最低文字数は2000字くらいを目安にしてるつもりなんですが・・・。
(え、えらいメに合った・・・。)
一路はげんなりしながら居間へ続く廊下を歩いていた。
女性にはありえない程の腕力で、男子浴場→同脱衣所→廊下→女子脱衣所→女子浴場。
そして湯船にドボン。
投げ込まれた。
それでも股間にあった最後の砦、その布を手離さなかった自分を褒めてやりたい。
そのまま、されるがままに背中を洗われ、次に前をというところで何とか断るという名の逃亡が出来た。
魎呼は気にすんなと言っていたが、一路が気にする。
「何というか、ここの人は大らかというか・・・。」
常識というもののラインがあやふやな気がする。
大家族で賑やかなのは羨ましい限りだが、限度がある。
「少年よ、また何やら悩んでいるようじゃの。」
悩んでいるという程のものでもなかったが、廊下で立ち止まっていた一路を見て、勝仁はそう感じたらしい。
「あ、いや、悩んでなんかは・・・。」
「なんかは?」
「えぇ~と・・・。」
何故だかこの人には隠し事がしづらい。
一路自身、余り嘘をつくという事そのものが苦手であるが。
それを差し引いてもだ。
「ここの人達は自由というか、なんというか、じょうし・・・あ、個性的だなと。」
思わず"常識外れ"という単語を飲み込み、置き換える。
一応当たり障りのない言葉にしただけで嘘はついていない。
「個性的という範囲におさまるんじゃったらいいがのぉ。」
顎に手をあて、一路の気遣いを易々と打ち砕くのだが、これもまた本当の事なので、一路には抗し難い。
「でも、賑やかなのはいいですよね。」
家の中、部屋、何処かしらに誰かがいて、声がする。
それは一路にとって羨ましい事、このうえない。
「確かに。あのコ等が来るまでは、ワシと天地とその父の三人だけじゃったからの。」
となると、ここにいる女性陣は皆、他所からやって来た事になる。
「男ヤモメってヤツですか?」
「うむ。それはそれで自由、勝手気ままではあったがの、人というのは慣れる生き物でなぁ。今じゃ、この騒がしいのもないとなんとやら・・・。」
勝仁は思う。
彼は天地のもう一つの姿、といっては言い過ぎだが、もし母が亡くなった時の天地が一路のような境遇だったらば。
ふとした時にそういう思考に傾いてしまう。
「慣れちゃうんですか?」
この騒がしさに慣れてしまえるのも、それはそれで凄い事なのではないかと思わず苦笑する。
「忘れれると慣れるのは違うんじゃよ。無論、どちらが一概に正しいとは言えんでな、時と場合によるのは、まぁ、何でもそうじゃな。」
それがどんな事でも。
そう続けた。
要はどのようにして折り合いとつけるか。
亡くなった者はもう戻って来ないのだから。
「・・・覚えておきます。」
「臨機応変。大事なのは柔軟な脳ミソってヤツだネ。」
並んで廊下に立っていた勝仁と一路の後、そこに鷲羽が立っていた。
「の、脳ミソなんですか?」
「そそ、というコトで、ぴっちぴちな灰色の脳細胞を保つ為にきちんと栄養を摂取しようじゃないのサ。」
どうやら夕飯の用意が出来たので、二人を呼びに来てくれたらしい。
「砂沙美ちゃん特製の夕飯だよ。」
二人を促す。
その背を見て、一路はやはり思うのだ。
賑やかな家族というものは楽しいものなんだと。
何せ、男三人、女四人の七人で夕飯なんて、一路にとっては初体験だ。
一路の脳内にある正しい田舎の食卓とはこうなんだろうなというイメージ、そのままの食卓が一路を待っている。
温かくて、湯気を立てた沢山の料理、途絶える事のない会話と笑顔。
「おぉ~、一路~こっちだこっち、早く座れ。ハラ減っちまってよ。」
「すみません、魎呼さん。」
待っていた魎呼の隣には一人分の空きがあって、招かれるがままに一路はそこに座る。
「全く、食い意地が張ってますわね。」
「今日も元気だメシが美味いってな!」
がははと笑う魎呼は既にアルコールが入っているのだろうか、上機嫌で阿重霞の嫌味も耳に入らない。
これには阿重霞だけでなく、近くに座っていた天地も呆れ顔だ。
「まぁ、一路君も冷めないうちに食べてよ。」
「あ、はい。」
呆れ顔をしつつも、一応家長(勝仁もいるが)の天地は一路に料理を勧める。
天地におどおどと視線を合わせた一路には、先程の浴場で感じたような事はもうなかった。
(普通に良い人だよなぁ。さっきのなんだったんだろ?)
あんな風に感じた事など一路もなかったし、もう二度と味わいたくないのが本音ではあるが、それよりも気になるのは目の前の御馳走である。
「いただきます。」
「どうぞ♪」
打てば響くような返事。
もうどのくらいその声を聞いてなかっただろう。
その声に押されるように箸を取り、ゆっくいと目の前の料理を口に運ぶ。
そんな様子を料理を作った砂沙美だけなく一同が見守る。
「・・・おいしい。」
なんと評したらいいのだろう。
これぞ手作り、家庭の味。
一言で言うとそんな・・・。
「良かった♪まだ沢山あるから、一杯食べてね。一路お兄ちゃん♪」
砂沙美のその言葉に後押しされてか、一路は二口三口と食を進めてゆく。
その様子を見て、勝仁は微笑みながら手酌で注いだ酒を呷る。
他の者も思い思いに食事を開始して、その全てが笑顔だった。
それを眺めているだけでも、一路は幸せな気分だった。
母の事を忘れたわけじゃない。
忘れる事と慣れる事は違うし、どちらも間違いでも正解でもないのは、もう知っているから・・・。