ギルデロイ・ロックハート
「………………………………………はぁ」
俺は久しぶりの溜め息を吐いた。
漸く開放されたかと思えばこんなくだらないものの為に時間を使ってしまったかと思うと自分で自分への殺意に目覚めそうだ。
1年目の授業も終わり夏休みに入った。夏休み前の約束通り、俺とグリーングラスはマルフォイ邸に来ていた。確かにマルフォイ邸での夏休みは存外に悪くはなかった。本は沢山あったし、出てくる料理は一級品ばかりだ。
親父さんのルシウス氏の魔法と呪文に関する話も興味深かった。これ程充実した夏休みは何年ぶりだっただろうかと感慨に耽ってもいた。
そんな時だ。
「3人ともホグワーツからの手紙だ。2年次の教科書のリストのようだ。今日にでも購入しに行くとしようか」
ルシウス氏からそう言われ、俺たち3人は支度をすると、
「ねぇ……何だかやけに混んでない?」
「教科書買いに来た生徒達だろ。手紙が来て直ぐに買いに来たに違いないね」
「それにしてはどちらかと言えば婦人の方が多い。これは何かやってるのかもな」
中に入ると、
サイン会
ギルデロイ・ロックハート
自伝『私はマジックだ』
と書いてあった。
ギルデロイ・ロックハート。最近よく新聞で目にする名前だ。そう言えば教科書指定の本もこのロックハートの著作物だったはずだ。
「混んでるし、別れて本を手に入れるとしようか」
俺の言葉を聞き2人はうんざりそうにしながらも頷いた。別れて歩いて教科書を取りに行くと、
「やぁ!ザック久しぶり!」
「げっ……」
人混みを掻き分けていくと、知人と出くわした。ハリー・ポッターとロナウド・ウィーズリーだ。ポッターは嬉しそうに笑って見せるが、ウィーズリーは微妙な顔つきで俺を見ていた。
「……ああ、久しぶりだな」
「ザックも教科書を買いに来たの?凄い混んでるよね」
俺は適当に頷き、無駄話に付き合わされる前に教科書を取りに────
「もしやハリー・ポッターとアイザック・ラミレスでは!?」
人だかりの向こうから、突然そんな声が俺の耳に届いた。
そして一斉にこちらに視線が移ると、カメラマンに無理矢理引きずり出され、件のロックハート氏の隣に立たされた。
「今日は記念すべき日でしょう!かの有名な『生き残った男の子』と『悲劇の少年』がもっと有名な私の本を買いに来てくれました!さて……間もなく彼らは、私の本『私はマジックだ』ばかりでなく、より素晴らしいものをもらえるでしょう。驚くなかれ、彼らとその学友は、なんと『私はマジックだ』の実物を手にすることになるのです!」
バシバシとうるさいシャッターの音と、ファンの黄色い声がピタリと止んだ。
なんなのだろうかこの茶番は。
俺はさっさとこの時間が過ぎることを祈る。
「みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします────この九月から、私ギルデロイ・ロックハートはホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けすることになりました!」
拍手喝采。サイン会に来ていた婦人達や女生徒達の黄色い声が復活した。闇の魔術に対する防衛術の担当だろうが、何だろうがさっさとここから降りたかった。何より気安く肩に手を回すな。
俺はイライラしながらじっと解放の時を待っていた。
「ねぇドラコ……あれってザック……だよね?」
「ん?」
私たちは各々教科書を買い、店の隅まで移動すると、人だかりが出来ている先を指さした。そこにはハリー・ポッターと例のギルデロイ・ロックハート、そして不機嫌そうに立つ友人のアイザック・ラミレスらしき人物が見えた。
「あれ、ザックだよね?」
「遅いと思ったらあの作家に捕まったのか」
ヤレヤレとドラコが呆れたように零す。助けに行こうにも人垣が邪魔で行けない。私たちは心の中でザックに敬礼すると、事の行く末を見守ることにした。
やっと解放された俺は一気に疲労が溜まり重い体を引きずるように待つ2人の元に行った。そこには何故だかポッターやウィーズリー達もおり、何やら揉めているようだ。
「おかえりザック」
「ああ……」
グリーングラスが俺の肩を優しく叩くと、同情するようにうんうんと頷く。
気持ちは有難いが、現状を聞きたい。
「ウィーズリーのお父さんとルシウスさんが揉めてるみたいなの。子が子なら親同士も仲が悪いのね……」
「……」
なんともくだらない回答に聞いた俺も唖然とする。普段はクールなルシウス氏だが、子供のように喧嘩するとは……。俺とグリーングラスは他人のフリをすべく店の外に出た。店から出てきたルシウス氏はボロボロになっており、ウィーズリー氏への悪態を吐いていた。
買い物を済ませるとルシウス氏に各々の家まで送ってもらい、俺は自分の部屋へ入ると早速購入した教科書を手に取る。基本呪文集の二年生用を一通り目を通し本を閉じた。そして、同じく購入した(というより貰った)5冊の本を手に取る。取ってみても分かる。はっきり言って教科書感は無い。
ペラペラとページをめくる。案の定書いてあるのは完全無欠のロックハート氏がちょっと間抜けな魔法動物達と旅及び冒険する自伝小説のようなものだった。とはいえ、本を数々読んできた俺には少し違和感を覚える。ロックハート氏の性格だ。基本は愉快な性格をベースとなっているのだが、時折別人のように頭がキレたり魔法を使ったりと読んでるうちに「あれ?もう一人のボク?」のような謎な電波を感じ取ってしまっていた。
「随分と自分に酔ってる本だな……」
10分程目を通すと、本を閉じてカバンに投げ入れた。はっきり言ってこの本から自分が得られる物は無さそうだ。こんな事なら去年のクィレルの方が断然マシだったとも言える。
俺はベッドに寝そべると、そのまま眠りについた。
キングス・クロス駅9と4分の3番線
「では、行ってきなさい」
ルシウス氏に送ってもらい、俺たちは列車の中に入って行った。空いているコンパートメントを早々に見つけると中に入る。クラップとゴイルの2人で片側の席を。もう片側に俺、マルフォイ、グリーングラスで座る。俺は異常なぐらいのコンパートメント内の人口密度に息苦しさを感じ、窓の外を眺めていた。車内販売のおばあさんが来た途端、クラップとゴイルは大量のお菓子を購入しそれをムシャムシャ食べ始めた。ただでさえ息苦しい中に色々なお菓子の匂いが合わさったコンパートメントはもはや人間の居られる場所とは言えなかった。
「少し出る」
俺は菓子類の強烈な匂いに耐え切れず外にでた。外の空気でも吸って奴らが食い終わった頃にでも戻ろう。そう思っている時が俺にもあった。奴らは買ったお菓子を食いおわらせると追加のお菓子を買い、結局満足した頃にはホグワーツ駅まで着いていた。全くこれだから金持ちは……。
ホグワーツに着くと、さっさと大広間に行き2年生の席に座ると何やらグリフィンドールの席が騒がしかった。
「おいおい、聞いたかラミレス。ポッターとウィーズリーがどうやら列車に乗ってなかったらしいぞ?あいつら遅刻でもして乗り遅れたのか。どちらにせよ、ざまぁ見ろ」
マルフォイはニヤニヤ俺にそんな事を報告してくる。まぁどちらにせよ俺にはどうする事も出来ないし、何ならどうでもいい。
程なくして新1年生の組み分けやら歓迎会やらが始まると、グリフィンドール生達は何事も無かったかのように食事を始めていた。そう、新人の先生の紹介までは。
「こんばんは、皆さん。ギルデロイ・ロックハート、勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。もっとも、私はそんな事を自慢するわけではありませんよ。スマイルでカーディフの狼男を大人しくさせたわけではありませんからね」
そう、注目の的は何と言っても「闇の魔術に対する防衛術」の担当として新任したギルデロイ・ロックハートだ。
かなりの数のファンがいるようで、女子生徒などは6割がその話題で盛り上がっている。
これに関してはマジでどうでもいい。二度と見たくなかった顔を拝まなくてはならない絶望に俺は食事の味が無くなっていく感覚に陥った。
新学期が始まる朝。グリフィンドールの席ではウィーズリー宛の『吼えメール』が広間中に響き渡るという騒々しい朝を迎えるというパンチを喰らう。そしてなんと言っても『闇の魔術に対する防衛術』を受けなければならないからだ。1限2限の授業をササッと終わらせ、防衛術の教室に入いる。
授業開始時刻が過ぎしばらくすると、ようやくヤツが後ろのドアから教室に入ってきた。
「やぁ、すみませんね、皆さん!実はスプラウト先生に、どうしてもと頼まれて暴れ柳を看ていたのですよ!」
別にどうでもいい自慢話を長々聞かされる。こいつのファンの女子生徒達は嬉々として聞いているが、ファンでも何でもない俺からしたら耳障り極まりなかった。
「さて」
ロックハートは前の方にいる生徒から一冊本を取り上げ、表紙を高々と掲げる。
本の表紙にある彼自身の写真と、俺の目の前にいるやつ自身が同時にウィンクした。
なんだか乱視になりそうな光景だった。
「私だ。ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。そして5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。もっとも、泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけではありませんよ!」
……何を言っているのだろうか。
本人的には気の効いたジョークのつもりだったのだろう。
だが、どうやら彼が何を言っているのか理解できた人間は、このクラスには俺を含めて存在しなかったらしい。前の方に座っている女子何人かがあいまいに笑っただけだった。男子に関しては、俺同様無表情になっている。
「全員、勿論私の本を揃えているね? そして勿論1、2冊くらいは読み終えている事とは思う。そこでまず、簡単なミニテストを実施したい。心配はご無用、君達がどのくらい私の本を読んでいるかをチェックするだけの、満点を取れて当たり前のテストだ」
ロックハートの中では生徒達が自分の本を既に読み終えていて当然、となっているらしい。教科書である以上、少なくとも俺はある程度読んで置いた。だが、なんだかヤツの本の愛読者みたいな扱いにされるのが気に食わなかった。
「嘆かわしい事に先ほど同じテストをしたグリフィンドールでは、ミス・グレンジャー以外誰も満点を取ってはくれなかった。このスリザリンは勿論、そんな事はないと信じているよ」
配られた紙を受け取りテスト開始のコールと共に表にすると、その内容に目を疑った。何せ書いている事と言えばロックハートの好きな色は何だとか、ひそかな大望は何だとか、誕生日はいつだとかそんなどうでもいい事ばかりだ。
しかもそれが裏表に渡りビッシリと書いてあるのだから嫌になる。
(こんな事になるならクィレルの方がマシだったな……)
更に俺がイライラするのはこのテストの答えが解けてしまえる事だった。それがまたヤツの思う様に進んでいるようでタチが悪い。
……一思いに殺すか?
「これはどうした事だね。私の好きな色はライラック色という事を何故皆答えていないのだ。『雪男とゆっくり一年』に書いてあるのに。『バンパイアとゆっくり船旅』を読んでいる生徒も少ないようだね。私に退治された吸血鬼がレタスしか食べなくなった事を書けていない。それに、私の理想的な誕生日での贈り物も分からなかったみたいだ。それも『狼男との大いなる山歩き』に書いてあるというのに……」
やれやれと両手を広げてみせる。
「だが、おお!この中に満点がいますね!素晴らしいミスター・ラミレス!君は有名であるだけでなく私の本でよく勉強している!実に素晴らしい!是非ともこの勢いで私に次ぐ有名な名を轟かせたまえ!ご褒美にスリザリンに10点!」
……よく分からないが、10点が貰えた。これまでも加点を何度も貰ってきていたが、この時ほど要らないと思った事は今まで無かった。
その後の授業はひたすらロックハートが自身の過去の活躍を語る事に終始し、何一つ授業らしい事は行わなかった。
アレはもうダメだ。
また次回!
今度はまた時間を12時に設定します。