「私、ここの学校の先生になるの。」
大学でてないから非常勤なんだけどね。と言う突然やってきた弟子の姿に飽きれを通り越して苛立ちを覚える。
何しに来たのかと思っていたら、よもやこちらに引っ越してきたと言われた時には頭を抱えたそうになったが、続いて出てきた言葉に頭が痛くなりそうだ。
ええい、何を笑っているのか知らんが、私の前で作り笑いなどするな。鬱陶しい。
「もしかするとエヴァちゃんと会うこともあるかも。」
「…ジジイの差し金か。」
その言葉でピンと来た。
あのタヌキの事だ、詠春の元にいるこいつを麻帆良で引き取る事で互いの組織の不仲を払拭するつもりなのだろう。
こいつは一時の自由を手に入れ関西と関東は歩み寄る姿勢を見せる、更に私のガス抜きに使えるとなれば…本当に上手い話を考える。
「一応私は関西呪術協会の所属だから、対外的なアピールも必要なのよ。たぶん。」
「ふん、それで身内の信用を失っていては本末転倒だがな。」
少なくともこいつから貰っていた手紙では京都での生活に文句は無かった筈だ。
むしろ
「心配してくれるんだ。」
「バカもの。貴様を上手く使えないタヌキ共への皮肉だよ。」
顔色悪く表情も固い。多少は人らしくなったと思っていただけに心配するなと言う方が無茶だろう。
変に冗談など言わず、私と話している時ぐらい気を抜けばいいのだが。
「詠春もコノエモンも悪い人じゃないけどね。」
心の機微は天才には分からないから。というのは誰に向けた言葉なのか。
よもや人質として麻帆良に送られるとは思っていなかったろうし、愚痴の一つも出るだろう。
あるいは別に今回に限らず、ずっと思っていたのかもしれんな。郷愁、ナギやラカンへの言葉と考えれば、それも仕方の無いことかもしれない。
「…辛くはないか?」
そう考えるとつい言葉が溢れ出る。
同族への同情、と言ってしまえばそれまでだがこいつは要らんところまで私に似てしまっている。置いていかれる側の苦悩というのは案外馬鹿にならない。乗り越えるにしろ耐えるにしろ、見合った労力は必要だ。
それだけに強く振る舞えるだけの芯がこいつにあるか、似合わぬ老婆心が顔を出してくる。
「…ここにはエヴァちゃんもタカミチも居るし、正直向こうに居る時よりも気楽だよ。」
どうやら私が思っているよりも私の弟子は精神的に成長しているらしい。強がりくらいは言えるようだ。
このまま行くと、ひとり立ちするのもそう遠くは無いのかもしれん。
「それだけ強がれるなら問題あるまい。」
少し寂しい気もするが、しんみりするのは性にあわない。
「用が済んだなら帰れ。それで次に来る時は面白い土産話のひとつふたつ持ってこい。」
その寂しさもこいつが居る間くらいは本人が紛らわしてくれるだろう。
「…日本茶飲みながら言うと、今の台詞完全にお婆ちゃんだね。」
「やかましいっ!」
ただ、あまり騒がしくしないように言って聞かす必要はありそうだ。
Sideアリシア
非常勤講師として麻帆良に赴任してからはやひと月。
初めこそ馴れない仕事や土地に四苦八苦していたが、休みにカフェに入ろうか考えるくらいには余裕が出てきた。
最初は色々とどうしていいか分からずにエヴァちゃんに泣きついてしまったが、それはもう忘れるとしよう。
麻帆良は何かとパワフルで、下手をするとナギ達と一緒に居た時の方が近い感覚にすら陥ってしまいそうだ。
いや、悲鳴も爆発音もしない分麻帆良の方が余程平和だが。
今だって子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる…。
「おや、アリシア先生ではないですか。如何なさいました?」
「あー、ご機嫌ようシスターシャークティ。今は麻帆良を歩いて覚えようかと散歩中でして。」
ふと周囲に目を配ると偶然シスターと目が合った。
突然幼い子供の声が聞こえたと思ったら、どうやら歩きすぎて中等部エリアを抜けてきてしまったらしい。
まさかやること無くてぶらついているとも言えず、適当言って誤魔化すと、何やらあちらから近寄ってきた。
「そうでしたか。ですが此処より先はあまり見るものなんてありませんよ?」
「みたいですね。シスターはお仕事ですか?」
「えぇ。と言ってももう済ませてしまったので帰る途中ですが。」
あぁ、どうやら善意で声を掛けてくれたらしい。
この先は森か居住区くらいしかなさそうで、確かに見るものはなさそうだ。
それによく見ればシスターの手には袋を提げているし、買い物を済ませた帰りなのだろう。
「ところでアリシア先生、何か困ったことはありませんか?」
「困ったこと、ですか?いえ、あまりそういうのは無いです。」
「なら、良いのですが…。もし何かありましたら、私はあまり教育者として助言できる人間ではありませんが、日々の暮らしで困ったことがあれば相談に乗りますよ?」
そんなに顔に出ていただろうか。いや、苛立っていたのは本当だし、たぶん顔に出ていたのだろう。
…どうせ暇を潰していたのだし、シスターに愚痴の捌け口になって貰ってもいいかな。
原作について触れなければ別に何を言っても構わないだろうし。
「いや、シスター。やっぱり話を聞いてもらっていいですか?」
「はい。口外は致しませんわ。」
そう言って近くのベンチへ誘導する。荷物持ってるシスターに立ち話もなんだろう。
あちらも聞き手に回るのに慣れているのか、既に気配が薄い。それが魔法か特技かは知らないが、気にする事もあるまい。
「…私、魔法世界の出身でして。ここ数年は京都の方でお世話になっていたんです。」
先程まではまさか身の上話をする事になるとは思いもしなかったが、話し始めると思いの外言葉は簡単に続いてきた。
戦争孤児で身寄りが無いことや幼い頃の記憶が無いこと、平和な日本に違和感があること、京都で疎まれてこちらに流れ着いた事など不満に思っていた事から自分でも思っていなかった事まで、洗いざらい話してしまった。
思えば愚痴なんてこぼしたことなかったが、思っていたよりもストレスを感じていたらしい。
「それで何事かと思って行ったら『すまないが近く麻帆良に移住して欲しい』ですよ?長い付き合いだから善意だと分かっていても流石に腹が立ちまして。」
「確かにそれは詠春様の言葉が足りませんね。」
「でしょう?そこでイライラが限界まで来まして、『今までお世話になりました。』って言って刀置いてそのまま出てきてやりましたよ!」
気づけば被っていた猫はどこへやら。
恥部を晒す勢いで全部を話してしまっているが、知らん。ここは私にとっての懺悔室なのだ。神職が話を聞いてくれているしさほど変わらないだろう。
「それでこっちに来たら来たで教師やれ、って私は便利屋じゃねぇです!まぁ、話を全部聞かずに来た私も悪いんですが。」
「それでもあんまりなお話です。」
「そう言って貰えるとありがたいです。で、免許無いから非常勤で受けて予定見たらタカミチの出張の穴埋めぜーんぶ私!昔馴染みでかつ英語できるからって何考えてんのって…」
いつの間にかシスターの方も熱に当てられたのか話にのってきているし、それが更に私の愚痴に拍車をかけており、気付けば1時間近く話し続けてしまっていた。
「あー、すみませんシスター、引き止めちゃって。まさかこんなに長話になるとは…。」
「いえ、私としてもアリシア先生とお話できてよかったです。また何かありましたら教会にいらっしゃってください。お茶くらい出しますのから。
アリシア先生はこの後も麻帆良の散策を?」
思えば知らない人と交流を持とうとしたのはいつ以来だったろうか。
どうにもこの世界に染まり過ぎたらしい。
あまり気を張ることは無い。私は今、原作までの準備期間を手に入れたのだ。
羽根を伸ばす事も時には必要なのだ。
手始めにシスターと友人になるのも悪くないかもしれない。
「…それなんですが、もし良かったらこの後お昼ご飯行きませんか?荷物は私が持ちますし。」
たまの休みくらい羽根を伸ばすとしよう。
刀「解せぬ」
エヴァはツンデレ、異論は認める。