入学してから1週間ほど経った朝、いつものように登校し教室に入ると、何やら浮足立った男子たちによる集会が行われていた。
「いやあー、授業が楽しみすぎて目が冴えちゃってさー。眠れなかったんだよな」
「なはは、分かるぜ。何せ俺もだからな。この学校は最高だぜ、四月から水泳の授業が行われるんだから!」
そんな池と山内の会話が聞こえたので何となく事情を察する。自分の席で荷物を整理していると、一足先に教室に着いていた綾小路が集会に取り込まれていくのが見えた。
何となく視線をやると、彼の隣人と目が合う。
「おはよう。堀北さん」
「...あなたは行かないの?」
こうなるとは思っていたが、挨拶をちゃんとすることは僕のモットーである。純100%の戸惑った顔をしていると、ため息をつきながらも彼女は再度口を開く。
「おはよう、片桐君。あなたって本当に面倒な人ね」
「いやあ、それほどでも」
「脳に異常でもあるの?それなら納得ね...それで?」
先ほどの質問だろうが、生憎と積極的に女子に嫌われる趣味は僕にはない。その旨を伝えると、
「そう。最低限の常識はあるようでよかったわ」
確かに女子もいる中でああいった類の話をするのは非常識だろう。集会の端っこで形容しがたい表情をしている綾小路もそう思っているに違いない。あえて例えるとすれば、蟻地獄にとらわれたシマリスのような顔をしている。さすがにかわいそうなので助けてあげますか。
問題の男子集団に近づくと、山内が声をかけてくる。
「お!来たか片桐!実は今俺たち、クラスの女子の胸の大きさを賭けようってことになってるんだけどさ、おまえも参加するだろ?」
どうやら事態は思っている以上に深刻らしい。非常識というか、もはや有罪なのではないだろうか。
「おはよう山内くん。ごめんね、ちょっと綾小路君に用があるからまた後で」
華麗に受け流して綾小路君と一緒に席に戻る。
「悪い片桐。助かった」
「気にしないで。それよりおはよう綾小路君。いい朝だね」
「ああ、おはよう片桐。おまえのおかげでな」
そんな心温まるやり取りをしていると、
「随分優しいのね、それに仲がよさそうで何より」
と堀北さんが呟く。彼女が会話に口を挟むことはあまり無いので、これ幸いと言う。
「クラスメイトだし、僕はいい人には基本優しくするよ?もちろん堀北さんも、僕のいいひとリストに入ってるから安心してよ」
「そんなものからは外してもらって結構よ。それよりあなたが本当に優しいなら、あの非常識人たちに自分の愚かさを教えてあげたらどう?」
「僕のリストは僕の意思以外は反映されないから堀北さんは外さないし、彼らは入ってないから優しくはできないかなあ」
「意外と冷酷なのね」
「君に言われたくはないなあ」
まあ、間違ってはいないけどね。僕は善人ではないし、全員に優しくするなんて無理難題だ。
◇ ◇ ◇
午後になり、水泳の授業のためにプールへとやってきたわけだが、これまた広々としていて立派なものだった。まあ今更なので驚きはしないけれど。
ちなみに午後が近づくにつれて落ち着きがなくなっていた男子たちだが、その野望は頓挫したようだ。賭けの本命であった長谷部や佐倉が授業を見学したからだ。あれだけ騒いでいればそうなるよね。
絶望する男子たちをスルーし、集団から少し離れて話していた綾小路君と堀北さんのもとへ向かう。僕が声をかけようとすると、突然堀北さんが綾小路君の体を触りだしたではないか。
「やあ、お二人さん。仲がいいのは大変喜ばしいことだけど、外でするのはいかがなものかと思うよ?」
「違う片桐、オレの許可なく勝手に触られたんだ。変な話に巻き込まないでくれ」
綾小路君の言い分を聞き、堀北さんへと目を向ける。当の本人は涼しい顔で
「失礼ね、綾小路君の体が引き締まってるから、何か運動でもしていたのか聞いただけよ」
そんなことをのたまう。確かに無駄がなくいい体をしている。格闘技か、それこそ水泳でもしていたかのように全身が引き締まっている。ってそうじゃない。これじゃあ僕も同類じゃないか。見ろ、二人に見つめられて綾小路君が
困り果てている。
「ま、まあ許可は取ろうね、嫌がる人もいるかもしれないから」
「失礼ね、見境なく人の体を触ったりしないわ」
まったく、親切心から言ってるのにまるで聞く耳を持たない。ひねくれているのとは少し違う気がするが、まあ深入りはしないでおこう。
そんなことを考えていると授業が始まる。
ザ、体育の教員という感じの先生が、話すことを注意して聞いてみたが、これと言って重要な話は無かった。しいて言うなら、泳げるようになれば必ず役に立つ、とやけに強調したことくらいか。まあ今考えても仕方ない。
少し泳いだ後に、先生から男女別の自由形で今から競泳をすると言い渡された。初回から競泳とはなかなかハードだ。しかも一位と最下位にはそれぞれボーナスとペナルティがあるらしい。水泳に自信がない生徒が落ち込むのが見て取れる
かくいう僕もあまりいい気分ではない。運動全般は好きなのだが、水泳だけは別だ。苦手というわけではないが、嫌いである。これに関しては好みだと割り切っているけれど。
結果は、女子は水泳部の小野寺さん、男子は高円寺君が僅差で須藤君に勝ってみせた。バスケ部で恵まれた肉体を持つ須藤君が優勝候補であったので驚きだ。クラス一の自由人である高円寺君が物事に対してやる気を見せるのは珍しかったため、気になって声をかける。
「や、凄かったね高円寺君」
「ふ、片桐ボーイ。完璧な私にしてみれば造作もないことさ」
お、名前覚えてくれてる。言動は尊大だけど意外とマメなんだろうか。
「ちなみにだけど、やる気出した理由とかあるの?」
答えには期待せず聞くと、
「ただの気まぐれだよ、ボーイ」
やはり相手にされないか。こういう相手にはいくら言葉を選んでも意味がないだろう。素直に接するのが一番だと判断して再度賛辞を送る。
「そっか、まあ僕から言えるとすれば、やる気を出した君のほうが美しいってことくらいかな」
「ふふ、なるほど、よくわかってるじゃないか。人をよく見ているんだねえ片桐ボーイ。君は面白いから探偵ボーイと呼んであげよう」
「そりゃ光栄だ」
そんな会話をして彼と別れる。話してみて、彼は単なる自由人ではないと再確認した。判断力も洞察力も高い。
「それにしても探偵、か」
僕は独り言を呟く。僕に対して探偵、恐れ多いが素直に喜んでおくとしよう。何となくだが、彼とは仲良くなれそうだ。
夏休みまでは原作部分は省略気味で行こうと思います