「こんにちは。」
軽い、あまりにも軽い挨拶と共に一路はそこを訪ねていた。
「あら、違うんじゃないかしら?」
一路のその挨拶にのほほんとした表情でティーカップを持ち対応したのはリーエルだ。
「?何がです?」
一路の問いたゆんとリーエルの尻尾が大きく揺れる。
「そこは"ただいま"デショ?」
にんまりと笑うリーエルに、一瞬だけきょとんした顔をしてから一路は頭を掻く。
「た、ただいま。」
顔を真っ赤にさせて照れる一路に萌えながらも、リーエルはうんうんと頷いて満足する。
「はい、おかえりなさい。」
「あ、はい・・・。」
これもまたどう返したら正解なのか解らない一路は、曖昧に受け答えするしかない。
「研修大変だったそうね?全く、研修中に海賊に遭遇するなんて、どういう確立なのかしら。」
組織だった海賊ギルドの主要が崩壊した昨今では、なかなか海賊と研修船がかち合うのは珍しい。
出没する海域も限られているし、わざわざ研修艦なんて面倒な船を相手する事もないからだ。
そういう意味で遭遇する確立は低い。
一部では、"地球人も宇宙をゆけば海賊に当たる"的なレッテルを貼られつつあるのは、一路は知らない。
この数年後、それはある意味で宇宙だけでなく地球にいても起こりうるという、変な方向に歪められていくのだが、それはまた別の話である。
「でも、誰も怪我がないようで良かったわ。」
実は怪我をしました。
しかも、自分だけ。
とは、言えない一路である。
「そうですね。あれ?そういえばシアさんは?」
とりあえず、あははと苦笑して、お茶を濁しつつ。
「勿論、いるわよ。今頃照れて、どう声をかけたらいいかタイミングを計りながら覗いているんじゃないかしら。」
「誰が覗くか!」
スパンッと戸が開いて現れたシアが怒鳴り散らす。
もっとも、その行動自体が覗いている事を示しているのだが、本人もその事に関しては気づいているのか否か、顔が真っ赤だ。
「ただいま、シアさん。」
今度はリーエルに言われた通りのセリフで一路は声をかける。
勿論、覗いていたという点については突っ込む事をせずに。
どうせ火に油を注ぐだけである。
「ホラ、言った通り、すぐに会えたデショ?」
リーエルのその言葉が、どちらにかけられたものなのか、一路には彼女の表情が読めない。
だが、彼女の一言が、逆にシアの登場するきっかけを作ったとも言えなくはない。
という事は、あえてわざとらしく言ってのけたという事も思えなくはなかった。
事実はどうかは別として。
「お、おかえり。」
リーエルの言葉を聞き流すようにして、シアは顔を赤くしながらも一路に応える。
その様子を見て、互いが互いに元気そうだと思う。
そんな二人の間の距離や空気をニコニコ・・・いや、ニヤニヤと温かい目でリーエルが眺めていた。
「で、今日は何しに来たのよ?次の内示はまだ先でしょう?」
顔を赤らめていたのも束の間、そんな言葉をシアが吐く。
そんな風に言われたとしても、一路が気分を害する事はない。
(どういう気持ちで言ってるのかって解るからかなぁ・・・昔は、人の言った事の裏なんて考えたくもなかったんだ。)
自分に対する哀れみや同情の言葉なんて、考えるだけ無駄だったし、惨めになるだけだとしか思えなかった。
「シア?女の子は素直じゃなくっちゃ。男の子は何て声をかけようか困っちゃうわよ?」
「エル、五月蝿い。」
笑うのを必死に堪えながら、それでもなんとか声をかけるリーエルは吹き出す寸前だ。
一路が作った無言の間は、ただ単に考え事をしていたからなのだが。
「あ、うん、そうだね、用事ね。」
確かに用があって一路はここに来たのは間違いない。
「別に用事がなくても来ていいのヨ?シアちゃんもそう思ってるわけだしぃ?」
実際、一路に下される次の内示の時期が何時頃なのかを知っている時点で、シアが一路を気にしていると言っているようなものである。
そんな事は一路も十二分に承知しているし、嬉しくだってある。
「シアさん、今日、時間空いているかな?」
「は?」
突然の切り出し方に、ぽかんとするシア。
そんなシアの表情の愛らしさにクスリと笑いかけてから。
「これから僕と"デート"しない?」
「は?はぁぁぁーッ?!」