そんなの読みたくない! って人は後書きに大雑把に内容書いておくので、参考にしてください。
屋上での会話から数日が過ぎた。
万里花が転校して来てからおよそ2週間。
彼女の転校生という話題性が少し薄れ、教室内で彼女と話すことが容易になった。
屋上で話をした後から、万里花は教室で桐崎さんたちと会話をする機会が増えたようで、俺と健二もその輪の中に入ることが多くなった。
健二は桐崎さんや小野寺さんといった、美人組と会話をする機会が増えたことに喜びを覚え、
「グッジョブ!」
と、俺に礼を言う程だった。
その一方の俺はというと、あまりグループに慣れておらず、主に健二、一条、舞子、万里花といった男子と許婚(仮)としか会話をすることがなかった。
桐崎さんたちに対しての会話と言えば、挨拶の”おはよう”と”さようなら”くらいしかしていない気がする。
……もう少し慣れてから、桐崎さんたちとも会話ができるようにしたい――とは思っている。
地味に厄介なのが、鶫誠士郎の存在だ。
桐崎さんに何か間違った返答をしたら、弾丸が飛んで来そうで
前途多難である。
そんなこんなで週末の放課後。
数学の授業で厄介な宿題が出たので、教室で健二と雑談しながら片付けていた。
……と、そこに万里花がやって来て、
「蓮様、明日父に会ってもらえますか?」
脈略もなく、いきなりそんなことを言い出したのだった。
「……わかった」
「いやっ、軽過ぎるだろ!」
万里花の父さんに会わせて欲しいと言ったのは俺なので、特に驚きもなく返事が出来た。
だが、事情を知らない健二からしたら、あっさりした返事に聞こえたのだろう。
「明日……か。スーツとか着た方が良いのかな」
一応許婚という事になっているので、服装はしっかりとした物の方が良いだろうか。
「普段着で大丈夫ですわ」
少し苦笑い気味に笑いながら、万里花が否定した。
……もしかして、滅茶苦茶張り切ってるように見られた!?
「てかお前スーツ持ってんの?」
「これから買いに行くんだよ! ……行く必要はなくなったがな」
まだ学生だから着る機会なんて無いのである。
「つーか何しに行くんだ? 結婚の挨拶?」
「まだ付き合ってませんー。何で許婚になったのか聞きに行くんだよ」
「まだって……」
「言葉狩りはやめろ」
一々にやにやするんじゃない健二。
赤面しないで万里花!
「で、では駅前で待ち合わせでよろしいですか?」
少したどたどしく万里花が言った。
「わかった。時間は?」
「午後2時頃にお願いしますわ」
「了解」
お待ちしておりますわー。と言い残し、万里花は教室を出て行った。
宿題を片付けていたので、気を使ってくれたのだろう。
「……お前まだ橘さんと付き合わないの……?」
「何だ藪から棒に」
まだ付き合わない理由は前に教えたと思ったが。
「普通に考えてよ。あんだけ綺麗で性格も良い子に何が不満あるんだよ」
「不満は特に無いが……」
「じゃあ何でなんだよ!」
「何でだろうねー……」
「…………お前、俺の話に興味持ってないだろ」
「うん」
だって宿題やってるし。
もう少し問題解いたら休みの日に宿題やらなくて済みそうだし。
それにコイツの場合、万里花が可哀想だからって理由で言ってるんじゃなくて、自分が
「蓮! 早く付き合って俺に
ほらやっぱり。
健二のために恋を無理矢理進めることはないのだっ。
「はいはい。あっちの一条から聞けば?」
「……くそう。駄目元で行ってくる!」
一条と桐崎さんも宿題かどうかわからないが、残って勉強していたのでそちらに厄介な健二を追いやる。
その隙に俺は宿題を進める。
休み前だからか問題が少し難しい。
「って蓮! 俺がいない間に終わらせる気だろ!」
ちっ。ばれたか。
……そもそも放課後に宿題をやっているのも、健二がやろうと言ったからだ。
「お前に教えながらやると時間かかるからな。悪いな」
「悪いと思うならやるなよ!」
健二の泣き言を聞きながら、俺は宿題にトドメを刺すのであった。
…………が、結局健二の宿題が終わるまで付き合う事にした。彼はあまり数学が得意ではないのだ。
その後、健二はお礼にと帰る途中でファストフードを奢ってくれた。
ご馳走様です!
「……………………」
一晩空けた翌日の午後。
俺は菓子折りを持って、万里花と約束した駅前に向かった。
そこで彼女と合流するまではよかったのだが……。
今、俺は彼女の家に向かう道中で、とても困っていた。
どれくらいかというと、人生で一番困っていると言っても過言ではないくらいだ。
一体何にそこまで困っているのかというと……。
「……? どうかされましたか?」
「な、何でもない! 絶好調!」
「は、はぁ……」
少し万里花をも困惑させてしまったが、致し方ないだろう。
万里花が可愛すぎる……!
彼女が私服姿でニコニコ微笑んでるだけなのに、なぜここまで可愛く見えるのか!
前回のデートの時とは違って、露出が少ない服装がまた上品さを際立て、奥ゆかしさを感じさせる……!
……マズイ。
今日の万里花は可愛さが凄すぎて(語彙力ゴミ)、服装を褒めることもできない……!
何だよお前、人を超えて天使にでもなるつもりなのか?
いつの間にか手を繋いでるし、傍から見れば完全にカップルだろう。
……もういっその事付き合っちゃう?
君の顔が可愛いのが好きですって付き合っちゃう……?
………………。
ゴミ屑男だー!!?
それ、相手の容姿が崩れたら速攻で別れる屑男ムーブだあぁぁぁ!!
でも普通に考えて、彼女に告白の答えを待たせてる時点で屑は確定では?
………………。
は、早く万里花の好きを見つけて告白の返事をしよう……!
って、何で好きが確定してるんだあぁぁぁ!?*1
「蓮様。私の家に着きましたよ」
少し呆れを含んだような声音だ。
「えっ。ごめん、ちょっと考えごとして……た……」
目の前にあるのは超高層ビル……。
地上から見上げて、ギリギリ最上階が見えるかどうか、という程の大きさだった。
「このマンションの最上階の1フロアが私の家なんです」
「え、なんだって?」
「マンションの最上階1フロアが私の家なんです」
「…………1部屋ではなく?」
「1フロアです」
「…………ふ、ふーん」
…………アレ?
マンションに住んでいるのは覚えていたけれども、1フロア丸ごととは……?
1フロア丸ごと買うってなると、一体おいくら万円するんだ……?
ボロアパートに住んでいる身としては、スケールが違いすぎて想像が出来ないや……。
「……蓮様がお望みになるのでしたら、お引越しして来ても良いんですよ?」
「いやぁ……。金銭的に無理じゃないかなぁ……」
「私と正式に婚約したら
「……はは」
笑って誤魔化した。
万里花さん軽く言ってるけど、一緒に住むってことなんだよね?
……うーん、想像したらイケナイ妄想をしてしまいそうなので、意識を現実に戻した。
……万里花さんも! 言って照れるなら言わないでよ!
「よし、行こうか」
「はいっ! ……そんなに気負わなくて大丈夫ですよ? 父はとっても優しい方ですから」
俺の声の硬さからか、緊張している事はバレバレのようだ。
「それは一人娘だから溺愛しているのでは……」
「そんなことないと思いますけど。部下思いだとも聞いてますよ」
「ふむ……」
それをお父さん自身から聞いたのか、それとも部下本人に聞いたのかで大分印象が違うな。
エントランスに入り、カードーキーを
エレベーターの中に入ると、階を指定する間もなく動き出した。
カードキーが
「うちのアパートとは大違いだな」
「……そうなのですか?」
「俺の家はエレベータもないし、カードキーなんて無いからな」
万里花の家は最先端の技術を使って、セキュリティも充実してそうだ。
それと比べて俺の家はボロいし、鍵も簡単に壊して侵入されそうだし、全然違うな。
「実家みたいなものでしょうか……? 今度、蓮様のお家に行ってみたいです」
絶対違います。
「俺の家は何も無いけどな。……万里花が
楽しみにしてますね。と万里花が微笑んで、エレベータが目的の階まで辿りついた。
……アパートの階段補修からしなきゃ。
「めっちゃ広い」
目的の階に着いてからの一声がそれだった。
気分的にはホテルの廊下を歩いているような気分だった。
思わずキョロキョロと辺りを見回して、万里花に見つめられていることに気が付いた。
…………。
「…………すまん」
「いえいえ。満足するまで眺めても構いませんよ?」
「遠慮しておく。高そうな物とかありそうで怖いし」
マンションの1フロア分を占有できる程の財力だ。
気軽に探索して、高級品を壊しました! なんて事もありえそうなので、大人しくしていた方が良いだろう。
「帰ったかマリー。早かったな」
「あらお父様。ちょうど呼びに行こうと思ってた所です」
廊下(?)を歩いていると、長身で威厳のある男性が現れた。
恐らく――というか、万里花がお父様と言っているので、彼女の父親だろう。
……というより、こんな強面の男性から万里花が産まれたと思えないから、だろうか……。
いや、失礼な事を言っているとは思うが、全然彼女と顔つきが似てないんだもん!
「お父様! この方が私の婚約者の、倉井蓮様ですわ!」
「……初めまして。私、倉井蓮と申します。以後、お見知りおきを」
許婚を受け入れるにしても解消して貰うにしても、今後も会うことが予想される。
ネットで調べた挨拶だが、問題無いだろうか……?
「……ふむ。橘 巌だ。よろしく頼む。……まぁ座りなさい。ゆっくり話そう」
「失礼します」
あんまり緊張しないと思ってたのに、いざとなると震えが……!
「そこまで畏まらなくて良いですよ蓮様。少しリラックスです」
見兼ねた万里花がそう言って、俺の右腕に抱き着いて来た。
……余計に緊張しそうなんですけど。
抵抗空しく抱き付かれたまま席に座る。
何だか、本当に結婚の挨拶に向かっている気分だ……!
「……マリー」
「良いではないですか。私のことはお気になさらず」
「はぁ……。君は良いのか」
「いえ……はい。大丈夫です……」
すみませんお父様。
こんな幸せそうに抱きついている彼女を引き離すなんて、俺には出来ないのです。
無力な私をお許しください……。
「……これ、つまらないものですが」
「……ああ、頂こう」
菓子折り渡すことに成功!
第一関門突破だ! 関門がいくつあるか知らないけどな!
少し気分を落ち着かせていると、橘さんがこちらを見ていることに気が付いた。
……もしかして、俺もう何かやっちゃいました!?
慌てて口を開こうとした瞬間、それよりも先に、
「君は……、私の傷が気にならないようだね」
そう橘さんが言った。
…………あ、橘さんの左目に、線を一本引いたような傷跡がある。
もしや、それについての武勇伝を語りたかったとか!?
俺が視線をその傷に向けた時に、”ふふふ、この傷が気になるのかね?”みたいな感じで語りだしたかったとかー!?
「この傷は君の学校にいる一条君の親に付けられた物でね。つい、同じ学校の君に話したくなったんだよ」
「は、はぁ……」
いきなりそんなことを言われても困る。
大体、最近まで一条との関わりはあまり無かったし……。
「蓮様。お父様も緊張して何を話して良いのか迷ってるのです」
万里花ぁー!!?
「マリー! そがん事言わんで良い!」
いや、緊張してるのは本当なんかいっ!!
びっくりした……。
一人娘の許婚を見極めてやるぜ。へっへっへー。みたいな感じではなく、橘さんも普通に緊張していたとは。
……緊張を表情に出さない所、親近感が沸きます!
「……すまない。見苦しいところを見せた」
「いえ! お気に為さらず!」
どちらかというと、こちらの緊張も解れたので良かったです!
「さて、本題だが……」
橘さんが大きく息を
「娘との婚約を知ったのは何時かね?」
「万里花さんが転校して来た日に知りました」
「そう、か……。やはり、君の親は知らせなかったんだね」
この口振りから、やはり橘さんは俺の親に接触している事がわかった。
……だとすると、なぜ許婚の事を橘さんが認めたんだ……?
「失礼ですが……、橘さんは私の親とどうやって接触したのですか? 万里花さんから聞いたのですが、橘さんは警視総監でいらっしゃるんですよね? ……どうやって私の親と? そもそも私が万里花さんの相手だと、どうやって知ったんですか?」
少し早口気味に尋ねた。
親の事となると、どうしても落ち着かない。
「……一つずつ答えようか。まず君の父親だが、彼は検察官をやっている」
そうなんだ。
知らなかったぜ……!
「刑事と検察官の繋がりでね。少し話をさせて貰ったんだ。それと君の所在を知っていた
間を少し取って、
「君が娘の所に来た時には知っていたのだ。娘にはいつも護衛を付けていてね、君が帰る時に尾行して貰ったという事だ」
「な、なるほど……」
確かに護衛は居るよね!
昔の俺は調子に乗って楽に侵入できるぜぇ! 見たいなことを思っていたが、ただ見逃されていただけなのね……。
は、恥ずかしい……!!
そんな心境だから、尾行になんて気付く筈も無い……。
「ところで、話は変わるが……」
「は、はい!」
自己嫌悪に陥っていたが、何とか思考を橘さんに戻す。
「君は娘から婚約の知らせを聞いたわけだが、他に好きな子は居なかったのかい?」
「え、はい。居ませんでした」
付き合った事どころか、気になる女性も居なかった。
強いて言うならば、桐崎さんたちを美人だなぁ、と眺めるくらいだ。
「私を待っていてくださったのですものね! 婚約の事は知らなくとも、私のことは覚えていてくれましたし!」
「えぇ……? ま、まぁ……うん……」
いや、覚えていたのはそうなんだけど……。
ニッコニコの笑顔で言われているのと、大部分が合っているので否定する事が出来なかった。
「……娘に甘いのは結構なことだが、君は少し言い返した方が良いんじゃないかね?」
「…………ガンバリマス」
だって、貴方の娘さんって大層な美人じゃないですか。
とんでも無い無茶を言われているわけでもないし、言うこと聞いちゃいますってー。
ははははははー!(現実逃避)
「マリーは体調が良くなってから君の所に行くと聞かなくてね」
懐かしむような声音で橘さんが話す。
「君の所に来るのに妻と何度も大喧嘩して――――何やっとるんじゃマリー」
「……なんですかお父様。私、何も聞こえませんでしたわ」
「――っ!?
橘さんの話の途中、突然万里花が俺の腕を引き、彼女の豊満な胸に抱きとめた。
そして俺は彼女に耳を両手で塞がれ、視界も音も聞こえない状態にされてしまったのだった……。
一体どうしたんだ……?
抱きとめられたため、橘さんの話が途中から聞こえなくなったが、俺に聞かれたくない話でもしてたのだろうか。
彼女の柔らかい感触をふがふがと味わいながらそんなことを考える。
…………心地良い。
はっ! 駄目だ。
今は橘さんの前なのだから、こんな格好をいつまでもして居られない!
「……妻との話をするのは駄目だったか?」
「蓮様に知らせる必要はないかと。一応
万里花を抱きしめ返すわけにもいかず、両手を上げたり下げたりしてしまう。
彼女を引き剥がすとしても、やはりどこを掴んでいいのかわからない……!!
「わかった。お前がそう言うならそうしよう。……いい加減、離してやりなさい」
「……仕方ありませんね」
……万里花が力を抜いたので、ゆっくりと起き上がる。
じ、っと万里花を
…………くそう、何も言えない……!
美人って卑怯。超卑怯だ。
何も文句言えない……。顔が熱くなっている。
一体、今何を話したんだ……?
「……少し休憩にしようか」
橘さんは万里花の方をちらりと見てそう言った。
ちょっと注意してやって下さいよ! 俺は彼女に何も言えないんだから!(糞雑魚)
「はい。……私、お茶の用意をして来ますね」
万里花はそう言うと、台所(?)の方へ向かって行ってしまった。
娘の胸に顔を埋めて赤くなっている男と、その娘の父親の二人きりという状況。
……とても気まずいのですが!
「……娘は、君に今のようなことをよくするのかね」
「……いえ、……いや、たまになら、あります」
「そうか。苦労をかけるね」
「いえ、それほどでは!」
怒られるどころか心配されてしまった。
万里花と触れ合うのは恥ずかしいけれど、嫌いなわけじゃないからな!
むしろ嬉し……げふんげふん……。
「さて、二人きりだ。腹を割って話そうじゃないか」
「…………そういう事だったんですね」
万里花が席を立ったのは、橘さんが仕組んだものだったらしい。
「君は……、不思議な力を持っているね?」
「………………ええ」
予想できたことだった。
万里花は俺があげたネックレスを自慢したと言っていたし、何よりこの人は俺の親と会っている。
「…………知っていて、よく万里花さんの許婚になんてしましたね」
「どういう意味かね」
「聞いたんでしょう? 俺の親が、俺のことをなんて言っているか」
「………………」
「化け物、とか。忌み子とか人生の汚点だとか言ってませんでしたか?」
「そうか……。君は全て知っていたんだね」
橘さんは重くため息を付いた。
やはり、橘さんは俺の親が俺に対して憎しみの感情を抱いている事を知っていたらしい。
そうなると、やはり疑問は、
「どうしてそれを聞いて彼女の許婚に? 貴方が万里花さんを愛してるのはわかる。でも、だったら! 俺の許婚になんか普通しないでしょう!?」
「……娘がね。君を好きだと言うんだ」
「っ! だから――」
「聞きなさい」
「っ……」
決して大きい声というわけではなかったのに、その声の重みで思わず怯んでしまった……。
「……君の優しさが好きだと。外の世界の事をたくさん話してくれた事が好きだと。太陽の日差しを浴びながら歩く散歩が気持ちの良い事だと教え、外の世界は悪い事以外にも良い事があると娘に伝え、それを可能にしたのが君だ」
「そんな……、俺は……」
……確かに話したのかもしれない。
軽い気持ちで。
……本当に軽い気持ちで。彼女の病気を治してあげられるとわかっていたから。
「私の娘と
「…………」
「……君に見て貰いたいものがある」
「なんですか……?」
橘さんが差し出したのは一枚の書類だった。
「……これは?」
「転居届けだ。君の親の署名も入っている」
「え……?」
………………?
「君が正式に万里花と婚約するのなら、ここに住むと良い。幸い部屋はたくさんあるからな」
「え、ちょ、な、本気ですか!?」
もしかして、
そ、そんなことをするメリットなんてないはずなのに……。
「君と両親の関係を知ってね。娘の恩人であり、想い人である君が、そんな仕打ちを受けている事に我慢ならんかったんだ。未来の息子を支援したって問題は無いだろう?」
「みらっ!? ……だからって、同棲を許すなんて――」
「問題ない。書類上はただのお隣さんだ」
にやり、と悪い笑顔を浮かべる橘さんの顔は、万里花に少し似ていた。
「…………そうですか」
橘さんのいう仕打ちが良くわからなかった。
俺は両親との関係は最悪と言っても良いが、高校に行かせて貰っているし、俺が望むなら大学の金までなら払うと約束してくれている。
住処だってあるし、普通に生活できるだけのお金は貰っている。
橘さんにそこまでして貰う理由は……。
「君が気に病む必要はない。迷惑だと言うなら断ってくれて構わない」
「…………はい」
「時間はある。ゆっくり考えてくれたまえ」
この後、しばらく経ってから万里花がお茶を持って戻って来た。
橘さんと2人きりで話した時とは違い、軽い感じで雑談に興じた。
主な話題は俺と万里花のことと、学校の話だった。
……引越し云々の話は、俺が万里花と付き合ってから考えることにした。
もし、本当に引っ越すとなっても、彼女と付き合っていなければ、お世話になる理由もないわけだし。
「今日は楽しかったですね」
隣を歩いている万里花がそう言った。
「……だな。最初は緊張したけど、最初だけだったよ。万里花の言ってた通り優しい人だな」
「そうでしょう? ふふ」
橘さんに夕食を誘われたが、今日は断って帰ることにした。
万里花は俺を駅まで送ってくれている。といった状況だ。
そうなると帰りの万里花が心配になるが、彼女には優秀な護衛が付いているから大丈夫だろう。
「それにしても、万里花が言ってた事は本気だったんだな」
「何のことですか?」
本当に何のことかわからない。といった表情だ。
「……? 家に行く前に、お引越しして来ても良いよって言ってただろ? まさか本気だったとは思ってなかったけど……」
「へ……?」
なぜか万里花が足を止めた。
「その話、本当ですか。蓮様」
万里花の方を振り向くと、彼女の表情が消えていた。
…………?
「うん……。橘さんが言ってた……よ?」
「……すみません。蓮様。今日はここでお別れです」
なんだろう。
雰囲気がとても怖い。
「……わかった。気をつけて帰ってな」
「はい。では、御機嫌よう」
今の万里花を引き止める言葉を、俺は思いつかなかった。
彼女は小走りで家の方へ向かって行った。
何かマズイことを言ってしまったのだろうか……。
もしかして、一緒に住むって話を万里花は知らなかったとか?
…………今度聞いてみよう。
そんなことを考えながら、俺は万里花の姿が見えなくなるまで見守ったのであった。
読み飛ばした方のために。
・万里花のお父さんに挨拶しに行きました。
・蓮君が娘と正式に婚約するなら引越して来ないかい?
・蓮「……もし万里花と付き合ったら考えよう」
こんな感じです。