セイバーが召喚されてからしばらく時間がたったころ、凜のもとへアーチャーから念話が届いた。
「どうやら、セイバーの魔力を感じ取ってランサーは帰ったようね」
ふぅ、と安心して士郎と凛は息を吐きだす。ようやく危険が喉元を過ぎ去ったのだ。
「それにしても、召喚しただけで帰るものなんだな」
「うーん。おそらく、ランサーは遠くのサーヴァントの実力を測る何かを持っているんじゃないかしら」
「それで勝てないと踏んで去っていったのか。セイバーは強いんだな」
士郎は自分の傍に控えている男へ話しかけた。召喚されたばかりのセイバーであったが、士郎とセイバーは互いに互いのことを気に入ったようで、話す言葉の節々に親愛の情が見て取れた。
「ああ、これでも最優のセイバー。といっても十分に実力を発揮できるとは言えないが……」
何とか召喚に成功した士郎だったが、セイバーの実力を十分に発揮できるとは言えなかった。士郎の魔力供給が足りないのである。今のままでは、セイバーの主砲となる剣の宝具は聖杯戦争中に二発撃てれば御の字といったところであった。
「それでも良かったわよ、ランサーは撤退してくれたんだから」
「ああ、その通りだ」
そういえば、と言って凛が切り出す。
「衛宮くんはこれからどうするの? 聖杯戦争にはあまり乗り気じゃなかったみたいだけど」
その言葉を受けて、士郎は黙る。士郎の目的はランサーが凛の命を狙うのを防ぐことであった。ランサーは聖杯戦争中、何度も凛のことを襲うであろう。ランサーだけではない。まだ見ぬサーヴァントがあと四体。遠坂を守りたい、というのであれば聖杯戦争に参加するのが良いだろう。しかし、一度命を救われた借りを返したという意味であれば、ここでセイバーを手放すという手段もある。何より、士郎は聖杯戦争というシステムにまだ納得がいっていなかった。殺し合いを幇助するかのような内容だ。それに参加したいかと言われれば、正直なところ参加したくないのが本音であった。
これはジレンマである。
「今はよく分からない」
「そう。……だったら、監督役のところへ行ってみる?」
「監督役?」
「ええ、聖杯戦争の監督役が教会にいるのよ」
「教会って隣町の教会か?」
「そうよ。行くんだったら行きましょ」
「ちょっと待て、今から行くのか?」
「何か問題があるの?」
普段では味わえない、超常の現象を何度も目のあたりにし、士郎はいささか疲れていた。本音を言えば、今日は休んで明日にでも……、と言いたいところだ。
「セイバーはどうなの?」
「なんでセイバーに聞くんだよ」
「セイバーの方が状況を分かってそうだからよ」
ん、なんだか棘のある言い方だぞ。これでも遠坂と俺は助け助けられの関係だろ。もっと打ち解けてもいいんじゃないか。
「マスターが状況を正確に判断したい、というのなら監督役のところへ行く方が良いだろう」
「じゃ、決まりね。行きましょう」
「おい、待てよ。勝手に決めるな」
「よく分かってない衛宮くんは黙ってついてくる」
命令か。なんか分かってきたぞ。遠坂、もしかしなくても俺で遊んでいるな。
はぁ、とため息をつく士郎は、凜に連れられ夜の町へ出かけるのだった。