GPの制服は寮のベッドの上に畳んで置いてきた。
中に着るインナーだけは拝借してきてしまったが、ジーパンに薄水色のパーカー。
地球から持ってきた服である。
GPとのお別れ。
そんなフレーズが脳裏を過る。
パーソナル端末には、一路に向けた内示のメッセージがあった。
GPの整備課付きの操舵オペレーターへの配属と記されていて、ちょっぴり嬉しかった。
アウラには例の交換日記が届くようにしてあるし、他の皆にはメッセージが送信されるようになっている。
アイリ宛の退学願も制服と一緒に残して来た。
これで自分には腰の木刀ひと振りと・・・。
「ふふ・・・。」
「何や、坊?」
「ううん。地球をさ、木刀1本だけ手に入れて出て来て、宇宙でNBがついてきてくれて、最低1つでも増えてるなぁって。勿論、みんなとの思い出もね。」
出会ったという事実や記憶がなくなるワケじゃない。
「ええやないか、そうやって1コずつでもえぇから増えとんのは。千里の道も一歩からや。次は坊のお姫さんが増えるわけやしな。」
全くもってその通りだ。
夜陰に紛れて寮を抜け移動する。
巡回ロボットのルートは、事前にNBがハッキングして調べてある。
ドックへの道順、最短ルートは調査済みで頭に叩き込んだ。
あとは静竜に渡された管理用のカードキーでドックに侵入して、宇宙船を奪うだけだ。
「・・・宇宙船の窃盗って、どれくらいの犯罪なんだろ。」
NBを小脇に抱えて疾走しながら思わず呟く。
「無傷で返せばそこまでの問題にならんやろ。管理の責任の問題にはなるがな。」
"元"生徒が宇宙船を盗んだとなれば確かに問題だ。
「最悪、地球に逃げ込めばええんやし。"建前上"、地球は銀河連盟の管轄外や。」
樹雷の正妃の故郷という事もあって、大っぴらには干渉出来ない地でもあるのだ。
何より問題は、銀河連盟の戦力の半分以上を注ぎ込んでも勝てない戦力が地球にはあるからなのだが、NBはあえてそこまで言わない事にした。
「アレや。」
整備課の施設がある埠頭。
大きく参と書かれたドックの入口で、一路は持ってきたカードキーを通す。
漢数字なのは、このドックの整備責任者の趣味だろうか?
中に足を踏み入れると、判り易い位置の床にカードキーを置いた。
「ちょっと拙いかなぁ、NB?これだけやっぱり天南先生の管理能力が疑われるよね?」
別に先生を困らせたいわけではないのだ。
寧ろ、感謝しているくらいで、同じ地球人の西南とは全く違う感想だ。
「カマへん、カマへん。いざとなったら宇宙船の1隻や2隻ポケットマネーで買えるで、あの旦那。結婚してから羽振りが良くなったからな。」
「え、それってどんだけなの?」
「あぁ・・・まぁ、有数の財閥のボンボンやからな。個人主義ではあるんやが、結婚して以降順調に成功しとるから・・・本人もそう思って渡したんやろ。」
じゃあ、カードキーがなくなったままよりはいいかなと考える。
自分がカードキーを盗んだという事になればいい。
どの道、これだけやればもうここには戻って来られないだろうし、それも折り込み済みの行動だ。
「ともかく先を急ぐで。」
ドックの奥へと歩を進める。
途中で解体されてフレームだけの小型艇や、クレーンで吊るされた外装の一部を眺めながら、目的の船を見つけるのは簡単だった。
「練習艇の小型から中型艦の間のサイズやけど、きちんとワープも可能、小出力のレーザー武装とフィールドバリアも完備。最低限の保証付きや。」
NBの言う通り、研修時に乗った船より遥かに小さい艦。
船首は縦長で、後部に行けば行くほど縦に幅広くなっている。
後部は尾翼が3つに分かれていて、真後ろから見るとテトラポットのような形をしていた。
(マンボウとテトラポットをくっつけたような・・・。)
自分の人生で見た事のあるモノで例えるとそんな形だ。
「何をポケっと見とるんや?研修で習ったやろ?ほぼマニュアルやさかいチェック項目が起動までにぎょうさんあるんやで?」
そうだった。
他の機能は追々でまだしも、一路が習った操舵系だけでもそこそこの準備時間が必要だ。
それに何か一つでもミスすると、後でとんでもない事になる。
「ん?乗船口がロックされとるな。ちょっと待っときや。」
これから先、灯華を連れて帰るまではそういう旅なのである。
何から何まで自分達でもって、全ての責任も自分たちが負わなければならないのだ。
もっとも、宇宙に出る者全てが一路達と同じなのだから、これはある意味で"一人前の人間"という事なのだろう。
相互チェックが大事、互いが命綱と言ったのはプーだったか?
しかし、一路のその考えはのっけから躓く事になる。
何故なら・・・。
「成程、そうきおったか・・・。」
何とも呆れた声を出すNBの方へ一路が顔を向けた、更にその先に1つの人影を見つける。
「え・・・なんで?」
誰もいないドックのはずだった、そのはずなのに・・・。