仏のせいでまたもや異世界に飛ばされ、新たな魔王退治の旅に出向いたヨシヒコ一行。
しかしダンジョーとムラサキは同行せず、彼等は彼等でヨシヒコに匹敵する勇者の素質を探す為に先に行き
仕方なくヨシヒコはまたメレブと二人でレベル1の状態のまま、未開の地へと足を踏み入れたのであった。
そしてそれからしばらく経ち、ヨシヒコ達はこの異世界で初めて夜を迎える事となった。
「それにしても……驚きましたね、メレブさん」
「驚いたね~、まさかまさかだったねぇ……」
視界が見えない内は無闇に歩くのは危険と判断し、ヨシヒコとメレブは山の中で焚火を焚いて朝を待つ事に
そしてぼんやりとした表情でしばし唯一の灯りである火を見つめた後
ヨシヒコとメレブは、未だ把握できていないこの世界で初めて出会った人物の方へ振り返った。
「まさか、我々を助けに颯爽と駆けつけてくれたおじいさんが」
「こんな状態になるまで魔物達にやられてしまうとは」
「いやーボッコボコだったね、ドン引きするぐらい見事にボッコボコにされてたね」
「……返す言葉もございません」
ヨシヒコとメレブと一緒に火を囲んで座っているのは、この世界に来た直後に魔物に襲われたヨシヒコ達を助けに現れた素敵な老紳士だった。
しかし今の彼は整った髪は乱れ、素敵な紳士服もボロボロになり、精悍な顔付きに蓄えた白い髭は少し毟り取られているというなんとも可哀想な見た目であった。
「まさか助けに入った私自身があなた方に助けられてしまうとは……一生の不覚」
「まあまあまあアレはしょうがないんじゃないかなー? 相手が悪い、おたくが一つ目巨人の魔物にブンブン振り回されてジャイアントスイングされ始めた時、「あ、これヤバいわ」と思ったもん」
「執拗に目潰し攻撃とかされてましたしね、あんな卑怯な真似をされたら負けるのも仕方ありません」
我ながら情けないと見た目かなりごつい老紳士がガックリと肩を落として落ち込み始めたので、メレブとヨシヒコは「仕方ない」と口を揃えて励ましてあげた。
「今はこうして皆無事に生き延びれた事を喜びましょう、倒れたおじいさんをメレブさんと一緒に引きずってなんとか逃げきれたのも奇跡です」
「あの時ゴメンね、顔面思いきり引きずっちゃって、こっちも必死だったもんだからもう遠慮なくズサーッ!って引っ張っちゃって」
「いえいえとんでもない、あなた方に命を救われたのですからこの程度なんてことありません」
「やだこの人心広ーい」
ぶっちゃけ彼の顔面の傷はほぼほぼ地面に引きずり回したヨシヒコ達のせいなのだが、その事について咎めるつもりは毛頭ないらしい。
「ところでそろそろ、私はあなた方にどうしても聞いておかねばならない事があります、よろしいですかな?」
「ほう、この俺達に聞いておきたい事とな? 良かろう、なんでも聞いてみるがいい、この魔法使いメレブがなんでも答えてやろう」
「いやはや話が早くて助かりますメレブとやら、して? 単刀直入尋ねますがあなた方はいったい何者で?」
この期に及んで上から目線で接して来るメレブに気にもせずに、男の目つきが先程よりも若干鋭くなる。
「あなた方はあの時現れた魔物の群れを相手にして恐怖を感じていましたが、それは未知なる存在に対するモノではなく、強敵と判断した上で恐れを抱いているに見えました」
「ほぉ~……」
「つまり元々相手がどの様な強さを持っているのか事前に知っていたという事、違いますかな?」
「なんという驚きの洞察力……やはりこのじいさん只モノではないな、さっきボッコボコにされたけども……!」
「あの魔物共は少しばかり前から発見されたとても謎の多い者共です、この近辺の村の者はおろか、”我々”でさえまだ解明出来ていません」
「ん? 我々?」
「しかしあなた方は先程の動きを見る限り、どうやらあの魔物の対処法を少なからず知っていたように見えます、何故です? 見た所あなた方は普通の人間となんら変わらない様に見えますが」
あの魔物の群れに襲われている状況下で、男はヨシヒコ達の様子を冷静に観察していたらしい。
そしてすぐに見抜いたのだ、彼等はどこか、自分”達”以上の何かの情報を掴んでいるのだと
そんな男の鋭い観察力にメレブはただただ驚いていると、ヨシヒコはどっしりと座ったまま真っ直ぐな目を向けながらはっきりと答える。
「私はヨシヒコ、この世界に現れた魔王を倒す為に、遠い世界から仏の力によってやって来た勇者です。我々があの魔物の事に詳しいのは、元々あの魔物は我々の世界にいた魔物だからという事、私は今まで何度もあの様な魔物達と元いた世界で戦っていました」
「ふむ……申し訳ありません、少し詳しくお話をお聞かせ願いますか?」
「いいでしょう、長くなりますが構いませんか」
「構いません」
男の眉が若干ピクリと上がった、どうやら予想していたよりもずっとかけ離れた答えであったのだろう。
そして詳しく説明が欲しいと尋ねてきた彼に、ヨシヒコは時間をかけてゆっくりと話す事にした。
自分とメレブは仏という者の導きで幾度も旅に出て多くの魔物を倒し、最終的に元凶たる魔王を倒し続けて来た事。
そしてこの世界に自分達の世界にいた魔王が逃げ出したので、それを倒す為に仏の命によって自分達が半ば無理矢理こっちに飛ばされてきた事
自分達の世界の魔王がこっちに来たという事はつまり、魔王と共に魔物達もこっちに現れるようになったという事
なのに仏の力不足のせいでこっちの世界に来た自分達はかつての力を失いまた一からやり直しになった事。
他にも二人仲間がいたのだが、今は訳合って別々に行動している事
妹がいる事
父親は今、再婚して自分の知らない場所で幸せに暮らしてる事
仲間の一人のダンジョーはもみあげが凄い長い事
仲間の一人のムラサキは凄い貧乳だという事
仏の耳は凄い大きい事
メレブが最近手相占いにハマり出した事
自分の乳首が最近無性に痒くなる事
「以上です」
「……長くなると言いましたが、結構短い内容でしたな、というか後半かなりどうでもいい話があった様な、特に最後」
「私も、言いながらあまり長くなりそうにないなと思ったので、途中から色々と付け足してしまいました」
「何故付け足す必要が……まあ良いでしょう、かなり有益な情報があったのは確かですから」
意外にもあっさりと身の上話が済んでしまったので余計な小話まで追加したヨシヒコに男は若干の疑問を抱くも
少なくとも最初の下りはかなり興味深い内容だったので、男はそれで良しとした。
「非常に不可解かつ奇妙なお話でしたが、見ず知らずの私に聞かせて頂きありがとうございます」
「私の乳首の事を聞きたいならもっと話しても良いですが?」
「乳首は結構です」
「どうすれば痒みが収まるんでしょう」
「いやだから乳首は……なるべく清潔にするよう心掛けてみましょう」
「はい」
なんで一番どうでもいい話をさらに掘り下げようとするのだと、ますますヨシヒコの天然具合に男が困惑していると、ずっと黙って話を聞いていたメレブは「ほほ~?」と何やら意味ありげな感じで男の方へ目を細めた。
「まさかあっさりとヨシヒコの話を信じたのは意外だったな、俺が言うのもなんだがかなりぶっ飛んだ内容だと思うのだが」
「なるほど、確かに私が即座にあなた方の話を信用した事に懐疑を抱くのは当然ですな、しかしそれは簡単な事です」
「と言うと?」
「今この世界ではあなた方の話よりもずっと不可解な現象が起きている、こんな状況だからこそあなた方の事情もその現象の一つとあっさりと受け止められたのです、それに何より……」
男はそこで話を一旦区切ると、ヨシヒコの方へ鋭い目を向けた。
「この男の眼差しには嘘偽りは無いと確信したからです、私は”人間”という生き物にとても強い関心を抱いています、そして彼はその者達の中でも一際その瞳から強い使命感の様な輝きが見受けられる、まるで私を創造して下さった御方の様な」
「ヨシヒコ、目を褒められたからってカッと大きく見開く必要ないから」
「それに私も、別の世界から来た、という部分については色々と経験がありますので……」
これでもかと大きく目を見開いてアピールするヨシヒコをメレブが呆れた感じで窘めていると、ふと「ん?」と彼の頭に一つ疑問が浮かび上がる。
「あれ? さっきおたく、人間に興味があるとか言ってたけど……え? もしかしておたく人間じゃないの?」
「はい、私の種族は異形種、竜人です」
「えぇぇ~!? 人間じゃなかった事にも驚きだけどなにそれ竜人って!? すげぇ強そうなんすけど~!」
「竜……ドラゴン……」
あっさりと自分の正体を話してしまう男にメレブがぶったまげた様子で驚く、ヨシヒコもまたキョトンとした様子で
「おじいさんはドラゴンだったんですか? とてもそうは見えませんが」
「私にはもう一つの姿があるのです、今ここで起こっている異変のおかげでお見せする事は出来ませんが、そちらの姿であればあなた方がよく知っているのに似ているやもしれません」
「そうなんですか、実は私、ここに来る前にいた別の世界ではドラゴンナイトという職業やってましたので、よろしければおじいさんの背中に乗って見て良いですか? 頭思いきり撫でてあげますので」
「……あまり人前に晒したくない光景が脳裏に見えたので遠慮しておきます」
突如座りながらズイッと一歩前に出て、自分の頭を撫でたそうにこちらを見つめるヨシヒコを男がやんわりと丁重に断っていると、メレブが「ん?」と突如首を傾げ
「つか普通の人間じゃないならさ、少なくとも今の俺達よりは強い筈じゃね? なんで俺達の世界の魔物相手にあそこまでボコボコにされてたの?」
「……そうですな、あなた方から大変貴重な話を伺いましたし」
竜人がどんな種族なのかはわからないが、いかにも強そうだしあれぐらいの魔物など何てことない筈では?
そんなメレブの疑問に男はちょっと溜めると、決心したかのように静かに頷いた。
「そのお返しとして今度は私からもお話を提供させて頂きましょう、あなた方の疑問とこの世界、そして”我々”について」
「聞きましたかメレブさん、私の乳首の話のおかげで現地の人から情報を入手できるキッカケを作れましたよ」
「「乳首は関係ない(です)」」
なぜか嬉しそうにはしゃぐヨシヒコに、男はメレブと真顔でハモってツッコミを入れた後、改めて話を始めるのであった。
「それではまず私の名を明かす事にしましょう、私の名は”セバスチャン”、以後お見知りおきを」
「……陸に憧れる人魚姫とそれを良しとしない頑固おやじの間で板挟みにとかなってない?」
「おっしゃる事は理解出来ませんが……まあ気軽に私の事はセバスと呼んで下さい、それと私の職業は執事です」
「黒執事……!」
さっきからメレブは何を言っているのだろうと男、セバスは頭の上に「?」を浮かべるも、気にせずに話を続ける事にした。
「さて、軽く自己紹介も済ませたしまずはこの世界の異変について説明させて頂きましょうか、そうなるとまず、私が属しているある組織の話から始めた方がよろしいですな」
「組織、ですか? 一体どんな組織なんです?」
「いくら信頼出来そうなあなた方でも我々の組織の名を明かす事は出来ませんが……つい最近そこで起こった出来事を私の主観で話させて頂きます」
組織の名を隠しつつ、セバスはヨシヒコ達にここ最近の出来事を話し始める事にした
「あれは今から少し前の出来事です、後々詳しく説明させて頂きますが、ある日を突然に、我々が拠点とする地域で不可解な異変が発生しました」
「異変……」
「その異変を機に我々の組織の均衡に綻びが生じていき、日に日に我々の間で混乱や疑心が芽生え始め、遂には組織そのものの形成さえ危うくなる程の深刻な事態に陥ったのです」
謎の怪異現象が起きて間もなく組織崩壊の危機……一体どれほどの事が起きたのかはわからないが
男の緊迫した話し方といいかなり深刻な状況である事がヨシヒコとメレブも容易に想像出来た。
「我々の中で徐々に焦りと苛立ちが募り始め、更にはその異変が組織近辺だけではなく、この世界全域に降り注がれている為、もはや逃げ場は無いという真実が判明し」
「ほうほう」
「更に追い打ちをかけるかの様に未知なる魔物達が大量発生、我々の敷地に入り込むモノまで現れ始め、組織はおろか我々の身、そしてなにより我々の上に立つ”至高の御方”にまで危害が及ぶ可能性まで出てきました」
「あら~段々ヤバい雰囲気になって来た……」
「しかしこの様な絶望的な状況を打開せんと、身内で言い争いばかりしていた愚かな私達を見かねて、遂にあの御方が自ら立ち上がってくれたのです」
「あの御方?」
「我々にとって最も大事かつ偉大な存在、私が執事として一生の忠義を誓う唯一無二の至高の御方です」
どうやらセバスにとっての主とはその組織のトップである至高の御方という者であるらしい。
一体その人物が組織崩壊の危機にどんな一手を指したのか、興味深そうに身を乗り上げるヨシヒコとメレブの前に、突然セバスはスッと懐から一枚の紙を取り出した。
「その御方は王の玉座の上に我々に向けての言伝を書き残し、自ら我々の前からお姿を消しました」
「ほーそれでおたくが持っているその紙が、その至高の御方からの置き手紙だと?」
「部外者である私達が言うのも差し出がましいですが、読んでみても構いませんか?」
「どうぞ」
セバスから受け取った手紙を開いて、背後から覗き込むメレブと一緒にヨシヒコはそこに書かれていた言伝を読んでみる事に、するとそこにはなんと……
『旅に出ます、探さないで下さい』
「え、えぇ~……いやコレ……えぇ~~~~~……」
「セバスさん、これは一体……」
「お気づきになられませんか?」
それはかなりざっくりに一言で終わってる置き手紙であった。
それにちょっとやけになっていたのか、筆の動きがかなり乱暴で雑な走り書きになっている。
えらくシンプルな内容にメレブとヨシヒコが困惑しながら手紙から視線を上げると
セバスはどこか誇らしげな様子で
「あの御方は不毛な争いを続ける愚かな我々の行為に深く失望し、供に連れるにも値しないと、たった一人で異変の解決に向かわれたのです」
「なんだと!?」
「いや逃げたんだって、普通に」
それを聞いて驚愕するヨシヒコ、一方メレブは真顔でボソッと呟くのみ
「そもそもこの異変の出来事で最も心をお痛めになったの他でもないあの御方です、故にこの事態を早急に解決せねばと、失ったモノを取り返さんと自ら動く事もまた道理であり必然でもあったのです」
「つまりここに書かれている「旅に出ます」というのは……!」
「「異変が起きた原因を探りに行く」でしょうな」
「「探さないで下さい」というのは……!」
「「追って来るな、コレは自分一人でケリを付ける」って事でしょう」
「す、凄い……! あえて部下を突き放し、危険を顧みずにたった一人で事態の解決に出向くとは……! なんて勇気ある御方なんだ……!」
「そう言われるとあの御方の部下として、非常に誇らしく思います」
「だから逃げただけだって、絶対」
二人で勝手に深読みしていくのでメレブがめんどくさそうにツッコむも、彼等の耳には届かなかった。
「故に至高の御方に取り残された我々はいかに自分達が愚かであったのだと痛感しました、主の御心も読めずにただ組織の安定ばかりに気を取られるなど部下としてあるまじき愚行……この様な醜態を晒すから見放されたのだと」
「気を落とさないで下さいセバスさん、その方もきっとあなた達を見放した訳ではありません、もしかしたらあえて冷たい真似を取って、あなた達が追いかけて来るのを待っているのかもしれませんよ」
「なんとそこまでご理解して下さるとは……実は私がこうして拠点から抜け出して外を出歩いているのも、我々一同己の行為を悔い改め、皆別れてあの御方を探し回っているのです、どうか自分達が犯した罪を償わせて欲しいと」
「いや~そっとしておいてやろうよそこは……疲れたんだよきっと」
ヨシヒコの言葉に感激でもしたのか、少々熱くなった様子で自分がここにいる理由を語り出すセバス。
しかしメレブは消えてしまったその主とやらの心境をわかっている様子で、わざわざこっちから出向く必要は無いのではと考えていた。
「てかさ、そもそもさっきから言っているその「異変」っていうのはどんなモノなの? なんかこうして聞いている限りかなりヤバいモンだってのはわかるんだけど」
「私もかなり気になっていました、なんだかとてつもなく嫌な予感を覚えます」
「まぁ~でも多分アレだよな、仏が言ってたアレ」
改めてメレブとヨシヒコはセバスの口から度々出て来た「異変」がどういったモノなのか疑問に思い始めた。
組織一つを容易に崩壊させる現象というのはどう見ても普通ではない。
しかしメレブは既にその異変を起こした元凶というのを、ここに来る前に聞いた仏の話からなんとなくピンと来ているらしい。
「アイツ言ってたじゃん、魔王の奴がこの世界にいる一部の者に呪いをかけたって、異変って多分その呪いなんじゃね?」
「言ってましたっけ?」
「言ってたよ、忘れちゃったのヨシヒコ? 仏の話どうでもいいから聞き流してた?」
「魔王の呪い……?」
メレブとヨシヒコの会話を聞いて今までずっと淡々と喋っていた様に見えたセバスが、初めて声色に動揺が混ざって変化があったように感じた。
「魔王の呪いとは一体どういう事ですかな、詳しくお聞かせを」
「いやーぶっちゃけ呪いの効果がどんなモンなのかもわかってなかったみたいなのよアイツ自身、だから詳しくは俺等もわからないんだよね」
「魔王の呪いは後で仏が現れた時にでも聞いておきましょう」
「……承知いたしました、しかしもし我が主がお求めになった事態の黒幕がその魔王となると」
メレブ達も未だその辺は深く解明出来てないらしい、しかしこうして彼等と話している内に新たな情報が次々と出てくると確信したセバスは
コレから自分がどうすべきなのか、最善の選択とはなんなのかと考え始めながら
ある一つの妙案がふと頭によぎった。
「仮にあの異変と魔王の呪いというのが繋がっているのであれば、賢明なあの御方なら既にその事に気付いて元凶の下へ向かっている筈、ならばその者を倒す事を宿命とするこの者達と共にいればいずれ……」
「おーおー急にブツブツ呟き始めてどうしたおじいちゃん」
「何かわかったんですかセバスさん?」
「いえ、ですが一筋の光明は見えました、あなた方……いえ、ヨシヒコさんとメレブさん、折り入ってあなた方に一つ御頼み事が……」
こうして一人で闇雲に探し回すよりも……セバスは思い切ってヨシヒコ達にある一つの頼み事をしてみようとする。
彼等なら、特にこのヨシヒコにはかつて自分を創造して下さった御仁と同じ匂いさえ感じる、もしかしたら……
「あらあらまあまあ、随分と親し気にお喋りしているじゃないかえ、セバス」
「!?」
「ん?」
しかしセバスがヨシヒコ達にその頼みごとをする前に、突如その空気を引き裂くかのような不穏なる気配が彼等を襲うのであった。
突然闇の奥から聞こえて来たのはのどかな感じでこちらに語り掛ける小鳥のさえずりの様な少女の声。
だがこの様な暗い場所ではあまりにも不釣り合いで、どことなく得体の知れない何かを感じる。
セバスはすぐにハッとその声にいち早く気付いて立ち上がったので、メレブがどうしたのかと眉間にしわを寄せて振り返ると……
「この様な場所で下等なる生き物と仲良く密会とは、もしやそなた、偉大なる御方のお傍にいて置きながらあっさりと鞍替えでも考えているのではおるまいか?」
「誰この娘……は? なんかヤバイ感じすんだけど……」
その人物はパッと見、ヨシヒコ達の世界ではあまりお目にかかれなかった(何度かはある)服装をした娘であった。
漆黒のドレスを着飾り、スカート部分は大きく膨らみ、フリルとリボンが付いたボレロガーディアンを羽織り、肌があまり露出されない様に配慮されたどこぞのお姫様の様な格好。
その上で、着飾る当人は銀髪紅目のまだ年端もいかない少女にも見えて、先程からの若干違和感ある喋り方がより不釣り合いにも感じた。
特にその整った顔立ちから作られたどこか歪に感じる柔らかい笑顔が、ますます彼女の得体の知れなさに拍車をかけている。
つまりどう見ても”まとも”ではないという事だ。
えらく小柄な割には”不自然な形で膨らんでいる胸”もまた何か怪しい……
「誤解しないで頂きたい、私は彼等に情報提供をして貰っていただけです、あなたこそ一体どうしてここに」
「どこにいようが私の勝手でありんす、しかしまっこと不快なモノを見せられるとは思いもしませんでしたなぁ、私達が行うべきは去って行った我が主を探し見つけ、今一度この頭を下げて全力で忠義を尽かさせて貰う事ただ一つだけの筈」
二人の言動から察するに、彼女もまた同じ組織の者というのが容易に伺える。
しかしセバスの意見をまともに聞いているのかどうかさえわからない態度で、銀髪の少女はニタニタと笑いながらヨシヒコ達を覗き込むように見つめながら思いきり首を傾げて見せた。
「なのにお前は下等生物相手に情報収集? その様な者達が崇高なる我が主の居場所がわかるとでも本気でお思いか? ”ナザリック地下大墳墓の執事”ともあろう者がそんな愚行を犯していると知ったら、我が主はきっとお嘆きになるであろうよ」
「おいおいお~い! なんだこの小娘、さっきからすっげぇ俺達の事を見下してるぞ! 言ってやれセバス! ここにおられるメレブ様はとっても凄い魔法使いで! 輝くホクロとキューティクルな髪型がチャームポイントの素敵な紳士ですって!」
下等なる生き物と称された事にメレブがムカッとした様子で抗議すると、少女はセバスを問い詰めるのを一旦止め、取り繕った笑顔も消してジロリと彼の方へ殺気の込もった視線をぶつける。
「おい、黙っていろ下等生物、蛆虫風情が私の話を邪魔して許されると思ってんのか。苦しまずに死にたいならまずはその薄汚い口を閉じろ」
「閉じませ~ん! 一生喋り続けてやります~! 重たい雰囲気が一瞬で払拭されると定評ある、このメレブのスペシャルトークに酔いしれるがいい!」
「……コイツはさっさと殺すか」
「殺されませ~ん!」
さっきまでの口調とは違いえらく攻撃的な言動になった少女、こちらが素に近いのであろうか。
しかしメレブはそれでもお構いなく全力でバカにした態度を取るので、早急に始末すべきだと彼女がすぐに実行に移ろうとしたその時
ずっと黙っていたヨシヒコがスクッとその場で立ち上がったのだ。
「こんな夜中にどうして子供が出歩いている、ここは危険だからさっさと帰りなさい、きっとお家でお母さんとお父さんが心配している筈だ、もし迷子なら私が家まで連れて行ってあげよう」
「やだヨシヒコ、この子ったらこの娘の事をただの子供だと思ってらっしゃる……!」
「はぁ~……ここには生きるにも値しない馬鹿しかいないのかえ?」
今までのセバスと自分の会話を聞いた上で、完全に子供扱いして来るヨシヒコの態度に、彼女は思わず頭を手で押さえてガックリと呆れ果てた。
「セバス、私がこれ程までにお前に失望したのは初めてであろうよ、よもやこんなゴミ共と仲良く火を囲んで言葉を交える事が私達にとっての利益になると本気でお思いか? 返答によってはこの場で粛清も止む無しぞ」
「ゴミでは無い、私は勇者ヨシヒコだ! いいからさっさとお家に帰りなさい!」
「だから私とコイツの会話に一々首突っ込むんじゃねぇよ!」
「フッフッフ、翻弄されるがいい、残念ながらヨシヒコは、空気など読めぬのだ」
「テメェも邪魔すんじゃねぇ亀頭野郎!」
「おい待て、その表現は止めろ、せめてキノコ頭にしろそこは」
セバスと話し合いをしたいのに事あるごとに会話に混ざって来るヨシヒコとメレブに遂に彼女がキレた。
綺麗な銀髪を乱暴に掻き毟るとより口調が荒々しくなっていき、徐々に殺気を強くさせていく。
「はぁ~……最終的に始末しようとは思っていたがもう仕方ありやせん……」
「もしやあなた……」
一旦呼吸を整えて無理矢理落ち着こうとする彼女を見て、セバスはすぐにこれからするであろう彼女の行動を勘付いた。
「面倒ではありんすがセバスとゆっくり語り合う為にはまずゴミ掃除から始める事にしましょう、それも出来るだけ強い痛みと絶望を味合わせながら」
「お待ちなさい、この者達は本当に我々に取って重要な人物になる可能性があるのです、あなたも彼等の事情を聞けばすぐにご理解出来る筈、今すぐ矛を収めて冷静さを取り戻し、私の話を聞いて下さい」
「ごちゃごちゃうっせぇぞクソセバス! 言っておくが私が殺す対象はコイツ等だけじゃなくテメェも入ってんだよ! 人間なんぞを庇いやがって! この薄汚ねぇ裏切り野郎が!」
「なんと、もう既にあなたは考える事さえ放棄しておられるのですか……?」
セバスの精一杯の弁明も届かず、彼女は金切り声を上げながらヨシヒコ達だけでなく自分をも殺そうと躍起になっている。
流石にこの展開はマズイと、セバスの渋い顔つきが更に濃くなった。
「これもまた我が主が行方をくらましてしまった原因でしょうか、元々彼女は考えるより先に手を出す方でしたが、主が不在だという事に彼女の心に強い焦りが生まれ、代わりに余裕や思考能力を失ってしまったのでしょうな」
「なるほど、つまり「バカ」から「すんごいバカ」になったんだな、どうする同じくバカのヨシヒコ」
「止むを得ません、ここは私が出ましょう」
同じ主を持つ同志がここまで変わり果ててしまった事に(ぶっちゃけ根本的にはたいして変わっていないが)嘆き悲しむ様にセバスはそっと自分の頭を手でおさえる。
するとそこへ、ヨシヒコがザッと彼女の前に静かに立った。
「私には勇者として魔王を倒すという使命がある、それを邪魔するのであればこのヨシヒコ、例え子供であろうと容赦しない」
「勇者、魔王? 虫けらの言ってる事はよくわかりやせんが、この私に対して命乞いではなく歯向かおうとしている事だけはわかりました、全くもって無駄な事ではありんすが、ほんの余興として遊んであげるかえ」
真っ直ぐな眼差しをこちらに向けて挑もうとして来る彼を見て、彼女はますます不愉快に思いながらも
衝動的に湧き上がった怒りが徐々に収まっていき、急に改まった様子でスカートの裾を軽く摘まみ上げてペコリとヨシヒコに向かって頭を下げた。
「今から死に絶える者に名を教えるというのも無意味だとは思いますが。いわゆる冥土の土産として特別にお教えしましょう」
「わらわの名は”シャルティア・ブラッドフォールン”」
「残酷で冷酷で非道、そして可憐な”化け物”でありんす」
堂々と名乗り上げた少女、シャルティアはゆっくりとヨシヒコの方へまたあの歪な笑みを浮かべて顔を上げた。
次回、ヨシヒコ、異世界にて初めての一騎打ち。
激戦確実