かの探偵に憧れた凡人   作:もちもちのトーテムポール

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夕食と・・・

4月。学校生活2日目の放課後に、僕は寮への道を歩いていた。昨日と違うことといえば、隣に杖をついた美少女がいること。そしてその少女が、誰もが知っている名曲である『ジングルベル』を口ずさんでいることだ。安心して欲しい。僕も何回も聴き直した。そしてもう一度言おう。今は4月である。

 

どこから指摘するべきか。そう考えながら隣の杖の美少女こと坂柳有栖を見る。彼女は短い付き合いの僕でもわかるほど上機嫌である。同じく下校中である生徒達からの好奇な視線が痛いのだが、下手な事を口にして機嫌を損ねることだけは避けたいので、頭をフル回転させる。

 

4月にクリスマス気分の少女がいるのだから、サンタクロースが慌てん坊になるのも当たり前だよな...などと、半ば現実逃避じみた感想を抱いていると、ついに彼女の方から声がかかる。

 

「そういえば、まだお返事を頂いていませんでした」

「...と、いうと?」

「決まっています。私は徹くんが作った夕食をご一緒したいのです。もちろん徹くんの部屋で、ですよ?」

 

まあその話ですよね...と覚悟していた僕は、勇気を奮い立たせて返答する。

 

「でもさ、坂柳さんそれは...」

「坂柳さん?...そのような呼び方でよろしいので?」

 

冗談抜きで周りの温度が急降下する感覚に襲われる。朝の教室と違って周りに人がいる状況では、下の名前で呼ぶことは気恥ずかしいのだが、背に腹は変えられない。

 

「悪かった...有栖。でも入学した翌日に女の子が男の部屋に行くっていうのはいろいろと問題があると思うんだ」

「そんな...私と夕食を食べるのは嫌ですか...?」

 

先程までの態度と一転して、上目遣いで悲しそうにしながら迫る有栖。だが僕も成長するのだ。昨日と同じ手に引っかかっているようでは何が探偵か。

 

「いやいやそんな訳がないじゃないか。むしろ大歓迎だよ」

 

...軽く自己嫌悪に陥りそうだ。全く、救いようがないとは僕を指す言葉なのか。

 

「そうですか!ふふふ、徹くんの手料理とは、とても楽しみです」

 

まあこの笑顔を見られただけ良しとしよう。さて、冷蔵庫には何があっただろうか...

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ご馳走様でした。とても美味しかったですよ、徹くん」

「お粗末様。口にあって何よりだよ」

 

白身魚のフライとスープというありきたりな夕食だったが、有栖は美味しそうに食べてくれたので安心した。

 

「では私はそろそろお暇しますね。今日はありがとうございました。徹くんが良ければ、今度ご飯をご馳走させてください。この体ですので手料理は難しいかもしれませんが」

 

聞けば、有栖は先天性の疾患があるらしい。常に杖が必要で、運動もできないそうだ。

 

「それは楽しみだ。作った料理を誰かに美味しく食べてもらうっていうのもなかなか嬉しかったよ」

「それはまた手料理を振る舞ってくださると受け取っても?」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

有栖が席を立ったので、見送るために立ちあがる。そして玄関に向かおうとした瞬間、壁際に置いていた荷物に有栖が足を引っ掛けてしまった。よろめく有栖。手を伸ばすが体勢が悪い。とっさに有栖の背中に手を回し、壁に手をついて踏ん張り...

 

「あ、危な...」

 

出かかった言葉を飲み込む。すぐ近くに有栖の顔があったからだ。まさに互いの息が触れ合うくらいの距離。

 

「ご、ごめんっ」

 

慌てて、しかし細心の注意を払って有栖の体勢を整える。心臓が早鐘を打つ僕をよそに、

 

「失礼しました。私の不注意です。では徹くん、おやすみなさい」

 

そう言って部屋を出て行く有栖。普段と変わらない冷静さを見て、自分は異性としては見られていないのか、と失望する。そんな気持ちに気づき、どっと力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、ある男子の部屋から出てきた少女が顔を真っ赤にして照れていたという噂が広まるのだが、それは僕が全く知る由もない話である。

 

 

 

 

 




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