真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第107縁:その時がくれば、彼は。

 普通に考えてみれば非常に気まずい状況なのかも知れないが、一路にとってすれば特にたいした問題ではない・・・という認識なのが問題なのだが。

 

「二人共、今日は買い物か何か?」

 

 まるで何事もなかったかのように(実際、やましい事は何もないのだが)エマリーとアウラに話しかける。

 

「あ、シアさん、はい。」

 

 両手に持ったカップの一つをシアの座るテーブルの前に置いて、自分も彼女の向かいに座る。

 

「ありがと。」

 

「わ、私達はそうだけど、いっちーは?」

 

 チラリとシアを見てから友人のアウラに目配せをして、エマリーは何とか冷静に問いかける。

少しだけ冷静になれたのは、自分より遥かに一路と親しく、かつ好意を寄せているだろうアウラの態度が一見して冷静に見えたからである。

 

「ん?僕等は特に何が目的あって外出してるわけじゃないけど・・・一郎、デート・・・かな?」 「うぶっ?!」

 

 事も無げにさらりと言ってのける一路にシアは、口をつけた飲み物を吹き出しそうになる。

 

「大丈夫?」

 

「アンタねぇっ、少しは雰囲気を読みなさいっての。」

 

「雰囲気?よく解らないけど、異性と示し合わせて外出するのって、デートって言うんじゃないの?」

 

 定義としてのデートとすれば、それで問題ないのかも知れないが、それとこれとはまた別で・・・。

 

「示し合わせてないでしょ。アンタが突然誘いに来たんだから。」

 

「でも、シアさんはその提案に乗ってくれたじゃない。」

 

「う゛・・・。」

 

 それはそれで定義のデートとしては成立しているのでは?

そう問う一路にシアは返す言葉がない。

しかも、一路が自分と違って平静なものだから、余計に腹立たしい。

一方、二人の親密(そうに見える)なやりとりに突っ込む隙を見失ったエマリーはアウラの表情を横目で見る。

この状況は、常日頃、愛情表現(?)を彼女なりにだが、あらわにしているアウラにとってはあんまりではないだろうかという想いがあるからだ。

しかし、アウラは先程から至って冷静にしているように見える。

元々、感情が表に出るタイプではないとしてもだ。。

 

「いっちー?」

 

「ん?」

 

 ふと、今まで無言だったアウラが口を開く。

ちなみに一路に呼びかけたアウラに対して、エマリーの気分は"いけーっ!やっちゃえーっ!"である。

 

「いっちーは・・・私が誘ったら、デート、してくれる?」

 

「うん、喜んで。」

 

 即答する一路に頷くアウラ。

 

「そう・・・じゃあ、抱きしめるのは?」

 

 まだ諦めていなかったのかと思ったのは、一路だけでなくエマリーも同じだったが、そこはあえて突っ込む事はしない。

 

「そ、それはデートしてから、そのもっとお互いが仲良くなってからで・・・。」

 

 しどろもどろに返す一路。

どちらかというと、一路の方が恥ずかしくて出来ないのだが、そんな心の機微をアウラに推し量れという方が無理なので、こちらも突っ込まないでおく。

 

「・・・解ったわ。」

 

「え?それで納得しちゃうの?!」

 

 驚いたのはエマリーの方である。

まさかそんなにすんなりと納得するとは思ってもみなかったのだ。

寧ろ、エマリーだけが納得できないモヤモヤを抱えるだけの状態。

 

「いっちーは必要があって、望んだから、誘った。私も必要なら、いっちーを誘うわ。」

 

 そして誘われたら一路は受けると言っているのだ。

そういう意味でアウラとすれば問題ないという結論に達したのだとエマリーに言いたかったらしい。

この場で唯一、一路に対しての好意を公言しているアウラがこう言うのだから、これ以上は誰も強く出るわけにはいかなくなる。

一方で、一路はこれも良い機会だと思っていた。

 

「前に・・・聞かれたよね。」

 

 一路がぽつりと呟くその口調に三人の視線が集まる。

それが少しプレッシャーにはなったが、それでも言葉を続けようと一路は小さく深呼吸して・・・。

 

「何でアカデミーに入ってGPになろうとしたのか・・・そうじゃないんだ。」

 

 これで自分はアウラとエマリーに、彼女達が話せば皆に、軽蔑されるだろうか?

まぁ、でも仕方がないか・・・そう思う事にする。

 

「GPになる為に宇宙に出て来たんじゃない。宇宙に出る為にGPになるのが一番近道だったんだ。」

 

 だから多分、鷲羽達は最良の方法として一路にその道を示したんだと思った。

それが自分にとって最短ではないが、最適な道であると。

"最上解が最適解とは言えない"のが、世の中の現実だったりするのだ。

 

「とにかく、宇宙に出なきゃいけなかった。そうじゃなきゃ出来ない事が余りにも多過ぎたから。」

 

 目の前のカップを両手で握る一路。

プラ製のそれを潰さないようにするのがやっとだった。

 

「一路・・・。」

 

 そんな彼の様子を見兼ねて、シアは一路の名を呼ぶ。

 

「プーや照輝みたいに一級刑事っていう凄い目標があるわけじゃない。」

 

 そんな友人を持つ事が間違いだったのだろうか?

それは一路にも解らない。

 

「それ以前に、"エマリーさん"や"アウラさん"のようにGPになる為でもなんでもない・・・。」

 

 一番拘っていた名前の呼び方に、その距離感に一路の悲壮さが誰にも伺い知れ始める。

でも、一路はそれがそれが当然の痛みであると認識している。

嘘をつけば、更なる嘘で自分を形作るしかない。

どちらにしろ孤独な戦いだというのは解っていたのだから。

 

「だから、本当はこんな生活に浮かれてちゃ、僕はいけないんだ・・・。」 「一路!」

 

 我慢の限界にガタンッと大きな音を立ててシアは立ち上がる。

限界だったのはシアだけでなかったはずだ。

 

「行くわよ!ほら、立って!」

 

 シアは一路の腕を掴んで強引に立ち上がらせる。

男性恐怖症なんて、そんな事もあったかも知れない。

でも、もう一路に限ってはそんな事は言っていられなかった。

 

「い、行くって何処へ?!」

 

「知らないわよ!アンタが誘ったデートなんでしょ?アンタが考えなさい!」

 

「うわっ、ちょっと!痛いって!引っ張んない、ころっ、転ぶっ?!」

 

 無理矢理一路を引っ張って連れ去ってしまうシア達に一言も声をかける事の出来ないまま、エマリーとアウラは見送る事しか出来なかった。

だが、確実に一路の別れは迫っている。

 

 

 


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