割れたガラスが元に戻るなんて、こんな不思議な現象は魔術じゃないとありえないだろう。でも、俺はこんな魔術を知らない。遠坂はすごい魔術師なのか……?
「衛宮くん。教えて、あなたは魔術師なの?」
「ああ」
「……ふーん、そうなんだ。じゃあ、話は早いじゃない」
遠坂はしかめていた顔を少し和らげた。
「目撃者は一般人じゃなくて関係者だったってことでしょ。じゃあ、私が衛宮くんを守る必要もないわけね……」
うんうん、と一人で頷く遠坂。
何がどうなってるっていうんだ? できれば説明してほしいんだけどな。
「何が何だがさっぱりだ。遠坂は何を知っているんだ」
「何を、ねぇ……。まぁ、いいわよ。衛宮くんは聖杯戦争って知ってる?」
遠坂はようやく肩の荷が下りたのか、ほっと一息つくと聖杯戦争について説明しだした。
いわく、聖杯戦争とは七人のマスターと七体のサーヴァントが殺し合い、最後の一人になったものが聖杯を得られる。
いわく、マスターに選ばれた者には令呪と呼ばれる三画の刻印が現れる。
いわく、サーヴァントとは過去の英霊だ。
いわく、聖杯戦争は秘匿されており、目撃したものは口封じに殺される。
つまり、俺が校庭で見かけた戦闘はサーヴァントという使い魔によるもので、俺がそのうちの一体に殺されたのは口封じのためだったわけだ。なんだか、ムカついてきたぞ。完全なとばっちりってことじゃないか。
「ところで、衛宮くん。あなたは何の魔術が使えるの?」
聖杯戦争についての説明にひと段落ついたところで、遠坂が切り出してきた。
「強化ぐらいだな」
「またなんとも半端なものを使うのね」
「遠坂の魔術はすごいよな。窓ガラスを即座に直せるなんて」
ん、遠坂の表情が翳ったぞ。俺はなんだかまずいことを言ったみたいだ。
それから遠坂が魔術について話し、俺がそれに答えると、遠坂は困惑し終いには呆れてしまった。どうやら俺は魔術師として素人同然らしい。
遠坂は何かに気付いた様子で窓の外を見た。
「どうしたんだ、遠坂」
「もうすぐランサーがここにやってくるわ」
「え、それは大丈夫なのか!?」
「ええ、外にはアーチャーもいるし、危険はないでしょ」
突然のことだった。
ドゴォオオオン。
地面に何かが衝突する音、それと共に伝わる振動。
庭に何かが墜落したのは間違いなかった。
遠坂が勢いよく窓と障子を開ける。
砂煙の合間から見るに、その衝撃の中心にいるのは校庭で見かけた褐色肌の男だ。男は即座に立ち上がり、弓を上に上げ迎撃の姿勢を取る。その視線の先には校庭で見かけたもう一人の男、緑色の長髪が特徴的な人だった。
俺の心臓はまた力強く動き出していた。
(また、始まる…)
そう、始まるのだ。あの光景が。
互いに研鑽しつくされた圧倒的な暴力がぶつかり合う、神話の時代の闘争が。
俺はごくりと喉を鳴らすと、その光景を逃さないよう目を凝らした。
〇独自解釈ポイント
アーチャーの目は、途中の物体を透過して遠くのものを見ることができ、目の前にいる対象の心を読むことができ、一度見た相手の未来を予測することができる。