一年生が東京都高度育成高等学校に入学してから、もう少しで二週間が経とうとしていた。いかに初対面の人達であったとしても、クラスにおけるおおまかな立ち位置が決まるには十分な期間だ。現に、1年Dクラスでも複数の派閥やその中での階級が定まりだした。
男子の頂点は言わずもがな、平田洋介である。容姿、言動ともにイケメンであるにもかかわらず、気取らず全員を平等に扱う姿勢は好印象を与えるのだろう。一部の男子は嫉妬をあらわにしているが、それも冗談の類であり、本気で彼を嫌う人は恐らくいないと思われる。まったくできた人間である。そんな彼の影響もあってか、男子にはっきりとしたカーストは存在していない。
対照的に、女子は明確に派閥が分かれ、カーストも定まっているようだ。中でも強力なのは軽井沢恵のグループだろう。強気な態度で女子の頂点に収まってみせた彼女は、クラスでも屈指の影響力を持つことだろう。
その他、群れることを好まない綾小路君や堀北さんのような生徒が一定数存在するが、もう一人特筆すべき人物がいる。どこの派閥にも属さないが、ほぼ全員に信頼され、発言権を持つ櫛田桔梗だ。彼女は優れた容姿と持ち前のコミュニケーション能力で立場を確立し、クラスの垣根さえ超えた交流関係を築いている。個人的には彼女に対して思うところがないわけではないが、人との繋がりも武器の一つであることは確かなので、僕が口を挟むのは筋違いだろう。
肝心の僕はというと、自分で言うのもおかしいが悪くないスタートを切ることができた。洋介と親しくしていると嫌でも女子との会話の機会が増える。最初は洋介目当ての女子から邪魔者扱いされていたが、話していくうちに多少打ち解けられた、と思う。「平田ほどではないが、意外に話せるし悪くはないやつ」くらいの認識だろうか。
なかなかに充実した生活ではあるが、一つ不満を言うとすれば「ぎゃははははははは! ばっかお前、それ面白すぎだって!」...これくらいか。
相変わらず授業中の態度が酷い生徒が多い。先ほどの発言をした池は、山内、須藤を含めて三バカトリオなんて呼ばれている。もっとも、騒いでいるのは彼らだけではなく
「ねえねえ、今日カラオケ行かない? 昨日知ったんだけど、最新曲が入ったんだって!」
「それマジ? 行く行く〜!」
このように、女子のあるグループが放課後の予定を話し合っている。授業に必要な道具すら出していない始末だ。
間違いなく彼らは何らかのペナルティをくらうだろうが、こちらの集中を乱されることは遺憾と言わざるを得ない。洋介に頼んでそれとなく注意してもらおうか、などと考えていると授業が終わる。ふと携帯を見ると、男子のグループチャットに池が書き込んだ情報が目に留まる。何でも、洋介と軽井沢さんが付き合い始めたらしい。
こういったスキャンダルに対して興味はない僕だが、これはなかなかに興味深い。何せ軽井沢さんは常に警戒心を張り巡らしながら人と接している。しかも表面上は気丈に振舞っているのだから大したものだ。あそこまで周囲におびえている人間が、簡単に彼氏など作るだろうか?考えられるとすれば、軽井沢さんが洋介のことを度を越えた善人だと判断して恋愛感情を抱いたか、あるいは何か別の目的があるのか。とはいえ考えても仕方ないし、これも僕が口出しするような話ではない。
そう結論付けると同時に授業が始まる。科目は日本史、Dクラスの担任である茶柱先生が教室に入ってくる。
「静かにしろー。今日はちょっとだけ真面目に授業を受けて貰うぞ」
「どういう意味っすか、佐枝ちゃんセンセー」
そんな馬鹿にしたようなあだ名を付けられる先生が不憫でならない。
「月末に近いからな、今から小テストを行う。後ろに配ってくれ」
あくまでも事務的に、茶柱先生は一番前の生徒たちにプリントを配っていく。前の生徒から受け取り確認すると、主要五科目の問題が載った、如何にもな小テストだった。
「え〜聞いてないよ〜。ずる〜い」
「今回の小テストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には一切反映されることがない。だから安心して取り組め。ああ……、カンニングだけはするなよ? その場合は問答無用で退学処分とするからな。まあ、そんなバカな行為をする生徒が居るとは思ってないが」
成績表「には」ね...茶柱先生に限らず、この学校の教員は含みのある言い方をする決まりでもあるのだろうか。
開始の合図があり、問題に目を通すが、思わず脱力するほど簡単だった。肩透かしをくらった気分になりながら中学1、2年生レベルの問題を解き進めていく僕だったが、ラスト三問に差し掛かったところで手が止まる。それもそのはず、解いてきた17問とは全くレベルが異なる問題だったのだ。明らかな難易度の違いが感じ取れたので、意識を切り替えて取り組む。
1問目は化学、完全な知識問題だった。幸いにも化学は好きな科目だ。様々な推理小説に登場する薬品を調べるうちに相当量の知識を獲得できたので、この問題は難なく正解する。物事を調べるときに、その無駄と思える周辺情報にまでも手を伸ばす自分の収集癖に感謝する。
2問目は英語、長文問題だが見たことのない単語が点在している。単に専門性の高い単語ばかりというわけではなく、同じ意味でも難しめの英単語を選別しているように見える。好きな小説の原本を読む過程で、文脈から単語の意味を推測する力はついたと思うが、この英文は僕には難しすぎる。何とか答えを出したが、自信はない。
3問目は数学、僕にとって特別な教科だ。得意ではあるし、好きだが嫌い。言葉にすると不自然だがこう表す他ない。もともと理詰めの思考は得意で、適切な解法を選択して解き進めていく能力もある方だ。しかし、あるキャラクターが数学への本能的な嫌悪感を覚えさせる。その人の名前はモリアーティ。そう、あのホームズの宿敵の数学教授である。いくらホームズが憧れで、その宿敵が数学教授とはいえ、それで数学そのものが嫌いになるのは大げさではないか?と僕も思ったが、他に理由もないし、嫌ってしまったものは仕方がない。それだけ僕の中のホームズの存在が大きかったということだろう。
少し脱線したが、この問題は一見すると未知の知識が必要かと思われたが、アプローチを変えてみると持っている知識の組み合わせで解けるものだった。恐らく一般的な解き方と比較すると手間がかかり、計算も煩雑だったが自信はある。多分合っているだろう。
土台となる知識、推察力、対象を俯瞰することや発想の転換。全てかの探偵たらんとして僕が努力してきたものだ。小テストとはいえ、それが発揮できている。
やはりこの学校は興味深い、僕はそう再認識した。
主人公の異質さを表現するために小テストを掘り下げてみました。次回はちゃんと物語を進めたいですが、そろそろ神崎君たちBクラスとの絡みも書きたいんですよね。