「…………」
「…………」
映画が終わりエンドロールが流れている中、俺と万里花は魂が抜けたかのように口を開けていた。
怖かった……! 超怖かったよ……!!
簡単に映画のストーリーを説明すると、5人の若者たちが町のはずれにある屋敷に肝試しに行くという話だった。
肝試しに行った屋敷には殺人鬼が住んでいたという噂があった。
その噂は事実であったが、既にその殺人鬼は死んでいた。
しかし、その殺人鬼の怨念が屋敷に漂っており、屋敷に足を踏み入れた者を地獄に引きずろうと殺しに掛かってくるのだった。
……その殺し方がまたエグイエグイ。
地面を崩落させて殺したり、足首を切り落としてから嬲り殺したり……。
最後のシーンでは、主人公が脱出できた! と希望を抱かせてから腹をぶち破るという……。
もう見たくない。
「…………万里花、大丈夫か?」
エンドロールが流れ終わり、他の客が席を立ち上がるのを確認しながら問いかける。
「……映画館が、こんなにも怖いものだなんて、思いませんでしたわ……」
少し震えた声で答える万里花。
……違うぞ万里花。
映画館が怖いんじゃなくて、映画館で観るホラーが怖いんだ……。
音とか迫力が、普通の家で見るのとは段違いなのだ。
「……でも楽しかったですわ」
「まじかよ」
俺は楽しかったより疲労感の方が勝った。
映画が終わった今は安堵感しかない。
「蓮様が怖がっているところをたくさん見れましたし」
「……俺の姿かよ」
確かにビビってばっかりだったけど!
特にBGMが盛り上がって、恐怖感が増した時は万里花に抱き着く勢いだったけど!
そんなに面白いもんかね!!(エセ方言)
「ふふっ。まだ鳥肌なんじゃないですか?」
「……そんな事ない」
「本当ですか?」
にやにやと、万里花が意地の悪い笑顔で訊ねてくる。
本当ですよー! だっ。
「……そろそろ出ようか」
「はい。そうしましょう」
ほとんどの観客はもう映画館から退場していた。
映画が終わった会場に長く滞在するのは映画館の迷惑になるので、まだ気分は落ち着かないが俺たちも立ち去ることにした。
「そういえば、この後はどうしようか?」
映画館に行こうという約束はしていたが、これからの予定は特に決めていなかった。
「どうしましょうか?」
万里花が映画館のスタッフにジュースのコップを渡しながら聞き返してくる。
今の時間は午後4時。
晩御飯には少し早いし、これから違う場所に行くとなるとちょっと微妙な時間である。
「少し店の中でも回ってみるか。このまま帰っても暇だしな」
「はい! あ、でしたら私ちょっと行きたい場所が……」
「ならそこに行こうか」
案内板で見ていたお店だろうか?
2階にあるということなので、エスカレータで階を下る。
……やっと映画の恐怖が薄れて来たのか、体温が少しずつ上がって来たような気がした。
「来たかった場所って……、ここ?」
「はい。ここで合ってます」
映画館に来る時とは逆に、万里花に手を引かれながら辿りついた場所はゲームセンターだった。
ショッピングセンターにあるゲームセンターではあったが、中々に規模は大きい。
それなりに賑わっているようで、はしゃいでいるような声が聞こえてくる。
「……何かやりたいゲームでもあるのか?」
「いえ。一緒に写真を撮りませんか?」
「写真……ぷりくら、ってことか」
プリクラ……。仲の良い友人同士やカップルで写真を撮る機械。
俺は体験した事はないが、写真を撮るだけだし何も問題は無いだろう。
「いいぞ。……言っておくけど、俺はプリクラを撮った事はないから、操作とかわからないからな?」
「奇遇ですね。私も初めてです。……ふふ、似た者同士ですわね」
……似た者同士なのは良いが、初心者2人で出来る物なのかな?
「最悪、店員さんに聞きましょう」
「……プリクラの操作聞かれる店員もまず居ないだろうな……」
プリクラと言ったって、所詮写真を撮るだけなのだからそんなに難しくはないだろう。
万里花とゲームセンター内に進入し奥へと進む。途中でクレーンゲーム等が視界に入ったが、寄り道する事なく目的地に着いた。
「意外と大きいのですね……」
プリクラを見て万里花が言った。
「見たことも無かったのか?」
「恥ずかしながら、
「そうだったのか」
俺の場合プリクラを撮った事はないが、ゲームセンターに遊びに来たことは何回かあるので、存在は知っていた。
……クラスの奴が撮った写真を2回程見た事があるが、顔や目が変な風になってたな……。
あれって絶対そうなるのかな?
「ここにお金を入れるみたいですよ。……お札じゃ駄目みたいですね」
「写真撮るだけで1000円取られたら皆使わないと思う……」
むむ、と万里花が唸って。
「あ、さっきのお釣りで100円玉がありましたわ。……蓮様。残り2枚あります?」
「ありますあります。丁度半分ずつだな」
ちゃりん、ちゃりん。と100円玉を投入する。
機械から何名様ですか? と問いかけられた。
「2人っと……」
「蓮様。蓮様。カップルモードというのもありますよ!」
「……初めてだから普通のモードにしようぜ」
「わかりました。……また一緒に来ると思ってもよろしいですか?」
「……好きに思って良いよ」
「ふふ。楽しみにしてますね?」
……行くよ! 写真くらい何枚でも撮ってやらぁ!
くそう。
俺は万里花の問いかけを断るという選択肢は無いのか……!
俺を困らせている元凶の彼女は、軽くスキップしながら撮影ルームに入って行った。
「そんなに楽しみなのか……?」
個人的には写真を撮るという行為にあまり魅力を感じない。
普段、過去を振り返ったりしないからだろうか。
「遅いですわよ。蓮様」
「悪い悪い。ちょっと考え事してた」
プリクラの中は結構な広さがあり、5人くらい入れる程のスペースがあった。
2人で写真を撮るため、間隔には余裕がある。
が、予想通りというべきか、万里花との間隔はほぼ零だった。
「……狭くないか?」
「近付いていないと、端が切れちゃいますわ」
「そうなのか」
……手の先が切れていたりしたら、心霊写真みたいで少し面白そうだと思ったが口には出さないでおく。
万里花と2人で並んでいると、機械からポーズを取ってください。と音声が流れた。
「ポ、ポーズだと!?」
「……なんでそこで驚いてるんですか……」
呆れを含んだ声で言う万里花だが、いきなりそんな事を言われて困らないのだろうか。
普通に突っ立ったまま写真を撮ろうとしていたのに、ポーズって何をすれば良いんだ……。
どうしようか悩んでいると、機械から10、9、8、とカウントダウンが始まってしまっていた!
「ど、どうしよう……!」
「もう。普通にピースサインしておけば良いんですよ。ほら、笑顔で」
「ちょっ、まっ……」
万里花が腕に抱きつきながら、笑顔でピースサインのポーズを取る傍ら、俺はピースサインの成り掛け(指が3本立っている)であり、笑顔がとても引きつっていた。
「……ブフッ」
「わ、笑うなよ……」
くそう……。
万里花も初めてだと言っていたのに、なんだか慣れているような感じがするぞ。
次は冷静に行くぞ……!
目の前の機械に集中していると、ハートの形を作ってください。と音声が流れた。
…………。
「お前は人を軟体生物か何かと勘違いしてないか!?」
「……その、蓮様は少し冷静になった方がよろしいかと……。手でこう、ですわ」
「あ、あー……。そういう――」
万里花の方を見ていたらパシャリと音がして写真が撮られてしまっていた。
……初めての体験だからって、余裕が無さ過ぎるだろ俺。
次。次からは本当に冷静に行くぞ……!
……結局その後も機械に翻弄され、まともに撮れた写真は2枚だけだった。
万里花の映りはほとんど完璧だったのだが、相手の俺が変なポーズをしていたり、顔が引きつっていたりと散々な結果に終わってしまったのだった。
申し訳ありません! 万里花お嬢様!!
「落書きできるみたいですね」
写真を撮り終わった後、音声案内に従って移動した場所で万里花がそう言った。
落書きというのは、撮った写真に文字などを入れる事を言うのだろう。
「……俺の変な顔塗り潰して良いか?」
「駄目ですよ。面白い顔しているのですから……。ちゃんと取っておきませんと」
「えー……。なら、目線を黒く塗りつぶすとか……」
「犯罪者みたいなので駄目です。えーと、小咲さんの話では自分の名前を書いたりするとおっしゃってましたよ」
右手と左手の人差し指でばってんを作る万里花。
「名前か……。うむ、漢字だといつも通りだから、アルファベットにしてみよう」
「良いですね……。ではそのように」
「ちょっと待って。万里花が全部書くの?」
全部万里花が書いた。
「楽しかったですね」
「……だな」
写真に落書きをしたあと、ゲームセンター内を軽く回った。
万里花は積極的にゲームをしようとしなかったので、他の人がゲームをやっているのをチラ見したり、クレーンゲームの景品を眺めるだけに留まった。
「この後はどうしましょうか? 夜ご飯もここのどこかで食べていきますか?」
ゲームセンターから出て万里花がそう訊ねてくる。
「ちょっと早いけどそうするか。あ、でも時間あるから移動しても良いな」
時刻を確認すると、午後5時といったところだった。
今すぐに夜ご飯を食べに行っても良いし、他の所に行くのにも問題ない時間帯だ。
「とりあえず
「そうしましょう」
万里花も同意してくれたので、まずはショッピングセンター内を探すことに。
外食を提案しておいてなんだが、彼女の口に合うようなお店はこの近くにあるのだろうか?
万里花が行くようなお店といえば、勝手なイメージだが高級店ばかりのような気がする。
ファミレスとかチェーン店では不満を持たれてしまう可能性があるので、お店選びは慎重にしなければいけないな……!
「そういえば蓮様。今日は何をお食べになりました?」
万里花がふと訊ねてきた。
夜ご飯の参考にするという事だろうか。
「ん。ブロッコリー」
「…………はい?」
俺が答えたとほぼ同時に、万里花がその場で立ち止まった。
手を繋いだままだったので俺もその場で止まる。
「えっと……。その、
「……マヨネーズは付けたけど」
なんか怒ってない?
万里花の声に怒気が含まれているというか、声は通常通りなのに冷たさを感じるような……。
「……蓮様。お食事はきちんと摂りませんと、身体に悪いですわよ」
「あ、あー……。ま、そうなんだけど……」
だ、だって食費かかるし……。
「もうっ。これからはちゃんと食べないと駄目ですからね? でないと私、ちょっと怒りますからね?」
「お、怒りますか……」
今も少し怒ってないですか万里花さん。
……身体に問題は無いが、彼女がそう言うなら少し気を付けよう。
「……今日は外食はやめましょう」
「ん? ……帰るのか?」
……なんだか怒らせてしまったし、今日はここで解散という事か……。
「いえ。私が作りますので。お買い物に行きましょう」
「作る? …………どこで?」
「どこでって……。私の家に決まってるじゃないですか」
当たり前の事のように言う万里花。
え、これから家に行って、ご飯ご馳走になるの……?
「…………ちょっと待て。これから帰ってから料理って大変だろ」
「そうですか? 私はいつもそうしているので問題無いですわよ?」
「いつも……?」
……あれ?
万里花っていつも手料理なのか……?
……確かに彼女のマンションに行った日に、使用人のような人を見掛けた事は無かったが、まさか全て自分で作っているのか?
「……万里花。そんな毎日料理してるなら、今日くらいは外の方が良いんじゃないか?」
「……私こう見えてもお料理は得意ですのよ?」
こう見えても……。
俺から見たら、万里花は料理が得意のように見えるが。
って、そっちの心配をしているのではなくて、
「万里花の料理の腕を心配してるんじゃなくてだな……。普段も料理するなら、今日くらいは休んだらどうだ?」
「ああ……。そういう事ですのね」
納得したかのような声音で声を紡ぐ。
「問題ありませんわ。お料理するのは好きですから。……それに、好きな殿方に料理を振舞う絶好の機会ですもの。むしろ、作らせて下さいな?」
上目遣いで片目を瞑り、俺の顔を見上げながらそういう万里花。
…………。
「…………わかった。よろしく頼む」
「はい♪」
楽しげに笑う万里花だが、こちらとしては心臓が痛くて堪らない……。
さり気なくまた好きだって言ってくれてるし……、表情があざといというか、可愛いというか……。可愛いか。
「はぁ……」
楽しそうな万里花を見ていると、食事を雑に済ませていてよかったと言うべきか……。
今日の夜ご飯は豪華な物になるだろうが、彼女の負担にならないかどうかだけが心配だ。
……普段料理などしない俺だが、今日は出来るだけやれる事をしよう……!
ショッピングセンターから万里花の家までは距離があるので、買い物は彼女の家の近くにあるスーパーマーケットですることにした。
移動中の彼女は、何を作るのかを考えているようでほとんど会話は無かった。
しかし不思議な事に居心地が悪いということもなく、なんとなく移動していたら何時の間にか目的地に辿り着いていた。
「今日は何を作るんだ?」
スーパーの中で、台車の上にカゴを乗せながら訊ねた。
「……そうですね。やはり、野菜多めの料理にしようかと」
「えぇっ。何故に!?」
「……その反応で確信しました。蓮様。ちゃんと栄養摂ってますか?」
野菜たっぷり、という言葉に反射的に拒否反応が出てしまっただけです!
栄養は……、
「……気にした事が無い。が、栄養たくさんのお菓子は食べてる」
「それは気にしていると……。いえ、なんでもありませんわ。……安心してください。ちゃんと美味しく作って差し上げますから」
味の方は心配して無いんだよな……。
野菜が嫌いというわけでも無いので、野菜に反応したことを子供っぽいと思われていないか心配だ……。
「お味噌汁のリクエストはありますか?」
「……お味噌汁まで作るの?」
「折角ですので」
万里花は軽く言っているが、全ての料理を完成させるまでとても時間が掛りそうだ。
「……お豆腐入れて欲しいです」
……ここで断っても押し切られるのだろう。と最早諦めの境地で答えた。
豆腐にしたのは作るのが簡単そうだと思ったからだ。
それ以外の理由は特にない。
「お豆腐、ですか。……揚げも入れても?」
「……手間が掛らないなら」
「わかりました」
手間が掛らなさそうな物を頼んでも、万里花の好みでどんどん手間が増えていくように感じる。
……本当に大丈夫なのだろうか。
「お野菜見てきます。ちょっと待っててくださいね?」
「わかった」
普段俺が買い物をしていない事がバレているのか、万里花は俺の意見を聞く事なく野菜を選んでいく。
……その判断は正しいが。
俺は同じ野菜を2つ持って来られて、どちらの方がおいしそうに見えますか? 等と聞かれても答えれる自信が無い!
なので戦力外の俺は、空いている場所で台車を見張る事くらいしか出来ないのだ!
……俺の役立たず!
「どうかされたのですか?」
「えっ? あ、いや、なんでもない……」
何時の間にか戻って来ていた万里花に怪訝な顔で見られてしまった。
もう既に台車のカゴには、それなりの量の野菜が入っている。
考え事をしていたとはいえ、彼女の接近どころかカゴの中身が増えていたことにすら気付けないなんて……!
見張りすらまともにできないのか……。
「……何やら落ち込んでいらっしゃいますが、気に病む必要はありませんわ」
「なんでだよ」
「さぁ、なんででしょう?」
「そこは教えてくれないのね!」
うふふと優雅に笑う万里花。
……まぁ、そこまで気に病む問題でもないので、彼女の言う通り気分を切り替えよう。
買う物はほとんどカゴに入れ終わったようなので、順路に従ってゆっくりと進む。
この時間帯になると買い物をしている客も多くなるようだ。
普段買い物をする時間帯は午前中なので、この混み具合はあまり味わうことがない。
「ころころ重くないですか?」
「……ころころ?」
「それの事です」
万里花が指で台車を指し示す。
「あー、これの事か。これくらい大丈夫だよ」
「辛くなったら交代しますから、ちゃんと言ってくださいね?」
「……俺、どんだけひ弱だと思われてるの……?」
大して重い物も入ってないし、台車なのだから重い物をたくさん積んだりしない限り辛くはならない。
「蓮様がブロッコリーしか食べてないとおっしゃるので、心配だったんです」
少し拗ねた口調で言う万里花。
「わ、悪かったよ……。食べてないだけで、身体に問題は無いよ」
「……本当ですかね」
「本当です」
……朝食を軽くしか食べていないだけで、ここまで心配されるとは思わなかった。
今度から万里花と会う時はちゃんと食べる事にしよう。
……嘘をついてしまえば良いのかもしれないが、彼女には小さな事でも嘘をつきたくなかった。
出来る事なら毎日の食生活をしっかりとすれば良いのだが……、毎日は面倒だ。
「……お肉も買って。……良し。蓮様、会計に向かいましょう」
「ん、わかった」
台車の方向を会計に向けて進める。
混み合う時間帯なので、会計にもそれなりの列が出来ていた。
10分くらいは待つ事になるだろう。
「支払いは俺が払って良いか?」
料理をして貰うという立場なので、せめて金銭くらいは払いたい。
「いえ。カードで支払った方がポイントが付きますので、ここは私が払います」
「……なら、後でその分のお金渡すよ」
「その必要はありません。今日は私に甘えてください」
「なんでだよ……」
ご飯を作って貰う上に、材料費まで出させるなんて養って貰うのと同義では……?
だ、駄目だ。これでは後ろめたさが大きすぎる!
「万――」
「蓮様が気になるのでしたら、今度違う形で返してください」
名前を呼ぼうとするのと同時に、万里花が言葉を被せるように言った。
「ここでお金を払うより、そちらの方が私は嬉しいですわ」
…………負けた。
笑顔でそう言う万里花に、思わずときめいてしまった。
はぁ……。
ここでごねてお金を払っても、万里花を困らせるだけのようだ。
彼女の言う通り、今度何かプレゼントでもする事にしよう……。
「……わかった。ここは任せる」
「はい♪ お任せください!」
心なしか万里花の声音も弾んでいるように感じた。
お金を払う事に喜びを感じているのだろうか?
そんな事は無いと思うが、原因が思い当たらない。謎だ。
数分経ってやっと順番が来た。
店員が素早く商品を入力し会計に移る。
万里花がカードを店員に渡して、すぐに支払いが終わった。
「
普段の買い物は全て
お釣りの計算とかもしなくて良さそうだし、機会があればカードを作ってみるのもいいかもしれない。
……自分のことだから良くわかるが、その機会が訪れることは無い気がする。
「なんとか入りきりましたわ」
万里花のエコバッグに買い物した分の物が入っていた。
エコバッグは彼女の手提げ鞄にあったようで、取り出していたのを確認している。
「用意周到だなぁ……」
恥ずかしながら俺は携帯と財布以外持ち合わせていない。
関心するばかりである。
俺に出来る事と言えば力仕事くらいなので、エコバッグを片手で持ち上げる。
意外と重い。
「行きましょうか」
俺が荷物を持っていない方の手を握りながら万里花が言った。
「……ああ」
これから万里花の家に行って、料理を作って貰って、食べて、片付けて、となると結構時間が掛りそうだ。
俺は気にしないけど、橘さんに文句を言われたりしないだろうか。
「父ですか?」
「うん。俺は遅くなっても大丈夫だけど、橘さんは俺がお邪魔したら気にならないかな?」
聞いてどうにかなる問題は聞くに限る!
「ああ……。問題ありませんわ。今日父は家に戻らないそうなので」
「…………そうなのか」
それはそれで問題ですよ万里花さん!
2人きりなの!?
てっきり彼女の父は毎日家に戻っているのだとばかり思っていたが、それは間違いだったらしい。
「……それは、何か事件とか関係してるのか?」
「詳しくは私も知りませんわ。家に帰って来ないこともよくあることですし」
「え? ……一人で夜を過ごす事もあるのか?」
「勿論ありますよ。本田もずっと私と過ごしているわけではありませんしね。慣れっこです」
「ふ、ふーん。そうなんだな……」
万里花の家で2人きりとは。
……前回彼女の家に行った時は橘さんも居て2人きりという状況では無かった。
なので家に行く事自体に緊張はしなかったが、今日は2人きりの状態であるという事で少し胸が痛くなって来た……!
ど、どきどきする――!!
「では作って来ますので、蓮様は適当に寛いでいて下さいね?」
万里花の家に辿り着き、部屋に入って少ししてから彼女がそう言った。
前回橘さんと話をした部屋とは別室のようで、今いる部屋からは台所の様子が伺える……って。
「万里花! 俺も何か手伝うぞ!」
俺は料理をあまりしないが、何も出来ないというわけでは無い。
万里花が料理を得意とはいえ、単調な作業くらいなら俺の手を使ってくれるはず……!
「普段蓮様はお料理をされているのですか?」
「いや普段はしてない。だけど力仕事とか、何か出来る事はないか?」
「うーん……」
少し悩んでるような様子だ。
「例えばなんですけど。じゃがいもの皮を包丁で剥くとしたら、1個どれくらい時間掛りますか?」
「え、包丁で……?」
…………皮剥きを包丁でやる事がない。
「恐らく……、5分もあれば出来るはず」
少し震えた声で答えた。
自信が無いのが目に見えていそうだ……。
「座っていてください」
「……はーい……」
ですよねー!
いも1つの皮剥きにそんなに時間掛けてたら余計に夜ご飯遅くなりますもんねー!
仕方がないので役立たずの俺はソファに寝転がった。
……このソファも高級品なのか、硬さと柔らかさのバランスがほどよく、とても心地がよかった。
今いる部屋にある物はダイニングテーブルと食器棚。
そこから離れた所に今座っているソファと、その向かいには大きいテレビがあった。
やれる事も無いのでテレビを見ることにした。
置いてあったリモコンで電源を入れる。
……映像が綺麗だ。
「……うちにある安物とは大違いだなぁ」
このテレビで映画を観たら、家で見るより倍ほど映像が綺麗に映りそうだ。
今の時間帯はバラエティ番組しかやってないようなので、確認する事は不可能だが。
「万里花……。何か手伝える事ないか?」
「そうですわね……。あと30分は後になりますわ」
「そっかー……」
女の子に家事をさせて自分だけ寛ぐって……、こう、気分的にもやもやする……。
といっても、家事が出来ない俺が悪いので仕方がないのだが……。
後片付けは全部やろうと決意して、大人しく待つ事にした。
「これで完成です」
出来上がった品を運び終わった万里花がそう宣言した。
言っておくが料理を運ぶのは俺も手伝った。
「……単純な感想になるけど、美味しそうだな」
テーブルにはご飯と味噌汁。
野菜炒めに鶏肉をグリル焼きしたものまである。
「冷めないうちに食べちゃいましょう」
万里花が俺の隣に座ってそう言った。
向かい合って食べるのではないらしい。
「……狭いですか?」
「そんなことはない。もう食べさせて"いただきますっ!"」
味噌汁から手に取る。
味は薄すぎず、濃すぎずと丁度良い味加減だった。
「おいしー」
野菜炒めを一口。
元から野菜嫌いというわけではないのだが、万里花の野菜炒めは普段食べる野菜よりも倍おいしく感じた。
味が濃いというわけではないのだが、ご飯が進みそうだ。
「うまー」
野菜炒めと一緒にご飯を頬張る。
炊きたてご飯ということもあって、普段食べるレトルトの物とは比べ物にならない美味しさだ。
「あー……」
そして最後に鶏を口にする。
こちらは少し味が濃い目で、とてもご飯が進みそうだった。
……今日は許されるならご飯をおかわりしたいな!
「とても美味です……!」
「ふふっ。感想を聞くまでもありませんね」
「ん?」
万里花がこちらを見て笑いながらそう言った。
……俺、何かおかしい事を言っていただろうか?
「こちらは気にせず食べちゃってください。ご飯もお味噌汁もおかわりありますよ? 足りなかったら、私の肉も野菜も食べて良いですからね」
「そこまで貰わないぞ……」
他の人の分まで食べるほど大食漢というわけではないぞ!
……あまりにも美味しかったので、鶏肉を
万里花の手料理は想像通りとても美味しいもので、出された品の全てを簡単に食べきってしまった。
といってもお腹の方は満足しているので、量が少なかったというわけではない。
「片付けるわ」
食べ終わって少し休んだので、もう片付けをしても良いだろう。
「はい。では私が洗いますので、蓮様は
「いや、全部やるよ」
料理は全て作って貰ったのだから、これくらいは全て1人でやりたい。
「2人でやった方が早いですし、早く終わった方が蓮様もゆっくりできるでしょう?」
「え……。まぁ、時間的に余裕は出来るけど」
「ね?」
……その魅力的な上目遣い卑怯だからやめてぇ!
万里花の提案に目立ったデメリットがないのもあって断れない……。
これも全て万里花って奴のせいなんだ……!
俺の意志が弱いだけです……。
「はぁ……」
「どうかされたのですか?」
「自分の意志の弱さに呆れてるの」
食器を水に浸けながら答える。
皿はこのままにして少し待った方が良いのだろうか。
「そんなことないと思いますけど」
万里花がスポンジに洗剤を付けながら言った。
今更だが、2人並んでもスペースに余裕がある台所って凄いな……。
「蓮様の意志が弱いなら、もう私と付き合ってるはずですもの」
「………………」
慣れた手つきで皿を洗いながら万里花が言う。
……思わず視線を正面に向けて、彼女の方を直視しないようにした。
目の端に映る彼女の頬も少し赤くなっているようで、大胆な事を言った自覚はあるらしい……。
「それは……、……すまん」
「謝らなくて良いです。……それに、私も再会して数ヶ月でここまで接近するとは思ってませんでしたし……」
万里花から渡された皿を丁寧に濯ぐ。
こんなことを話していても、作業はちゃんとこなすのだ……!
「……ふふっ。2人で
「……一緒に暮らしてたら手伝わないかもしれないぞ」
「そうなんですか?」
今のは適当に言葉を返しただけだ。
きっとそんな事は無いと思う……。
「……その、万里花は仲良くしてるとはいえ、俺に拒否されるとは思わないのか……?」
告白の返事を待たせている俺が言うのもなんだが、万里花は不安にならないのだろうか……。
俺が彼女の立場だったら、ここまで想いを前に出すことは出来ないと思う。
「……蓮君」
万里花はこちらの方を微笑みながら見て、
「うちはもう良か返事を貰えると思っとるよ? やけん、そんな不安な顔しなくてよか」
「…………そんな顔してない」
はぁ……なんていうか、彼女に隠し事は出来ないようだ。
…………認めよう。俺が万里花に対して好意を抱いていることに。
それもきっかけさえあれば、直ぐに付き合ってしまう程だという事も。
「…………でも、良い返事は期待して……くれ」
「……はい♪ いつでも、それこそ今でも、お待ちしています……!」
だから今はちょっと厳しいって――――!
「……片付けも終わったし、帰るかな」
皿洗いを終えて時計を確認すると、午後8時を少し過ぎたくらいだった。
流石にこれ以上万里花の家にお邪魔しているのも迷惑だろう。
「えー……。もう帰っちゃうんですか?」
万里花は不満そうだ。
「そうは言うけど、もう8時だぞ? ……流石にこれ以上は、な」
「帰りは本田に送らせますのでもう少しだけ……駄目、ですか?」
「………………わかったよ」
目遣い以下略。
ソファに2人並んで座り、テレビを眺める。
手と手が触れ合うが、握りはしなかった。
10分程テレビを見ながら会話をして、
「……テレビ面白くないな」
という感想に行き着いた。
「あはは……」
万里花は誤魔化すように笑ったが、彼女もそう思っている事は明白だった。
……こういう時は適当に話題を振った方が良いだろうか。
ちらりと万里花の方を見ると、彼女もこちらを見ていたようで視線が合った。
彼女は小さく頷くと、座っている俺の膝の上に乗っかって来た。華奢な見た目の通り、全然重さを感じない。
膝に乗ったまま、彼女は両手をこちらに広げて動きを止めた。
「…………なんだよ」
万里花の不可解な行動に気を取られ、少し声が低くなった。
「……抱きしめたいと、おっしゃってたので……」
………………。
こ、心の中の悪魔あああああ!!?
あの時の声はやはり聞かれていたのか!?
「万、万里……花……」
「……」
万里花の行動を止めようとしたが、俺は声を止めざるを得なかった。
彼女の顔もまた、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい赤らんでいたのだ。
……ここまでさせておいて、もし拒否したらそれこそ糞野郎なのではないだろうか。
「……」
「ん……」
万里花の脇の下から手を差し入れて、優しく抱き寄せる。
柔らかい感触と暖かい熱が手の中に広がる。
「……どうですか?」
「……なにが?」
「……私を抱きしめた感想です。蓮様からは初めて、でしたよね?」
……言われてみれば今まで手を握るだけで、抱きしめたのは今回が初めてだった。
心臓がうるさいわけだ。
「……万里花の柔らかさにドキドキするし、良いにおいするしで大変だよ。……でも心地良いよ」
ハグをするとストレスが減ると聞いたことがあるが、それは本当だったのかもしれない。
「……ふふっ。でも照れてますよね? お顔は見えませんが、わかりますよ?」
「……それは、万里花もだろっ」
「…………バレちゃったい」
「っ!」
~~~~~~~~!!
もう! もうもうもうもうっ!
そこで可愛い方言使うのは卑怯だ!!
「……ぐぐ。い、何時までこうしてて良いんだ?」
「……蓮様が満足するまで、いつまでも……」
……どうしろってんだよ!
漫画の世界なら、橘さんとかが帰って来てお互い距離を取る場面だろ! 今!
視線を万里花から逸らして部屋の中を確認して見たけれど、そうなる様子は今のところなさそうだ……。
「このまま泊まりますか?」
腕の中の万里花が囁き声で言う。
「添い寝して差し上げますわよ……?」
万里花の言葉を聞いて、もしそこまで行ったらどうなるかを想像し――、冷静さを取り戻した。
彼女を抱きしめている力を弱くして、少し彼女の身体を起こさせる。
「……蓮様?」
「今日は帰るよ。お泊りは無しで」
「……そうですか。……では車を用意させますね」
残念そうに言う万里花に心苦しくなるが、今日これ以上ここにいたらもっと凄い事を、
「ってちょっと待って」
携帯で車を呼ぼうとする万里花の手を止める。
「……? どうかされました?」
「車で送って貰う必要はないよ。歩いて帰れる距離だし」
「でも前に襲われたって聞きましたよ?」
「それは……、前はバイト終わりだったから……」
あの時は状況もちょっと複雑だったから起きたものだ。
今日は特に何も問題は起きないはずだ。
「凡矢理はあまり治安が良くないと、父も言ってました」
……初めて聞く情報だ。
本当なのだろうか?
「このまま蓮様を帰らせて、何かあったら自分を許せません。ですから送らせてください。……駄目ですか?」
「……わかったよ。お願いする……」
だから以下略。
「お任せください。……あ、本田。……え、もう手配してある? さ、流石ですわね……」
万里花の様子から聞き取るともう既に車の用意があるらしい。
……本田さん、優秀すぎでは……?
「……蓮様。もう下に車を用意してるみたいです……。本当は、もう少し一緒に居れると思ってたのですが……」
……明らかに落ち込んだ様子の万里花。
車を用意するのに時間が掛かると予想していたようで、もう既に用意してあるとは思って居なかったらしい……。
「待たせるのも悪いし、もう下に行くよ」
「うう……はい……」
沈んだ声で返事をする万里花。
エレベーターまで見送ってくれるらしい。
「……そんなに落ち込まないでくれよ。また直ぐに会えるし、なんならまた明日どこか行くか?」
「……申し訳ないのですが、明日はちょっと用事が……。違う機会にまたおでかけしたいです」
廊下を歩きながらそう会話する。
万里花の部屋(?)からエレベーターの距離はそこまで無いので、もうエレベーターの入り口に着いてしまう。
「わかった。……んじゃ、またな」
「……はい。あ、家に着いたらお電話くださいね? 待ってますから」
エレベーターが到着したので中に入る。
「心配性だな……。わかったよ」
「ありがとうございます。またね、蓮君」
エレベーターの扉が閉まると同時に、万里花のそんな声が聞こえた。
「お待ちしておりました。倉井さん」
「……お手数をかけます。本田さん」
マンションを出てすぐの道路で、黒い高級車の扉を開けた状態で本田さんが待っていた。
……お金持ちの感覚としてはこれが普通なのだろうか?
待たせるのも申し訳ないので、急いで車の中に入る。
「はぁ……」
車の中で思わず息を吐く。
あのまま万里花と一緒に過ごしていたら、どうなっただろうか。
「…………」
想像しても仕方ないので意識を現実に戻す。
……今日は楽しかったけど、色々あって疲れたな。
その疲れを
「…………倉井さん」
車を運転している本田さんにふと話しかけられた。
「何でしょう?」
「お嬢様の抱き心地はいかがでしたか?」
「ぶふぁっ!?」
見てたの!?
いや、それよりも紛らわしい言い方はやめて欲しい!!
おまけ
「ああ……やりすぎました……やりすぎました……」
万里花は自宅で誰も見ていないのを良いことに、手を組んでうろうろと彷徨っていた。
「何故あんな事を……。うう、蓮君が拒否しないのも悪いばい……」
蓮が家を出て行ってから、今日遭ったことを思い返して、このありさまというわけだ。
「はぁ……今日寝れるかしら……」
と、万里花は心配しているが、今日の疲れもあってベッドに入るとすぐに眠りに付いてしまうのだった。
実は父から蓮におごってやれと多めにお金を貰ってる万里花さん。