真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第121縁:誰のものでもない自分。

「貧相な顔になったではないか。」

 

 その男は彼女の顔を見て無表情のまま口を開く。

座り込む灯華を見下ろす男は彼女に何の興味を持っていないのは確かだろう。

いっそ、死体だろうと関係ないのかもしれない。

 

「処刑の時間?」

 

 冷たく言い放った男と同じうに灯華も淡々と聞き返す。

互いが互いに相手そのものに対して興味がないのだ。

 

「処刑?オマエを処刑したところで何の利益もないだろう。ならば別の使い道をした方がマシではないか?」

 

「別の?」

 

 意外だ。

灯華を見下ろす男、アラド・シャンクはダ・ルマーギルドの中では知略家だ。

以前の首領のタラント・シャンクと違って親兄弟を部下の面前で殺害するような残虐性は持ち合わせていない。

いないものの狡猾であるには違いない男のはずだった。

 

「オマエは孤児だそうだが・・・。」

 

 傍らにいる部下から渡された資料らしきものを一瞥し、すぐさま視線を戻す。

一瞬だけ資料と灯華を見比べてからだ。

 

「どうやら出自は私の"家格"よりは上らしい。」

 

 海賊は今でこそ無法者の集まりであるが、事の発端を遡れば宇宙開拓民に行き当たる。

そこは家族のような身を寄せ合う一種のコミュニティのようなもので、当然ながら一族内での婚姻を繰り返す事になる。

近親相姦や血の濃さによって引き起こされる遺伝的な問題は、科学の力で克服出来たが、より一層の遺伝子管理や調整は最重要事項になっていった。

そしてそのような事情から、以前NBが言っていたように厳然たる血の順位が存在するのである。

 

「"次の女"が見つかるまで、私の踏み台となれ。」

 

 つまり、自分が棚ボタ的に手に入れたシャンクギルドの一派閥として、他の派閥をまとめあげる為の伴侶、旗印の一つとなれと言っているのだ。

自分より継承順位が上の存在を見出すまでのと注釈がつくが。

所詮は道具、籠の鳥になれという事だ。

言葉の響きからすれば、今の環境よりマシになっているような気もするが、所詮、ただの飼い殺しである。

次の被害者が現れるまで逃れられないというのは、地球の妖怪である七人岬とやらに似ているなと、学校の図書室で読んだ本を灯華は思い出した。

以前の灯華ならば、その事に対して何の感慨も持たなかっただろう。

特に自分自身の事にだって何の関心も持たなかった。

 

しかし・・・。

 

「未来の総帥の第一夫人にしてやるのだから、光栄に思えよ。」

 

 そう言ってぐいと灯華の腕をアラドが掴んだ時、理解してしまった。

それがどうしようもなく嫌で、それこそが"生理的嫌悪"だという事に。

 

「私に気安く触れるな!」

 

 そう思ってしまったのならば、実行するしかない。

ルビナから渡され、隠し持っていたナイフを自分を掴む腕に電光石火で突き立てる。

こんな男の物にはならない!

 

「こ、このアマァッ!」

 

 アラドの叫び声が聞こえてきたが、気にとめる必要はない。

一目散に全速力で駆け出す。

狭い艦内だ、逃げ場所など何処にもなかったが、唯一助かる方法があった。

艦内に逃げ場がないというのなら、外に出ればいい。

目的は小型艦や脱出艇のあるドック。

ルビナの指示通りの行動だ。

 

(撃墜されて死ぬ方がまだマシ。)

 

 それが一番可能性のある選択肢というのなら、尚更に飛びつくしかない。

 

「あぅっ?!」

 

 そう思っていた矢先、灯華の足に激痛が走り、それがすぐさま銃で撃たれたのだと悟った。

 

「なかなかに海賊の頭領夫人としては威勢がいい。だが、少々躾が必要か。」

 

 刺されたというのに、アラドが顔色一つ変えずつかつかと灯華に歩み寄る。

よく見ると、灯華が刺した腕から血の一滴も流れ出ていない。

 

「残念な事に、この腕は以前タラントに斬り飛ばされていてな、義腕になっている。まぁ、一種の"洗礼"みたいなものさ、彼の後継者という、ね。」

 

 ニィィと薄ら寒い笑顔で灯華を迎える笑み。

 

「気にする事はない、私は心が広い。彼ほど癇癪持ちではないよ。あぁ、勿論、足はきちんと治療させよう・・・ん?手足がない方が"持ち運び"が楽か?毎回顔を会わせる度に鬼ごっことは、些か私も疲れる。」

 

 何処が癇癪持ちではないだ、ただの凶状持ちではないか!

灯華だけでなくその場にいた誰もが、彼の部下を含めてそう思っても口に出せない中、アラドと灯華の距離が詰まっていく。

先程まで自分の腕に突き立っていたナイフを弄びながら。

 

「とりあえずは、もう逃げぬようにもう片方の足にも風穴を開けておこうか。」

 

 本気で彼はやるつもりだろうと灯華は理解する。

この男の伴侶となるくらいなら、死んだ方がマシだとも。

ならば、せめても道連れにしてやろう。

そう決意して、無傷の足を軸にして立ち上がる。

ふと、これだけ生きる事に頑張れば、一路は許してくれるだろうか?

そんな馬鹿げた事が脳裏を過る。

この銀河の科学において、魂であるところのアストラルは無意識の海に沈んで溶けると解明されている。

地球でいうような天国とか地獄とかは存在しない。

しかし、一路は地球人だから、もしかしたらそういう類いの所に魂は逝くのかも知れないと思う。

 

『・・・ダメだよ・・・とう・・・か、ちゃ・・・きみは・・・こんなこと、できるこじゃ・・・な・・・。』

 

 一路の最後の言葉を思い出し、灯華はうっすらと笑みがこぼれた。

それは自嘲の笑み。

結局、自分は最後の最後まで・・・。

 

(人殺しだ・・・。)

 

 灯華は覚悟を以て、最後の一歩を踏み出す。

 

 

 




私事が忙しくて年末進行出来るか危うい状況ですが、久々の緊迫バトル待ったなし中ですからね、最低でも定期更新はやり遂げたいと思っています。

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