回復チートでニセコイに転生   作:交響

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8話

 

 ホラーは苦手だ。

 作り物のホラーだと尚更怖い。 

 何故かと言うと、作り物のホラーは脅かそうとしてくるからだ。

 

 例えばホラー映画。

 怖いシーンになると、まずBGMで恐怖を煽る。

 そこから徐々に効果音などを使いながら怖いのが来ますよ。と観客を充分に震え上がらせた所で、特大の音量で観客を恐怖の底に陥れる。

 ……趣味が悪いのでは?

 

 同様の理由でお化け屋敷も苦手だ。

 屋敷の中で怪しげなBGMを流して、突然機械か人が飛び出して来ると同時にでかい音を鳴らして、客に恐怖を与えるのだ。

 そんなのビビるに決まっているわ……。

 

 と、現実逃避しているが今日はそのうちの1つ、ホラー映画を見に行く事になってしまったのだ。

 既に待ち合わせ場所に居るが、まだ万里花の姿はない。

 彼女は映画館で映画を観たことが無いらしく、今回のデートで初体験と言っていた。

 

 誰の入れ知恵かは知らないが、実家でカップルで映画を観るならホラーが良いと言われたそうで、どうしても行きたいとの事だった。

 ……最初がホラーで良いのだろうか……。

 

 万里花の企みとしては、ホラーシーンで俺に抱き着こう等と考えているのかもしれない。

 しかし断言しよう。

 もしそうなるとしたら、抱き着くのは俺の方だと!

 むしろ映画よりも万里花を見ていたい程である! 

 …………出来るだけ情けない所を見せないように気を付けよう……。

 

 

「蓮様ー!」

 

「万里……っ!?」

 

 

 突如現れた万里花が俺に向かって抱きついて来た――!?

 彼女の勢いに乗って、ふわりと柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。

 思わず抱き止めると、身体に暖かさが広がった。

 

 

「ああ……、久しぶりの蓮様ですわ……!」

 

「う、うん……」

 

 

 安心したように身体を預けてくる万里花だが、今の状況に気付いているのだろうか。

 待ち合わせしていた場所は、あまり人気(ひとけ)のない公園であるが、流石にここまで密着していると注目を浴びてしまうだろう。

 ……ほら。

 微笑ましそうに見てる老夫婦とか、嫉妬の表情でこちらを睨みつけてくる男などから、予想通り注目を浴びている。

 

 ……と、万里花も今の状況に気が付いたのか、ビクッ! と身体を震わせ、抱きついていた力が少し弱くなった。

 なので俺も抱きとめていた腕の力を弱めた。

 

 ゆっくりと、万里花は俺から離れていく。

 彼女は俯いていて、表情は判らなかったが、頬が赤くなっているのは確認できた。

 

 

「……申し訳ありません……。久しぶりだったので、つい……」

 

「あー……。なら仕方ないな……」

 

 

 何が仕方ないのか(自問未答)。

 目を泳がせ、恥ずかしいのかゆっくりと後ずさる万里花。

 出会い頭に抱きつかれて、よく彼女の服装を見ていなかったので、今の隙に確認する事にした。

 

 今日の万里花は白のワンピーススタイルで、涼しげな格好をしていた。

 肩にショルダーバッグをかけて、首にはいつも通り、昔に俺が渡した勾玉のネックレスを掛けている。

 ……圧倒的、清純派お嬢様スタイルだ――!!

 

 

「いかんいかん」

 

 

 変な妄想を始める所だったので、意識を現実に戻す。

 しかし現実に戻っても、万里花が可愛いという事実は消えないわけで、なんというか……困る。

 心の中の天使と悪魔が、もう付き合っちまえよー! と言っているが、俺はそんな誘惑には負けない!

 だって、見た目で付き合うとか最低だろ!

 でも最近彼女の性格も好き、というか内面に触れても嫌な感じが全くしないというか……。

 あああああああ!! 

 

 

「……?」

 

 

 心の中の天使と悪魔と戦っていると、左手の指先をちょこんと掴まれる感触が。

 そちらの方向を見ると、万里花がこちらに視線を向けないまま握っているのが判った。

 先に復活したのは彼女だったようだが、完全に平常心に戻ったわけではないらしい。

 

 

「……行くか」

 

 

 指先だけ握っていた手を離し、改めて手を繋ぎながら問い掛ける。

 

 

「……はい。お願いします」

 

 

 お互い、顔を見れない状態から始まったデートは、()()()()()()()

 やっぱり夏は暑いな! 顔、というか身体全体が熱くて仕方がない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩き始めて数分も経つと、出会い頭の出来事が薄れて来たのか、会話をする余裕が出て来た。

 主に話題は万里花の実家の話だった。

 彼女は実家で地元の友人と遊んで来たらしい。

 

 

「蓮様の事、一杯自慢しちゃいました♪」

 

 

 と満足げに言う彼女に、

 

 

「何を自慢したんだ?」

 

 

 と訊ねると、微笑んだまま話題を変えられてしまった。

 ……一体何を自慢したんだろう。

 気にならない訳ではないが、秘密にしたいようなので、話の深堀はしない事にする。

 

 俺の護衛の話についてだが、万里花の母さんが付けたというのは本当らしい。

 万里花の母さん――ここからは千花さんと呼ぶが、が俺の身辺調査の報告を聞いて護衛を付けたんだとか。

 ……うん。うん? いや、重要なのはそこなのか……?

 

 万里花は母がご迷惑を掛けて申し訳ないです――と謝っているが、俺はお礼を言う事しか出来なかった。

 守って貰ったしな?

 

 正直に言って、万里花と千花さんの関係を聞きたい。

 しかし、俺が2人の仲が悪いという事を知っているのはおかしいわけで、この状況から訊ねるとしたら、どう聞くのが良いんだろうか。

 ……とりあえず、万里花と千花さんの関係はあまり悪くない。と仮定して置こう。

 そう予測する事しか出来ない。

 

 

「でも聞きましたよ蓮様。蓮様のお家は侵入し放題だって」

 

「えぇ? ……まぁ、入ろうと思えばすぐ入れるけど。別に金目の物とかは無いから大丈夫だと思うぞ」

 

「そういう問題ではありません! ()()の身に何か遭ったらどうするんですか!」

 

「う、うーん……」

 

 

 何か遭ったら治すだけだが……。

 あそこで暮らし始めて、およそ5年程。

 その間に何も起こらなかったから、危機感とか特に起きないんだよな……。

 

 

「……蓮様。私、本当に心配してるんですのよ?」

 

「それは判ってる……だけど、どうしようもなくないか? 引っ越すわけにも行かないし……」

 

 

 引っ越すという手が無い以上、後考えられるのは防犯対策とかだろうか。

 あのアパートに監視カメラとか、似合わないな……!

 

 

「蓮様ってば、もうお忘れですの?」

 

「?」

 

 

 はて、何を忘れたか。

 護衛が付いてるから防犯対策はいらない、とかだろうか。

 

 

「……私のマンションにお引越しして下されば、お金も要りませんし、安全ですわよ?」

 

「…………俺は安全になるだろうな。でも、万里花は危険が増えるかもしれない……ぞ」

 

「あら、それは一体どんな危険ですの?」

 

 

 怪しげに笑いながら、聞き返してくる万里花。

 

 

「……例えばだが、俺が鍵を無くした時とか、あと家の出入りも増えるから…………なんだ?」

 

 

 万里花が話の途中で、手を繋いでいる手とは逆の手で二の腕辺りを掴んできたのだ。

 

 

「むー……」

 

 

 可愛らしく頬を膨らませる万里花。

 

 

「……」 

 

 

 ……あぁ! そうだよ! ヘタレたんだよ!

 逃げました。

 自分から話題振って逃げましたー!!(やけくそ)

 

 

「……むー」

 

 

 顔を逸らして逃げていると、万里花が頬を膨らませながら抗議の声を上げる。

 そんな事してるけど万里花さん! 今のまま変な話して空気おかしくなったら責任取れるんですかっ。

 

 

「…………」

 

 

 万里花は何時まで頬を膨らませているのだろう。

 ……なんか、ムキになってるように見える。

 掴まれていない右手で、膨らんでいる万里花の頬を親指と中指で潰した。

 ぷふー、と空気が漏れる音がした。

 

 

「……ふふっ」

 

「な、なんばするとー!!?」

 

「お、おい、やめっ!?」

 

 

 万里花が頭突き攻撃を始めた!

 地味に痛い!

 左手を両手で掴まれているので、逃げることもできない。

 ゴス、ゴスと何度も頭突きを繰り返されている……。

 

 

「わ、悪かった万里花。だ、だからやめて……」

 

「う~。蓮君は昔からいぢわるばい……。いきなり頬を触るなんてややけん……」

 

 

 拗ねたように言う万里花。

 ……申し訳ないんだけど、ややけんってどういう事なんだ?

 拗ねてるように見えるし、嫌だったという事だろうか。

 

 

「……機嫌直してくれよ万里花……」

 

「……しょんなか。もうせんでね?」

 

「しません」

 

 

 なんだか万里花の方言が可愛らしく聞こえて来た。

 ……でもそのために怒らせるのはなぁ……。

 

 

「……こほん。つい先日まで地元に居たせいで癖が……」

 

「ちょっと判らない所もあったけど問題ないよ」

 

「判らない所がある時点で問題だと思います」

 

「……うむむ」

 

 

 いや、確かに話が通じないのは問題かもしれないけれど。

 

 

「でも、万里花が方言(そっち)のが話しやすいって言うなら、そうしてくれて構わないぞ?」

 

 

 頑張って方言を理解できるようにするし!

 

 

「……いえ。お気遣いありがとうございます。ですが、私はいつもの話し方で問題ありませんわ」

 

「ん、わかった」

 

 

 それが万里花の普通の話し方だと言うなら、何も言う事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と話しながら歩いているうちに、映画館があるショッピングセンターに着いた。

 凡矢理にあるショッピングセンターの中では規模が大きい所で、小売店舗や飲食店、ゲームセンターなど様々な施設が入居している。

 

 店の中に入り、店の案内板を見に行こうと万里花の手を引きながら歩く。

 ……映画館は4階のようだ。

 1階の案内図では、4階の詳しい地図が載っていないので、4階に行ってから映画館の位置を確認する事にする。

 

 

「映画館は4階だって」

 

「楽しみです」

 

 

 上映開始時間の1時間程前に来ているので、席が空いていれば良いが……。

 エスカレーターに乗りながらそんな事を考える。

 エスカレーターで万里花と手を繋ぎながら横並びしているが、前にも同じようにしているカップルがいるので問題は無いだろう。

 

 

「……映画館以外にも、たくさんありますわね……」

 

 

 感慨深しげに万里花が言った。

 

 

「こういう所はあまり来ないのか?」

 

「そんな事はありませんよ? ただ私がいつも行く場所は、お店の種類はあまり無いもので」

 

「ふーん? お高いお店なのか?」

 

「値段で言えばそうなると思います」

 

 

 さらっと言っている万里花だが、彼女の言うお高いというのは幾らになるのだろう?

 聞いてみたいような気もするが、恐ろしい値段が飛び出して来そうで怖い。

 

 

「はー……。流石お嬢様だなぁ」

 

「ふふっ。今度蓮様も体験してみますか? ()()()()()()()()で」

 

「……お高そうだから遠慮するよ」

 

 

 お坊ちゃまコースって……。

 護衛とか付いたりするのかな? 

 ……あ、もう居るわ。

 

 4階にたどり着き案内板を確認する。

 ……現在地点から北に進むと映画館があるようなので、そちらに歩みを進める。

 万里花も一緒に案内板を見ているのだが、映画館よりも違うお店の方に興味を持っていそうだった。

 もし寄るとしても、映画チケットを購入してからにしよう。

 

 万里花の手を引っ張りながら映画館を目指す。

 ……歩幅を合わせながら、少し前を歩くのがちょっと難しい。

 

 

「歩くの早くないか?」

 

 

 思わず訊ねてしまう。

 

 

「ええ。問題ありませんわ」

 

 

 万里花は微笑みを返してくれる。

 あ~抱きしめたい。

 …………違う。

 今のは、つい、心の中の悪魔が本音を言っただけで、口に出してないからセーフ。

 

 

「……」

 

 

 無言で万里花が左手に抱きついて来た。

 違いますー!

 心の中で思わず言ってしまっただけで、口からは出てませんー!

 セーフなんですー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここだな」

 

「……はい。人がたくさんですね」

 

 

 ……俺から見たらあまり人が多いように見えないが、万里花から見ると多く感じるらしい。

 とりあえず券売機に並ぶ。

 前にいる客は5人程で、券売機の数は3つあるので、券を買うのにそこまで時間は掛らないだろう。

 

 万里花は映画館が新鮮なのか、キョロキョロと辺りを見回している。

 ……その仕草がまた可愛い。

 

 可愛いせいで、他の男性客の視線まで集めている。

 あー……。他のカップルの男が万里花を見ているせいで、相手の女の人に怒られてる……。

 こんな魅力的な子の相手が俺なんだよな……。

 ちょっと優越感。いや、かなり優越感!

 

 

「……? どうかされたのですか?」

 

 

 小さく笑みを浮かべていた俺の方を、不思議そうに見つめて万里花が言った。

 

 

「ん。万里花と一緒で楽しいなって思ってただけ」

 

「っ。そ、それは……。私も一緒で楽しい、ですわ」

 

 

 少し照れてる万里花。

 これ以上言うと怒られそうなので自重する。

 

 万里花と一緒だからここまで楽しいのか。

 それとも、彼女でなくとも同じように楽しいのか。 

 

 今感じている楽しさが、万里花のおかげだからなのかどうかがわかった時に、俺は今後の彼女との関係をはっきりとさせる事が出来るような気がした。

 

 

「あ、蓮様。機械が空きましたよ」

 

「おう」

 

 

 機械が気になるのか、万里花が小走りで券売機に近付いて行った。

 券売機はタッチパネル式のようだ。

 見たい映画をタッチし、そこから席やチケットの枚数を指定するようだった。

 

 

「おお……」

 

 

 万里花が()()()()で画面を操作しながら感嘆の声を上げる。

 

 

「……いや、なんで俺の手でやってるんだよ」

 

「……?」

 

 

 俺の左手を持ち上げながら、何言ってるの? みたいな表情で見られた。

 

 

券売機(コレ)は男性以外は反応しないと聞いた事があったのですが?」

 

「そんな差別はありませんー。……触ってみろよ」

 

「…………わかりました」

 

 

 なんだがとても気合いを入れているように見える。

 そこまで緊張しなくても良いような……。

 通常通り、万里花の手でも機械はきちんと動いている。

 

 画面を下に移動させ、万里花は目的の映画を見つけられたようだ。

 

 

「この映画ですね」

 

「……だな」

 

 

 楽しそうにチケットの枚数を選んでいく万里花。

 ……ホラー映画じゃなきゃ微笑ましいのに……。

 ちなみに映画のタイトルは"屋敷"だった。

 ……いや、屋敷って……。

 名前の前に"死の"とか"恐怖の"とか付けなくて良かったのか?

 

 

「席はどこにしましょう?」

 

 

 映画タイトルを見ているうちに、万里花が席指定の画面を開いていた。

 

 

「前の方の席は見辛いから、真ん中か、後ろの方が良いな」

 

 

 券売機の画面を見ると、空席の数は多かった。

 今の状態ならどこの席でも選べるだろう。

 映画公開からしばらく経っているようなので、あまり人入りは多くないのかもしれない。

 

 

「万里花はどこが良い?」

 

「そうですね……。後ろの方が良いかと」

 

「ん、ならここにしよう」

 

 

 一番後ろの列から、2段下がった列の席が空いていたので、そこにする事にした。

 券売機がお金を入れて下さい。と音声を出したので、財布を取り出す。

 ……しかし、先に万里花がお金を払ってしまった。2人分。

 

 

「って、万里花! なんでもうお金払っちゃったの!?」

 

 

 は、早すぎる……!

 

 

「券売機に格好を付ける必要はありませんので。……というのは冗談で、父が蓮様の分も、とお小遣いをくれたのです」

 

「……い、いや。一応バイトしてたからお金に問題は無いぞ?」

 

「そこはラッキーだ。くらいに思って下さいよ」

 

「……そんな胆力ないです」

 

 

 せめてそこに理由が欲しいです、万里花さん……。

 

 

「なら、ジュース奢ってくださいな」

 

「……値段が釣り合わないんですけど」

 

「まぁまぁ」

 

 

 言い方が可愛いのでOKです。

 ……ってなるかぁー!

 

 

「チケットは買いましたが、映画開始まで時間がありますね」

 

「……だな。どっか行くか?」

 

 

 ……諦めは肝心。

 どこか違う所でお金を払おう。

 

 映画の会場に入場可能になるまで、少なくとも30分はある。

 飲食店に行くとなると時間的に厳しいが、他の店を回るくらいなら出来るだろう。

 他にも店のあちこちに置いてあるベンチで、ただ休憩するというのも良いかもしれない。

 

 

「色々回りたいです」

 

「了解。んじゃ、行こう」

 

 

 手を繋ぎ直して、ショッピングセンターに戻る。

 映画館の場所だけ覚えておき、行き先は万里花に任せることにした。

 歩いているだけなのに、彼女は楽しそうだ。

 

 

「……? なんですか?」

 

 

 ……見つめすぎたらしい。

 俺の、こういうじっと見ちゃう癖はやめた方が良いよなぁ……。

 

 

「ごめん。つい、楽しそうだったから」

 

「……ええ。楽しいですから」

 

「そっか。……俺も楽しいよ」

 

 

 ……ホラー映画の事を考えると怖いけど……。

 万里花は手を繋いでいるからか、あまり前を見ないで余所見している。

 行きたい場所を探しているのだろうか。

 

 

「色々あるな」

 

「……ですわね」

 

 

 普段1人でここまで来る事が無いので、活気の良さに感心してしまう。

 1人で行動している人も居るが、ほとんどが複数人で歩いている。

 余程の用事がない限り、1人で来る事は無さそうだ。

 

 

「あっ……」

 

 

 万里花が何かを見つけたらしい。

 

 

「どうした?」

 

「……アイス屋さんに行きたいですわ」

 

「……良いんじゃないか? 行こう」

 

 

 アイスをのんびり食べて映画館に戻れば、ジュースを買う時間などを考えても丁度良さそうだ。

 アイス屋に並んでいるのは女性客か、カップルしか居なかった。

 男1人でアイスくらい食べても良いはずだが、なんだか1人だったら目立ちそうだった。

 

 

「何味にしますの?」

 

「バニラかな。万里花は?」

 

「……私は、チョコ味にしようと思います」

 

 

 少し迷った風に言う万里花だった。

 

 先程の教訓を活かし、万里花がお金を取り出す前に2人分のお金を払う事に成功。

 ……何故かお店の人と万里花に苦笑されてしまった。

 無事にアイスを手に入れて、ベンチに座って味わう事にした。

 

 

「アイスと言えば、俺はこのコーンの部分が好きだ」

 

「ふふ。奇遇ですね。私もです」

 

 

 暑い日のアイスは特別においしく感じてしまう。

 やっぱり、暑い時に冷たい物を食べるのは良いね!

 

 

「……バニラ味美味しいですか?」

 

「うまです」

 

「お馬さんですか……」

 

「いや、違うよ? 馬じゃないからね?」

 

 

 くだらない事を言い合ってるだけなのに、なんだか楽しい。

 ふと、万里花の方を見るとこちらの方をじっと見ていた。

 更にその目線の先を辿ると、俺が持っているアイスの方を見ているようだった。

 

 

「……食うか?」

 

「はっ。い、いえ、そういう訳では無いのですよ!?」

 

「どういう訳だよ。……食いたいなら一口やるぞ」

 

 

 万里花の方にアイスを差し出す。

 

 

「う~。……頂きますわ……」

 

 

 諦めたかのように、万里花が一口アイスを頬張った。

 

 

「バニラ味も美味しいですわね……。蓮様も私の一口どうですか?」

 

 

 そう言って、万里花も自身のアイスを差し出してくれるのだが……。

 

 

「…………すまん。万里花。俺は、チョコ苦手なんだ……」

 

「…………へ?」

 

 

 (ほう)けたような声を出す万里花。

 ……まぁ、チョコが嫌いって言われたらそういう反応になってしまうか。

 回復(チート)があるので、アレルギーというわけではないのだが、残念ながら単純に味が好みではないのだ。

 

 

「……うう。しくじりましたわ……!」

 

「なんか、すまん……」

 

 

 もしかして一口ずつ交換しよう、とか考えていたのだろうか。

 ……悪いことしたな……。

 

 

「いえ、知ったのがバレンタインで無くて良かったと思いますわ。バレンタインには、チョコ以外の物をプレゼントして差し上げますね……!」

 

「お、おう……」

 

 

 万里花が決意を(みなぎ)らせている。

 何かくれるのは確定のようだ。

 1年のうちでも嫌いなイベントが、楽しみになってきたかも……!

 

 アイスを食べ終えると、映画の入場可能時間まであと15分といったところだった。

 ゆっくり戻って、トイレに行ったりジュースを買ったりしたら良い時間になりそうだ。

 

 

「戻ろうか」

 

「はい。映画楽しみですね」

 

「……そ、そうだな」

 

 

 あんまり怖くないとイイナー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いトイレを済ませてから、ジュースを買うのに売店に並ぶ。

 映画が始まる前だからか、少し混んでいる。

 

 

「ポップコーンはどうしましょうか?」

 

「んー……。アイス食べたからいらないかな?」

 

「それもそうですね」

 

 

 食べ物類はいらないという事になり、ウーロン茶とりんごジュースを頼むのだった。

 

 飲み物を買って、少しすると映画の入場可能時間になった。

 映画館の店員にチケットを渡し、映画館に入場する。

 お化け屋敷の門を(くぐ)るのと同じ気分だ……!

 

 上映スクリーンにたどり着くまでに、他の映画の宣伝をする一枚絵を眺めながら、鼓動を落ち着かせる。

 万里花はここまで来るのが初めてなのか、キョロキョロと辺りを見ながら感動している。

 ……そんなに純粋なら、初めてみる映画(一番最初)にホラーはやめようよ!

 恨むぞ……地元の友人!

 

 

「……」

 

 

 ああ、着いてしまった。

 会場の階段を登ると、丁度座席の中央辺りだったので、後ろの方に万里花を連れて進む。

 彼女は映画館に感動しているようで、連れられるがままだった。

 チケットを確認するとK列の席だった。

 

 

「明るいですわ」

 

「まだ始まってないからな」

 

 

 席に座って、足をゆらゆらとさせながら万里花が言った。

 あぁ……。色んな意味でドキドキする……。

 

 

「万里花」

 

「なんですか?」

 

「……手を繋ごう」

 

 

 ……改めて言う事ではないのかもしれないが、会話が出来るうちに言っておいた。

 

 

「はい」

 

「ん……」

 

 

 万里花の手を優しく包み込むように握って、いざ映画鑑賞へ……!  

 

 

 

 


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