回復チートでニセコイに転生   作:交響

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謝罪。今回から3人称を取り入れることにしました。
ちょっと長めです。


14話

 

 縁日の出来事から3日経った。

 それは万里花と連絡が取れなくなってから3日経っていることを示していた。

 正確に言うと取らなくなってから。というのが正しいが。

 

 

「……」

 

 

 自宅の床に寝転びながら、携帯画面を見る。

 そこには今までの万里花とのやりとりが表示されていた。

 改めて見返すと、連絡先を交換してからほぼ毎日なにかしらやりとりをしている。

 何をしてますか? とか、ちゃんとご飯食べてますか? などのメッセージをぼんやりと眺めながら一息つく。

 

 

「……参ったな」

 

 

 おこがましいかもしれないが、ここ数日連絡をとっていないだけで寂しさを感じてしまっていた。

 それならさっさと連絡を取ればいいと思うかもしれないが、その勇気があればここまで悩むことはない。

 事故とはいえキスをしてしまったあの日。

 正直なところ、あの時は不意打ち気味たこともあって、唇に柔らかいものがぶつかったな。程度の感覚しかなく、俺自身はこれといって嫌な感情は抱いていなかった。

 が、万里花の心情を考えると如何(いかが)なものだろうか。

 

 

「最悪だよな……。最初が事故ちゅーって最悪過ぎるだろ……」

 

 

 あー、うー、とうめき声を上げながら床をゴロゴロと転がる。

 何事も最初は肝心。と言うし……、最初? 最初だよな……?

 

 

「……」

 

 

 ……事故の原因はおそらくあの(とき)万里花が持っていた恋むすびだろう。

 原作にあったエピソードでも、縁結び系のアイテムは凄まじい効果を発揮していたのをなんとなく覚えている。

 アイテムに関わりさえしなければ影響はないと思っていたが、考えが甘かった。

 

 そんなことを考えながら携帯に文字を入力する。

 迷っていても仕方がないので、勇気を出して行動することにした。

 下書きだけのつもりなので、そこまで緊張はしない。

 

 

「…………話したい。……いや、会いたい?」

 

 

 仰向けのまま、文字を入力して消してを繰り返す。

 万里花と連絡先を交換するまで携帯でやりとりをする事がほとんどなかった為、まだ文字を打つ速度が遅い。

 もういっそのこと電話を掛けてしまおうか。いや、それなら会う約束をして直接話した方が――。

 

 

「あいたっ!?」

 

 

 手を滑らせて携帯を顔面に落としてしまった……。

 ぶつけた箇所を手で触りながら、携帯を手に取り……。

 

 

「あっ」

 

 

 そこには万里花に向けて送信されてしまったメッセージが表示されていた。

 内容は『会いた』の3文字だけ。

 顔面に落とした衝撃で、奇跡的に送信ボタンが押されてしまったようだ。

 慌てて削除しようとするも、無慈悲に表示される既読の文字。

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 

 なんということだ。これが『あうえ』などといった滅茶苦茶な文章であればまだ誤魔化しようがあった。

 しかし、これでは会いたいというのがストレートに伝わってしまう。

 まだ会いたい理由も場所も時間も何も考えていないというのに!

 

 

「ど、どうすれば……」

 

 

 既読の文字が付いたということは、万里花が会いたのメッセージを読んでいるということ。

 ここで時間を掛けるのは悪手!

 しかし、次にどう言葉を送ればいいのか。今まで散々迷っていたのにこの短時間で内容を考えるというのは――。

 

 

『申し訳ありません。今はお稽古の時間なので、すぐに会うことができません』

 

 

 携帯が震えて、そんなメッセージが返ってきた。

 ……なるほど。稽古の時間か。

 それなら仕方ないな。いや、内容を考えなくて済んでほっとしているわけでは――。

 

 

『夕方に、私の家でなら可能です。どうしますか?』

 

 

 …………。

 

 

『おねがいします』

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 

「いや、どうしよう……」

 

 

 うじうじ悩みながら、若干猫背で歩く男。倉井、蓮……。

 約束の時間まで余裕があるので、万里花の家までの道を遠回りで進みながら、色々と考えを巡らす。

 そもそも初めてのことばかりで、なにが正解か微塵もわからない。

 初めてのキスに初めての事故キスにその後の気まずい対応とか……。

 とはいえ、誰かに相談できることでもないので、自分でどうにかするしかない。

 

 

「のど渇いた……」

 

 

 緊張が原因だろうか。

 時間的に余裕はあるので、近くのベンチで休憩しながら話す内容を少し考えてみることにした。

 自販機で適当に飲み物を買いベンチに座る。

 

 一口飲んで大きく息を吐く。

 まず、万里花に会って最初にするのは謝罪でいいのだろうか? 

 傲慢屑野郎みたいな考え方から始まったわけだが、これには理由がある。

 ありがたいことに、万里花は俺のことを好きだと言ってくれている。それに対して俺は好きがまだわからないから待って欲しいとお願いしている立場だ。

 そんな俺が謝罪をする。というのは、万里花の気持ちを拒否しているように取られないだろうか。

 そもそも……。

 

 

「……いくか」

 

 

 

 

 

 数日振りに訪れる万里花の家は、夕暮れの景色も相まってラスボスが住む城のように見えてきた。

 対する俺は武器なし防具なしの魔法あり(回復専門)で、勝てる気がしない……!

 いや、耐久性能は高いのだからいつかは勝てる。つまり、この(いくさ)負けることはないっ!

 わーはーはーは――。

 

 

「すぅーー。ふぅーー」

 

 

 深呼吸。

 落ち着け。大丈夫だ。

 会話の初っ端から祭りの話題になる可能性は低いと見る。

 

『よくも顔を出せましたね。ぶちのめして差し上げますわ!』

 

 なんていきなり万里花が言うとは想像もつかない。

 もし言われたら一周回って笑ってしまいそうだ。

 面白い妄想をしたせいで、自然と口角が上がる。いい感じに緊張が少し解れた気がする。

 ロビーに入る。人影はない。

 一息ついて呼び出し口に向かう。

 ……万里花の家って、1フロア全部なんだよな。どの部屋を呼び出せばいいのだろうか。

 ――と、迷う素振りを見せる間もなく、エレベータのドアが開いた。

 

 

「……乗っていいんだよな」

 

 

 返事は戻ってこないが、タイミングからして大丈夫だろう。

 落ち着いた風を装ってエレベータに乗ると、階を指定する間もなく動き始めた。

 最上階まで時間が掛るだろう、と油断してはならない。

 最新式のエレベータは速いし音も静かなのだ。

 

 

「お待ちしてましたわ」

 

 

 ……このように。

 

 

「あっ……、ひ、久しぶり……」

 

「はい。お久しぶりです」

 

 

 微笑む万里花の笑顔は、いつもと同じように見える。

 それとも燃え盛る怒りをその笑顔の裏に隠しているのか――!

 ごくりっと唾を飲む。

 

 

「えっと、その――」

 

「お夕食の準備ができてますわ。行きましょ?」

 

「え?」

 

 

 自然な動作で万里花に手を引かれ、エレベータの中から連れ出される。柔らかい。

 

 

「ちょっと待って。夕食って、ご飯?」

 

「フフっ。そうですわ。ご飯です。あ、もしかしてもう食べてしまわれましたか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 

「なら問題ないですわね」

 

 

 ご飯か麺かとか聞きたかったわけではなかったのだが……。

 家に来て早々にご馳走になるって、飯を集りに来てるみたいだ。

 ……ご飯を頂いてる最中に祭りの話はできないな。

 食べている最中に気まずくなりそうな話題はできれば話したくない。

 

 

「今日はお魚を焼きました! ……お魚、食べれますか?」

 

「美味しく食べれます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魚料理の時は基本的に黙ってしまう性分だ。

 特に骨を取っている時など、空返事になってしまいがちだ。

 美味しい美味しい、と食べる合間に万里花に伝え、それ以外はほとんど黙って食してしまった。

 万里花の方も同じ気質なのか、俺の様子を察してくれたのか言葉数が少なかった。

 

 

「皿洗う」

 

「いえ、少し浸けてからのが良いので、後で大丈夫ですよ」

 

「あ、はい……」

 

 

 万里花はてきぱきと食器を片付けている。

 動きが俊敏すぎて手伝おうにも手が出せない。

 結果、中途半端に立ち上がり座りなおすという不審な動きを繰り出すだけになった。

 

 

「お待たせしました」

 

「うん……うん!?」

 

 

 片付けを終えた万里花が隣に座る――かと思いきや、向き合う形で俺の太ももに座った。

 当たり前のように座られて反応が遅れた。

 なぜ座られたのかも気になるが、万里花との距離が近過ぎてそれを気にする余裕がない。

 

 

「……近くないか」

 

「近いです?」

 

「近い……よ?」

 

 

 上手く表現できないが……、蠱惑(こわく)的とでも言えばいいか、普段とは違う笑顔に視線が引きよせられる。

 万里花は戸惑っている俺を余所(よそ)にじわりじわり、とさらに近付いてくる。

 

 

「ま、万里花?」

 

「……」

 

 

 声を掛けても万里花は止まらない。

 ……え、どうすれば? 押し止める?

 そもそも何が目的で? 無言で近付いてくるようにことの意味……て。

 考えはじめたら原因は祭りの1件しかないことに思い至ってしまった。つまり――。

 と、そこまで考えた瞬間。万里花がゆっくりと俺に向かって倒れ、そのまま胸に頭を預けた。

 

 

「良かったです」

 

「……えっと、なにが?」

 

「嫌われてなくて」

 

 

 嫌われてなくて?

 どちらかというと、嫌われるのだったら俺の方だと思っていたが……。

 万里花が背中に手をまわす。ほとんど力の入ってない抱擁だった。

 

 

「私、あの後すぐ逃げちゃいましたから」

 

「……ああ」

 

「だから、良かったです」

 

 

 ……こんな思いをさせてしまっていたのか。

 こんなことならさっさと連絡してしまえばよかった。

 俺も悩んでいたが、万里花の方もこんなに不安になっていたなんて思いもよらなかった。

 考えの浅い自分に心底腹が立つ。

 

 

「万里――」

 

 

 呼びかけている途中で、ぐぐっと押され、座っている状態から仰向けの状態にまで押し倒された。

 体勢が変わったことで身体のほとんどが触れ合っている。

 不思議と、興奮よりも安らぎに満たされていた。

 ゆっくり、包み込むように万里花の背に手を回した。

 

 

「私、成長しているんですよ。()()()

 

「……ん」

 

「ふふっ。()()()。……はい。もう恥ずかしがらずに呼べるようになりましたよ?」

 

「……それは……、ありがとう」

 

 

 様付けされるほど大層な人間ではないので、様付けがはずれるのは正直嬉しい。

 立場を考えれば、俺の方が万里花様と呼んだ方がしっくりきそうだが。

 ……万里花はなぜかそっぽを向いている。

 

 

「蓮くんはどうですか……?」

 

「俺は……」

 

「再会してから3ヶ月くらいですね。どうです? 少しは私のこと好きになってくれましたか?」

 

 

 ゆっくりとした動きで登って来た万里花と視線が合う。

 密着している状態であった為、必然的に顔と顔の距離も近くなる。

 どう思っているか。少なくとも好ましく思っていることは間違いない。

 それが――。

 

 

「……空気の読めない電話ですわね。私に気にせず出てください」

 

 

 万里花はそう言って身体を離した。

 俺の携帯に着信が入ったのだ。

 

 

「蓮くん? 電話ですよ?」

 

 

 ……この着信音は。

 

 

「……どう、されたのですか?」

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

「本当にごめん。万里花。謝って許されることじゃないのはわかってる。だけど、家に戻らなきゃいけなくなった」

 

「は、はい。わかりましたわ。それで、電話の方は出なくてよろしいのですか?」

 

「……この埋め合わせは必ずする。ごめん!」

 

「れ、蓮くん!?」

 

 

 万里花の言葉を半ば無視するような形で、蓮は逃げ去るように部屋から出て行った。

 蓮の普段とは違う様子に気を取られ、万里花が引き止める間もなかった。

 

 

「一体なにが……」

 

 

 原因は考えるまでもなく、あの電話なのだろう。

 蓮は電話に出ることもなく家を出て行ったので、考えられる相手は――。

 

 

「本田。蓮くんの後を追ってくれますか」

 

 

 ………………。

 

 

「……最初から居なかった。それとももう追っているか……」

 

 

 うーん、と首を傾げながら迷った末。万里花は電話を掛けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、蓮は万里花の家を出てからまっすぐ自宅を目指していた。

 全力で走り、息が切れる前に回復(チート)で体力を戻し、常に全力の状態を維持していた。

 ――どうして今のタイミングなのか。

 恨みがましく思いながらも、電話が来たからには蓮は戻らなければいけない。

 アパートの階段を駆け上がり、自宅のドアノブを捻る。

 出掛ける前に鍵はかけていたが、今は開いているはずだ。

 部屋に入った瞬間、蓮は家の中にいた男に蹴り飛ばされた。

 

 

「遅い」

 

 

 そこにいたのはスーツ姿の男だった。

 髪をバックで纏め、これ見よがしに付けられた高級腕時計といった風貌から、できる男といった印象を抱かせる。

 

 

「……靴履いたままかよ」

 

「私が借りている部屋だ。何か文句でも?」

 

 

 スーツ姿の男――蓮の父親は革靴を脱がずに部屋に佇んでいたのだった。

 今は壁に背を預け、蓮の方を睨み付けている。

 

 

「床が汚れ――ッ!」

 

「口答えするな」

 

 

 なにか武術をかじっているようで、滑らかな動きで繰り出される蹴りに蓮は対応できない。

 部屋に転がる蓮を見て気が済んだのか、男はフンッと鼻を鳴らす。

 やっと本題に入るらしい。

 

 

「お前みたいな()()()がどんな方法で警視総監の娘に取り入ったのか興味はあるが、まぁいい。良くやったと褒めてやるよ」

 

「……は?」

 

「先日警視総監がわざわざ挨拶に来てくださってな。お前の話を聞いた時はそれはもう嬉しかったよ。なにせ合法的に倉井家から追い出せる提案をしてくださったのだからな」

 

 

 蓮の父親は検察官であった。

 そのため、警視総監である橘巌がコンタクトを取ることができたのだ。

 蓮は父親の職業を知らないので、橘家の凄い諜報能力で特定したと思っている。

 

 

「……それで、妙に協力的だったわけか」

 

「その通り。お前と警視総監の娘の関係がどうなろうが私に取ってはどうでもいい。が、()()()()()にとって汚点であるお前が居なくなるのはとても、とても好ましい」

 

「我が? あんたにとってじゃないのか?」

 

 

 男は無言で蓮に平手打ちを食らわせた。

 

 

「……痛いんだけど」

 

「ふん。すぐ治るから構わんだろう?」

 

 

 吐き捨てるように男は言った。

 

 

「……」

 

「お前のせいでどれだけ私の人生が狂ったか。生まれた子はお前みたいな化け物で。そいつのせいで妻の精神もおかしくなってしまった!」

 

「……正常(けんこう)になったんだろ」

 

「黙れ。お前がおかしな力を使わなければあの女は私に従順なままでいたんだ。私にとってお前は疫病神でしかない」

 

「……」

 

「お前をこうして育ててるのは外聞(がいぶん)に関わるからだ。だから高校の金も払ってるし、大学に行くならそれも出してやる。だから婚約したら2度と倉井の姓を名乗らないでくれたまえ」

 

「……それが、言いたかっただけか」

 

「大事なことだ。私はお前と違って忙しいんだ」

 

 

 乱れた服装を直しながら、男は立ち去る準備を整える。

 

 

「引越しの提案もあるんだってな。出て行くなら一報入れろ。引き払いの手続きはこちらで済ませる」

 

 

 そう言い残し、男は本当に家を出て行った。

 5分程――蓮は床に転がったまま宙を眺めていた。

 そして蹴られて傷付いた部位を治していく。

 

 

「……絶好調の、健康体だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 汚れた床を見ていると不快な気持ちになる。かといって今から掃除をするという気分にもなれなかった。

 特に目的地を決めることもなく家を出た。あんなことを言われる為だけに呼び出されたのかと思うと、やるせなさを感じずにはいられなかった。

 どうして必死に家に戻ったのか、自分でもよくわからなかった。

 父親と会うのが数年振りだったからだろうか。

 でも彼と関係が悪いことは百も承知していたことだ。

 時間が経ったから少しは関係が変わっている、とでも心のどこかで期待していたのだろうか。

 

 

「……」

 

 

 無意識に人通りの少ない道を通っていたようで、滅多に人の来ない公園にたどり着いていた。

 どうして人が来ないのかを知っているかというと、以前にも同じように来たことがあるからだ。

 その時はどうして訪れたのだったか……。

 

 ベンチに腰掛け夜空を眺める。腹が立つくらい晴天で、自分の気分との落差で余計イライラした。

 公園の中にあるのはブランコと滑り台。それと無造作に生えた木があるだけで、街灯も少ないので薄暗く、人によっては薄気味悪く思うかもしれない。

 もうすぐ深夜といった時間帯のはずだが、夏真っ盛りの今は寒さを感じさせなかった。寒さで風邪を引いてもすぐ治るが。

 

 夜空を眺めて数分。気分は良くなるどころか、もやもやとした感情が強くなっている。

 イライラする度に回復(チート)を使ってもまるで収まらない。精神的にも効果はあるはずなのだが……。ついに特典もおかしくなったか。

 

 

「……万里花に会いたい」

 

 

 思わず口に出して――駄目だと首を振る。

 何故か自分は万里花の近くにいると心が穏やかになる。

 けれどそんな理由で会いたいなんて、都合の良い扱いはしたくない。

 息を吐いて、脱力する。

 

 

「はい。呼ばれて参上! 万里花です!」

 

 

 …………?

 視線を下にやると、片手を前に突き出し妙なポーズを取ってる万里花がいた。

 

 

「なぜ……」

 

「……()えて明るく振舞ってみました。あまり効果はありませんでしたね」

 

 

 混乱してる俺を余所に、万里花は隣に密着する距離で座った。

 身体の温かさを感じる。そこで自分の身体が思った以上に冷えていたのを実感した。

 

 

「どうしてここが?」

 

「どうしてもこうしてもありませんわ! 蓮くん! 私怒ってますのよ」

 

 

 左腕を掴みながら睨み付けてくる万里花に、後ろめたさを感じながらも視線を逸らした。

 

 

「……さっきはいきなり出てって悪かった」

 

「違います! 私に会いたいとおっしゃるなら、どうして連絡してくださらないのですか!」

 

「だって……」

 

 

 ……あまりにも自分勝手な都合だったから。

 

 

「だってではありません。言い訳は家で聞かせて貰いますわ!」

 

 

 ぐいっと、左腕を抱えられたまま立ち上がらせられ――。

 

 

「え? 今から? 明日とかのが……」

 

「今日も明日も同じですわ。埋め合わせは、必ずしてくださるんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 優柔不断で、何事も決めるのに時間が掛る俺は、万里花の強引さにとても助けられている。

 公園からの移動は、近くに停めてあった車で行われた。

 

 

「では、まず温まりましょう」

 

 

 マンションに戻って最初に言われた言葉がこれだった。

 万里花曰く、話し終わったあとは疲れてすぐに眠りたくなるだろうから、その前にやるべき事はやっておこうということだった。

 自然と泊まる事になっているが、俺も今日は家に帰りたいとは思わないので、その厚意に甘えることにした。

 1フロア借りているだけあって、浴室もそれぞれの部屋にあるらしく、どちらが先に風呂に入るかなどという揉め事になることはなかった。

 2つの浴槽を暖めるなんて、やっぱり金持ちのやることは違うな。

 

 

「風呂に浸かるなんて久しぶりだな……」

 

 

 普段はシャワーで済ませているので、最後に入ったのは林間合宿の時だろう。

 折角用意して貰ったので、しっかり味わうことにした。

 肩まで入ると暖かさで頭がぽーっとする。久しぶりの入浴だから、暑さの耐性が低くなっているのだろうか。

 長く入ると逆上せてしまいそうなので、それなりの時間でお湯から出た。

 ……しっかり味わってはいないな。

 

 風呂場を出て体を拭き、事前に渡された服に着替える。

 丁度良いサイズの寝巻きだった。何時(いつ)の間にサイズを測ったのだろう?

 何時(なんじ)にどの部屋に集合しよう――などと約束はしてないので待っていることにする。

 手当たり次第に部屋を訪ねるという方法もあるが、万里花が着替えの途中でしたなんて状況もありうるからだ。

 

 少し時間が経つと、予想通り万里花が現れた。

 寝巻き姿の万里花の姿は、風呂上りのせいかどことなく色気を感じる。

 

 

「お待たせしました。……寝巻きのサイズは……大丈夫みたいですね」

 

「丁度良いサイズで驚いてる」

 

「要望があれば遠慮なくおっしゃってくださいね?」

 

「……うん」

 

 

 これだけ手厚くしてもらって、さらに物を頼む度胸はないかな……。

 

 

「……頭がまだ濡れてますね。ドライヤーの場所わかりませんでした?」

 

「あ、いや。いつも自然に乾くまで起きてるから」

 

「なるほど。でしたらお任せください」

 

 

 素早い動きでドライヤーの用意をする万里花。

 そしてちょいちょい、と手招きしてくる。

 

 

「ドライヤーの使い方くらい知ってるぞ」

 

「まぁまぁ。私に任せてください」

 

 

 結局、万里花の押しに負けて乾かして貰うことに……。

 椅子に座らせられ、万里花は背後でドライヤーを構えて立っている。

 ……なんだろう、想定以上に恥ずかしくてムズムズして来た。

 

 

「もうっ。頭動かさないでください」

 

「う……ごめん」

 

「♪」

 

 

 優しい手付きで髪を梳かされながら、ドライヤーをかけられる。

 

 

「……なぁ、そんな丁寧にやらなくても良いんじゃないか?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「ほら、あの温風でぶわーってやるだけじゃ駄目なのか?」

 

「駄目です」

 

 

 ……早く乾かないかな。

 

 

 

 

 

 

 

「明日も天気良いみたいですね」

 

「……そうみたいだな」

 

 

 横並びで座りながらテレビを見ていた。

 内容はニュース番組で、今は天気予報のコーナーになっていた。もう大体20分以上は見ているような気がする。

 ……なにやってんだろ。

 万里花が頭を乾かしてくれた後、特に会話もなくテレビを見始めたので、それに(なら)い俺も隣に座った。

 後はニュースの感想を言う万里花に相槌を打つくらいで、今日あった出来事について話すことはなかった。

 ……聞かないのだろうか。そもそも俺は話を聞いて欲しいのだろうか。

 

 

「さて、そろそろ寝ましょうか」

 

「え? ……あ、ああ。そうだな」

 

 

 唐突に言われ、少し反応が遅れる。

 今までの時間は身体の熱を下げるために待っていたということだろうか?

 

 

「えっと、俺はどこ使って良いんだ?」

 

「ちゃんと案内しますから。ご安心ください♪」

 

「あ、いや急かしたわけじゃなくて……」

 

「ふふっ。そんな慌てなくて大丈夫ですわ」

 

 

 同い年の女の子に家に泊まるという事で、緊張はしているがそれほどではなかった。

 なぜなら万里花の家は1フロア全てで、寝るとしても隣の部屋ではなく隣の家という状況になるからだ。

 さすがにそこまで離れていれば、緊張からは遠ざかる。

 

 

「はい。こちらにいらして下さい」

 

「……嘘でしょ」

 

 

 隣の部屋どころか隣のベッドですらなかった。

 ()()()()()()()()()

 

 

「いや、ちょっと待って」

 

「大丈夫です。お父様も今日は帰って来ませんから」

 

 

 それはもっと大丈夫じゃないのでは……。

 俺の混乱とは反対に、万里花は冷静な様子でベッドの隣を叩いている。早くこっちに来いという合図なんだろう。

 

 

「……本当に?」

 

「はい。枕もちゃんと用意してますよ」

 

 

 枕元を見ると、言葉通り2つ枕が用意されていた。

 その様子から最初からこうする気だったというのがわかる。

 

 

「……」

 

 

 ゆっくりベッドに近付き、おそるおそる布団に入る。

 ……近い。近すぎる。こんな距離で寝れる気がしない。

 

 

「え」

 

 

 万里花がいきなり首に手を掛けて来た。

 そうして、その勢いのまま布団に押し倒される。

 両腕で抱きしめられながら横になる。丁度、万里花の胸に顔を押し付けるような形になっている。

 

 

「あぅ、え?」

 

「電気消しますね」

 

 

 言葉通り部屋の電気が消える。

 

 

「いや、ちょ――」

 

「んっ。あんまり動かないでください」

 

 

 ――硬直。俺は石になったつもりになった。

 顔に当たる感触はとても柔らかい。つまり、その――。

 

 

「この距離なら、こんな小声でも大丈夫ですよ。……聞こえますよね?」

 

「聞こ……える」

 

 

 囁くような声であったが、問題なく声は届いていた。

 吐息すら感じるような距離だから……。

 

 

「あの、万里花。俺は男なんだけど」

 

「はい。知ってますよ」

 

「……襲われるとか思わないのか?」

 

「……。そんな元気がおありなら私も安心なんですけど。……ありますか?」

 

 

 …………。

 

「――――ない」

 

「やっぱり。私はあのあと蓮くんに何があったのかは知りません。でも、悪いことが起きたのはわかります」

 

「……ああ」

 

「だから、話したかったら聞かせてください。話したくなかったらこのまま眠ってください」

 

「……腕、痛いだろ」

 

 

 ……どちらにしても、腕枕された状態でいるというのはちょっと。

 

 

「枕の間ですから平気です。それに、一晩くらい耐えて見せます」

 

「……どうして」

 

 

 どうしてここまでしてくれるんだ。

 わからない。本当にわからない。言ってしまえば彼女との関係は他人なのに。

 ……もう全部言ってしまおう。

 これで万里花が離れるなら、それはそれで良い。

 隠し事はもうしたくない。

 

 

「……万里花。聞いてくれるか」

 

「はい。なんでも聞きますよ」

 

「――俺は、前世の記憶があるんだ」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 蓮は全てを万里花に話すことにした。

 前世のことからこの世界に産まれてからのことも。

 蓮の声が緊張で震えても、万里花は頭を優しく撫でるだけで何も言わずに聞いていた。

 万里花のことを知ったのは前世にあった()()であったこと。

 親の暴力が原因で息絶えたこと。

 怪我をすぐ治せるようになりたくて、回復の力を手に入れたこと。

 万里花の病気を治したのは思いつきであったこと。

 今世(こんせ)の両親の関係悪化の原因になっていること。

 

 ――話して、話し終わって。緊張で蓮の身体が震えてきた。

 なにを言われるんだろう? 突き放されてしまうだろうか、と怖くて万里花の顔を見れなかった。

 

 

「……それ、蓮くん悪くないですよね」

 

「……?」

 

「お母様を治した蓮くんは悪くありません。精神的に人を追い詰めて従順にしたてあげて、それを治されて逆切れなんてイカれてますわ」

 

 

 両親の話だ。

 蓮の父は上昇志向のエリートで、常に完璧を求める男であった。

 であるため、自分のパートナーに求める理想も極めて高いものになっていた。

 その結果、男は理想の相手を見つけられないまま年月を過ごし、婚期が気になり始めたので妥協することにした。

 そこで選んだのが容姿だけは良い女――今世の蓮の母であった。

 男は最初だけ甘い姿を見せ、結婚した後は暴力で支配する典型的なDV男で、それは蓮が産まれるまで続いた。

 

 転機は蓮が幼稚園に通えるようになってから訪れた。

 男は子供が産まれてからは、子供の前では暴力を振るうのを自重していた。

 しかし切っ掛けは些細なものであったが、つい我慢し切れずに蓮の前で母親を蹴り飛ばしてしまったのだ。

 そして、それを見た蓮が母親を癒してしまい、女は身体も心も正常になってしまった。

 その結果。支配されていた自覚の戻った女は離婚を決意。暴力男の子供を手放し、大量の示談金を貰うことで今までのことは黙るという契約に基づき、家を出て行った。

 その後、男は蓮の特異能力を世間に公表した時のメリット、デメリットを考え、男にとってデメリットが多かったため、公表を避けたのであった。

 男は蓮が原因だと思考を刷り込むことで、自分の悪評が世間に出回ることを阻止していたのであった。

 

 

「蓮くんは悪くありません。間違っているのは男の方です。間違いありません」

 

「でも、生まれたのが俺じゃなかったら、上手くいってたかもしれないだろ……」

 

「良いですか。蓮くん。例え、産まれたのが貴方ではなく別の子だとしても、男のやったことは犯罪です」

 

「でも、殴ることくらい()()にあるだろ……?」

 

「…………」

 

 

 無言で、蓮が抱きしめられてる力が強くなる。

 普通に呼吸していいか迷うレベルで密着しているので、さらに近付くとなると呼吸自体を躊躇うようになる。

 蓮はちょっと息苦しかった。

 

 

「……理由もなく家族に暴力を振るうのは普通とは言いません。悪い事です。蓮くんは自分の家族ができた時に、同じようにしますか?」

 

「そんなこと! ……。そんなこと、しない」

 

「そうでしょう? ()()はしません。だから蓮くんは悪くありません」

 

「そっ……か」

 

 

 自分は悪い事をしたのではない。という自覚が初めて蓮に生まれた。

 

 

「……あのさ。前世とか、て話。どう思った?」

 

「んー。蓮くんがあるっておっしゃるので、あると思います」

 

「うう……。いや、あるんだけど。あるんだけど……! 気持ち悪かったりしないのか? 万里花は漫画のキャラなんだって言ってるんだぞ……」

 

「ふむ。では、今蓮くんは私のことがキャラクター。意思のない人形に見えますか? その漫画の設定と寸分の違いもないですか?」

 

 

 腕枕をしているのとは逆の腕で、蓮の顎を持ち上げ視線を合わせる万里花。

 どうやったって現実を生きる人間にしか見えない。蓮は恥ずかしくなり逃げたかったが、万里花が許してくれない。

 

 

「ひ、人です! 漫画とは全然違います!」

 

「……ふふっ。なら関係ありませんね」

 

「でも、万里花の知られたくないことも知ってるかもしれないし……」

 

「なるほど。では、私の体重、3サイズなど覚えてますか?」

 

「はぁ!? …………。……なにもわからないけど」

 

「役に立たない知識でしたね」

 

 

 万里花は蓮の頬をぐにぐに押しながら勝利宣言する。

 蓮が知っているのは万里花のおっぱいが大きいということくらいだろう(実感済み)。

 あっさり流されてしまった蓮だが、ある意味万里花の指摘は的を得ている。

 そもそも漫画で万里花が惚れる相手は一条楽であり、その世界に倉井蓮は存在しない。

 この世界に生きる万里花からしたら、漫画の方がパラレルワールドだ。

 

 

「回復は、どう思う」

 

「感謝してます。それがなければ、私がこうして蓮くんと出会えてなかったかもしれませんから」

 

「……そっか」

 

 

 蓮は、回復をしなかったら万里花は一条楽に惚れることになる。という話はしないことにした。

 話をしても、今の私が好きなのは貴方です。昔のことは関係ありませんと言われるだけの気がしたからだ。

 

 

「自惚れじゃなくて、本当にそう言われそうなのがな……」

 

「……? 他になにかあります?」

 

「……えっと、その……」

 

「はい」

 

 

 少し呼吸を整える蓮。

 万里花はその様子を見守りながら、どんな爆弾が飛んできても大丈夫なように用心する。

 

 

「俺は万里花のことが好き。……なんだと思う」

 

 

 好き。と言った後の言葉は小さく、ごにょごにょとした言い方になった。

 

 

「自信がないんだ……。この気持ちが好きでいいのか。()の親はお前のため、好きだから仕方なくって言いながら殴って来たし、今の親だって言葉は言わないけど殴ってくる」

 

「……」

 

「でも、俺はそんなことしたくないし、されたくない。優しくしてる方がいいと思うんだ……」

 

「蓮くんはどっちを普通にしたいですか?」

 

「……優しい方がいい」

 

「はい。私も、そっちの方がいいと思います」

 

  

 そう言って万里花は改めて抱きしめる。優しく、壊れないように。

 蓮もゆっくり、おずおずと万里花の背に手をまわした。

 

 

「……私のこと好きですか?」

 

「……好きだ」

 

「私も大好きです」

 

「……ん」

 

「両思いですね」

 

「……うん」

 

「……恋人同士です」

 

「……そう、なるな……?」

 

「やり直し……要求してもいいですか……?」

 

「っ」

 

 

 やり直し――そう言われて蓮が思い浮かぶことは1つだけだった。

 つい3日前の縁日の出来事なのに、蓮は随分と昔のことのように感じていた。

 頭を少し動かすと、察した万里花が抱擁を()く。

 体勢をずらし、万里花と視線を交わす。今まで見たことないくらい顔が火照っていた。恐らく自分もそうなっているだろう、と蓮は自覚した。

 そうして、万里花は目を瞑った。

 蓮も同じように瞑って、そのままでは位置を調整できないことに気が付いて、目を開けた。

 もう以前と同じような失敗はできない。

 ゆっくりと近付く。馬鹿みたいに心臓がうるさい。腹筋に力を入れてみたり、息を止めたりしても鼓動が収まらない。

 唇と唇が触れるだけなのに、どうしてこんなに緊張するのだろう。

 柔らかい感触を受け、蓮も目を瞑った。

 ただ触れるだけの行為。そこにはなんの策略もなく、ただ愛だけがあった。

 

 

「えへっ。へへ……少し、照れるばいっ」

 

「……。……っ、だな」

 

 

 呼吸を忘れていた蓮は、息を詰まらせながらも返事をする。

 

 

「はあ……。今日は、寝れるでしょうか……」

 

 

 手を両手で祈るように挟んで繋ぎながら、万里花がぽつりと言った。

 

 

「ん……。万里花が隣に居てくれたら寝れると思う」

 

 

 

























































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