真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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色々と言いたい事はあるでしょうが、最後までお付き合いの程、宜しくお願い致します。


一路、岡山。
序&第1縁:仰げば尊し。/誘われて春。


 序

 

「あのお空の向こうには何があるの?」

 

 小さい頃、まだ世の中の理屈や、しがらみを知らなかった頃の話。

母にそう尋ねた事があった。

空には満天の星空。

それが何時の頃で、何処の空かは記憶にない。

ただ都会では、街灯やネオンの明かりが邪魔して、そんな風景が見られるはずがないと。

そう考えると、何処か遠出をした時なのだろう。

丁度、何十年だか、何百年だかに一度の流星群の日で、空の星は無数に地平に駆け降りていった。

 

「お空の向こうにはね、ここよりも~っと大きな"世界"につながっているのよ。」

 

 優しく、とても優しく、温かな声で自分の質問に答えた母。

あの時、母がどういう意味で宇宙を"世界"と称したのか。

ついぞ聞けぬまま、母は空の星になってしまった・・・。

 

 そして季節は巡って岡山の春。

別れと出会いの季節に少年は・・・。

 

 

【天地無用!~縁~】

 

 

 開幕と相成り候。

 

 

 

 

 春、麗らかな日。

そう言えば非常に聞こえはいいが、今朝の天気は少々汗ばむ程の陽気であった。

 

(桜をじっくり見るのは二年振りだな・・・。)

 

 一人の少年が山道へと続く坂道をえっちらおっちら歩いているのだが・・・この陽気で運動をすると、暑いと感じる。

その証拠に少年の額には汗がじんわりと滲んでいた。

幸い、岡山に引っ越す前に心機一転とばかりに髪を短く切ったので、熱の発散具合は以前と比べてすこぶる調子がいい。

後ろ髪を刈り上げ、耳周りも耳がぴょこんと出るくらいの程度だ。

スポーツ刈りに限りなく近い。

ただツンツンになった前髪は、引っ越す前の友人に"パイナップル"と酷評・・・もとい、笑いを誘ったが。

 

「田舎を見誤った・・・。」

 

 今まで都会に住んでいて、自然の量が違う事に感動したのがそもそもいけなかった。

春と言えば桜だろうと思いつき、桜を見る為に外出を試みて、桜を見るのに適した場所はないかと地元の人に道を聞いたのがそれを更に助長した。

『この先の坂道を"ちょっと"行った所。』と教えてもらい、はや30分が経過しようとしている。

そして、目的地には未だ着かず・・・。

田舎は流れる時間の感覚が違うとか、距離感覚が違うというのをよく耳にするが、そんなものは眉唾ものだった。

しかし、なぅ。

今、少年はそれを身を以って味わう事態に遭遇していた。

 

「あぁ・・・もうダメかも・・・。」

 

 馬鹿正直に歩き続けていた少年はとうとう腰を折り、両手を膝につく。

急ではない緩やかな坂道でも、延々と歩けば見た目以上に消耗する。

先程よりも滲み出た汗が、それを表していた。

山あいを通り抜けて吹き付ける風だけは、彼に味方してくれているようで、ほてった身体を程好く冷まそうとしてくれている。

一息つきながら、なんとか身体を起して吹いてくる風に身を任せ・・・身体が軽くなるような感覚。

 

(・・・樹?)

 

 吹く風の正面に相対していた少年の視線がある一点で止まる。

山肌にある色とりどりの樹々、その中の一点に・・・。

 

(なんだろう?)

 

 元々思いつきで来ただけで、絶対に当初定めた目的地に行かなければならないというわけではない。

ふらふらと春の風に誘われ、少年は再び歩き出していた。

風に誘われてというのは、こういう事なのかも知れない。

 

 見たい風景を見る為に再び歩き出したのは良かったが、一向に目の前の大樹との距離が縮まるような気配がない。

やはり、見るのと歩くのとでは全然違う。

しかし、困った事と言えばいいのだろうか?

少年は意外と辛抱強く、そして少し頑固だったようだ。

道中何度も休みはしたが、それでも歩む事を諦めず、ただ歩いた。

 

(思えば、こんなに歩いたのって久し振りじゃないか?)

 

 特に・・・と、ここ最近の出来事を思い出す・・・。

 

「母さん・・・。」

 

 そう呟き、更にぐんっと踏み出す一歩に力を込めると、まもなく視界が開けてちょっとした平原に出た。

随分歩いたんだなと自分の歩んだ距離に満足しながら・・・。

少年は眼前にそびえる一本の樹を見つめた。

陽光を浴びてキラキラと光っているのは水だ。

不思議な光景。

池である。

池の中心に浮島のようなものがあって、その中心に大樹は聳え立っていた。

 

(植樹したのかな?)

 

 不思議だが、不自然でもある存在。

その樹は周りにある木々と比べて、あからさまに背が高く幹も太い。

どう考えても樹齢はン百年単位だろう。

そう考えると、確かに他の樹と一線を画している。

池も綺麗な円形で、尚更人の手が入ってるように思える。

極めつけは池の水面に顔を覗かせている岩だ。

その岩は丁度、樹へと案内をするように点々と中央の浮島へと存在していた。

・・・と、徐に池の淵へ近づく少年。

樹を見上げると、その大きさにあらためて圧倒される。

口もぽかーんと開けられたままだ。

枝の葉から漏れ出る光に目を細め・・・。

 

「まるで光のシャワーみたいだ。」

 

 それは全て自分へと向かっている光の束に見えて・・・。

気づけば更なる一歩を岩の足場へと向けていた。

熱に浮かされたように次々と岩の足場を飛んでいく。

池の中心の小島にあっという間に辿り着き、樹をほぼ真下から見上げたときには、脳内の思考は完全に停止していて、少年は今まで脳内を駆け巡っていた疑問を押しのけて諸手を広げる。

 

「ウチの御神木に何か用かのォ?」

 

 ビクッ。

少年の身体が跳ね、背筋がぴんっと伸びる。

唐突に背後からかけられた声による緊張。

そして、ゆっくりと・・・まるで幽霊でも見るかのようにゆっくりと振り返る。

その様はまるで夢現の世界から帰還したかのような表情だった。

 

「して、若いの、御神木に何の用じゃ?」

 

 白と水色の宮司服をまとった初老の男性がそこにいた。

白髪混じりで灰色になった髪、浅黒い肌、少々垂れ目のように見える瞳が見つめてくる。

全体的に物腰柔らかな体をしているが、何処か剣呑さがあるようにも思える男。

 

「御神木・・・?」

 

 その意味を考える間。

 

「左様。」

 

 頷く老人の動きをぽけっと見てから・・・。

 

「は?!す、すみませんっっ、そうとは知らなくて!!」

 

 御神木と言えば、神社仏閣に奉られたりするモノだとようやく理解した少年は大慌てで小島から離れ、飛び石を岸に向かってジャンプして渡って行く。

 

「うわっ。」 「おっと。」

 

 岸へ行く手前、最後の飛び石で注意力が抜けたらしい。

バランスを前後に崩す少年を老人は見事に片腕て受け止めた。

 

(ファインセーブ)

 

「大丈夫かの?」

 

「あ、はい。重ね重ねすみません。」

 

 老人としては早く、そして自分を受け止めた腕の力強さに驚きながら、態勢を立て直す。

 

「ん?お前さん、何処かで・・・?」

 

 ふと老人がそんな事を漏らす。

 

「本当にごめんなさい。僕、ここに引っ越して来たばかりで、あの樹が御神木なんて知らなくて・・・。」

 

 何はともあれ自分が一番悪い。

御神木という事は、ここは私有地でしかも大切に奉られているだろう樹にずかずかと足を踏み入れたのだ。

どう弁解したとしてもだ、自分の方が完全に悪い。

少年は丁寧に腰を折って、頭を下げた。

 

「ほぉ、そうか。あ~、まぁ、よいよい。事情を知らんものはどうにも出来んしの。」

 

 そう言うと老人は目じりを下げる。

 

「それにお前さん、真剣に反省しとるようだし、これじゃ、ジジィが子供を虐めてるようじゃわい。」

 

「そ、そんな・・・。」

 

 少年はぶんぶんと目の前で手を振る。

 

「ワシはこの先の山の上の柾木神社の神主をしてる、柾木 勝仁(まさき かつひと)という。」

 

「あ、僕は一路(いちろ)といいます。」

 

「一路?」

 

「はい、真実一路の一路です。」

 

 もう何度も言った事のあるフレーズなのか、スラスラと自分の名前の字を説明する一路。

しかし、説明する彼の表情には、何処にも面倒そうな素振りはなかった。

 

「最近引っ越して来たというと・・・。」

 

 勝仁はわざわざこんな田舎に引っ越して来るなどと、よっぽどの物好きか・・・訳アリという事になる。

 

「ちょっとした事情がありまして・・・。」

 

 どうやら、一路は後者のようである。

 

「まぁ、人には生きていれば色々あるもんじゃ。」

 

 少々デリカシーが足りなかったかとポリポリと勝仁は頬を掻く。

 

「・・・・・・大切な・・・。」

 

「ん?」

 

 吐息のように微かに呟く声。

 

「大切な人を・・・母を亡くしました・・・。」

 

「そりゃまた・・・・・・難儀な・・・。」

 

 それ以上は勝仁も聞くのを止めた。

わざわざ根掘り葉掘り聞くものではない。

寧ろ、それこそデリカシーが足りないと言えるだろう。

少年は、自分の孫より少し年下程度の年齢に見えた。

このぐらいの年の子は思春期とはいえ、まだ母という存在が必要な年だ。

 

「と、言っても、もう半年以上は前になるんですけれどね。」

 

 あはは、と笑う姿が痛々しく見える。

こういう事には年月は一切関係ない。

何時でも想えば哀しく、切ないものだ。

勝仁もそういう経験はある。

 

「人間な、生きておれば何かしらある。でも、それは生きてるからこそじゃ。何も忘れる事もなかろうて。」

 

 勝仁は人生の先輩、経験者としてその言葉を一路に贈しか出来ない。

 

「ありがとうございます。」

 

 そして、一路のあまりにも礼儀正しい対応に微笑むしかなかった。

 

「それはそうと、何故(なにゆえ)こんな森の中に?」

 

 残った最大の疑問はそれだった。

神社を目指して来たのならば、こんな場所を通る必要はない。

そもそも、ここは参道でもなんでもない。

 

「えぇと・・・。」

 

 一路はここで答えを渋る。

やましい事は当然何もない。

ただここに来るまでの動機が不純というか、あまりに幼稚ではないかと感じたのだ。

しかし、嘘をついてまではぐらかすわけにもいかない。

 

「以前住んでいた所はあまり自然が多いトコじゃなくて・・・その桜でも見たいなぁって・・・地元の人に道を聞いたんですけど・・・。」

 

「?」

 

「途中、ヘバって休憩してたら、この樹が見えて・・・どうしても行ってみたくなっちゃって。」

 

「なるほど。」

 

 納得した素振りを見せる勝仁だったが、妙な違和感を感じていた。

目の前の少年、一路の発言の真偽ではない。

彼が嘘をついているとは思えないからだ。

しかし、この樹は森の外からははっきりと見えない。

何故なら、他の木々が隠してくれているから。

その木々たちに埋もれていれ、遠景からでは認識する事が出来ないのだ。

それにも関わらず、彼はしっかりとここを目指して来たのだと言う。

違和感としかいいようのない矛盾。

森に入れば、時に地元の者でも迷う可能性のある森に、目印を外から見ただけでここに到達出来るかといえば・・・最近引っ越して来たばかりの人間ではまず不可能な事と思える。

では、最近引っ越して来た事自体が嘘だとしたら?

それでは更に不自然だし、一路の様な少年が母の死まで語ってというには・・・。

 

(母か・・・。)

 

 勝仁は自分の母をふと思い出し、そして御神木を見る。

或いはという可能性・・・。

それが勝仁の脳裏を直感的に駆け巡る。

 

「一路少年、どうしゃ、折角だ。御神木に触れてみんか?」

 

「へ?」

 

 先程注意されたばかりだというのに。

一路が戸惑うのは仕方ない。

 

「いいんですか?」

 

 だが、興味がそそられないかと言えば嘘だ。

 

「見ているのが神主のワシだけだしのォ。特別じゃぞ?」

 

 口に手をあてて、内緒話のように喋る勝仁の言葉に一路は苦笑する。

一路のイメージする神主は、厳格で凛とした感じだったが、この老人はそれとは異なっているようだ。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて・・・。」

 

 くるりと振り返って、再び樹のある浮島に歩み寄ろうと試みる。

 

「てぇ~んちぃ~っ♪」 「い゛っ?!」

 

 一路の目の前、目線より高い位置。

"飛び込んで"来た。

少なくとも一路にはそう見えた。

それは空から落ちてきたと言っても構わないくらい。

陽光に透き通ると銀に見える髪と、美しい金色の瞳。

 

-ゴチンッ!-

 

 頭の中に盛大な音と衝撃が伝わって、一路の意識は途絶えた。

 

「コホン。魎呼(リョウコ)。」

 

「んだよっ!」

 

 咳払いを一つした勝仁が、魎呼と呼ばれた少女の目を見る事なく、地面に倒れた一路を指差す。

その指先につつつと目線を魎呼が下げ・・・。

倒れた人物が、目当てだった人物ではない事を確認。

 

「え~と・・・なははは~。」

 

 自分の失敗をなんとか誤魔化そうと苦笑いを浮かべる魎呼だったが、どう考えても過失は確定している。

可愛く笑っても、なにをしても、誤魔化し切れはしない。

 

「やれやれ・・・。」

 

 勝仁は、心の中でこの不運で哀れな少年、一路に合掌するしかなかった。

 


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