どこかの使われていない地下水道。糞尿と生活排水が混ざりあった悪臭が漂い、光は届かない。そんな鬱屈とした場所に二人の男はいた。一人は髑髏の仮面をつけ、甲冑を着込んでいた。
「すっげーすよ、まじですっげーすよ。本当にそんな闘いがあるんすか、アサシン様」
「ああ、マスターよ。これが此度の偵察で我が見聞きしてきたことの全てだ」
初めてアサシンと雨生龍之介が出会ったとき、アサシンはこれほどの度し難いクズはいないと感じたが、それももう昔の話だ。このマスターは自分の求める芸術に対してひたすら真摯であるだけで、それに伴う行為に悪意はなかった。であれば、同じく信仰に基づいて真摯に暗殺をする自分に似通ったものがある。そう考えると自分に向けてくる尊敬の念も相まって邪悪さなどは感じず、少し可愛らしく感じるほどであった。
「俺も見たいっすよ、それ。いや~、すごいんだろうな~」
「マスターよ。外に出向くには危険が伴うが、それでも良ければこの山の翁と共に行くか?」
はしゃぐ孫を更に甘やかすようにアサシンは告げる。それを受けて龍之介は喜んだ。自分の期待するすごいものの実物が見れるのだ。気分はテーマパークに行く子どものそれだった。
「ああ、もちろんっすよ。むしろ、喜んでお供します。いや、させてください」
「だが、今日はもう無理だ。日が昇りだし始めた。動き出すのは今宵となろう」
「わっかりましたー。じゃあ、俺は寝ます。おやすみなさーい」
そう言って龍之介は寝袋に入っていく。そんな龍之介の傍を後にするとしばらくアサシンは佇んでいた。その後、何か思いついたのか霧のように気配を消し、その場を去って行った。
隣町の家屋の一室に男が二人いた。一人は宙に金色の二つの輪を浮かべている。
「不味いよ。どうなってんだよ、これ!」
時計塔よりやってきた年若き魔術師、ウェイバー・ベルベットは困惑していた。今にも部屋にあるものを大なり小なりぶちまけたい気分だった。
「どうした、マスター。冷静を欠いてはできることもできなくなるぞ」
それを諫めるのはウェイバーに召喚されたサーヴァント、ランサーであった。ランサーはあたふたとしているウェイバーとは対照的にどこまでも冷静であった。
「冷静でなんていられるか! お前はさっきの光景を見ていないからそんなことが言えるんだ」
「それはそうかもしれないな。では、マスターよ。その光景とやらを俺に話してくれ」
「……一体のサーヴァントとアーチャーが遠坂邸で戦っていたんだ。で、そのサーヴァントはエルキドゥ、アーチャーはギルガメッシュだということが分かった……」
「そうか。それがどうしたというのだ。戦う相手の正体が分かって何故嘆く」
ランサーの無神経な物言いにウェイバーは切れた。
「お前分かってないだろ! あのギルガメッシュとエルキドゥだぞ!! あんなのが本気で戦ったらおしまいだ」
「分からないな。確かに敵は強大だ。だからと言って慌てる理由にはなるまい。お前はただ信じて待てばいいのだ。この槍が敵を屠ってくることを」
「う…………」
正論だ。ウェイバーは言葉に詰まってしまった。
「お前さー、そんなに自分の力に自信があるのか?」
「俺は一刺しの槍に過ぎない。ただ全力を出せば悪いようにはなるまい」
「全力ねー」
ウェイバーはベッドに突っ伏した。ウェイバーは魔力量が少ない。よって、ランサーに対する魔力供給も少なかった。もし、ランサーが宝具を開放し全力で戦うようなことがあれば、ウェイバーは魔力が枯渇し即座に倒れてしまうだろう。ウェイバーは認めたくはなかったが、それが事実だった。
「はぁ」
当たり前だが自分は危険な状況にいることを知り、ウェイバーは先が不安になった。
衛宮切嗣はホテルの自室で映像を見ていた。遠坂邸がランサーに襲撃された様子だ。宝具が発動され、使い魔が傷を負うまでの光景が映っている。使い魔に括り付けていたカメラを回収しに行ったとき、遠坂邸は酷い惨状であった。家は全壊して瓦礫の山となり、木々は倒され葉は散り散りに、地面は渦巻き状に抉れていた。
「どう思う、舞弥」
「はい。空間から武器を射出する方法をとっていることからギルガメッシュというサーヴァントはアーチャーかと、そして地面から武器を射出しているエルキドゥは白兵戦を積極的に狙っていることからランサーだと思われます」
切嗣は舞弥から受けた情報をもとに再び考える。舞弥が話したことはまさしく切嗣も考えていたことだ。問題はこれが誰のサーヴァントなのかだ。埠頭で行っていたマーリンの戦闘と時をほぼ同じくして行われたということは、順当に考えればウェイバー・ベルベットか、まだ見ぬマスターのはずなのだが、切嗣はなぜだか違和感を持った。
「舞弥。遠坂邸の監視を再び開始しろ。それと、教会にも使い魔を放っておけ」
「よろしいのですか」
不可侵であるはずの教会に使い魔を放つという事は聖杯戦争において違反行為だ。それを行うという事は最悪、他の全てのマスターに命を狙われるよう仕向けられる可能性もある。
「ああ、構わない。……まだ動き出していない言峰綺麗に対する監視でもあるんだからな」
早々に令呪が発言したのはいいものの、未だ姿を現していない綺麗についても気がかりだった。事前情報が正しければ、綺麗は遠坂時臣の弟子だ。二人は協力関係だろう。その師匠である時臣が窮地に陥っていたというのに全く動きがなかったのは気になるところだ。
「では、そのように」
そう言って舞弥は準備する。
「じゃあ、僕は鍛錬に移る」
そう言って切嗣は服を脱ぐ。
マーリンのスキル、英雄作成によって作られたプランのもと、切嗣は聖杯戦争中にも関わらず体を鍛えていた。他のマスターの同行を探るのは舞弥に任せきりなのもこれをするためであった。
本来なら、マーリンの英雄作成は王を作り上げるためのものなのだが、その中でも体づくりという点だけなら切嗣にも教えられるであろうと、マーリンが発言し、それではという事で行うことになった。
これが本当に効果をなすのかは実際の戦闘になってみなければ分からないが、切嗣は別の鍛錬によってちょっとしたサーヴァントの気配の感知ができるようになったことから、マーリンの英雄作成は全くの無意味ではないということが既に実証されている。
勝つためには手段を選ばない。そう言って憚らない男の、筋トレをする姿がそこにはあった。
マーリン式ブートキャンプ