回復チートでニセコイに転生   作:交響

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2話

 

 不審な顔をしながら、数学の担当教員が授業の終わりを宣言した。

 授業中、俺の方を睨み付けている生徒が何人もいたからだろう。

 居心地が悪いったらありゃしない。

 

 

「……それじゃ、挨拶」

 

「起立」

 

 

 日直が号令をかけ、授業が終わった。

 すると同時にクラスの男たちが一斉に立ち上がり、こちらに向かってやってくる。

 ……こんなに注目されたのは初めてかもしれないな(現実逃避)。

 あぁ、何でこんな時に限って窓側の席なんだろう?

 廊下側の席だったなら、授業が終わると同時に逃げ出せる可能性があったのに。

 

 

「さぁて、色々吐いて貰おうかぁ? 倉井君よぉ……!」

 

 

 妬みを隠すことのない声音と表情で1人の男子が近寄って来た。

 普段、話をすることもない程度の仲なのだが、こういう時に遠慮という言葉は頭にないらしい。

 

 万里花の方を見ると、クラスの女子たちに囲まれていた。

 俺としても事情を聞きたいのだが、今の様子を見ると難しそうだ。

 

 こちらとしても、何がどうなって許婚になったのか知らないから何も教えれる情報がない。

 この説明で納得してくれれば良いが……。

 

 

「待て。俺も色々と混乱してるんだ。大体、婚約してるって話もさっき聞いたばかりだからな」

 

「……ちっ。まぁ、今回は一条じゃなかったし勘弁してやるか」

 

「そうだな。今回は一条じゃないしな」

 

「ちょっと待て!! 何で俺を引き合いに出すんだ!?」

 

『分からないとは言わせねぇぞ一条!!』

 

 

 俺に向けられていた憎しみ(ヘイト)が一気に一条の方へ向かった!

 ……そこで鈍感さを発揮するのは、流石主人公といった所か……。

 

 良くも悪くも注目の的からはずれて一息つく。

 普段、話の中心に上がることもないので、注目されただけで少し疲れてしまった。

 

 

「はは。一条の奴、今回は関係ないのにみんなから責められてるぞ」

 

「状況だけ見ればあいつのが恵まれてるしな。ま、今回は一条に救われた立場だから同情はするよ。……助けもしないけど」

 

 

 助けに入ってまたこちらに話が戻って来たら堪らないからな。

 彼には悪いが犠牲になってもらおう。

 健二は一条を見ながら笑っているが、彼は俺に対してあまり説明を求めてこない。

 こういったことには興味がないのだろうか?

 

 

「俺? いや、友人に許婚がいたって言われてもピンと来ないし……。いきなり結婚するわけじゃないんだろ?」

 

「結婚はしないだろうな。年齢も足りないし、そもそも付き合ってもない。再会したのだって今日だからな……」

 

 

 何故彼女は俺のことを許婚と言い始めたのか。

 ……うーむ、誰か説明してくれないだろうか。

 

 

「つーか、今の日本で許婚って実在したんだな。俺のことだけど」

 

「……現実逃避はほどほどにしとけよ」

 

 

 健二に心配されてしまった。

 いや、でもこんな事になったら現実逃避もしたくならないか?

 

 

「昔に結婚の約束でもしてたのか? よくある物語みたいに」

 

 

 健二がそんなことを言う。

 物語、というのはあながち間違いではないが、今の俺にとっては現実の出来事だ。

 

 

「ん。事実は小説より奇なりって奴かな?」

 

「いや、こんな出来事は物語なら何作もあるだろ。つまり何も珍しくねぇ」

 

「なんだと? つまり日常……?」

 

「お、おい倉井! お前のせいで俺に飛び火してるんだけど!? なんとかしてくれよ!」

 

 

 健二とふざけた話をしていると、一条が叫び声をあげていた。

 生徒たちがエスカレートして、なぜか一条に物を投げつける遊びが始まっている。

 今日の騒ぎの原因は俺なので、身代わりになってくれたお礼を言っておこう。

 

 

変わり身(デコイ)になってくれてありがとう!」

 

 

 軽く手を振りながらお礼を言う。

 

 

「で、でこい? 何言って……、お前ら! いい加減にしろ!」

 

 

 一条とクラスの男子たちの争いはまだ続きそうだ。

 一方、万里花の周りは平和そうで、集まっている女子たちと会話が弾んでいるようだ。

 

 出来れば俺も許婚の話について聞きに行きたいのだが、様子を伺っているうちに休み時間が終わってしまった。

 

 結局。

 今日の休み時間に万里花の包囲が解かれることは無く、彼女と詳しい話をすることは出来なかった。

 授業が終わった放課後も、万里花が申し訳なさそうな顔をしながらこちらに来て、

 

 

「申し訳ありません。蓮様。本日は直ぐに家に戻らないといけないのです。また明日ゆっくりお話しましょう」

 

 

 と言ってすぐに帰ってしまったのだった。

 転校して来たばかりだし、何かとやることがあるのだろう。

 と納得しながら、万里花が迎えに来たであろう車に乗る様子を教室の窓から眺め、する事もないので健二と帰ることにした。

 ……様呼びに戻ってしまったのはなぜなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万里花が転校して来た衝撃の一日から日が経った翌日の朝。

 俺が教室に入ってすぐの出来事である。

 

 

「おはようございます。蓮様!」

 

 

 微笑みを浮かべ、俺に向かって挨拶してくれたのは昨日転校して来たばかりの橘万里花その人であった。

 彼女は俺より先に学校に来ていたらしく、俺の座席の隣に座り待ち構えていた。

 

 

「……お、おはよう」

 

「……? 体調が優れないのですか?」

 

 

 返事の挨拶が覚束(おぼつか)ないことを不思議に思ったのか、万里花が可愛らしく小首をかしげながら尋ねて来た。

 ……俺の体調は悪くないし、ましてや万里花が変なわけでもない。

 

 

「……いや、大丈夫だ」

 

 

 1つ。大事な話をしよう。

 目の前にいる橘万里花という女の子は、言い方はアレだが美少女である。

 しかも、ただの美少女というわけではなく、美少女の中でも最上位クラスの美人と言っても良いレベルの美少女だ。 

 そんな子に朝から笑顔で挨拶をされるなんて今まで生きていた中で経験した事が無いわけで。

 ……簡潔に言おう。

 ()()()()()()()

 

 ……考えてみて欲しい。

 今まで女の子とすらあまり関わることの無かった男が、アイドルさながらの美少女に笑顔で挨拶されたとしたら。

 ……俺は視線を合わせるのも辛いッ!!

 

 昨日は転校生だの許婚だの色々あって、緊張という感情がどこか旅に出ていたようで、2人きりで話がしたい等と考えていた。

 しかし一日経った今、俺の中で緊張という名の感情が暴走している。

 ――冷静になれ。

 と心の中で呟くも、あまり効果が見られない!

 

 

「……。……て、聞いてますか蓮様?」

 

「聞いてなかった」

 

 

 素直に告白する。

 ……万里花は少し不満顔になった。

 

 

「……あの、蓮様って呼ぶのやめて欲しいんだけど……」

 

「うっ……。その、申し訳ありません……。私も、一度呼んで、大丈夫だと思ったのですが……」

 

「俺としては、何ら問題ないが……」

 

「……わ、わたくしの方が恥ずかしいので……! しばらくこのままでも許して頂けないでしょうか?」

 

「…………!!?」

 

 

 万里花が顔を赤らめながら、もじもじと申し訳なさそうに言葉を紡いだだけで、凄まじい程の色っぽさを感じる!!?

 

 喉から変な声が出そうになったし、手も若干震えて来たような気もする……!

 緊張しすぎだろ、俺……!

 

 落ち着け。

 赤面してるのはこちらも同じだが、彼女をこのまま放置するのは状況的に良くない。

 ゴホ、ゴホと喉の調子を確かめてから、 

 

 

「わ、わかった! 慣れてくれるまで様のままで良いから!」

 

 

 と返事をした。

 ……緊張しているせいで、声が普段よりも大きくなっているのを感じる。

 

 

「は、はい……」

 

 

 俺の声の大きさに驚いたのか、万里花の声音が困惑したように聞こえた。

 

 ……それにしても、彼女はこの程度の事で恥じるような女性だっただろうか?

 失礼な事を言っているかもしれないが、昨日会った時は抱きついて来たので、様呼びから普通に呼ぶことくらい出来そうに思ってしまう。

 乙女心は複雑、ということか。

 

 

「で、なんだっけ?」

 

「はい。明日デートしませんか?」

 

「……………………」

 

 

 だからさぁ……。

 何でそういう事はさらっと言えるのに(略)。

 

 

「……今日は駄目なのか?」

 

「私としましては、明日の方がゆっくりお話できると思ったのですが、ダメですか?」

 

 

 確かに今日は学校があるが、明日は休日なのでゆっくり過ごすことが出来るだろう。

 

 って! 小首を傾げながら上目遣いして来るのは可愛さが凄いので反則ぅ!

 あざといぞ万里花ぁ!!

 

 

「……わかった。それで良い」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 万里花の笑顔に対して、声を詰まらせているうちに彼女は自分の席に戻ってしまった。

 ……教室中が殺気で満たされている。

 彼女の言う通り、今日は落ち着いて話が出来なさそうだ。

 

 うーむ。

 改めて考えても、名前呼びは駄目なのに、デートに簡単に誘える理由がわからないなぁ。

 自分の席に付くまで考えてみたが、答えは見付からなかった。

 

 

「ふっ。蓮は乙女心がわかってないな」

 

 

 俺の困り顔に業を煮やしたのか、健二が仕方ないなぁ、と言った表情でこちらを見てきた。

 ……健二だと腹立つ顔なのに、きっと万里花だったら美しく感じるのだろう。

 やっぱり美人は罪だわ。

 

 

「健二? お前にはわかるって言うのか?」

 

「当たり前だ。愛の伝道師と言われた俺の――――」

 

「一気に信用なくなったわボケ。二度と聞かないわ」

 

「なぜ!?」

 

 

 驚愕の叫びを上げる健二だったが、なぜこうも胡散臭いことを言っておいて、信用が生まれると思うのだろうか。

 

 これなら一条に聞いた方が……、いや健二のがマシか。

 まぁ、俺も人のことは言えないのだけれど。

 

 

「おい! 何で俺の言うことを聞く前にそうなるんだよ! もっとこう、構えよ!」

 

「構ってちゃんか!! もうすぐ授業始まるから昼休みな? な?」

 

「そうか。わかった!」

 

 

 そう言って健二は机に突っ伏した。

 完全に寝る体勢である。

 

 

「って寝るんかーい!!」

 

「ッッダァイ!!!」

 

 

 背中に強烈な突っ込みを入れる。

 ……万里花が転校して来てから、俺の日常は一層賑やかに(うるさく)なった。

 賑やかさ(うるささ)で言えば、一条グループを除くと、不本意ながらここが一番のような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 

 

「聞きてぇんだけど、お前って橘さんと会ったのは昔だけなのか?」

 

 

 屋上で昼ご飯を食べながら、俺は健二と駄弁っていた。

 俺たち以外にも生徒はいるが、こちらを気にしている者は居なさそうだ。

 一条グループもここには居ないようだ。

 

 

「……ああ。それも、少しの間だけだ」

 

「……それだけでよく婚約したな」

 

 

 健二は購買で買った焼きそばパンを食べながら相槌を打った。

 

 

「俺はした記憶ないんだけどなぁ」

 

 

 俺はドラッグストアなどで売っている、一日に必要なカロリーを摂取できると評判のビスケットをもごもごと食べながら答えた。

 

 実際、覚えていることは曖昧であり、大きく分けて万里花と出会ったこと。身体を治すネックレスを渡したこと。一条たちとは会っていないこと。

 これくらいしか覚えていない。

 

 10年前に色々と話しはしたが、その中で本当に結婚の約束までしたのだろうか……?

 

 

「明日、デートするんだろ? どこ行くか決めたか?」

 

「え? ……あー、許婚云々のことばっか考えてたから全然決めてねぇや」

 

「おいおい。それは流石に無いだろ。1つ2つくらい候補考えてた方が良いんじゃねぇの?」

 

 

 飽きれたように言う健二に、少しムッとした。

 しかし正論ではある。

 

 

「……確かに。少し考えとくよ」

 

「間違ってもクラスの奴らが居るようなところは避けた方が良いぜ。あいつら一条と桐崎さんのデートの時とか酷かったからな」

 

 

 冗談めかした風に健二は言うが、一条と同じような状況になってしまった今となっては、決して他人事には思えない。

 

 

「……桐崎さんが転校して来てすぐの時のだろ? 町で見かけたからって尾行するのはやり過ぎだよな」

 

「そいつ曰く、見守ってたらしいぜ?」

 

「うーん。見守ってるなら、次の日に制裁なんてしないんだよなぁ……」

 

「祝ってただけだからセーフ」

 

 

 面白がってたの間違いなのでアウト。

 でも、あいつらって今は付き合っている"フリ"だよな?

 元からこの情報を知っているとはいえ、傍から見ても不自然な所が多い。

 2人の関係を怪しんでいる人は、結構居るのではなかろうか。

 

 

「健二は明日デートしないのか?」

 

「はぁ!? わたくしめに彼女が居ないと知っての狼藉ですの!?」

 

「いきなりのお姉ぇ言葉っ!!」

 

 

 しかも、ワザとか知らないが、何時もよりも声を低くしながら言っているので、そこはかとなく気持ちが悪いっ!

 

 

「くぅー! 蓮ちゃんったら自分だけデートするからってぇー! そうやって人のこと苛めてたら友達居なくなっちゃうんだからね!」

 

「ばいばい」

 

(たん)っ! (ぱく)ぅっ!」

 

「うぷぷぷ! 健ちゃんは友達にも見放されて可哀想でちゅねー!!」

 

「ああん!? やんのかこらぁ! 非リアの力を舐めんじゃねぇぞ!」

 

 

 ………………。

 

 

「…………やめよう、このノリ。昼休みのテンションじゃねぇ、これは放課後レベルだ……」

 

「…………だな。蓮のデートで変なテンションだったわ……」

 

 

 空しくなって、2人で脱力する。

 変なテンションというのは、茶化すことに全力という意味だろうか?

 

 

「人のデート話でテンション上がるか……? まだ行ってもいないぞ」

 

「俺……恋バナ結構好きなんだ」

 

「マジかよ。知らんかったわ。あれ、でも一条のところに行けば結構(けっこう)話聞けそうだけど」

 

「あいつは駄目だ。誤魔化してばっかでつまんねぇ……」

 

「あー……。あー……そうかも」

 

 

 あいつの場合、偽者の恋人だから仕方ないと思うけれど、事情を知らない側からしたら腹立つかもな。

 

 

「そういえば、朝に恋の魔導師が言おうとしてたのはなんだったんだ?」

 

「魔導師!? 伝道師だわ!」

 

「どっちでも良いよ。んで、彼女居ない(れき)年齢(ねんれい)()の意見は何なんだ?」

 

「そりゃあ勿論! 今日より休日の方が一緒に居られる時間が多いからに決まってるだろ?」

 

「はぁ?」

 

 

 一体何を言っているんだ?

 

 

「放課後デートも良いが、それよりも一緒にいる時間を長くしたいという独占欲! こんなこと愛の伝道師じゃなくても、恋する人間の思考を読めばわかるはずだ!」

 

「いや、俺が知りたかったのは、名前を普通に呼ぶのは駄目で、堂々とデートに誘うのは大丈夫な理由が知りたかったんだが……」

 

「………………。すまん」

 

 

 友達の伝道師からやり直せコラァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 俺は待ち合わせの場所に向かって、ゆっくりと歩を進めていた。

 デートなので、適度に格好は良くして来たつもりだが、ドン引きされてしまったらどうしよう。

 ……とても不安だ。

 

 デートの行き先は、万里花から凡矢理市を色々見て回りたいとリクエストを貰ったので、適当に案内するつもりだ。

 万里花はまだ凡矢理(ここ)に来てから日が浅いもんなぁ。と一人納得していた。

 

 今まで女の子と1対1で出掛けた経験が無かったので、念のためにネットでデートについて調べてみた。

 待ち合わせ場所には女の子より早く着いておくとか、車道側は男が歩いた方が良い等のルールは簡単に実践出来るが、その他にも色々とNGな行動が多くて目が回りそうだった。

 そこは彼女との会話次第で変えようと考えて、ひとつ思ったことがある。

 

 ―――俺、デート楽しみにし過ぎじゃないか……?

 

 

「…………」

 

 

 …………これは仕方がないんだ(言い訳タイム)。

 何て言ったって人生初デート(前世含めて)であり、しかも相手はアイドルと言われても良いレベルの美少女。

 これは緊張するし、張り切りもする。

 緊張しても仕方がない。

 家に居ても落ち着かないからって、約束の場所に待ち合わせ1時間前くらいに着きそうになっていても仕方がない。

 

 

「…………いや、幾ら何でも1時間前は無いだろ」

 

 

 このまま待ち合わせ場所に行って、1時間待っているのは流石に疲れるので、どこかに寄り道しようと考え始めて……。

 それでも万が一ということがあるので、約束の場所に万里花が居ないことを確認してから、寄り道先を決めることにした。

 

 

「…………良し。まだ来てないな」

 

 

 時計で時刻を確認すると、約束の時間のまだ50分前といったところだ。

 周辺に時間を潰せそうな場所が無いかを携帯で検索――と。

 

 

「本屋でも行くか」

 

「……お待ちください。倉井さん。もうすぐお嬢様がいらっしゃいます」

 

「…………どちらさまですか」

 

 

 何時の間にか、俺の隣にスーツ姿の女性が立っていた。

 長身で、仕事が出来そうな雰囲気を醸し出している。

 突然声を掛けられたので、少し驚いた。

 

 

「失礼しました。私、万里花お嬢様の身辺のお世話をさせて頂いている本田と申します」

 

 

 本田さんじゃねぇかっ!!

 万里花の護衛もとい監視もとい護衛の人じゃないか!

 

 

「……初めまして。ご存知だとは思いますが、倉井蓮です。えっと、よろしくです……」

 

 

 ……こういう時、何を話せば!?

 ボディーガードと会話する機会何て、普通ないから何言えば良いのかワカンナイ!!

 ドウシヨウ!?

 

 

「お早いのですね」

 

「えっ!? あ、はい! その家に居たら落ち着かなくて、じゃ無くて早く来るのは当たり前ですので!」

 

「ええ。……そろそろですね」

 

 

 何がそろそろなのか聞く間もなく、どこからかサイレンの音が聞こえて来た。

 もしかして、そう言う事……?

 

 

「では私はこれで。倉井さん。お嬢様のこと、よろしくお願いします」

 

「……はい。任せてください」

 

 

 こちらに向かって頭を下げてくる本田さんの姿を見て、例え何が襲って来ても万里花お嬢様だけは無事に家に帰す……!

 と、決意を固めていると、警察車両(パトカー)が勢いよくこちらに向かって来て、急停止した。

 運転手の警官が後部席のドアを開け、そこから万里花が姿を現した。

 

 

「お、おはようございます蓮様! お待たせして申し訳ありませんっ!」

 

「いや、俺こそ早く来すぎただけだから……。何でパトカー……?」

 

「……言ってませんでしたね。私の父は警視総監を務めておりまして……少し過保護なものですから」

 

「職権乱用って言わない? それ」

 

「どうでしょう?」

 

 

 ニコリと微笑む万里花さん。

 その笑顔はちょっと怖いかな……。

 

 

「あ、皆さんもう構いませんよ」

 

『良い休日を!』

 

 

 敬礼して、警察官の人たちは立ち去って行った。

 ……どこかで見たことあると思ったら、最近朝のコンビニで会った人たちじゃないか。

 もしかして、彼女を護衛するために増員された、とか?

 あー………そういえば、コンビニが混んでいた時って、万里花が転校して来た日だったな。

 

 

「では、行きましょうか」

 

「ん……」

 

 

 万里花の服装はオフショルダーで、肩と背中の露出が多く、目のやり場に困る……!

 肩にショルダーポーチを掛けている。

 そして首には、緑の勾玉ネックレスが。

 

 

「……? どうかしましたか?」

 

「あ、いや……」

 

 

 じっと見すぎたせいで、万里花に不審がられてしまったようだ。

 

 

「その、今日の万里花は可愛いな……」

 

「へっ? あ、ありがとうございます……!」

 

 

 ちーがーうーだーろー!!

 服装褒めようとしたのに、何で万里花が可愛いなぁになるんだよ!! 

 落ち着け……! 

 ゆっくりで良いから、変なこと言わないように気をつけるんだ……!

 

 

「えへへ。褒められるなんて、張り切って来た甲斐がありました!」

 

「あー……。うん。良かった」

 

 

 両手を合わせて微笑む万里花さん。

 もう動いてるだけで愛おしいのでは……!?

 ……お、落ち着くんだ。

 

 

「はい! あ、もちろん蓮様も格好良いですよ? 私のためにお洒落してくださいました?」

 

「え? う、うーん……。そうなる、かな」

 

 

 初デートだからと気合い入れて来たが、まぁ、万里花の為って言っても良いよな?

 

 

「気合いを入れたのが私だけじゃなくて良かったです」

 

「……俺も良かったよ。その、ネックレスはまだ掛けてくれてるんだな」

 

「はい! 私の大事な宝物です!」

 

「そ、そっか……。ありがとうな……?」

 

 

 渡した時はそのうち捨てられると思って、適当に選んだような記憶もあるが忘れよう!

 

 

「それじゃ、行こうか」

 

 

 婚約関連のことを尋ねたいが、まだ今日は会って間もないので、落ち着いてからゆっくり話を聞こうと思う。

 ――――と歩みを進めようとして、

 

 

「……万里花?」

 

「あ、す、すみません! 大丈夫です!」

 

 

 万里花が、どことなく憂いを帯びた顔をしている気がした。

 ……何となく求めていることがわかった気がした。

 

 数秒悩んで、ゆっくりと万里花の方に手を差し出す。

 

 

「……よろしいの、ですか?」

 

 

 少し困惑した様子で、万里花が聞き返して来る。

 

 

「ま、まぁ、でーと。だからな」

 

 

 声が震えているような気がする。

 顔も熱い。

 もし断られたらどうしようと、今更ながらに不安に襲われる。

 

 

「~~はいっ!」

 

 

 しかし、万里花は花が咲いたような笑顔で腕に抱きついて来た。

 抱きつかれるとは思っていなかったので、思わず姿勢が崩れ、ガクっとしてしまった。

 そこまで来ちゃうの……?

 

 と、万里花も自分の体勢に気が付いたのか、ちょっと距離を置いた。

 手と手は繋がっているが、うん。丁度良い距離なのではないだろうか。

 

 

「行きましょう!」 

 

 

 万里花に手を引かれて、ようやく歩き始めた。 

 人生初のデートは、まだ始まったばかり――。

 

 


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