触れる手の柔らかさが、何だか落ち着かない。
小さく柔らかい万里花の手は、少し力を入れたら潰れてしまいそうで、手の力加減が難しい。
触れ合う手と手の熱が、何だか心地良く感じる。
……緊張で手汗が出ないと良いが……。
手を差し出しておいて何だが、いきなり手を繋いでよかったのだろうか?
正直な所。
先程手を差し出したのは、原作の知識で知っている
そう不安になって横目で彼女の姿を確認すると、
「~~♪」
……大変満足そうなので、手を差し出したのは正解ということにした。
何というか、超ご機嫌である。
どれくらいかと言うと、道端ですれ違う人たちが、こちらをちら見する程度にはご機嫌だった。
ちょっと恥ずかしかったけれど、手を差し出しておいて良かったと思える。
「なぁ、今更だけど、名前で呼ばれるのは嫌じゃないか?」
「どうしてですか?」
そんなことを聞かれる意味がわからない。
といった様子で万里花はきょとんとした。
「どうしてって……、うーん、嫌じゃないなら良いんだけど」
「むしろ、呼んでくださらない方が嫌ですわ」
「……了解」
今更だが、つい昔と同じ様に呼んでいた事を、不快に思われていないか確認した。
全く思われてなくて一安心である。
っと。
歩幅をあまり大きくしないように気をつけないとな……。
俺がのんびり歩くくらいのスピードで合わせると、丁度良さそうだ。
「そうだ。学校はもう慣れたか? 困ってる事とかないか?」
口に出してからで何だが、これ同級生が聞くような質問か……?
「ふふっ。何ですかその質問。まるで父みたいですわ」
万里花にも笑われてしまった。
そりゃあ同級生の男にそんなこと聞かれたら笑うよなぁ……。
「……いや、だって学校じゃあんまり話せてなかったから……」
というのは詭弁で、ただの言い訳である。
「冗談です。学校は蓮様とあまり話せていないこと以外は……、いえ、1つだけ悩みがありましたわ……」
……意外と聞いておいてよかった話かもしれない。
万里花は転校して来てまだ2日程だが、もう困った事があったらしい。
「……それは俺が聞いても大丈夫な悩みなのか?」
口に出している時点で聞いて欲しい。と、言っているように感じられたが、念のために確認しておく。
「はい。それは勿論です。クラスの桐崎さんの事なんですが」
「うん」
「……その、私たち。昔に会った事があるんですよね……。それも、桐崎さんだけではなく、一条さんにも、小野寺さんにも」
……知ってる。
「……そうなのか」
「ですが、彼女たちは誰1人として出会った事を覚えてないみたいで……。私、桐崎さんに初めましてって言われた時に、少し困ってしまいました」
「う、うーん……」
あはは、と笑う万里花だったが、その笑顔は少し硬い物だった。
原作には桐崎さんと万里花が険悪になる理由があったが、許婚の立場が俺の時点で、万里花と桐崎さんが険悪になる理由が無い。*1
その為、桐崎さんが万里花に好印象を抱くのはありそうな話だ。
でも万里花は一条たちと会っていたことを覚えているので、桐崎さんと会った時に初めましてと言われたのはショックが大きかっただろう。
「……昔に会った事を言ってみたらどうだ?」
きっかけさえあれば、桐崎さんたちも昔のことを思い出すかもしれない。 ……そうなった場合、とんでもなく原作崩壊が起きそうだが、俺の住んでいるここは漫画じゃないので、気にしないことにする。
「んー……。おかしな目で見られないですかね?」
「それは……、可能性としてはあるかもしれないな……」
俺がもし健二に昔会った事がある。と言われたら何と答えるだろうか。
ちょっと考えてみよう。
――――
「蓮! 実は俺とお前は昔に会った事があるんだぜ!」
「何、それは本当か! ……もし、そうなら悪かったな」
「何、気にするなよ。俺とお前の仲じゃないか。んじゃ、昔貸した100円今度返してくれよな」
「あ、何だ嘘だったのか」
「なんだとっ!? 100円の恨みは恐ろしいんだぞこの野郎!」
「てめぇのは詐欺だろうが! ふざけんな!」
「野郎ぶっ殺してやる!」
――――
…………あかん、殴りあいが始まった(ぽんこつシミュレーション)。
でも何だかんだ殴りあった後は、仲良くなることが出来るような気がする。
しかし、これが女の子同士だったとしたらそうもいかないだろう。
そもそも殴りあう必要ないし……。
「……俺の意見としては、今のままで仲良く出来そうなら黙ってても良いと、思う。今は思い出せないかもしれないけど、そのうち思い出すかもしれないし。ただ、万里花が気になるなら話した方が楽になると思う」
「……思い出してくれるでしょうか」
「例え思い出せなかったとしても、万里花が否定されることはないと思うぞ。話したことはないけど、彼らがお人好しなのはわかるし。あと、前に一条が昔の話をしてたから、案外思い出す確率の方が高いんじゃないか?」
話したことはないけど、色々知ってるしな!
「……わかりました。桐崎さんたちと話をしてみようと思います。昔にした約束の事も聞かなきゃいけませんので」
「……約束、ね」
万里花は一条に、小野寺さんが約束の相手だと教えるつもりなのだろうか。
「ふふ。私たちの約束。気になりますか?」
「いや、そこまでは」
「気になりますよね?」
「え。そ、そうだな」
何でそこで強引に来たんだろう……。
こちらとしては、原作の知識があるのであまり気にならなかったが、ここは聞くのが正解だったか……。
「私と蓮様が出会い、別れた後、私は桐崎さんたちと出会い、ある約束をしていました」
「うん」
「皆でいつか再会した時に、また仲良しになろうって」
………………。
「……それを万里花以外が忘れている、と?」
「はい……。あ、まだ1人会っていない方がいるので、その人は覚えているかもしれません。彼女はわたし達よりも年上でしたし」
そういえば、そんな約束もあったな……。
……これが忘れられてるのは、ちょっと精神的によろしくないかもしれないな……。
ん、聞きたい約束がこれとなると、万里花も一条の約束の相手が小野寺さんだということは忘れているのだろうか?
「それは……、思い出してくれるまで待つのは、精神的にも嫌だな」
「そうなんです。ちなみに、私と蓮様も約束した事が一杯あるんですよ? 一つでも覚えていないですか?」
「え、複数なの? …………え、えーと、何だっけかなぁ」
そんなに約束したの!?
……俺が万里花と会っていた時間自体は少なかったが、話はたくさんした記憶がある。
勢いで何かを約束してしまったのかもしれないが、正直に言うと10年前に会話したこと何てほとんど覚えていない……。
「すまない……。その時約束したことが全く思い出せない……。婚約と関係はあるのか?」
「さぁ、どうでしょう? ゆっくり思い出してくださいな」
万里花は約束を覚えていないことに対して怒って居なかった。
それどころか、なぜか楽しんでいるようにも見える。
うーん、謎だ……。
「この近くに父から聞いたお勧めのお店があるのですが、行きませんか? 丁度お昼過ぎですし」
「ん? わかった。行こう」
万里花に手を引かれるままに道を歩いてたのだが、あてもなく歩いていた訳じゃなかったらしい。
万里花さんったら策士ね!!(何が)
「どうですか? このお店」
「…………場違い感が強いかな」
高級なお店。という感じがして、庶民の俺からしたら少し落ち着かない。
そんな俺と比べて、向かい合って座っている彼女は落ち着いており、平常時と同じ振る舞いをしていた。
やっぱりお嬢様なんだなぁ、と実感が湧く。
何で俺はこんな子の許婚に成れているのだろう?
そわそわした気を紛らわせるように、運ばれて来たアイスを1口食べる。
「味の方はいかがですか?」
「……美味しいよ。でも、普段食べてるアイスの時に感じる美味しいとの差は分からないな……」
これを貧乏舌と言います。
俺に高級品など要らなかったのだ!
「そんなに難しく考える必要はありませんわ。蓮様が美味しいと言ってくださるだけで、案内して良かったと思えます」
「…………万里花。その……肯定してくれるのは嬉しいんだけど、あの、ちょっと照れるから、控えてくれない?」
「まぁ」
万里花は口に手をやり、愛おしい物を見るかのような目でこちらを見てくる。
な、なんだよぅ……。
「ふふ。気をつけますわ」
「…………うん」
本当にそんなつもりがあるのかとか、色々と言いたくなったが飲み込んだ。
わざわざやぶ蛇を突かなくても良いだろう。
「……そろそろ聞いて良いか?」
「どうぞ?」
俺が何を聞きたがっていたのかわからないようで、万里花は不思議そうな顔をしていた。
「俺と万里花が婚約したってのは、一体どういう経緯でそうなったんだ?」
「そうですね……。お話するのは問題無いのですが、
「ここより人気のない所ってことか?」
店内にはちらほらと客は居るが、気にする程ではないと思う。
ここより人気のない所と言えば、もう密室に入るくらいしないといけないのではなかろうか。
「そういうわけではないのですが、ここだと、ちょっと聞き耳を立てれば話を聞かれてしまう可能性があるので」
「……わかった」
他の人に聞かせるような話ではないので、ここは頷いておく。
後で話してくれるということなので、今はこの店を堪能しよう。
「……」
……しまった。
頼んだコーヒーにミルクを付けるのを忘れていた。
……しかし、ここで改めてミルクだけを頼むのは、何だか恥ずかしいので我慢して飲むことにしよう。
苦いのが全く飲めないという訳でもない。
たまには苦いのも良い……。
「良ければどうぞ」
そう言い万里花が差し出して来たのは、丁度欲しかったコーヒーミルク。
彼女は一瞬にして俺の決意を砕いたのだった――!
「…………そんなに顔に出てたか?」
「何やら微妙そうなお顔だったので」
見透かされているとしか思えない。
俺は既に万里花の手のひらで踊る哀れな虫だったのだ。
虫じゃねぇよ!
……一人突っ込み完了。
少し冷静さを取り戻す。
万里花の様子を見ると、優雅に紅茶を飲んでおり、その佇まいはいいとこのお嬢様といった風貌だ。
あたふたしている俺とは大違いだ。
「何ですか? こちらをじっと見つめて……」
「見惚れてた。……あ、いや! 違くて!! いや違くはないんだけど、あの……」
正直過ぎィ!!
冷静さを取り戻したとは、一体なんだったのか……?
「……蓮様も、私を照れさせようとしてませんか?」
「違わいっ。わざとじゃなくて、反射的に答えちゃったというか……」
「それは……。もう、今度からは2人きりの時にしてくださいね?」
「え、うん……」
顔を赤くして恥ずかしがる万里花が可愛くて、反射的に頷いてしまった。
まぁ問題はないだろう。……ない筈。
……しつこいかもしれないが、彼女――万里花はとてつもない美少女である。
10人がすれ違えば10人振り返るどころか、どこからか見物人が寄って来そうなくらいの少女なのだ。
果たして――2人きりになった時に精神が持つだろうか(緊張的な意味で)。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「ん、わかった」
「支払いは半分ずつでよろしいですか?」
「うん。細かいのは俺が出すよ」
これくらいなら男側が払っても、彼女が気に病むことはないだろう。
「ありがとうございますっ」
高そうなお店だけど、あんまり料金高くなくてよかった……!
お店を出た後、どちらからともなく自然と手を繋ぎ始めた。
店から外に出たせいか、太陽が少し眩しく感じた。
万里花は太陽の光に手をかざして、目元に影を作っていたが、嬉しそうに微笑んでいた。
「……万里花。身体の方は大丈夫なのか?」
「ええ、ばっちりです。蓮様のおまじないのおかげですわ」
「……それも覚えてたのか。あんまり無理はするなよ?」
「忘れるわけないじゃないですか。私と蓮様が出会ったあの場所で、一番記憶に残ってますもの……」
俺の予定では、綺麗さっぱり忘れてるはずだったんだけどね。
予想ではネックレスを渡してから、数ヶ月以内に一条少年と万里花が出会い、そこで一条少年が渡すはずのアクセサリーが効果を発揮して、あたかも病気が治ったように見せかけるはずだったのだ。
何で彼は原作と同じ行動をしなかったのだろうか。
「それに、病弱だった時と比べて体力もついているんですからね? もう少し歩いただけで倒れていたあの頃とは違うのですよ」
「……それは良いことだな。でも、少しでも辛かったら言って欲しい」
「心配性ですね。……辛くなったらちゃんと言います。無理はしません」
と、彼女は言っているが一応注意して見ておこう。
自分の我がままのせいで、彼女が倒れでもしたら自分を許せないだろうし。
「そこでお話しませんか?」
万里花が指し示すのは、公園にあるベンチの1つだった。
「ん? まだ人目があると思うけど」
「ええ。ですが丁度良いくらいの騒がしさがあります。私たちに近付いてこない限り、会話を聞かれる可能性は低いと思いますわ」
「そういうならいいけど」
2人並んで座る。
手と手が触れ合うような距離で、客観的に見たらカップルに見られるかもしれない。
「それで、聞かせてくれるか?」
「はい。どこからお話しましょうか。私と蓮様が出会ってから別れるまでのことは覚えていらっしゃいますか?」
「……大体は。そのネックレスをあげて別れたんだよな」
「そうですけど……。その後に大事な、大事な約束をしてから別れたのですよ?」
……先程話した複数ある約束とは、何だか重要度が違いそうだ。
約束ねぇ……。
一体、何という約束だったのか……。
「まぁ、これはぶっちゃけて言いますと結婚の約束なんですけどね」
ッ!!?
「ぶっちゃけ過ぎ!!? 軽く言っちゃったよ! てか、マジで!? 俺が、結婚の約束したのか!?」
「あははは。驚き過ぎですよ蓮様」
「驚くよ! そんな重要なことを忘れていたんだぞ……? 結婚の約束をしてたなんて……」
「まぁ、冗談みたいな感じでしたけどね。おっきくなったら結婚しましょう、みたいな感じで」
「…………適当に返事してたかもしれないな」
「ふふ。その約束が婚約者になるきっかけでしたわ」
まさか本当に結婚の約束をしていたなんて……。
墓穴を掘って、首絞めて、穴に埋まるまである……。
あの時の俺は、万里花の病気を治してあげよう!
ということ以外は考えてなかったし、まさか彼女に好意を持たれるなんて露ほども思っていなかったから、話半分で適当に返事をしていたのではないだろうか。
……何てことをしたんだ昔の俺……!
しっかりしろよ!
「蓮様と別れた後、一条さんたちと出会い、別れ。その
「……うん」
「私のお付きのお医者様も奇跡だとおっしゃっていましたわ。治った原因は全くわからなかったのですが、私は蓮様に貰ったこのネックレスのおかげだと思い、父に自慢しました」
「自慢したんだ……」
俺が言った内容を覚えているならネックレスのおかげって思っちゃうよな……。
普通に付けてたら病気治るって言った覚えあるもん……。
「病気が治って嬉しかったもので、つい。そこで父が言ったのです。蓮様の事が好きになったのなら、私の婚約者にしてあげようか。と」
「……それ、簡単に言ってるけど、言って出来るもんじゃないだろ」
「普通に考えればそうですよね。ですが、その話からしばらく経って、父は私に婚約を約束したと話してくださりました。蓮様のご両親に許可を貰ったと」
……そうだ。
本当にこの許婚が正式な物だとしたら、彼女の父親は俺の両親と会っているはずなのだ。
「……本当に? 万里花。俺の親に会ったって言うのは本当なのか?」
「え、ええ……。父はそう言ってましたが……」
……分からない。
俺の親がそんなことを許可する理由なんて……。
「あの、蓮様は今ご両親とは?」
俺のただならぬ様子に気圧されたのか、万里花がおずおず、と言った様子で尋ねて来た。
「……俺は今一人暮らしだから、婚約の話は聞いたことがない。……その、あんまり仲が良くないんだ」
「……そう、だったのですね」
…………誰にも言って居なかったが、俺は親との仲が良くない。
俺の事に対しては無関心だから、勝手にそんなことを約束していたとしてもおかしくはない……か。
「万里花。今度、万里花の父さんに会わさせてくれないか?」
もし、万里花の父さんが俺の両親に本当に会ったとしたなら、聞きたいことがある。
「えっ!? そ、それは、あの、け、結婚前の挨拶ということですか!?」
「何でそうなるんだよ!! 第一、俺と万里花は付き合ってすらないだろ!!」
「え、ええっ!!? でも今日デートしてくださってるじゃないですか!」
「いや、デート
「そ、そんなぁ……」
あからさまに落ち込んだ表情になってしまった万里花だが……、事実なのだから仕方がないだろう。
それに一つ彼女に伝えておこう。
彼女は客観的に見ても、外見良し、愛想よし、器量よしの最高の美少女だ。
彼女のそんな部分だけを見て、付き合いたいと思う男たちは何人もいるだろう。
しかし、
「悪い万里花。俺と万里花が許婚だって言われても、……俺はまだ万里花を好きだって本気で言えないんだ」
万里花が可愛くて、魅力的なのは認めている。
ただ付き合い始めるだけなら、それだけの理由で良いのかもしれない。
でも、俺と万里花の場合は許婚であり、もし付き合うとなったら結婚まで一直線だろう。
もしそうなった時に、外見が良いからという理由で始まった関係が、そう長く続くだろうか?
「蓮様……」
「……万里花はどうなんだ? 俺が婚約者だから好きなのか。俺が好きだから婚約者なのか」
「………………」
「こんなことを言うのは、本当に悪いと思ってる。……だけど、俺たちはまだ再会してから3日しか経ってない。昔に会った時は好きだったのかもしれない。けど、今も本当に俺の事が好きなのか?」
最低な事を言っている自覚がある。
自分の事を慕ってくれている子に、何でこんなことを言ってるんだろう……。
…………理由はわかっている。
俺が万里花のことを信じきれていないだけなのだ……。
「…………勿論、本当ですわ」
「ちょ、なっ!?」
不意に万里花は俺の手を取って、自身の豊満な胸に当てた。
若干視線を下に向けていた俺は、一瞬空白があり、彼女の行動を止めることが出来なかった。
手に柔らかい感触が広がる……。
「私は昔、蓮様に好意を持ちました。それは今となっても同じです。ちゃんと理由はありますよ?
貴方のすぐ顔に出る素直さとか、思ったことをすぐ言っちゃうこととか。昔から全然変わっていない所……。大好きです。
自分が言うのは良いのに、相手から冗談を言われるとすぐ不安になっちゃう臆病さとか、今も変わってませんね……。
今も昔も、私のことを気遣ってくれる優しさが好きです。
ほら、貴方の好きな所はこんなにもあります。
……それに、私の胸の鼓動も大きいでしょう?
今だけじゃありません。……実はデートが始まって、最初に手を繋いだ時からずっとなんですよ?
こんなこと、好きじゃない人となんてならないでしょ?」
時間が止まったような気がした。
「…………そう、なんだな」
かすれた声で、何とか相槌を返す。
「ふふ、お顔が赤いですわよ」
「……存じておりますわよ。万里花さんもですわよ」
「あら、いつの間にオネエ系にジョブチェンジしたんです?」
「違うよ! 万里花のマネしたんだよ!!」
お嬢様言葉を男がマネしたらオネエ系になった件について。
お嬢様はオネエだった……?
……糞みたいなことを考えるのはここまでだ。
……本当に万里花は、俺のことが好きなのだろう。
彼女の今の言葉を聞いて、まだそれが本心じゃないなんて言える奴は朴念仁どころの騒ぎではない。
……俺は万里花に何を伝えれば良いのだろう。
さっき言った通り、俺は彼女の事を魅力的だとは感じているが、それだけだ。
今、彼女が言ってくれたような事を何も言えない……。
でも、それだけの理由で告白を断るのか……?
嫌いではないが、好き以上の思いを持っていないからと?
それとも俺が万里花のことを愛するまで待ってくれと伝える……?
何様だって話だ……。
そうなる保証もないってのに、とんだ糞野郎だ。
「……何やら随分とお悩みのようですね」
「……ああ。自分の優柔不断さに呆れてるよ」
自分の
「そんなところも、貴方の魅力だと思いますよ?」
「……それは無いだろう。君の告白にどう答えれば良いか分からず迷ってるんだぞ?」
本当、何で俺の事をそこまで想えるのだろう。
「答えが出せないなら、私は待ちます」
「……何?」
万里花の胸に当てていた手を、今更ながら戻して聞き返す。
「10年も待ったんですもの。少しの間くらい待ってさし上げますわ。蓮様が答えを出してくださるまで、私待っています」
「万里花……」
「そ・れ・に」
「……?」
突然万里花が立ち上がり、こちらを見下ろし、
「答えが出るまでに、完全に私に惚れ直させて差し上げますから。覚悟してくださいね♪」
ついでに俺の鼻先を指先で撫でながら、そう……宣言したのであった。
「…………何て言うか……。付き合ったとしたら尻に敷かれそうだなぁ……」
無理矢理絞り出した俺の一声は、ある意味敗北宣言だった。
「ふふ。蓮様がお望みになるのなら、亭主関白でも構いませんよ?」
上品に微笑む、万里花の笑顔は、再会した中で一番晴れやかに感じられた。
その笑顔を見て、俺は一つ思い出した事があった。
『約束ばい。大人になって再会した時に、ウチが蓮君以外を好きになってなかったら、ウチと結婚するんよ?』
『分かった。もし、そんなことがあったらな』
ニコリ、と昔晴れやかに笑った万里花の笑顔と、今浮かべた笑顔が頭の中で一致して、
俺は漸く、万里花と結婚の約束をしていたのだと、思い出したのだった……。