように続いていた。
「衛宮くん、大丈夫なの」
その異変に気付き、凛は坂道を戻ってきた。しかし、既に士郎の意識はなく、ただセイバーの片腕にうなだれているだけだった。微かに聞こえる寝息が大事はないことを伝えてくれる。
「なんだ、意識を失っただけみたいね」
それなら大丈夫か、と凜は考える。だけど、一応のことは考えて衛宮くんを家まで送ろう。そんな考えも凛の中に浮かび、凛はそちらを選ぶことにした。
「アーチャー。私、衛宮くんを家まで送ることにしたわ、付いてきてね」
パスを通じて、一方的に告げられた命令にアーチャーは答えた。
「ああ、マスター。その心意気は素晴らしいものだ。だけど、すまねぇ、今それどころじゃないものを目撃してな」
「なによ、それ」
アーチャーは自分も困惑しているといった調子で続ける。
「マスターたちが教会に行っている間に、遠坂邸が全壊した」
「……何ですって?」
なんとかこじつけながら士郎には無限の剣製を使えるようになってもらいます。
だって、そっちの方がかっこいいんだもの。