魔王ヨシヒコと勇者モモンガ   作:カイバーマン。

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ようやく掴めた一時の安らぎを送っていたカルネ村に、またしても未曽有の脅威が訪れた。

 

「ウラーラーラー!!!」

 

奇声を上げながら鋭いモリを振り回すその姿は正に蛮人

 

村の警備を務めるゴブリン達を次々と蹴散らしていき、猪の如き猛進で遂にはエンリの住む家の前にまで到達してしまう。

 

「な、なんて野郎だ……! たった一人で俺達全員を……!」

 

「つ、つえぇ……!」

 

如何に集団戦を得意とするゴブリンでさえも全く歯が立たない強さを誇り、ゴブリンの援護に駆けつけた勇気ある村人達も全く相手にならない。

 

そしてゴブリンの中でもリーダー格の、エンリからジュゲムと名付けられているゴブリンを最後に倒し終えると

 

「ゴブリーーーーン!!! 全員獲ったどーーーー!!!!」

 

「ぐ……! まさかこんなヤベェ奴が現れるなんて……!」

 

気持ちよさそうに咆哮を上げる相手に倒れたゴブリンが抱く感情は相手に対する怒りではなく、己自身のふがいなさに嘆く哀しみ。

 

”あの攻撃”を前に自分達は何も出来ず、ただただやられる事しか出来なかった事に悔しさを隠せなかった。

 

しかしそこへ

 

「そ、それ以上村の人やゴブリンさん達を傷付けるのは止めて下さい!」

 

「あ、姐さん……!?」

 

「お? なんやぁお前ぇ!」

 

「エンリ・エモット……この村の娘です……!」

 

彼に今すぐ避難しろと言われていたエンリが、懸命に勇気を振り絞って彼等を庇うかのように侵入者の前に現れたのだ。

 

すると侵入者の男は手に持ったモリを肩に掛けながら彼女の方へ振り返り

 

「俺はバラモス様直属の魔王四天王の一人、マッサル様じゃ! 頭が高い! 控えおろぉ!」

 

「バラモス様……魔王四天王……? 何者なんですかあなたは……」

 

「なんやバラモス様知らんのか、まあしゃあないか、最近デビューしたばかりやし」

 

聞き覚えの無い単語を用いて自己紹介するマッサルにエンリがキョトンとしていると、彼は持ってるモリを地面に突き刺して一旦説明を始めるのであった。

 

「ええか、バラモス様はこの世界に君臨なされ、人も魔物も全て支配出来るお力を持った魔王様や。めっちゃ強い御方なんや、この世界をあっという間に征服出来てしまうんやで」

 

「……あなたはその魔王の部下という事ですか」

 

「そやで、それもバラモス様が率いる軍団の中でも特に強い”5人”のメンバーは魔王四天王って呼ばれてんねん、そのうちの一人がこの俺、マッサルさんや」

 

「え、ちょっと待って下さい……5人なのに四天王……?」

 

「バラモス様が指名した時にうっかり1人多く選んでしもうて、でも「まあええか」って感じでそのまま5人になってしまったんや」

 

「……結構適当なんですね」

 

「いつもは真面目なんやけど、たまに手を抜く時あんねんあのおっさん」

 

「おっさん!?」

 

魔王バラモスが率いる最強の5人、その名も魔王四天王……

 

色々と数的に矛盾が生じているとエンリが怪訝な表情を浮かべるが「細かい事は気にせんでええよ」とマッサルが軽く手を横に振って誤魔化す。

 

「そんで俺もこうしてバラモス様の御命令でこの村を襲いに来たんや、バラモス様の勢力を広める為に」

 

「そんな! 魔王だかなんだか知らないですけど! こんな寂れた村をどうしてわざわざ襲うんですか!」

 

「決まってるやろ! 俺等が望んでいるのは完全なる魔物達だけの世界! そう! 魔物達の”めちゃめちゃイケてる”世界を作る事が目的なんや!」

 

「めちゃめちゃイケてる世界!?」

 

「めちゃめちゃイケてる世界や!」

 

彼等はこの世界を征服せんとまずは勢力拡大の為に自分達の様な小さな村でさえも襲っているらしい。

 

魔王バラモスが望むのは、魔物の魔物による魔物達だけの理想郷を築き上げる事、その為にこの世界で不必要なのは

 

「だからエルフやドアーフ、ホビットとかいらんねんこの世界には、そんで当然、何の役にも立たへんお前等人間もや!」

 

「私達を……」

 

「バラモス様はな、特にお前等人間をかなり敵視しとるで、他のモンは奴隷ぐらいにはしてやってもええけど、人間にはそんな慈悲も許さへん!」

 

「まさか私達人間全てを滅ぼすつもりじゃ……」

 

最悪の事態を予想してごくりと生唾を飲み込むエンリに対し、マッサルは真顔でサラッと

 

「いやあのおっさん、人間とのコミュニケーションが苦手やから、人間はもうどっか遠い所に追い出したいんやって」

 

「えぇ!?」

 

「ぶっちゃけ人間にビビッてんねん、なんか色々と人間との関係でトラブル遭ったらしいで」

 

全人類を隔離して追い出そうと目論む魔王バラモスの恐ろしい計画に愕然とするエンリ。

 

魔王が人間と上手くコミュニケーションが取れない……まずはその問題から解決するのが先ではなかろうか……

 

「だからまずはこの村の住人を追い出して、バラモス様の最初の計画の第一歩とさせてもらうわ」

 

「そんな……!」

 

「でも住人追い出すより先に、コイツ等どうにかせなきゃならんな」

 

偶然なのかわからないが、バラモスはまず最初にこの村を襲う事にしたらしい。

 

そして四天王のマッサルを要請し、彼に全ての人間を一人残らずそこから立ち退かせと命じているみたいだ。

 

だが彼が今倒そうとしている相手は人間ではなく、足元で倒れているこの亜人種……

 

「魔物のクセに人間なんぞを護ろうとするとか考えられへん、コレはもうアレやな、お前等ゴブリンは全員油にポーンの刑や」

 

「油にポーン!?」

 

「生きたまま油鍋にぶん投げて、カラッと揚がった所を俺が食ったる」

 

「へ……俺達を食うってか……好きにしな、ただし俺達は揃いも揃って汚くて臭ぇゴブリン……例えこの身を食われようが思いきり腹下させて殺してやるぜ……!」

 

「なんやコイツ、まだ俺に減らず口叩く余裕あんのか! 腹立つからやっぱカラッと揚げる前にお前だけは殺しとといたる!」

 

「ジュゲムさん!」

 

例えこの身が朽ち果てようと、せめてもの一矢を報いてみせると、こちらを見下ろすマッサルにニヤリと笑って見せたゴブリン。

 

そんな彼に向かって非情にもモリを振り上げて突き刺さんとするマッサル。

 

このままでは以前多くの兵士達に村を襲われた時と同じだ、村人は殺される心配はないみたいだが、今度はゴブリン達がまとめて殺される。

 

この残酷な現実を前にエンリが悲観に暮れながらも、自分達の村を一生懸命護ろうとしてくれたゴブリン達を助けようと手を伸ばそうとする。

 

だがその時だった。

 

 

 

 

 

「何やら騒がしいと思ったら……大変な事になってるみたいですね、セバスさん」

 

「ふむ、状況を観察する限り、この村は現在あの蛮人に襲われているようですな」

 

「!?」

 

そこへ颯爽と現れたのは、勇者ヨシヒコと執事セバス。

 

外が騒がしい事にようやく気付いて、家の中から飛び出して来たみたいだ。

 

突然現れた彼等にエンリだけでなく、マッサルの方も驚いてゴブリンを刺し殺すのを中断する。

 

「ああ!? なんやお前等!? この村のモンか!?」

 

「私はヨシヒコ、この世界を支配せんと企む邪悪な魔王を倒す為に遠い地からやって来た勇者だ」

 

「勇者やて!?」

 

「ゆ、勇者!?」

 

魔王を倒しに来た勇者と聞いて驚くマッサルであったが、それ以上に驚いているのはついちょっと前の彼の行動をはっきり見ていたエンリの方であった。

 

「私の家をあんなに荒らしておいて勇者!?」

 

「勇者だからこそだ!」

 

「勇者はそんな事しません!」

 

「それよりそこのモリを構えた男! 先程そのゴブリンを殺そうとしていたが! それだけは絶対に許さん!」

 

「誤魔化さないで下さい!」

 

 

散々家のツボ割ったりタンス開けたりと、暴れ回ったヨシヒコを勇者などとは到底思えない様子のエンリを尻目に

 

ヨシヒコは強い口調で叫びながらマッサルにビシッと指を突きつけた。

 

「そのゴブリンを倒すのは私だ! 一匹残らず全て葬ると決めているんだ! 私の獲物に手を出すなぁ!!」

 

「おじいさんこの人本当に勇者なんですか!? 絶対違いますよね!」

 

「……さあ、私も知り合ったばかりなので、共に旅を続けていけばその内ハッキリとわかると思うのですが……」

 

誰であろうと自分の獲物を横取りする者は許さない、ゴブリンに対してマッサル以上に強い殺意を持つヨシヒコに

 

エンリは彼の仲間であるセバスの体を揺さぶりながら疑問を尋ねるも、彼自身もヨシヒコが勇者だと素直には言い切れない様子。

 

するとそこへ遅れてメレブとシャルティアも家の中から現れ

 

「おいヨシヒコ、お前また俺のフィアンセを怖がらせる様な真似を……ってん~~~? コレは一体何が起きているのでございましょうか?」

 

「なんぞやヨシヒコ、もうゴブリン共を始末したのかえ? 私にも少し分けて欲しかったというのに」

 

目の前の状況をイマイチ把握できていない様子のメレブと、倒れているゴブリンを見て遂にヨシヒコが手をかけたのかと思うシャルティア。

 

二人がやって来るとエンリはすぐに振り返って

 

「あそこでモリを構えている人はバラモスとかいう魔王の手先です! 部外者である皆さんはすぐにお逃げください!!」

 

「魔王の手先……? あんな頭の悪そうな男が? こりゃまた魔王とやらは随分と人材不足の様でありんすな」

 

「ほほう、魔王に与する者が向こうから現れたか、ならばここは俺達で食い止めるしかあるまい」

 

「え!?」

 

胡散臭い連中とはいえ、この村とはなんの関係もない者達、無駄な犠牲を生まない為にエンリは彼等に逃げろと指示をするが

 

彼女の言葉など全く聞いていない様子で、急いでヨシヒコとセバスの隣に並ぶシャルティアとメレブ。

 

既に彼等の中でやる事は一つ

 

「あ奴は私達にクソ忌々しいモンを振り撒いた親玉の手下らしいざんす、生け捕りにして拷問を加え、さっさと親玉の居場所を吐かせるべきでありんしょう」

 

「うえー拷問はしなくていいと思うんだけど~? 出来ればエンリちゃんの前ではやらないでね、ビックリしちゃうから」

 

この場で徹底的に弄びながら居場所を聞き出そうとやる気になるシャルティアに、メレブが両手を合わせてお願いしていると、「なんやなんや!?」とマッサルが急に現れた素性の知れぬ連中に戸惑っている様子。

 

「まさかお前等全員、バラモス様を倒そうとか言うとる勇者の仲間か?」

 

「いかにも、我々は利害の一致で協力関係を結んだ勇者一行です、あなた方をこの世界から殲滅する為の刺客と言えばおわかりですかな?」

 

「はぁ~もうそんなのいるんやな、こりゃあのおっさんもうかうかしてられへんでホンマ」

 

キリッとしながらハッキリと自分達の事を紹介するセバスに、マッサルは呑気そうに呟く。

 

勇者一行が現れたとわかってもあまり危機感は覚えていないらしい。

 

それは強者特有の油断なのか、はたまたただのアホなのか

 

「しゃあないな、こりゃ予定変更せんとマズイで、ただのゴブリンやっつけるよりもこっちを先に倒さへんと」

 

そう言ってマッサルはその場から離れると、改めてヨシヒコ達と対峙する。

 

「よっしゃ! 俺の名はマッサル! 魔王四天王の一人や! お前等がバラモス様を倒しに行くっちゅうのなら、お前等全員まとめて油にポーンや!!」

 

「ヨシヒコさん、レベルの上がった今の我々で魔王の傘下に組み入るこの者にどれほど通用するか、試させて頂きましょう」

 

「はい、私達の力を一つにし、この男とゴブリンを駆逐してやりましょう」

 

「……ゴブリンは見逃してやってもよろしいのでは? 今はこの村を救う事を優先すべきですし」

 

「私の友人がこんな事を言っていました、「救えるかどうかは分からん、だが、ゴブリン共は殺そう」と」

 

「ヨシヒコさん、メレブも言っていましたがその友人とのお付き合いは止めた方がよろしいかと」

 

今まで散々多くの魔物達を倒していき、それによって培った力をここで実践する時が来たのだ。

 

ドサクサにマッサルだけでなくゴブリンにも狙いを定めているヨシヒコをセバスが窘めていると

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

最初にマッサルが動き出して戦いのゴングが鳴った。

 

「いくでいくでいくで~~~~~!!!」

 

『マッサルはちからをためている』

 

「はん! なんぞやアレは! せっかくの攻撃のチャンスにただ力を溜めるだけとは!」

 

自慢のモリを振りかざし、渾身の一撃をお見舞いしようと力を溜めるマッサルだが

 

あまりにも隙だらけなのでシャルティアが嘲笑を浮かべるも、そこへヨロヨロと起き上がったゴブリンが声を掛け

 

「気を付けろアンタ等! 俺達は全員そいつのたった一撃でやられたんだ! 隙がある内に早く倒せ!」

 

「ゴブリン如きの助言などいらん、私を誰だと思うているのかしら? 言われずとも遠慮なく……!」

 

負けたゴブリンの言葉など耳に貸す必要があるか、とシャルティアは薄ら笑みを浮かべながらマッサルに接近し

 

「死ねぇ!」

 

「あ、いて」

 

全身全霊を込めた気合の一撃を拳に込めてポコっと殴った。

 

しかしマッサル、軽く反応するだけで全くダメージが通ってない様子。

 

「全然効いてないじゃないですかい!」

 

「ダメだあの娘! 口先だけだ!」

 

「うるせぇゴブリン風情が! 外野からビービー叫んでんじゃねぇ! 私の本気はこっからだ!」

 

真面目にやっているのかと周りにいるゴブリン達にブーイングを浴びせられた事に腹を立ててシャルティアが怒鳴っていると

 

「では次は私が……」

 

肉弾戦を得意とするセバスが、未だ力を溜め続けるマッサルにゆっくりと歩み寄り

 

「ふん!」

 

「うお! なんやこのじいさん! めっちゃ効いたわ今の!」

 

右手から放たれたすさまじい勢いの拳がマッサルを襲い、ようやくまともなダメージが入ったようでマッサルはのけ反りながら焦り出す。

 

「これならさっきのお嬢ちゃんの攻撃なんやったん!? 全然おる意味ないやん!」

 

「そうだそうだ!」

 

「じいさんを見習え!」

 

「ぐぬぬ……! なに敵の言葉に賛同してるんだコイツ等~……!」

 

今度はマッサルに便乗して文句を言い出すゴブリンに、シャルティアが今に見てろよと殺意を燃やしている中

 

「次は私だ! 食らえ魔王の手先!」

 

「ぐお! 効いたー! これも中々効いたでー!」

 

セバスの次にヨシヒコが飛び出し、自慢の剣を振り下ろして再びマッサルにダメージを与える。

 

しかしまだまだ倒れる様子は無く、マッサルはやはりずっと力を溜め続けたままだ。

 

「お前等の攻撃はまあまあやけど、俺もそろそろ反撃させてもらうで! 力が溜まるまであとちょっとや!」

 

「そうはさせなさい! 私達にはまだメレブさんが残っている! メレブさん、彼にトドメを!」

 

ヨシヒコ達の攻撃を耐えきったとニヤリと笑って見せるマッサルに、ヨシヒコは信頼する仲間、メレブにいっちょ決めてくれと振り返る。

 

だが

 

「安心なさい、この村の脅威はこの俺、偉大なる魔法使いメレブが救ってみせよう、それまでおぬしはここで俺の大活躍劇をその目に焼き付けておくがいい」

 

「い、いや……それは嬉しいんですけど、私と話してる暇あるんですか……?」

 

「メレブさーーーーーん!!!」

 

『メレブはエンリをくどきはじめた』

 

『しかしなにもはじまらなかった』

 

なんとここでメレブ、まさかの戦いの最中でエンリを口説こうとする。

 

しかも全く相手は彼に対してそんな気は無い様子で、ヨシヒコが悲痛に叫ぶ。

 

「ダメだ、メレブさんはすっかりあの村娘に心を奪われてしまった……」

 

「元々クソの役にも立たんカスでありんす、勝手に発情してればいいでござんしょう」

 

メレブが戦えない事にヨシヒコはショックを受けているみたいだが、ここに来るまでまともに戦う事すらしてないメレブなどハナっから期待してなかったとキツめに呟くシャルティア。

 

するとそこで遂に……

 

「うおぉぉぉぉぉ力が漲ってきたで~~~~~!!!」

 

「「「!?」」」

 

マッサルの全身から突然赤いオーラが噴出されたのだ、これにはメレブ以外の一同も驚く。

 

そして明らかに攻撃力が上がっている様子で、今まで溜めていた力を吐き出すかのように

 

「ウラーラーラー!!!」

 

「ごへぇ!」

 

「ぐ!」

 

「う!」

 

ビュンッ!と目にも止まらぬ速度で彼がモリを横薙ぎに振るった瞬間、ヨシヒコ達に強烈なダメージが発生し後ろに吹っ飛んでしまう。

 

彼が力を溜めていたのはこの一撃必殺の技を生み出す為だったのだ。

 

「く! たった一撃でこの威力とは……!」

 

「目の前が真っ赤になっています、これは一気に体力を削られた事による影響でしょうか……」

 

予想以上の攻撃力にヨシヒコは剣を杖代わりにしてようやく立ち上がり、セバスもまたかなり残り体力が無くなってしまったようで立つのもやっとの状況。

 

そしてパーティーの中で一番HPが低いシャルティアはというと……

 

「かひゅー……! かひゅー……! し、死ぬー……!」

 

「これはいけません……シャルティアが完全に瀕死です」

 

「かろうじて体力が1残ってる状況という感じですね……非常にマズイ」

 

その場で大の字で倒れて目を血走らせながら、明らかにヤバい呼吸をしている彼女を見て危機感を覚えるセバスとヨシヒコであるが

 

シャルティアは弱々しく腕を天に掲げると、力を振り絞って口を開き

 

「ホ、ホイミ……!」

 

『シャルティアはホイミをとなえた』

 

『シャルティアのHPが少し回復した』

 

魔物との戦いの中で覚える事が出来た唯一の回復呪文を自分自身に使ったのだ。

 

多少は受けたダメージを修復出来たのか、ゼェゼェとまだ息は荒いがようやく立ち上がってみせた。

 

「危なかった……! 今のはまこと危なかったでありんす……!」

 

「お見事です、魔物との戦いがようやく活かされてきましたね……しかし私の方はもう……」

 

「しっかりしなんしセバス! この程度の相手に敗れてはアインズ様に顔向けなど出来ぬぞ!」

 

回復呪文を覚える事が出来たシャルティアを褒め称えながら倒れそうになるセバス

 

彼女が慌てて声を掛けていると、そこへヨシヒコがサッと駆けつけ

 

「安心しろシャルティア、セバスさんもコレを食べればすぐに体力を回復できる」

 

「なんと!」

 

既に体力を回復できるアイテムでも持っていたのか、期待を込めた様子でシャルティアが彼の方へ振り返ると、その手に握られていたのは……

 

「……なにそれ?」

 

「ここに来るまでに倒してきた魔物から手に入れた”やくそう”だ、コレを食べればセバスさんも回復できる」

 

「いやそれ私が見る限り……ただの雑草じゃね?」

 

「やくそうだ」

 

「いや雑草だって、その辺で抜いて来ただけでありんしょ?」

 

「やくそうだ」

 

それはまるでその辺から適当に毟ったかのような草であった

 

ヨシヒコはあくまで「やくそう」だと主張するがシャルティアからはどう見てもただの草でしかない。

 

しかし彼女の疑問をよそにヨシヒコはそれを持ったままセバスの方へ歩み寄り

 

「さあ食べて下さい、しっかり噛んで」

 

「ぐむ!」

 

「直で食わせるんでありんすか!?」

 

躊躇いなくその草をセバスの口に突っ込むヨシヒコ。これにはシャルティアも目を見開いてギョッとするしかない。

 

そしてその光景を離れて見ていたエンリやゴブリン達も

 

「あ、あのターバンの男……! 年寄りに煎じてねぇ薬草を直で食べさせてやがる……!」

 

「悪魔だ……ターバンの悪魔だ……!」

 

「ずっと思ってたけど……やっぱりあの人怖い……」

 

ヨシヒコが突然奇行に走ったとかなりドン引きして言葉を失っていると、しばらくしてヨシヒコにやくそうを無理矢理口に突っ込まれたセバスは……

 

「あ、なんだか体の傷が癒えた気がします」

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

まだ口の中からはみ出てるやくそうをムシャムシャと食べながら、セバスは体力が微量ながら回復した気がすると発言。

 

これにはシャルティア、エンリ、ゴブリン達が揃って同じ表情で驚いて見せると、ヨシヒコは彼に笑いかけて。

 

「これでセバスさんも大丈夫ですね」

 

「助けて頂きありがとうございますヨシヒコさん」

 

「やくそうで体力を回復するのは冒険で必須ですから、あらかじめ用意しておいて正解でした」

 

「なるほど、非常に参考になりました、しかもコレ、結構クセになる味です、好きですこの味」

 

苦みが強いやくそうの味をしっかり噛んで味わいながら、まだ口からやくそうがはみ出ている様子でヨシヒコにお礼を言うセバス。

 

そしてヨシヒコ自身もまた体力回復の為に食べたのか、いつの間にか口からやくそうをはみ出している。

 

「さあコレで全員まだ戦えます! いきましょう皆さん!」

 

「ええ、やくそうが尽きる前にあの男を倒しましょう」

 

「……」

 

口から草をはみ出しているのも気にせずに戦おうとするヨシヒコとセバスに、シャルティアが頬を引きつらせて固まってしまっていると

 

戦っている相手のマッサルも「うわー……」と彼等を見て

 

「草食いながら戦おうとしとるこの人達……勇者とその仲間、こわ……」

 

「わ、私もこ奴等と一緒にされては困るでありんす!」

 

流石に魔王の部下もこの光景には引いている様子であったが

 

今は気にしてる場合じゃないと、シャルティアの抗議も無視してマッサルは再び手に持つモリを振りかざす。

 

「ちょっとお前等怖いからさっさと終わらせるわ、頼むから次で全員死んでくれ」

 

「また力を溜め始めましたか……どうしますかヨシヒコさん、このままシャルティアの回復魔法とやくそうだけで乗り切りますか?」

 

「今の私達ではそれしかありません……なにか相手を倒す手段があればいいんですが……」

 

「いいからさっさとその口から出てる草全部食いやせん」

 

真面目な雰囲気で相談し合うセバスとヨシヒコだが、二人共口が草まみれなので緊張感がまるでない。

 

シャルティアが彼等に呆れた様子で呟いていると、そこへ……

 

「フッフッフ、お困りの様だね、諸君」

 

「メレブさん!」

 

得意げに笑みを浮かべながら戻って来たのはさっきまでずっとエンリを口説き落とそうとしていたメレブであった。

 

戦いに参加していなかったので彼だけ完全に無傷である。

 

「戻って来たんですね!」

 

「愛しのハニーに、俺の活躍を見せなきゃならんのでな」

 

彼が戻って来た事に素直に喜ぶヨシヒコをよそに

 

メレブはチラリと背後にいるエンリに片目をパチパチして下手くそなウインク

 

これには彼女もただ苦笑して見せるしかない。

 

「よし、いいかお前等よく聞け、俺が戦いに参加していなかったのはあの男の戦い方を見る為だ、そして俺は……奴に勝つ為の方法を閃いた……」

 

「いやお前が戦いに参加しなかったのは、単に女口説こうとしてただけだろうがクソ虫」

 

今まで戦いに加わなかったのはビビっていたのではなく、あくまで相手の動きを観察していたのだと告白するメレブ。

 

しかしシャルティアとセバスから今までずっと最低評価であった彼が、この状況を打破できるとは到底思えなかった。

 

「……全く期待しておりませんが、本当に奴に勝つ見込みがあるのですか、メレブ」

 

「奴に勝つ方法はただ一つ……」

 

やくそうをゴクリと飲み込みながら尋ねて来たセバスに、メレブは自信満々の表情で

 

「この俺が、この世界で初めて得た呪文を使うのだ」

 

「呪文!?」

 

メレブその一言に敏感に反応するヨシヒコ、そう、彼はずっとこの時を待っていたのだ。

 

「メレブさん、もしやそれは! 遂に……!」

 

「その通りだよヨシヒコ、待たせてしまって悪かったな、俺は遂に……」

 

期待の眼差しをこちらに向けて来るヨシヒコに、メレブは頬を手でさすりながらニヤリと笑い

 

 

 

 

 

 

「新しい呪文を覚えたよ」

 

こちらが喋ってる中また力を溜め始めているマッサルを前にして、右手に持った杖を掲げながらメレブが己の勝利を確信した様子で頷くのであった。

 

果たして彼が遂にこの世界で覚えた初めての呪文とは……

 

次回に続く。

 

 

 

 

 

 


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