第103縁:日常にさよならを。
「はぁっ!」
晴天の空の下、一路の声が響く。
彼を囲むのは数人の男達。
その男達全員がほぼ同時に一路に襲いかかる。
それに対して、一路は冷静に状況を見極め、相手の攻撃を受ける順番を決める。
例え動き出すタイミングが同時だろうと、寸分違わず一緒というわけではない。
個々の能力における速さ、彼我との距離、その他諸々を加味すれば必ず行動差は発生する。
時に自らそれを作り出し対処すればいい・・・はずだ。
少なくとも、ここ最近ようやくそれが理解出来るようになってきた。
・・・まぁ、そこに至るまで何度フルボッコなメに合った事か。
「ほぅ、駆け引きめいた事が出来るようになってきましたな?」
一路の様子を見ていた男は、横にいる上司、コマチに語りかける。
「あぁ。しかし、早いな。」
「努力の量と質が、そこいらの生徒と違いますからな。」
両腕を組んだまま呟くコマチは、一路から視線を逸らす事なく会話を続ける。
「成長速度の話ではない。いや、確かにそれも"そこそこ"だが・・・。」
そこで言葉を一旦区切る。
「戦闘速度が以前より速い。特に回避能力がズバ抜けて・・・というより、時に先回りするように避けている節がある。」
悪い事ではない。
剣の達人同士ともなれば、剣を交えずとも何合も加速する思考の中で打ち合うという。
中には後手であっても先を撮れる者もいる。
そのほんの入口といってしまえばそれまでなのだが・・・。
常人なら途方もない領域だろうが、生体強化をしている事を踏まえれば全くないという事ではない。
「慢心しているようにも思えませんし、あの性格ではそれもないでしょう。そう悪い事ではないように思えますが?」
生き残る確立の上昇とう観点からすれば、宇宙に出る者の誰もが欲しい能力だ。
それに溺れる者は危ういが、一路の性格ではそんな事もないだろう。
杞憂だと言いたいのだ。
「気に食わん。以前静竜が言っていたが、特にあの目だ。あれは覚悟した者の目だ。」
「戦士の目・・・といえば聞こえはいいですが。そういえば研修期間中にも時折、あのような目になっていたかと思います。」
コマチに自分の意見を述べた時、海賊相手に殿を務めた時・・・。
「焦りから生まれる類いならば、それは危険を招く。」
「・・・一体、彼はどういった生徒なのでしょうか?」
「うん?」
一路の人となりは見たままなので、特に問題はない。
だが彼の入学の経緯や経歴、バックボーンとなると不審だったり、驚きだったりする点が多い。
「成程な。少し理事長殿に聞いてみるか。おい、オマエ達!今日はもう時間だ。檜山、身体を冷やすなよ!」
「はい!ありがとうございました!」
コマチの声に一路が大きく腰を折って頭を下げる。
「可愛い坊やだよ、全く。」
一路を見つめる彼女の目は優しいものだった。
研修から戻ってからはつまらない程の、といっては語弊があるが、日常の連続だった。
早朝にコマチ達に稽古をつけてもらい、終わったら洗浄ポッドに入って身体を洗ってから授業。
その後、静竜に定番の居残りをさせられて、理事長に見つかって静竜がブッ飛ばされると寮に帰宅。
談笑しながら食事を摂って、明日の用意や予習。
最後に剣舞の練習と、時折女子寮にいるエマリー達や、シア達と通信する。
(地球の全寮制の学校と変わらない感じだよね。)
それは一路にとって地球で取り戻したかった時間に近いものだったが・・・やはり、どうしても灯華達の事が頭に浮かんでしまう。
そこに彼女達がいて欲しい。
いてこそなのだと思う。
『ワシと巫薙はんで探して・・・・・・せやな、短くて2週間。それくらいの"時間はある"と思っとけばえぇ。』
巫薙と会った後、研修の終わりにNBは一路にそう告げた。
NBが独自に調べてくれた情報を、巫薙に話して渡した。
彼女は事も無げにそれを了承してくれたのだ。
『まぁ、それを猶予と取るかは別としてな、坊、最低2週間以内にやり残した事を。準備と別れを済ましておくんや。そういうんは大事な事やからな。』
そう言って、(恐らくは)複雑な表情を一路に向けた。
「別れかぁ・・・。」
自分にとって、今までの人生・・・特に母と別れてから何度経験しただろう。
「慣れないもんだよね・・・。」
これからの人生、自分はあと何度"さよなら"を言えばいいのか。
だが、きっと恐らく慣れるものでもなく、慣れる必要もないのだろう・
確か、勝仁も同じような事を言っていたのを思い出した。
それにまず最初にそのさよならを言いたくはないが為に、この地まで来たのだ。
だから、今はまず・・・。
「やり残した事かぁ・・・。」
し、シリアスパートに入るよぉぃ・・・。