夏休みに入り数日が経った。
その数日の間に万里花と会うことは無かったが、メールアドレスを交換したことで、やりとり自体は多く交わしていた。
その
……万里花とやり取りをする以前は、一日に携帯を触る回数が数回しか無かったというのに現金な物だ。
日中にメールで他愛ない事を話して、夜に電話で声を聞くというのがパターンになりつつある。
そんなに電話でやり取りをしているなら、実際に会った方が良いのではないのかと思うかもしれない。
しかし、今彼女は実家に帰省しているのだ。
………………。
……心配していない訳ではない。
むしろ、心配し過ぎているかもしれない。
しかし、俺は原作で万里花の事情を知っているから不安になっているだけなのだ。
彼女からしたら、俺がそんなことを知っているという方が不安になるだろう。
電話で万里花と話している時に、何か問題が無いかと尋ねても、
『いいえ? 何も問題ありませんわ。……そうですね、強いて言うなら蓮様のお顔が見れないのと、触れ合えないのが辛い事くらいでしょうか?』
と俺の心を締め付けるような事を言うだけで、万里花の母の話などは話題に上がらなかった。
……病気を治したことによって、彼女と彼女の母親の関係性も変わっているのだろうか?
病気が治っている時点で、原作であったような取引がされているとは思えないが、和解しているとは考えられない。
1週間程で
…………いざとなれば、九州まで会いに行けば良いし……!
そんな事情もあって万里花と夏休みに会えるのは、少なくとも1週間は先ということになる。
今まで彼女が転校して来てから、3日以上会わなかった事は無かったので、少し寂しさを感じてしまう。
………………。
……話を変える。
夏休みに入ってから2日ほど経った。
そんな中、今俺が何をしているのかというと……、
「倉井! こっちに来てくれ!」
「了解!」
返事をして呼ばれた方に全力で走る。
「倉井! こっちの運んで!」
「お任せください!」
お願いされた荷物を最短最速で運ぶっ!
「いやぁ……若いって良いですなぁ」
「倉井くんは特別ですよ。現場の中でも一番動いてるんじゃないか?」
俺は工事現場でアルバイトをしていた。
主な作業は建材を運んだり、物を支えたりといった肉体労働だ。
現場の作業員の人たちは優しいし、成果を多く出したらボーナスも出る。
最高の職場だっ!!
腕が疲れたら
呼吸が乱れたら
怪しまれないようにある程度動いたら休憩は取るが、本音を言うならずっと動いていたい。
なぜ夏休みに入ってすぐアルバイトをしているかというと、この夏休みの間に色々と資金が必要だからだ。
万里花と遊びに行く事だけを考えても、映画と祭りとプール。
他にも一条たちと遊びに行く事を考えると、資金は出来るだけあった方が良いのである。
この工事現場の仕事は日給であり、その日の仕事が終わり次第給料を貰う事が出来るので、まさに天職といった具合だ。
万里花も1週間程いないので、ここで休みの間遊べるくらい稼いでおきたいものだ。
「倉井くん! そろそろ休憩入って良いよ!」
「了解です!」
という訳で休憩に入る。
携帯で時刻を確認すると午後1時……と、何時の間にかメールが届いていたらしい。
相手は…………なんだ。健二か。
メールの内容は、今日の夜に一条たちとラーメン屋に行かないか。というものだった。
終業式の日の約束だが、早速行くらしい。
現場のバイトは5時には終わる予定なので、了承の旨をメールで返信した。
「お疲れ様でーす!!」
「また明日頼むよ! 身体ゆっくり休めるんだぞー!」
「心配ありがとうございます!」
現場長から給料を手渡しで貰い、そのまま帰路に着く。
ラーメンを食べた後に、また汗を掻きそうだが……それはそれ。もう1度風呂に入るだけなので問題はない。
「おい」
るんるん気分で歩いていると、後ろから声を掛けられた。
俺に対して言っているのかわからなかったが、とりあえず後ろに視線をやる。
立っていたのは作業服を着た大柄な体型の男で、先程アルバイトをしていた現場の人間だということがわかる。
後ろを見ても、俺とこの男以外は誰も居ないので、俺に話しかけてきたようだ。
「なんですか?」
作業服のおかげで彼が現場の人間だとわかったが、アルバイト中に関わった記憶はない。
「お前の給料よこせ」
…………ストレートに来たなぁ。
そもそも何故俺の所に来たのか。
「何でですか? 貴方に渡す理由はありませんが」
「は? お前現場長に色目使って多めに貰ってたやろうが。不公平だ」
色目って……。
普通に多く動いてただけなんですけど。
「そうですか。では俺はこれで」
「……舐めた口利きやがって。痛い目に合わすぞ」
男は身体を揺らしながら、じりじりとこちらに擦り寄ってくる。
彼は大柄なので、それだけで威圧感を与えてくる。
は、話にならんな……。
「下手な殴り方したらそっちが怪我するぞ」
「下手な殴り方しなきゃ良いだけの話だろうが!」
そう言いながら男が駆け出して来た――!
しまった。出だしが遅れてしまった。
男が動く前に、背を向けて走り出していたら逃げ切れたかもしれない。
しかし、今の状況から逃げ出しても一発は背中に一撃喰らうだろう。
その場合転倒してしまう可能性もあるので、今から逃げるという案は却下だ。
だからといって、目の前の男と戦うという選択肢は選びたくない。
……一発喰らって、吹き飛んだフリをしてから逃げよう。
男の拳が顔面に向かって迫ってきた。
男の拳が当たる寸前に目を瞑り、全力で後ろにジャンプ!
その勢いのまま反転し、全速力で逃げ去ろうと走り出した。
…………のだが、2歩、3歩と進んで俺は立ち止まった。
顔面に来るはずの衝撃が無かったのだ。
……気になって後ろを振り向くと、俺を恐喝していた男がスーツ姿の女性に、手を捻られ地面に転がされていた。
男は意識も無いようだ。
……どういう事なの。
「おや、手助けは必要ありませんでしたか?」
「……いえ、助かりまし、た?」
振り向いたスーツ姿の女性が、微笑みながら俺に話しかけて来た。
女性の顔の中央辺りに、斬り傷のような物が入っており、橘さんのような凄みを感じさせる。
……さっきまで俺と地面に転がっている男以外誰もいなかったよな?
一体どこから来たんだ?
「あの、ありがとうございます。……その、貴女は一体……? ただの通りすがりでは、無いですよね……?」
ここで通りすがりと言われたら、お礼だけ言って立ち去ろう。
「ふむ。何も聞かされていないようですね。私は
「……ど、どうも初めまして。倉井蓮です……」
えっと、冗談を言っているわけではないよな?
彼女の身なりは整っているし、不審者というわけではないと思う。
「えっと、葉月さん?」
「呼び捨てで構いません」
「いやいやいや」
いきなり会って、しかも助けてくれた年上の女性を呼び捨てにとか出来ないだろ!
ど、どう会話して良いものか……。
「葉月さんは、その、なんて言えば良いのか……。俺とは初対面ですよね?」
「ええ、そうです。……戸惑っていらっしゃるので説明しますが、私は千花様のご命令で貴方を護衛しているのです」
「チカ様」
地下、チカ(魚)、……全然心当たりが無い。
「万里花お嬢様の母君です」
「ぶふぁっ!?」
どういう事!? 何が起きているの!?
どうして俺の護衛を命令するの!?
な、何ゆえに……!? まさか、俺を暗殺するため……いや、それなら護衛じゃなくて殺しに来ましたって言うだろうし、
「どういう事なんですかね……?」
自分の中だけでは答えが出ないので、素直に訊ねる事にした。
「言葉通りです。万里花お嬢様の婚約相手である貴方に、護衛の一人も付けずにいるとお思いですか?」
「お、お思いです……」
一般人にそんな思考は無いです……。
「……この場は私にお任せください。コレの処理が終わり次第戻りますので」
「りょ、了解です!」
処理って何!? 怖すぎる……!
小走りでその場から離れながら、携帯を取り出す。
アドレス帳から相手を選び、電話を掛ける。
相手はもちろん万里花だ。
「もしもしっ。万里花か!?」
『こんな時間に珍しいですね。そんな大声で、何か遭ったのですか?』
かくかく、しかじかと。
今あった出来事を万里花に話す。
『…………あんの母は……!!』
「万里、万里花……?」
今まで聞いたことのないような怒気を含んだ声だった。
『蓮くん。今度会った時に説明しますね』
「え? ちょ万里花? ……切れてる」
……どういう事なのだろうか。
万里花は実家に帰っているし、母という単語も出た。
病気が治った事で、万里花と母の関係も変化しているのだろうか。
「……考えてもどうしようもないか」
今度会った時に教えてくれると言っていたので、その時に色々聞こう。
今はともあれ家に戻ってシャワーを浴びよう。
「おーい。こっちだー」
「はいよー」
待ち合わせ場所に行くと、もう既に一条、舞子、健二の3人は集まっていた。
集合時間の5分前だが、みんな来るのが早いな。
「みんな早いな」
「飯の時間に遅れる程、愚かじゃないぜ!」
飯食うの遅くなったらイライラするからな、と健二は語る。
「俺と集は違うとこで集まってから来たからな。ちょっと早く着いたんだよ」
「ぬっふっふ~。俺と楽は親友だからなー!」
「ちょっ、おい! 絡むな馬鹿!」
一条と舞子はそういう事情らしい。
……舞子に絡まれてる一条は不快そうにしているが……。
色々と話しながらラーメン屋に向かう。
男子だけだと、途中でどこかに寄って行こうとか話題にも出ない。
真っ直ぐに目的地に進むのだった。
今まで機会が無かっただけかもしれないが、一条も舞子も話してみると楽しいものだった。
話し出すと歩調もゆっくりとなり、予定よりもラーメン屋に着くのが遅くなってしまった。
到着が遅くなってしまったせいか、少しお店の中は混みあっていた。
人数を店員に伝えると、席を用意するまでに時間が掛ると言われたので、待合席へと進む。
ここまで会話をしているうちに、もう苗字で呼ぶような仲じゃないだろう。
ということで、皆で名前を呼び合う関係になった。
「いやぁ~。話込んじゃったね~」
集がおどけた風に言う。
「ま、すぐ座れるだろうさ。食い終わってる人も居るみたいだし」
楽が客席の方を眺めながら言った。
健二はメニュー票を真剣な眼差しで見つめている。
俺は何を食べようか?
「楽と集は何を食べるんだ?」
「俺はいつも通りしょうゆ味だな」
「俺は味噌味にしよっかな~」
上から楽、集と続く。
「オススメの味は何かあるか?」
「うーん、特にねぇな。好みの味にしたらどうだ?」
「俺は味噌がオススメだよん。ま、俺自身の好みってだけだがな!」
特におすすめの味はないらしい。
ふと気になって健二の方を見やると、
「うぬぬ……。豚骨にしようか、いや、味噌も良い……。いや辛めというのも……」
健二はまだ迷っているようだった。
……特にオススメがあるわけではないようなので、
「ん、俺は塩にしよう」
味薄めでね!
ラーメンは普通に美味しかった。
ラーメン屋で話し込むのは店の迷惑になるだろう。ということで、俺たちはファミレスに移動した。
ドリンクバーを頼み雑談に興じる。
「海に行く話ってどうなったんだ?」
俺はオレンジジュースを飲みながらみんなに尋ねた。
「みんなの予定合わせるとなると、少し難しそうなんだよね~。行くとしても、休みの後半になりそうかな」
「意外とみんな忙しいんだな」
夏休みは基本暇な俺とは大違いだ。
「健二は夏休みどうしてるんだ?」
「あ? あー、俺は家でゲームしたり、ラノベ読んだりするくらいかなぁ」
「普段の休みと一緒だな」
ま、休みだからといって皆が皆特別な事をするわけではないか。
「楽とかは? どっか行ったりするのか?」
「いや、特に無えな。予定って言えば千棘と会うくらいか?」
「俺も予定は無いな。……楽と蓮みたいに、可愛い彼女もいないし、ナ!」
『彼女じゃないし!/ねぇし!』
集のからかいに、俺と楽の声が被った。
……って、おい。
「ん? 楽と桐崎さんは恋人のはずだろ?」
当然の如く健二が疑問の声を上げていた。
……これは……、
「しまった……」
「……すまん、楽。つい2人の時と同じように……」
2人が項垂れている様子を、健二が不思議そうに眺めていた。
……すぐに誤魔化せばまだなんとかなりそうだったが……。
「その、誰にも黙ってて欲しいんだが……」
諦めて楽が事実を話し始めるのだった。
「…………えっと、つまり楽と桐崎さんは
驚きのあまり小声になった健二が、確認するように言い返した。
「……まぁ、桐崎さんの照れ隠しは異常だとは思ってたしな」
「え、蓮は怪しいと思ってたのか?」
「なんとなくな」
……本当は最初から知っていたのだが。
まさかそう口にするわけにもいかない。
「すまん……。そういう事情だから他のみんなには内緒にしてくれると助かる……」
楽が両手を合わせて頭を下げている。
「当たり前よっ! 友人の隠してる秘密をバラす程、腐っちゃいねぇぜ俺は!」
「性根は腐っているけどな」
「おい馬鹿蓮。どういう意味だ」
っと。掛け合いは自重するんだった。
悪い悪い。と謝りその場をやり過ごす。
「俺も誰にも言わないよ。……町が滅びるなんて言われたら尚更な……」
「大げさに思われるかもしれねぇけど、実際ありえそうなんだ……」
楽が顔を若干青くする。
身内がたくさんいるというのも大変そうだ。
「んじゃ……、俺がよく聞いてた桐崎さんとの話も、毎回迷惑だっただろ。悪かったな……」
「ああ、いや。そんなの知らなかったんだから仕方ないって!」
楽があたふたしながら、健二が頭を下げるのを止めようとしていた。
「でもそうなると、楽も桐崎さんも嫌いあってるまま、なのか?」
「えっ!? あ、当たり前だろうがっ! 誰があんなゴリラ女好きになるっていうんだよ! がさつだし暴力的だし可愛げないし――」
「「…………」」
思わず健二と二人で顔を見合わせる。
楽はまだ文句を言い続けているが、顔を赤くしながら早口で捲くし立ててる様子を見ると、照れて逆の事を言っているようにしか見えない。
……ツンデレというのか?
本当に嫌いというなら照れながら言う必要はないし、もっとこう、嫌悪感というのを醸し出して言うだろうし……。
「あー……楽。わかったからもういいぞ」
「――はっ!? 悪い、ちょっと言い過ぎた……」
「……別にいいけどよ、桐崎さんに直接言うんじゃないぞ」
呆れたように健二が言った。
「え、なんでだよ」
「外面はがさつに見えても、中身は繊細って事もあるだろ? ニセモノっても恋人なんだから、それくらい配慮してやれよ」
「…………と、エロゲーの知識を健二さんが言っております」
「馬鹿野郎! エロゲは大学に入るまでの楽しみにとってあるんだよ!」
やるのは確定なのか……。
「おっ、気が合うね~健二君! やっぱそういう制限あるのは、ちゃんとルール守らないとね!」
今まで話に加わってこなかった集が勢いよく言った。
楽の話をしていたから、今まで黙っていたのだろう。
「「はぁ……」」
健二と集のよくわからない話を聞き流して、楽と同時にため息をついていた。
ドリンクのおかわり持ってこよう。と声を掛けて2人で席を立った。
俺たちの無駄話は、外出可能時間ぎりぎりまで続いたのであった。
Q.この話いるの?
A.いるの。
追記。
隠衛の人は原作に登場しますが、名前が不明だったのでこちらで勝手に付けさせて貰ってます。