目が覚めると右腕に違和感を感じた。
普段、起床する時に感じたことのない倦怠感に疑問を持ちながら、ほとんど無意識に
……腕の怠さは無くなった。
しかし、腕にはまだ違和感がある。
なんというか、腕に物が乗っているような感覚だ。
考えても違和感の原因がわからないので、目をゆっくりと開ける。
「…………」
……視界に映ったのは、見る機会が一番多い人の後頭部だった。
具体的に今の状況を言うと、万里花が隣で眠っていた。
「…………」
……段々と昨夜の記憶が蘇って来た。
昨日は嵐で万里花の家に泊めて貰った事。
ベッドでどっちが寝るか喧嘩して、何故か2人で寝た事。
「…………途中で抜け出すんじゃなかったのかよ」
ベッドで横になる前に、眠気は無いから万里花が寝たら抜け出そう。と考えていた俺は心底間抜けのようだ。
はぁ……。と心の中で深いため息を吐いて、ふと気が付いた。
――この状況、俺が万里花を抱きしめて離さなかったんじゃないか、と。
「…………!」
冷静になって見ると、今の状況はどう考えてもそうとしか思えない。
なぜなら、寝る前は向かい合って話をしていた記憶がある。
万里花が反対側を向いて寝ているということは……。
もし、彼女が同じように俺に抱き付いていたのなら、俺が離さなかったという可能性は半分になっていただろう。
しかし、この状態じゃ間違いなく俺が――。
「……ん」
「ッ!」
万里花がくぐもった声を上げる……。が、どうやら起きたわけではないらしい。
もぞもぞと身体を動かして……動きを止めた。
「……いや、起きなくても状況は変わらんだろ」
何故か万里花に腕枕してるし、抜け出そうにも恐らく抜け出したら万里花も起きてしまうだろう。
ということは、これ以上慌てても意味は無いのではなかろうか。
堂々としていてもこっそり抜け出そうとしても結果は同じになりそうなので、諦めてこのまま寝ていよう。
今が何時かはわからないが、今日も明日もまだ夏休みなので、このまま2度寝する事にしよう。
――と、無意識に左腕で万里花を抱き寄せ……、
「やんっ♪」
「……?」
何か声が聞こえたような気がしたが……。
……気のせいだな。
「もう蓮様。朝から大胆過ぎますよ♪」
気、気の……。
………………。
「起きてたのか万里花」
「はい♪ おはようございます」
「……おはよう、ございます……」
……2度寝しようとする前に話かけるべきであったか……。
まさか万里花も起きていたとは驚きだ……。
「起きてたんだな……」
教えてくれればこんなに心の中で慌てる事も無かったのに……。
と、思わずじと目で万里花を見つめる。
「ふふ。今日は蓮様が起きる前に朝食を作って驚かせて差し上げる予定でしたの。ですがその計画は蓮様に邪魔されてしまったので、違う方法で驚かさせて頂きました♪」
「……びっくりだよ」
それにしても、俺が起きるまで待ってるだなんて、万里花は辛抱強いなぁ。
俺だったら寝るか起こすかしてしまうだろう。
「さて、2人共目が覚めたわけですし、そろそろ起きましょうか」
「……」
なんだかやられっぱなしというのが気に入らなかったので、少し意地悪返しをするとしよう……!
「? 蓮様? 何故手を離してくれないのですか?」
ふふ、困れ困れ…………!
「あ、あの蓮様? 蓮くん? ちょ、その、そろそろ離して欲しいのですが、その、あの、お、おトイレに――」
すぐに離した。
ついでに万里花が起き上がるのもちょっと手伝った。
少し仕返ししようとしたら最悪な仕返しをしてしまった……。
頬をぺちぺちされ許して貰った後、万里花は朝食を用意してくれた。
最初は遠慮して帰ろうとしたのだが、食べてくださらないのですか?
と上目遣いで聞かれてすぐに承諾してしまった。
……。
料理の勉強をするべきだろうか。
「来週は縁日ですね」
「……ああ、お祭りか」
朝食(パン、目玉焼き、ベーコン、サラダ)を食べ終え、そのままぼんやりとしていたので、少し反応が遅れる。
「ちょっと意味は違いますけどね。蓮様と一緒に行くの楽しみです」
「約束してるもんな。……最近遊んでばかりだから、ちょっとは勉強しないとなぁ」
「……え?」
万里花から呆気にとられたような声が返って来た。
「ん?」
……何かおかしいことでも言っただろうか。
「……えっと、蓮様。今は夏休みですよ?」
「そうだけど」
「……勉強するのですか」
「……しないのか?」
「…………」
「…………」
俺と万里花の間を沈黙が支配する。
「この話はやめましょう」
「……わかった」
明るく言う万里花に同意した。
……まぁ、まだ高校1年目の休みだからな。
確か万里花の学力は低くないはずだし、彼女のことだから夏休み中に勉強しなくても成績に問題は無いのだろう。
はぁ……。
縁日が終わったら夏休みもあと半分くらいだなあ。
なんて考えていたら、あっという間に縁日の日がやって来た。
…………早くないか?
俺の感覚では、万里花の家にお泊りしたのが一昨日くらいの感覚だ。
……こりゃあ夏休みもすぐ終わってしまいそうだ。
万里花とは泊まった日から今日までの数日間会っていない。
俺は特に用事の無い暇人なのだが、万里花はお稽古があるらしく連日忙しいと言っていた。
大変じゃないか? と万里花に訊ねると、彼女は笑いながら、
「実家でお稽古するより気楽ですわ。それに、お稽古が終われば蓮様とお話できますから」
――と、相変わらずこちらを照れさせてくるのだった。
そんな万里花に触発されて……という程でも無いのだが、俺も万里花が稽古している間は勉強や運動したりと学生らしく日々を過ごしていた。
そして今日は縁日。
万里花もこの日の為に稽古を頑張っていたので、今日は目一杯楽しもう。
「さて、待ち合わせはこの辺りだったよな」
今日は家に迎えに行くのではなく、縁日の途中にある公園で待ち合わせをしていた。
前回のプールの時のようにまたナンパが居たら困るので、万里花との約束の時間の30分前には着くように家を出た。
……のだが、なんとなくもう万里花は待ち合わせ場所にいるような気がする。
「……やっぱり」
俺の予想通りに万里花は公園のベンチに座って、もう既に待っていた。
幸いなことに彼女に話しかけようとしている輩はいない。
これ以上待たせるのは申し訳ないので、急いで彼女の方に向かい、
「……万里……花?」
彼女の浴衣姿に魅了された。
「お待ちしておりました。蓮様」
そう言って、にっこりと万里花は微笑んだ。
いつもならその笑顔にただ癒されるのだが、今日はそんな暢気なことを考えていられなかった。
彼女に来る時間が早いな、とか、待たせて悪かったとか話したい事も全て吹き飛んだ。
なんというか、今日の彼女は輝いて見える!
「ゆ、浴衣……なんだな」
「はい! 折角なので着てみました。似合ってますか?」
万里花が両手を軽く上げながら、その場でくるりと一回転した。
ふわり、と回転の勢いに乗って良い匂いが……。
「ふんっ!」
「蓮様!?」
パンッ! と両手で頬を叩いて変な気持ちを発散する。
……考えるな。今感じたモノは気にするべきものではないッ!
「似合ってるよ、万里花。その……とても」
一言褒めて、すぐに恥ずかしくなって視線をそらす。
「……もう一声ください」
そんな俺の心情を知らない万里花が、ちょっと恥ずかしそうにそんなことを言った。
……もう一声!!?
う……、え、えーと……。
「そ、その。……可愛い、です……」
万里花の顔を直視できないまま、尻すぼみの声で伝える。
……いや、可愛いって……。
もっといい褒め言葉の一つくらい言えればいいのに……。
「ふふっ」
ああ……、万里花も呆れてしまったのだろうか。
笑い声を漏らすだけで、特に何も言って来ないし、こちらに背を向けている。
……なんで背を向けてるんだ?
「ま、万里花さん?」
「今、こっち見たら怒りますからね」
「……わかった」
……万里花の頬
お互いに顔向けできないまま数秒経ってから、万里花が俺の手を取って歩きはじめた。
今日の万里花は草履を履いているので、歩くスピードが緩やかだ。
「……お待たせしました。行きましょう」
「……ああ」
2人共声が固い。
……公園を出ると、お祭りの会場の方向に向かって歩く人がちらほらと視界にはいった。浴衣を着た人も結構居る。
恐らく目的地は一緒だろう。この場所でこの数の人だと、会場は結構混んでいるかもしれない。
「……意外と混んでそうだな」
「そうですわね。なんでも恋結びのお守りが有名らしく、それを目当てで来る人も多いんですって」
「屋台の他にも目玉になる物があるんだな」
ここで万里花はお守り要らないの? と訊ねるとからかわれそうなのであえて訊く事はしない。
「お守りの事がそれなりに話題になっていたので、会場は恐らく混んでいるかと。私とはぐれないように気を付けてくださいね?」
「……わかった」
そう言いながら、万里花は手を繋いでいる状態から更に密着度を上げて来た。
この話題から動きまで計算通りだとしたら、彼女は相当な策士だ。
まあ、はぐれてしまったら困るから間違いではないのかもしれないが……。
「そういえば護衛の件はどうなったんだ?」
密着している部分を意識しないようにしながら話題を変える。
「普段は護衛なしでも問題ないということになりましたわ。ただ、こういったイベントには護衛付きのままですけれど」
そう言う万里花は、少し不満顔だ。
「……ということは今も居るのか?」
「ええ。あそこに本田。あっちに葉月が居ます」
「……なんでわかるんだ?」
万里花が指を差した方向を見ても、どこに彼女たちが居るのか見当も付かない。
「長年の経験ですわ。蓮様も何時かわかるようになりますよ」
「……なるかなぁ」
誰も居ないような場所でなら気付けるようになるかもしれないが、今日みたいに周りに人がいる状況でわかるようになるなんて思えない。
……なるとしても何年掛かるんだか。
祭りの会場は、予想通り人混みに溢れていた。
……いや、混みすぎでは?
視界いっぱいに広がる人混みに気が滅入る。
こんなに人がいたらまともに屋台も周れないのではないだろうか。
「入り口を抜ければ隙間が出来そうですわ。それまでの辛抱です」
「……わかった」
人混みに押されて万里花との密着度が更に上がる……が、それを気にする余裕はない。
今日の万里花は普段よりも歩き辛い格好をしているので、歩幅を小さくし、他人と接触が少ない方に場所を譲ったりと何時も以上に気に掛けたつもりだ……が、この状況では焼け石に水だったかもしれない。
……入り口で
「……抜けた」
「大変でしたね……」
お互いに安堵の息をつく。
祭りの入り口から抜け出すのに10分程掛かったが、会場を進むに連れて段々と人波が少なくなった。
今では万里花と横並びをしても余裕がある程だった。
祭りの屋台もまだまだあるようなので、屋台で遊ぶにしてもここからで問題なさそうだ。
「おや……」
と、何かを見つけたような声を上げる万里花。
「何かあったか?」
「ええ。ほら、あそこに小咲さんがいらっしゃいますわ」
万里花が言う方向を見ると、屋台の影に身を隠している浴衣姿の小野寺さんを見つけた。
隠れんぼでもしてるのだろうか。
……浴衣でそんな遊びはしないな。
「そんなところで何をしてるんですか小咲さん」
「あっ……。万里花ちゃんに、倉井くん。こんばんは」
「ごきげんよう。小咲さんも来てらしたのですね」
「……ども」
「……相変わらず私以外の女性は苦手ですのね」
「そんなことない」
ぷいっと明後日の方向を向きながら反論する。
……これじゃ説得力がほとんど無いな……。
「あはは……。2人共仲良いね」
「私と蓮様ですからね」
万里花があっさりと認める。
「小咲さんは何をしていらっしゃるのですか? 変な人に目を付けられたりしましたか?」
「そ、そんなことはないよ!」
どこか慌てた様子の小野寺さんだった。
なにか隠しているのだろうか?
「ですがそんな明らかに隠れて……あれは……」
万里花の視線を辿ると、そこにいたのは楽と桐崎さんのペアだった。
彼らもこの祭りに来ていたらしい。
「……隠れなくてもよいのでは?」
「ふ、2人の邪魔したらアレだなぁ……って……」
彼女たちは2人の関係が偽者だと知らないんだっけか……?
いや、どっちにしろ2人でいる間に入っていくのは少し勇気がいるよな。
小野寺さんが隠れたくなる気持ちが少しわかる。
「ふむ。ではみんなで合流しちゃいましょうか」
ぱん。と手を叩いて万里花がそう提案した。
……まぁ、確かに1人で声を掛けるより3人で行った方が行きやすいが……。
「え、でも悪いよ。万里花ちゃんたちも……その、デートしてたわけだし……」
俯きながらぼそぼそと小野寺さんが何か言っている。
万里花が視線を合わせて来たので、軽く頷く。
「私たちは折を見て抜け出しますから気にしないでください」
と、万里花が小野寺さんの返事を聞く前に、彼女の手を取る。
そしてそのままずんずんと楽と桐崎さんの方に進む。
「え、ちょ、万里花ちゃん!?」
「……さて、どう接触しましょうか」
と、万里花が言うので、俺は思いついた事を口に出す。
「だーれだってやってみるか」
「その案頂きです」
即案を採用した万里花がぱっ、と俺と小野寺さんと繋いでいた手を離し、そのまま桐崎さんに突撃した!
「だーれだっ!」
「わわっ!? 何!? 前見えないんだけど!?」
「あははは♪」
慌てふためく桐崎さんを眺めながら、万里花に少し遅れて俺と小野寺さんも楽たちに追いついた。
「お、小野寺!?」
「こ、こんばんは一条くん……」
楽は小野寺さんの存在に驚いて、俺の方には全く気付いていない様子だ。
万里花の方を見ると、万里花が桐崎さんに振り払われて怒られている。
「全くもう! 心臓に悪いったらありゃしないわ!」
「あら、そんなに臆病だとは思いませんでしたわ。申し訳ありません」
「顔が笑ってるわよ」
仲が良さそうで何よりである。
そんなやり取りをした後、万里花が事情を説明し始めた。
それを聞いた楽と桐崎さんは申し出を快諾し、一緒に祭りを周ることになった。
楽の話を聞くと、今日は彼の実家の人たちが屋台を結構出しているらしく、楽が居ればその屋台は
しかし、そう言われても俺は申し訳ないのでお金は払うつもりでいた。
が、楽に気にするなと押し切られてしまい、屋台巡りは無料で行く事になってしまったのだった。
「……金魚掬いって、有料でも無料でも結果は変わらないんだな」
「……私たちが下手なだけですけどね」
「一条くん上手だね……!」
金魚掬いの屋台では、楽以外は1匹も取れず全滅していた。
一方、楽は桐崎さんの破れたぽい*1で金魚を何匹も掬っていた。
しまいには、錦鯉(!?)まで破れたぽいで掬ってしまう始末。
錦鯉って……いや、身内の屋台だからなんでもあり……なのか?
「まっ! こういうのは家でいくらでも練習できたからな。言っておくが縁日での俺は無敵だぜ……?」
「……そこまで言われると勝ちたくなるな」
余裕そうな顔で言う楽に対抗心が沸く。
しかし、そうなるとどの屋台で勝負したものか。
金魚掬いは絶対勝てないし(1匹も取れないので)、射的などの屋台でも勝つのは難しそうだ。
……勝てる可能性があるのは、運任せなくじ引きくらいだろうか……?
「一条さんに正攻法で勝つのは難しそうですね。……勝負の間、ハンデとして一条さんに千棘さんと小咲さんが抱き着くというのはどうでしょう?」
万里花が桐崎さんと小野寺さんに目線を送りながらそんな提案をする。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった2人はきょとんとして、
「は、はぁっ!? なんで私たちがそんなことしなきゃいけないのよ!」
「え、ええっ!!? そ、そそんなことできないよ!」
2人共言葉では否定しているが、顔を赤くしながらなので満更でもなさそうに見える。
楽の方を見ると、
「小野寺に抱きつ……!? そ、それはそれで負けてもあり……いやいやいや」
こちらも顔を赤くなりながら必死に自分の欲望と戦っていた。
……幸か不幸かお互いその様子には気付いていないようだったが。
と、そんなやり取りの最中、俺は視界の端に人だかりを見つけた。
「……あっちの方混んで来たな。何かイベントでもやるのかな」
「本当ですね。何が始まるんでしょう?」
「あっ! もうそんな時間か!」
俺と万里花はなんの人だかりかわからなかったが、楽はわかったらしい。
「え、えーと俺ちょっとあそこで買いたい物があって……! ちょっと行って来ていいか!?」
挙動不審になりながら楽が言う。
そんなに慌てているのにこちらを気遣ってか、まだ走り出さずにその場でそわそわしている。
「こっちは気にしなくて大丈夫だ。……だからそんな我慢せずに行ってくれて構わない」
無理矢理合流したのはこっちだしな。
「……では、しばらく別行動としましょうか。あの人だかりの様子なので、大目に時間を取って1時間後くらいにまた集まりましょうか」
「わかった! それで頼む! 携帯持ってるよな? 後で連絡するわ!」
「ちょ、アンタが居ないとタダで買い物できないんだから私も行くわよ!」
……と、楽と桐崎さんはそう言って人だかりに消えていく。
……桐崎さんはお金持ちではなかったっけ?
「……さ、小咲さんもいってらっしゃいな」
「え? 万里花ちゃん?」
「貴女も恋むすびを買いに来たのでしょ? 今なら誰も見てませんわ」
万里花が微笑みながら、小野寺さんを後押しする。
「っ! うん! ありがとう万里花ちゃん! 私頑張ってくるね!」
「いってらっしゃいませ」
ぴゅーっ! と小野寺さんも人だかりに消えていった……。
「本田。葉月。私の友人を手伝ってあげなさい」
「「御意」」
ばばっ! と影が超スピードで人だかりに向かって消えて行った。
「……は?」
……周りの人たちは気にしている様子は無いが、今の動きおかしくなかったか?
いや……、まさか今の動きに気が付いていないとか……か?
「ふふっ。2人きりですね♪」
そんな俺の心の動揺を知りもしない万里花が笑顔で腕に抱き付いて来た。
……まさか小野寺さんを見送ったのもこの為とか……?
「わっるい奴!」
楽たちと別れた後、射的、くじ引きと屋台を巡り、今は2人並んでカキ氷を食べていた。
「おいしいですわね」
「ああ。暑い中食べるといつもより美味しく感じるな」
と、それから会話をすることもなく、俺たちはかき氷を食べる事に夢中になった。
…………。
「はっ! 蓮様にあーんして差し上げる予定でしたのに、忘れていましたわ!」
「……それは忘れていてくれてよかったな」
2人きりならまだしも、周りにこんな人がいる状態でそんなことをするのは……ちょっと恥ずかしい。
「う~っ! 折角蓮様とは別の味のカキ氷にしましたのに……。はぁ……残念です……」
「そこまで落ち込むことか……?」
とても落ち込んでいる万里花のカキ氷容器を奪い、会場に設置されているゴミ箱に捨てる。もう少しでゴミが溢れそうだ。
……凄く落ち込んでいる様子の万里花を見ていると、なんだか悪いことをした気になってくる。
次に何か食べる時はあーんしてあげた方がいいだろうか……。
「えーと、次はどこ行こうか?」
「そうですね……。そろそろ一条さんたちと合流しましょうか?」
「……いいのか?」
「ええ。もうすぐ時間もいいところですし……、これは?」
万里花が何かを見つけ、その場に屈む。手に取ったのは、
「お守り?」
「ええ。しかも恋むすびのお守りですわ。……誰かが落としてしまったんでしょうね」
万里花が持つお守りには、鈴が2つ付いており、真ん中に堂々と恋むすびと書いてあった。
……なんか、あまり効果が無さそうに感じた。
「どうしましょうか? 届けるにしても……どこに届けましょう? 警察?」
「祭り会場にある事務所でいいんじゃないか? 迷子とか預かってくれるとこ」
「なるほど。では、一条さんたちと合流するのは届けたあとですね」
心なしか、万里花が少し元気になったように感じた。
……一条たちには悪いが、合流したらそのまま別行動を続けるようお願いしようかな。
「確か事務所はあっち――痛ッ!!?」
――と、歩き始めようとした瞬間。俺の後頭部に何かがぶつかったような衝撃。反射的に
「ネコ!? 蓮くん大丈――」
前のめりに倒れそうになった俺を、万里花が支えてくれようとした。
そして、俺も万里花を押し倒してしまわないようその場に踏み止まろうとして、
『………………』
至近距離で万里花と視線が合った。
……それに、鼻先がぶつかってるし、唇にも柔らかい感触が……。感触がっ!!?
「……!」
数歩下がり、万里花と距離を取る。
え?
そ、そういうことなのか……?
接触してしまったのか……?
「ま、万里花……?」
万里花は呆然とした様子で、自分の唇を指でなぞり、なぞり、そして、
「ご、ごご……!」
段々と顔が赤くなっていく万里花。
不意な事故で、彼女になんと声を掛ければいいのかわからない……。
それでもなんとか弁明しようと、口を開く寸前、
「ご、ごきげんよう~~~!!!」
「……え」
ばびゅん! と、先ほど見た本田さんたちの動きと同じくらいのスピードで万里花が逃げ出した。
「…………」
咄嗟の出来事で、万里花を追い駆けるという選択肢さえ頭に浮かばなかった。
ぽつん、と一人取り残された俺はその場に佇むのであった。
いつの間にか、万里花が持っていたお守りはネコが咥えてどこかに持っていった。