「艦が一隻予定航路を外れている?」
その一報を受けて男は顔を顰めた。
こんな事が上の人間にバレたら、どうなる事やらと思ったからだ。
「一体どこの艦だ?ここは幼稚園じゃないんだぞ。」
自分の艦隊において滅多に起こらない事態に疲労がどっと出てきて、溜め息をつく。
「はっ、的田艦長の突撃艇です。」
「・・・あの馬鹿。」
その報告を聞いて上司である男は額に手をあてた。
的田 全という人物は知っている。
艦隊を預かる身として、各艦の艦長の名と経歴は把握しているのだが・・・特にこの的田 全という男は自分は抜擢した男だった。
「通信を繋げ。」
孤児院の出身で、上昇志向と清貧を併せ持つ人物だと認識している。
先の要人警護の任でも暗殺者の手から要人を護った。
自分の力量をしっかりと把握、弁えていて他の評価も悪くはない。
後ろ盾がないというのも、しがらみを持ちたくはない自分の艦隊像としては都合の良い人材である。
「よー、おっちゃんまた老けた?」
能天気な全の顔がスクリーンに映し出され、また更に溜め息をついた。
彼は常時こんなであるからだ。
たとえ、軍規違反を犯している状況でも。
『自分の艦の乗組員は自分が決めさせてもらいます。』
それが彼の唯一の我が儘と条件。
そうして彼が選んで連れて来たクルーは、何の後ろ盾も持たない者や孤児ばかりで、そしてそのいずれも有能だった。
彼には人を正確に評価する目がある。
「オマエがその原因の一つだよ。おい、この通信は記録に残すなよ?」
そう自分の部下に断ってから全を見る。
「で、何があった?幸い、今なら事と次第によっては"応じる"が?」
何をどう応じるかという事の中に処分以外のニュアンスを含んで・・・。
「は!航行中に救難信号を受信、所属はGP艦で艦長は以前の任務で助力を得た人物であった為、事後承諾という事で急行中であります!」
嘘である。
大体、救難信号を受信したのなら、突撃艇より先に他の艦が先に受信しているはず。
「全、おまえな・・・。」
そんな事は自分の口から説明せずとも全だってよく理解しているだろう。
事後承諾とかいう軍にはない熟語がそれを物語っている。
「悪いね、"兼光のおっさん"もう突入するんでっ。」
「おい!」
一歩的に通信が切れた。
「全く、任務中は司令と呼べというのに。」
問題はそこではないのだが・・・。
「何か面白そうじゃなぁい?」
「面白くも何でもありません。」
兼光は新たに入ってきた通信に露骨に溜め息をついてみせる。
当然、相手に聞かせる為にだ。
「あら、そぉ?じゃあ、"私だけ"追いかけちゃおうっと♪」
「余計にややこしくなりますから、やめてください。」
楽しげな顔をしてスクリーンに映った妙齢な女性は口元を扇子で隠して笑っていた。
「だぁって、あのコ、最近のお気に入りなんでしょう?」
ヤバい。
瞬時に兼光は悟る。
このままでは確実に全が新しい玩具にされてしまう。
「いい加減にしてください、瀬戸様。ただでさえ最近は"被害者の会"のお歴々から熱烈に勧誘されているのですから。」
実態は互助会というか、愚痴の吐き合いの会であって何ら怪しい団体ではないのだが。
「あら、鷲羽ちゃんよりはマシよォ?」
どっちもどっちだ鬼ババアめっ!と心の中"だけ"で毒づく。
正直なところ、この二人に人生の歯車を狂わされた人間は相当数に昇る。
かくゆう熱烈歓迎を受けている自分も現在進行形で被害者の最前線なワケなのだが。
「司令!」
「今度は何だ!」
瀬戸との通信の最中に部下が割って入ってきたのを、ついうっかりと声を荒らげてしまう。
全く、自分もまだまだだ。
「すまない、どうした?」
「あ、いえ、あの、瀬戸様の水鏡の機影が消失しました。」
「何ぃッ?!」
ばっとスクリーンを見ると既に通信は切れていた。
「あのクソババア!被害が"悪化"させられる前に探せ!」
まるで悪性の腫瘍か何かの扱いである、いやそれよりもタチが悪い。
ある意味で事態を正確に認識している者の言葉である。
瀬戸の乗る船は樹雷皇家の船だ、本気で隠れられたら見つけ出す事は、より上位の皇家の船でない限り不可能だろう
と、そこで兼光は気づいた。
「・・・瀬戸様の水鏡は"何を"もとに全の艦の座標を割り出したんだ?」
樹雷皇家の船のコアである樹同士ならば、上位・下位、あるいは世代の関係で位置を特定する事も可能だ。
しかし、全の船は当然の如くそんな船ではないうえに、中型の突撃艇である。
とすると、水鏡や瀬戸の部下の情報収集部隊かも知れないが・・・果たして、ほんの数分前に消息を断った船の行方など、そんなに早く解るものだろうか?
「まぁ、相手があの鬼ババアならありえるか。」
そう一人ごちて、再び溜め息をつくのだった。