回復チートでニセコイに転生   作:交響

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16話

 

 

「蓮くん。蓮くん朝ですよ」

 

 

 眠っているすぐ近くで万里花の声がした。

 次にカーテンが開けられたようで、眩しさに襲われ手で目元を隠す。

 

 

「あ、あと50分ねる……」

 

 

 回復を常用しなくなってから、俺は朝の布団の気持ちよさに気付いてしまい、その結果非常に寝起きが悪くなっていた。

 そんな俺を見兼(みか)ねた万里花が、こうして起こしに来てくれるようになったわけだが、夏休みというのもあって寝起きの悪さに改善の兆しはない。

 

 

「駄目ですよ。今日はみんなで海水浴に行く日なんですから」

 

 

 何時もならあと5分は時間を稼げたのだが、今日は事情が違った。

 そう、今日はみんな(楽たち)と海水浴に行く約束をしているのだった。

 

 

「お……きるぅ……」

 

「はい。お顔洗ってしゃっきとして来てください。朝食の用意をして待ってます」

 

「ふぁい……」

 

 

 実はこうして万里花が起こしに来てくれるようになった経緯は、寝起きが悪い以外にも理由がある。

 引越してきた当初。回復の常用を止めることを決意したが、起床時に使っていた癖が抜けずに何度も誤使用することがあった。

 やめると決意しても普段の癖は中々取れず、特に寝起きだと頭が働かず回復をする癖を止めれないことが続いていた。

 しかし、それは万里花が起こしてくれただけで解決した。

 ……恥ずかしい話ではあるが、俺の優先事項が回復よりも万里花の方が勝っているため、止める余裕が出るのだろう。

 起こして貰うことが自然となるにつれ、寝起きに回復しなければ。という思考が少なくなって来ているので、もう少ししたら起こされずとも回復を使う癖は無くなるだろう。

 洗面台で顔を洗い、着替えを済ませてから万里花の元へ向かう。

 

 

「ジャムいります?」

 

「……いらないかな」

 

 

 丁度(ちょうど)食パンが焼けたようで、皿に乗せられたパンを手渡される。

 マンションに引っ越して来てから、食事はほぼ毎日万里花と食べていた。

 俺の料理スキルが低いのも原因だが、万里花(いわ)く放っておいたら(ろく)な物食べなさそう。という割と辛口な評価をされ、こうして食事の世話をされることになったのだ。

 いずれは料理の腕を上げ、万里花からの食事評価を見直して貰おうと計画してみたりしたが、朝昼晩とお世話になっている現状、料理の腕を上げるのはしばらく掛りそうだ……。

 

 

「海に行く準備は済ませてますか?」

 

 

 万里花からの問いかけ。

 パンの咀嚼(そしゃく)中だったので、飲み込んでから答える。

 

 

「昨日のうちに済ませてる。……てか、万里花も手伝ってくれたじゃん」

 

「いえいえ。私が手伝ったのは持って行く物を確認しただけです。実際に用意したかどうかまでは知りませんよ」

 

「それは……そうかもしれないけど」

 

 

 万里花は心配性だな。

 ……いや、わざと大げさに心配してくれてるだけだろうか。

 

 

「ちなみに、私はまだ持っていく着替えが決まってません」

 

「えぇ……。人の心配してる場合じゃないじゃん……」

 

 

 なぜかドヤっとキメ顔をしている万里花。

 時間的にはまだ余裕はあるが、準備が終わってないなら少し急いだ方がいいだろう。

 

 

「な、の、で。蓮くんが私の服装決めてくださいな♪」

 

「……センスが問われるな」

 

 

 夏服の万里花か……。

 どんな格好でも似合う。というのが恋人としての答えなのだが、選んで欲しいと言われている今は駄目な回答だろう。

 ここはちゃんと選ばないと……! できれば露出控えて欲しいけど、暑いからなぁ……。

 

 なお、服装を選んだあとに海水浴で水着になるので、露出を気にしても仕方がなかったことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……移動が車、てのは慣れないな」

 

「慣れるほど一緒に乗ってないじゃないですか」

 

「……確かに」

 

 

 待ち合わせ場所(海水浴場の近くの宿)までの移動は車で行くことになった。

 バスや電車を使うのとは違い、時刻を気にする必要がないのでとても気分が楽だ。

 

 

「本田さん。いつもありがとうございます」

 

「……仕事ですから」

 

 

 運転手は本田さん。俺と万里花は広い車内の後部座席に座っていた。

 特にやることはないが、隣に万里花がいるので暇になることはない。

 

 

「プールで少し泳げるようになったからな。海でも泳げるか楽しみだ」

 

「プールよりも海の方が浮きやすいんですよ。ですからプールの時よりも上手に泳げるかもしれませんね」

 

「それは楽しみだ」

 

 

 海を見たことはあるが、海水浴は今日が初めてなので気分が高揚する。

 浮きやすい。と万里花は言うがどれ程のものなんだろう。

 

 

「萩庭さんは残念でしたね」

 

「……ああ。じいちゃん()に居るらしいから仕方ないよ」

 

 

 健二のことを苗字で呼んでいたことがほぼなかったので、一瞬万里花が誰のことを言っているのかわからなかった。

 ……思い出せてよかった。

 

 

「そういえば、今日のこと蓮くんはなにか知ってるんですか?」

 

「……ん? なんのこと?」

 

「ほら、蓮くん言ってたじゃないですか。この世界は漫画だ! て」

 

「まぁ、確かに言ったけど。……改めてかっこ付けて言われると恥ずかしいものがあるな……」

 

「ごめんなさいっ」

 

 

 ウィンクしながら両手を合わせて言う万里花。

 ……あざとい。可愛い。好き。

 

 

「それでですね。こうしてみんなで出掛けるってなんだかイベントみたいだなー。って思ったんですよ」

 

「……うん。万里花の言う通り、今回の出来事は本でもあったよ」

 

「やっぱり。なにか覚えてることありますか?」

 

「え? うーん、そうだな……」

 

 

 海水浴に行く話があったのは覚えているが、どんなことがあっただろうか?

 具体的に覚えていることがほぼないので、そこまで重要な話ではなかったと考える。

 

 

「……なにか、て言われても海水浴の話があったなぁ。くらいなんだけど。なんか知りたいことあるのか?」

 

「お話になるってことはなにか起きると思ったんです。海といえば溺れたり流されたりと危険なイベントも多いじゃないですか。ですから、事前にあることを知ってたら防げるんじゃないかと」

 

「……確かに」

 

 

 なんて良い原作知識の使い方だろう。その場の空気に流されることが多い俺はそんなこと思いつきもしなかった!

 ……ま、まぁ原作でそんな命の危険があった話がないからだろう。多分……。

 

 

「具体的には覚えてないけど、万里花が危惧するような出来事はないはずだ」

 

「それはよかったです。なら、蓮くんが溺れないように気をつけないと、ですね」

 

「……気をつける」

 

 

 それにしても、よく万里花は漫画の世界(このこと)を信じてくれたよな。

 もし俺が前世で他人にこの世界は漫画の世界なんだ。と言われても与太話としか思えなかっただろう。

 ……ほんと、ありがたい話だ。

 

 

「……? どうしました? そんなに見つめて」

 

「えっ!? あ、いや……」

 

 

 そんなに見ていたつもりはなかったのだが……。

 ……素直に見つめていただけって言うのは、ちょっと照れくさいな……。

 

 

「あっ! そう、ひとつ今回のことで思い出したことがあって」

 

「なるほど。ふふっ、なんですか。教えてくださいな」

 

 

 ……誤魔化したのがバレてそうだが、気にせず続きを言う。

 

 

「キムチ」

 

「…………キムチ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 蓮と万里花が集合場所に到着すると、そこでは既に楽たちが待っていた。

 

 

「遅れた?」

 

 

 と蓮が訊ねると、

 

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

 俺たちも着いたばかりだ、と楽がフォローした。

 全員が集合したことにより、早速海に行こうという話になった。

 それぞれ宿の部屋に荷物を置き、準備をしてから宿の玄関先に集合ということになり、男女に別れ行動を開始した。

 男3人女5人ということで、大部屋を女性陣に譲る形となったが、男部屋が狭いというわけではなかった。

 むしろ人数が少ない分、こちらの方が広く感じられるくらいだった。

 

 

「……健二のやつ来れなくて残念だったな」

 

 

 と、先ほどまで万里花と話していたことと同じような会話をしつつ海水浴の準備を進める蓮たち。

 男子の準備は女子に比べると早く終わるもので、一足先に玄関口で待つこととなった。

 その間、蓮たちは夏休みの出来事を共有していた。

 蓮が話せることはほとんど万里花とのことなのだが、わざわざ言うことではないかと蓮は万里花と付き合い始めたことは二人に伝えなかった。

 そうこうしているうちに万里花たちも合流し、海に向かい始めた。

 

 

「それにしても、よくこんな海に近い民宿なんて取れたな」

 

「知り合いがキャンセルするって、安く譲って貰ったんだよ」

 

「……顔が広いなぁ」

 

 

 そんな知り合いなど皆無な蓮は尊敬の眼差しで集を見る。

 男に褒められてもね~と、おちゃらける集であったが顔は得意げだ。

 

 

「やっぱ夏に一度は海に行っとかないとね!」

 

「あんたは水着みたいだけでしょ?」

 

 

 するどいツッコミが入るも、これを集はスルー。

 

 

「私、日本の海は初めて……!」

 

「ふふっ。はしゃぎすぎて怪我しないようにしてくだ……。速いですね」

 

「わー!! 海だー!!!」

 

 

 万里花の注意を聞く間もなく、千棘は海に向かって走り出した。

 見送る万里花の視線は若干冷ややかだ。

 しかしテンションが上がっているのは千棘だけではなかったようで、その後を宮本るりもダッシュで続いた。

 しかし上着を着たままであったこともあって、すぐに二人は戻って来た。

 

 

「……?」

 

 

 パラソルを張り、遊ぶ準備をしていると周囲から視線を感じた。

 どうやら女性陣の魅力で注目を浴びているようだ。特に(つぐみ)はその大きさもあって、男女問わずに注目されていた。

 

 

「露骨すぎないか」

 

「それだけ誠士郎ちゃんが魅力的ってことだよ」

 

 

 集が鼻の下を伸ばしながら答える。

 魅力的なのはいいが、ここまでジロジロと露骨に視線を向けられるのはどうなんだろう、と蓮が鶫の方を見る。

 

 

「……これは、私より大きいですわね」

 

「ひゃあ!? 貴様なにを……やめっ……!」

 

 

 ……蓮はそっと目を逸らした。

 

 

「……いいな」

 

「あいつら男子と一緒だってこと忘れてるだろ……」

 

「そういう問題かなぁ……?」

 

 

 蓮はどちらかというと男子の目があることより、公衆の面前であることの方が気になった。

 どうせやるなら民宿の部屋とか更衣室でやってくれればいいのに。

 

 

「B……B……A」

 

 

 と、そんな風に蓮が考えていると隣からアルファベットを唱える集の声が聞こえてきた。

 どうやら双眼鏡で海辺を歩く女性の胸の大きさを見ているようだが……。

 

 

「……目視でカップ数がわかるのか……ん?」

 

「おっ……! あれはEクラス……! 素晴らしい……」

 

 

 夢中になってる集の背後で、るりが何時の間にかバットを持って素振りをしていた。

 そして集はバットで打ち抜かれ、砂浜に倒れこんだ。

 ……あのバットはどこから取り出したのだろう?

 

 

「蓮くん♪」

 

「わぁっ!?」

 

 

 蓮が倒れた集を回復させてやった方が良いだろうか、と迷っている隙に背後から万里花に強襲された。

 後ろから抱きつかれる形でぶつかられたので、背中に万里花の大きい胸が直接あたる。

 

 

「ま、万里花! そんな密着されたら柔らかいのが柔らかいんだけど!?」

 

「ふふっ。そんな慌てなくても。いつも触ってるじゃないですか」

 

「なんでそんな誤解を招く言い方を!? 触れてるかもしれないけど、布越しだし俺から触れたことはないはずだっ!」

 

「まぁまぁ。ちょっとこっち来て下さる?」

 

 

 と言いつつ、もう万里花は蓮を引っ張って歩き始めていた。

 断る気はなかった蓮だが、若干その表情は引きつっている。

 

 

「……あいつら、あんな距離近かったっけか?」

 

「ぬふふ。これは今日の夜にでも詳しく聞く必要がありますなぁ」

 

 

 二人を見送る男二人がそんな会話をしていた。

 二人に付いて行くわけにもいかず、どうしようかと楽は頭を悩ませ、他の海水浴客に絡まれてる千棘を発見した。

 

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「はい。サンオイル塗って頂きたいのです」

 

「……サンオイル」

 

 

 聞き覚えのない単語に思考が一時止まったが、日焼け止めの一種だろうと蓮は当たりをつけた。

 

 

「私、日焼けするとお肌が荒れてしまうんです。……ですから塗って頂けますか?」

 

「……いいけど、それなら着替える時に塗っておいた方がよかったんじゃないか?」

 

「もうっ。蓮くんに塗って貰いたかったんですよ!」

 

「あー! なら仕方ないね!」

 

 

 やけくそ気味に叫び合う二人。幸いにも他の海水浴客には聞かれていなかった。

 寝転ぶ万里花に近づきながら、蓮はサンオイルを手に出してみた。

 外の気温が高いせいか、想像よりもオイルは(ぬる)かった。

 手の平を使い、背中の真ん中あたりから塗り始める。

 

 

「んっ。……もう少し量を多くしてください」

 

「わかった。……こんなに使っていいのかな」

 

「……気にするところはそっちなんですね……」

 

「え?」

 

 

 特にトラブルが起こることもなく塗り終えた蓮。

 そろそろ海に泳ぎに行きたいな、と腕を軽く回していると、背後から万里花に襲われた!

 

 

「ぎゃーっ!!?」

 

 

 背後から突撃され、蓮は前に押し倒された。そして、背中に万里花が馬乗りしているので、立ち上がることもできない。

 

 

「何をする!?」

 

「蓮くんも、塗った方がいいですよ? 日焼けしたら痛いですからね」

 

「そ、そうか? ならお願いしようか――はははは!? ちょ、なんで(わき)!?」

 

「脇も日焼けしますからねー」

 

 

 と言いつつ、万里花は指先で蓮の脇を(つつ)く。さらにいうなら、まだオイルを手に出してもない。

 

 

「でも普通背中が先では!? あっはっはっは! やめ、やめ……!」

 

 

 理不尽な八つ当たりをされる蓮であったが、それを止めようとする者は誰もいない。

 

 

「……あいつらあんな仲良かったかしら?」

 

「仲は良かったけど、あそこまでじゃなかったと思うな……」

 

「これは夜じっくり聞く必要があるわね……!」

 

 

 と二人の後ろでは、女性陣がそんな会話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「酷い目にあった」

 

「……俺も」

 

 

 万里花に攻撃され終わった俺は、ようやく海に入ることができた。あまり強い風も吹いていないので、波の大きさも穏やかだった。

 隣にはなぜか桐崎さんに2回ほど吹き飛ばされた楽がいる。

 

 

「俺、海に入るのは初めてなんだけど、楽はどうなんだ?」

 

「あー、俺は何回か来たことあるな。……友達と来たことはほぼ無いけどな」

 

「ふーん?」

 

 

 楽は苦々しい表情をしている。何を思い出しているのかはわからないが、良い思い出ではなさそうなので実家関係だろうか。

 

 

「なら楽しまないとな! 海は浮きやすいから楽しみにしてた――ぶわっ!?」

 

 

 会話をしている途中、横から海水が飛んできた。

 高波が来たようにも思えないので、恐らく人力。

 

 

「ふっふっふ。隙ありですよ、蓮くん」

 

 

 そこにいたのは予想通りの人物。集や小野寺さんもいるが、桐崎さんと宮本さんの姿はない。

 宮本さんは海で泳いでいるのを見たが、桐崎さんはどうしているかわからない。

 

 

「万~里~は!? しょっぱ!? いや辛!? なんだ、これが海水!?」

 

「あー、海水の味も初めてか」

 

 

 万里花に掛けられた水が口に入っていたようで、海水の味が口内に広がる。

 とても酷い味だった。想像の10倍くらいのしょっぱさだ。

 

 

「なんだこれ!? おえ……」

 

「見事に飲んだな」

 

「律儀に飲み込まないでぺってしちまえよ」

 

 

 楽、集2人の助言に従い、汚いと思いつつも唾を海に吐き出す。

 周りから非難の視線を感じないが、個人的には吐き出したりしたくない。

 

 

「……万里花。いきなり酷いじゃないか」

 

「ふっふっふ。蓮くん。海は戦場です。隙を見せた方が悪いのですよ?」

 

「ほーん?」

 

 

 ということはやり返しても文句は言わないということだな。

 ゆっくりと手を海水に入れ、万里花に向けて手を()()()()()横へ飛ぶ!

 すると次の瞬間、元居た場所に海水が飛ばされていた。

 

 

「かわしましたか!」

 

「今度はこっちのばっ!?」

 

 

 背後から掛けられた海水。万里花は正面に居るので、他の誰かだ。

 

 

「ぬふふ。相手は万里花ちゃんだけじゃないんだぜ~?」

 

「くそう、背水の陣だ……」

 

 

 犯人は集。あとの二人は手を出して来てはいないが、楽も小野寺さんも水掛け遊びの準備は万端のようだった。

 

 

「背水の陣は少し意味合いが違いませんか?」

 

「こんな劇物かけ合って正気でいられるか! 俺は負けないぞ!」

 

 

 男女5人の水掛け合戦はしばらく続いた。  

 海初心者の俺は、なぜか狙われる確率が高かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんめぇー! さすが楽!」

 

 

 水掛け遊びは、もはや遊びではなく戦いになり、俺たちは長い間熱中していた。

 途中、楽と小野寺さんが2人だけで遊んでいた様子も見えたので、もしかしたら原作の時よりも仲が進んでいるかもしれない。

 そんなこんなで時間は過ぎ、バーベキューの時間になった。

 食事当番はくじ引きで決め、恐らく原作通り楽と桐崎さんになっていた。

 料理はできないので正直なところ助かった。もし俺が当番になってたら肉を炭に変えていたかもしれない。

 

 

「一条さんは料理がお上手なんですね」

 

「まぁ……家の中で料理できるのは俺だけだからな」

 

「なるほど。一条さんも毎日お料理されてるのですね」

 

「ん……? 橘も作ってるのか?」

 

「ええ。毎日作ってます。我が家でも料理できるのは私だけですから、ね」

 

 

 ……こちらを見ながら意味深に微笑む万里花。

 周りはその視線の意図を理解できずにきょとんとしているが、視線を向けられている俺は内心で冷や汗をかいていた。

 付き合い始めたことを言うのは良い。だが隣に引越し、実質一緒に暮らしていることまで知られるのはどう反応が返ってくるかわからず少し怖い。

 幸いにも万里花の視線の意味は周りには伝わらなかったようで、詳しく追求されることはなかった。

 

 バーベキューを食べ終わると丁度日も暮れ、片付けを終えたら宿に戻ることになった。

 楽と小野寺さんの姿はないので、例のキムチイベントが起こっているのだろう。

 俺は片付けの方に手を貸していたので、その様子を見に行くことはなかった。なので、後で楽に話を聞いてみようと思う。

 それにしても、

 

 

「……超疲れたんだけど」

 

「水中は歩くだけでも疲れますから」

 

 

 万里花に向かってぼそぼそと話しかける。

 俺以外のみんなも同じくらい動き回っているはずだが、表面的には疲れた様子が見れない。

 

 

「なんで万里花はそんなに元気なんだ?」

 

「蓮くんが治してくれたからですよ。そうでなければ、こうして隣を歩くこともできなかったかもしれません」

 

「……ん」

 

 

 左腕をぎゅっと抱きしめられ、思わず視線を逸らす。

 日も暮れ、肌寒いはずの海辺であったがぽかぽかしてきた気がする……。

 

 

「疲れてても、お風呂に入るまでは眠っちゃ駄目ですからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 蓮と万里花がしばらく歩いた後に、楽とどこか気まずげな小咲が合流し、一同は民宿へ戻った。

 夕食は済ませてあったので、宿に戻ってすぐに風呂で体を清めることになった。

 蓮は海水によってバリバリになった髪の毛に戸惑い、その様子を見た楽と集に笑われてしまった。

 風呂の後はまだ寝るには時間が早かったこともあって、女部屋に集まってトランプをしながら時間を潰していた。

 なぜ女部屋かというと、単純に女部屋の方が広いからであった。

 

 

「さて、そろそろお(いとま)しますか」

 

「だな。明日もあるし。……コイツも眠そうだしな」

 

 

 そう楽が指摘したのは蓮のことだった。

 蓮は目を開いている時間よりも、閉じている時間の方が長くなっていた。

 

 

「……ソイツ、そんなに体力なかったっけ?」

 

「今日は(はしゃ)いでましたから。私が手を貸しますわ」

 

「いや、橘はいいよ。俺らが連れてくから」

 

 

 楽が申し出を断ったが、万里花はそのまま蓮に近づいていく。

 何をする気なのだろう、と周囲が見守る中、万里花は蓮をぎゅっと抱きしめた。

 

 

『ッ!!?』

 

「おやすみなさい。蓮くん」

 

 

 周りから驚愕の視線を受けつつも、万里花は動じずに蓮の頭に優しく触れる。

 

 

「……おやすみ」

 

「はい。また明日。では、一条さんよろしくおね……あっ」

 

 

 そこで自分のしている行為に気付いた万里花。

 集以外が唖然とした表情をしてる中(集はにやにやしている)、万里花のとった行動は……、

 

 

「てへっ」

 

『誤魔化されるかっ!!』

 

 

 片目を瞑り、片手で自分の頭をコツンとして誤魔化そうとした万里花であったが、それは許されなかった。

 とはいえ、半分寝ている蓮を待たせるのは可哀想だからと、半ば強引に男性陣を万里花は追い出した。

 

 

「さて、寝ましょうか」

 

「待て待て待てぇ!!」

 

 

 何事もなかったかのように進めようとする万里花は、やはり静止された。

 

 

「なんですか」

 

「なんですか。じゃないわよ! 何よ今の! 完全にこ、恋人の距離だったじゃない!」

 

「え~? 千棘さんの勘違いじゃないですか? 千棘さんも、一条さんと今くらいのスキンシップ取るでしょう?」

 

「しないわよ!! 大体私たちの関係は偽の関係よ!」

 

「万里花ちゃん。本当に千棘ちゃんの勘違いなの?」

 

「いえ。実は私たち付き合い始めたのです」

 

「な・ん・で小咲ちゃんの時は素直に答えるのよ!」

 

「ちょ、痛いです(いひゃいでふ)千棘さん(ひとげひゃん)! 引っ張らないでください(ひゃい)!」

 

 

 自分の質問には答えず、小咲にはあっさりと答えた万里花に腹を立てた千棘は万里花に飛び掛った。

 布団の上でじゃれ合う二人を小咲は苦笑いで見守り、るりは迷惑そうな表情で眺め、鶫はオロオロと困っていた。

 

 一方、男部屋では、

 

 

「おーい蓮くんや。万里花ちゃんとの関係教えてくれないかにゃ~?」

 

「…………」

 

「あー、駄目だ。こりゃ完全に寝てるな」

 

「くぅー……。ここで無理矢理起こすのは忍びないなぁ……」

 

「……まぁ、今度聞けばいいじゃねえか」

 

「まっ、そういうことにしますか。では、代わりにらっくんのコイバナ聞かせて貰おうじゃないの」

 

「ねーよ」

 

「小野寺ん()行ったんだろ?」

 

「なっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

「ということがありまして、昨夜は大変だったんですよ?」

 

「それは悪かった……。俺は悪いのか?」

 

 

 翌日。

 万里花から話を聞いた蓮はそんな感想を抱いた。

 付き合い始めたことがバレてしまうのは覚悟していたことだが、周りの目がある中で抱きしめるのは自白しているのと同じではないかと思う蓮。

 文句があるわけではないが、バレるように万里花が仕向けたようにしか思えなかった。

 

 

「蓮くんが私の庇護欲刺激したせいなので、蓮くんが悪いです」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 攻められた蓮は反射的に、オロオロと謝罪をするのであった。

 しかし、その様子を受けた万里花はまた、

 

 

「もうっ。またそうやって……!」

 

「ちょ、万里花。人前では……!」

 

「周りに人は少ないから大丈夫です!」

 

 

 そう庇護欲を刺激され、有無を言わせず飛びつく万里花。

 ばしゃばしゃと水を飛ばし、昨日と同様にまた海水を食らう蓮であった。

 現在蓮と万里花は海水が腰くらいの高さまでくる沖に来ていた。

 昨日は主に水掛け遊びをしていたため、蓮の目的であった海での水泳は試していなかったからだ。

 

 

「こほん。では、ここまで来てみてください」

 

 

 咳払いをしてからすいー、と蓮から数メートル離れた距離まで泳いだ万里花が手を振って合図をする。

 すいすい泳ぐ様子を羨ましげに見送り、蓮は自分も続こうと気合いを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………俺のレベルでは海は早かったようだ」

 

「ちゃんと泳げてましたよ?」

 

 

 万里花の言う通り、蓮は海でも泳ぐことができていた。

 ただ、息継ぎのタイミングや波のせいで進行方向がブレてしまったりと、数メートルで限界に達してしまうのだった。

 

 

「最初から上手にできる人はいませんよ」

 

「そうだけど……もうちょっと、こう上手くできるような気がしててな……」

 

「また今度挑戦ですね」

 

 

 そう万里花は蓮を慰めながら、手に持った花火を見つめる。

 現在は既に海から上がり、最後の締めとして手持ち花火の準備をしていたのだ。

 

 

「私、こういう花火初めてです」

 

「俺は何回か学校のイベントかなんかでやったことあるな」

 

「…………っ!? ひゃー!?」

 

「おいおい……」

 

 

 花火に火を付けた万里花は両手を振り回しながら砂浜を駆ける。

 そんなに驚くなら両手で持つなと、若干呆れながらも笑みを浮かべる。

 蓮はまだ自分の花火に火を付けていなかったので、それを近くにいたるりに渡し、背後から万里花を抱きとめた。

 

 

「わっ……」

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫」

 

 

 手を後ろから掴み、振り回していた手を落ち着かせる蓮。

 こつん、と珍しく万里花が蓮に体を預ける体勢になった。

 

 

「ふふっ。ありがとうございます。蓮く……んん?」

 

 

 両手を握られた万里花は違和感を覚えた。それは普段から蓮と触れ合っていたから気付けたもので、端的に言い表すと、

 

 

「蓮くん。熱くないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「私達が本当の恋人だったら上手くいってたと思う……?」

 

 

 皆で遊んでる中、一人離れて花火をしている千棘が心配……もとい気になって様子を見に来た一条楽は、そんな問いかけを受けていた。

 普段とは違う千棘の様子に、どう答えていいか楽は迷っていた。

 本当の恋人だったら。という問いかけは一見好意を持たれているようにも聞こえるが、事前に嫌い嫌いと念入りに言われているのでそれはないはず。

 であるならば、わざわざ好意的に返しても笑われるだけだと楽は思った。

 なのでこちらも嫌いの意を示そう。と考えたところで、以前男連中だけで集まった時のことを思い出した。

 

 

「……」

 

 

 まぁ、わざわざ悪く言う必要もないか。と考え直し、改めて楽は口を開いた。 

 

 

「……わっかんねーけど、今と大して変わってないんじゃねーの?」

 

「へ?」

 

 

 楽の答えに思わず視線を向ける千棘。

 今と変わらないというのはどういう意味だ、と問いかけるより先に楽が続きを話し始める。

 

 

蓮と万里花(あいつら)見てたら付き合う前と後でもそんなに変わらないように見えるし……、そう考えたら俺らも大して変わんねーんじゃないかって。……まぁ、あいつらが特殊なだけかもしれんが……」

 

「…………」

 

 

 何俺は熱く語ってるんだ!? と熱くなった顔を千棘から隠しながら楽は自問自答する。

 好きでもないし偽の恋人相手ではあるが、千棘相手にこんな真面目腐ったこと言うなんて……! と若干楽は後悔していた。

 

 

「……?」

 

 

 しばらくしても千棘から反応はなかった。

 馬鹿にされるか殴られることを覚悟していた楽は、ゆっくりと千棘の方に視線を向けようとして、

 

 

「ッ痛!!?」

 

 

 背中をいつものように叩かれた。

 怒りの視線を向けると、千棘は逃げるように走り始めていた。

 

 

「なにすんだてめぇ!」

 

「別に、内緒っ♪」

 

 

 振り返りざまに見せ付けられた表情は、好きと思っていない楽でさえ見とれるような笑顔だった。

 その隙に千棘は皆で花火をやってる方に駆けて行ってしまうのだった。

 

 

「ったく。なんだったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、私たちは一足先に失礼します」

 

 

 そう宣言する万里花に対し、皆は驚きの表情で返した。

 

 

「……すまない。俺は大丈夫のつもりなんだが……」

 

「駄目ですよ。蓮くんの体が大丈夫でも、同室の一条さんや舞子さんに移したくないでしょう?」

 

 

 蓮に触れた瞬間、万里花は蓮の体温が普段よりもあからさまに高いことにすぐ気が付いた。

 念のため宿に戻り体温を測らせたところ(蓮は嫌がった)、37度6分とそこそこ高い数値が出たので一足先に帰ることに決めたのだった。

 

 

「……うう、情けない」

 

 

 ヨヨヨ、と項垂れる蓮。

 発熱してしまった蓮だが、喉の痛みや咳などの自覚症状は出てなかったので、まだまだ元気なつもりでいた。

 

 

「……なんつーか、お大事にな。……橘と一緒に帰るってとこにツッコミ入れていいか?」

 

「それは――」

 

 

 口を開いた蓮を、万里花が車に押し込める。

 車――というのはもちろん橘家御用達(ごようたし)のもので、海水浴場に来た時と同じものであった。

 万里花が一緒に暮らしているということを上手く誤魔化してくれるのだろう。と判断した蓮は抵抗せずに車に乗り込んだ。

 

 

「実は最近一緒に暮らし始めたのです。それでは皆様御機嫌よう」

 

『ッ!!!?』

 

「ちょ、万里花……!?」

 

 

 最後に爆弾を投下した万里花はその場で軽くお辞儀をし、素早く車に乗り込んだ。

 運転手の本田さんは特に気にした様子もなく車を発進させた。

 

 

「あーあ……、言っちゃったよ。大丈夫かな……」

 

「書類上は隣で暮らしているだけですし、仲の良い皆さんにくらい言っても大丈夫でしょう。面白い顔も見れましたし」

 

「……今度会った時大変なことになりそうだな」

 

 

 お祭り好きの集など、嬉々として質問攻めしてくるだろう。

 もう手遅れだし仕方ないか……。とシートに体を預け一息つく。

 

 

「本田。安全運転でお願いしますね。さ、蓮くんはこちらにどうぞ」

 

 

 自らの太ももを指で指して、おいでと手招きする万里花。

 

 

「……いや、そこまでして貰うほど、体調悪くないというか……」

 

「風邪の引き始めだからですよ。いいから来てください……!」

 

「うっ。わ、わかったから……」

 

 

 ぐいぐい引っ張られ、蓮はすぐに観念した。

 大人しく横になるとおでこに万里花の手が添えられた。ひんやりと感じられるので、自分が思ってた以上に体温が高いのかもしれないと蓮はぼんやり考えた。

 

 

「回復で治しちゃ駄目だったのか?」

 

「駄目ってわけじゃないですけど。今なら治さなくてもいいかなって」

 

「……どういうことだ?」

 

「今は夏休みじゃないですか。だから風邪を引いてもゆっくり休めますし、それに蓮くんは今日が初めての病気ですよね?」

 

「確かに、そうだけど」

 

「人生で一度も病気しないってのもおかしな話です。熱もそこまで酷くなさそうですし、一度経験してみるのも良いと思いません?」

 

「……うーん、具合が悪いのは良いこととは思えないけどなぁ……」

 

 

 と文句を言いつつも、蓮は回復(チート)を使う気にはならなかった。

 

 

「付きっ切りで看病してあげます。一人にしませんから、安心してください」

 

「いや、それだと万里花に移っちゃうだろ」

 

「私に移ったら治してください」

 

「そっちはいいのか……」

 

 

 ……と会話をして間もなく蓮は眠りについた。

 体調を崩していたのもあるが、どちらかというと疲労が溜まっていたことの方が大きい。

 眠る蓮を慈愛のこもった目で見つめながら、頭に手をやり呟く。

 

 

「早く元気になってくださいね。……そういえばキムチはなんだったんでしょう?」

 

 

 気になりはじめてもやもやした万里花は、とても優しく蓮の頬を突っついた。

 

 

 

 

 

 

 

鶫 誠士郎。どちらで書くか

  • 鶫(つぐみ)
  • 誠士郎(せいしろう)

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