「はぁ・・・。」
シアの一件があってから数日が過ぎた。
未だ巫薙からの連絡もなく、NBも一路には何も言ってこない。
NB自身が2週間以上はかかると言ったのだから、そうなのだろうと一路も思う。
だが、今の溜め息はそれらに関してとは違った。
『キミが何を考えて、どう行動するのかに関しては、他人である私にはどうこう言えないわ。でも、"責任"っていう言葉の意味は考えなさい。』
最終的にアイリの説教らしいモノといえば、これくらいだった。
全く以て、言う通りだと自分でも思う。
たからこそ、一路は考えるのである。
「はぁ・・・。」
寮の自室、自分の専有スペースであるベッドに横たわったままで再び溜め息をついては、項垂れる。
「どないした坊?あんまり溜め息ばっかついとると、ハゲるで。」
「え?ハゲるの?普通は幸せが逃げていくとか、寿命が縮むとかって言わない?」
「どっちも同じや。相対的に不幸っちゅーコトには変らん。」
「そういう問題?」
「ベクトル的にはな。」
NBといつも通りの問答をしても気が晴れない。
上体だけを起こして、傍らにいるNBを見つめる。
「なんや?」
「うぅん。たださ、何処に行っても人間関係のいざこざとか、社会問題ってなくならないんだなぁって。」
「そりゃ、そうや。あんな坊?」
今度はNBが器用に溜め息をつきながら口を開く。
「それを全部一気に解決する方法って何やと思う?教えてやろか?」
「あるの?!そんなの?!」
思わず食ってかかりそうになる。
「あんな?独りになるコトや。独りだったら誰かとぶつかる事も出来ん。永遠の孤独こそが、全ての争いを消滅させるんや。」
非常に的確かつ、哲学的だが・・・。
「そんな破滅的な・・・。」
「せやな、誰でも独りは嫌さかい。だから、坊、認めなきゃあかん、受け入れなあかん。それをやってからやないと心の狭い人間になる。それは余計な争いを生み出すし、坊自身もダメになる。」
「自分と考えが違う人間がいて、当たり前?」
「せや。」
細いアームの指を1本立てて、チッチッチッと振る。
何故だかその様が、一路にはNBが大人に見えた。
「ぶつかるのが悪いんやない。存在すらも否定する事が悪い事なんや。」
「・・・・・・そうしても納得出来ない事があるのも・・・?」
「じゃなきゃ、理不尽なんて言葉かて存在せんやろ?」
「そっか・・・。」
何となく解ったような気がして、実際はよく理解出来てない気もするが、とにかく気が抜けた。
「結局は覚悟とか、許容とか、心の広さの問題なのかな?僕は、そういうのが全然足りてないんだろうね・・・。」
己の道のみを進む覚悟、誰かを傷つける事になってしまうかもしれない可能性を孕んだまま、戦う覚悟。
「人を傷つける覚悟をかいな?」
「傷つけるとかそれだけじゃなくて、その・・・。」
海賊との遭遇、明確な敵という存在、自分に向かってくる殺意と攻撃。
そういうモノに相対した時、自分は相手の命を・・・。
「はなから覚悟する必要なんかないで。色々と模索して、それでもアカンかった時に覚悟すればえぇ。それまではやられても踏ん張って、倒されたとしても立ち上がればいいやんか。往生際の悪い坊にはできるやろ?ド根性ってヤツや。」
「ド根性ねぇ・・・。」
最後は精神論かと突っ込みたくはなる。
大体、根性があったら、こんなうだうだしたり言ったりしないんじゃないだろうかと思う。
「大丈夫や。その為にもろうとるんやからな。」
「貰う?何を?」
「心も身体も。きちんと坊のオトンとオカンからもろうとるやろって。」
父と母の名まで出されては、一路も反論出来ない。
五体満足。
昔の人はよく言ったもんだと考えながら。
「このまんまにしとくか、全部皆に話すかは坊の好きにしたらええ。堪えんのがしんどかったら言ったってええしな。前にも言ったけどな?アカデミーのデータなんざ、ワシがいくらでも、どうとでもしたるさかい。」
それがあからさまなハッキング宣言であって、完全に犯罪行為であるのは言うまでもないが。
「ありがとう。う~ん、やっぱりちょっと考え過ぎてパンクしかけてるのかなぁ。」
上体だけでなく完全に起き上がると、一路は傍らに立てかけてある木刀を取る。
考えてみれば、地球にいた時から自分の持っているモノは少なかった。
だから離したくない。
そういう子供地味た意地だったり我が儘だったりするのかも知れない。
「ちょっと気分転換に身体動かしてくるよ。何が解決するわけじゃないけど。天南先生かコマチさんいるかなぁ。」
「訓練が気分転換になる時点で、坊も相当アレやな。」
へいへい好きにしたらええと手を振るNB。
そう考えても呆れているのだろうなと思いつつも、他のストレス解消法なんて、友人達との交流と食事くらいしかない。
その交流も顔を見れば嘘をついている事や、ここから出て行く事ばかりがチラついてしまうのだから、消去法になってしまう。
「じゃ、行って・・・。」 「ちょい待ち!」
ひらひらと手を振っていたNBの手がピタリと止まる。
心なしか声も先程の軽いモノとは違う。
「・・・・・・やっぱり、か。」
そうぽつりと一言だけ呟やいて・・・。
「来たで、坊。捜し人の行く先を。」
それは唐突に・・・しかし、唐突ではない別れなど、この世にはほとんど存在しない。
一路はそれを既に経験して知っている。