信じるか信じないかはアナタ次第です(謎)
「ところで一路殿?」
食事も一段落した頃合いを見計らって鷲羽は声をかける。
途中から料理のあまりの美味しさに夢中になり、黙々と食べてしまって一路は少々食べ過ぎた腹を擦りながら鷲羽を見る。
「転入した新しい学校はどうだい?何か困ったりしてやしないかい?」
「お?それはアタシも聞きたかったんだ、どうだ?学校てヤツは。」
ホロ酔い加減の魎呼は身体を支え切れなくなったかのように一路の肩に腕を回す。
軽いホールドなのだが、全く逃げられる気がしなかった。
「特には・・・。」
「ご学友はどうですの?優しくしてくださってます?」
食後の日本茶を啜りながら、阿重霞がすかさず重ねて問う。
「よもやイジメなど受けたりは?最近のイジメというモノは陰湿と聞きますし。」
さも知ったようなクチで聞くのだが、これは日々のワイドショーと、誰にも見られずにこっそりと調べていたからだったりする。
「あ゛ぁっ?!んなヤツはこの魎呼サマがブッ飛ばしてやっから心配すんな~。」
ガックンガックンとか一路の首を振る魎呼にされるがままになりながら、何とか丁重に、機嫌を損ねずに断る。
でないと本気で木刀か何かを振り回しながら学校に乗り込んできそうだと思ったからだ。
実際は、それ以上の尋常ではない規模の破壊活動が待っているのだが。
「クラスメートは皆いい人達で、色々と気にかけてもらってます。」
それに級友達は、学年が一緒でも年齢から見てみれば年下なのだ。
ちょっとした事では一路も怒ったりする気にはなれない。
担任も自分に気を遣ってくれていたようだし。
「ちょっと質問責めには苦労しましたけれど。」
「あ、それ解るなぁ、オレ。」
傍観していただけの天地がふいに口を開く。
「自分の知らない、行った事のない所から来たってだけで興味が湧くから。オレの知らない何かを知っているって事じゃない?」
宇宙にすら出た事のある者の発言とは思えない言葉だが、この素朴さが天地なのである。
「そういうものですか?」
「オレはずっと岡山のこの村暮らしだしね。気にならないって言ったら嘘になるかな。」
ずずぅっと茶を啜る天地に一定の理解を示す一路だったが、他の皆は先程の理由から半ば呆れている。
気にしていないのは美星くらいのものだ。
「でも、お陰で何人か友達が出来ましたし・・・。」
「あらぁ~良かったです♪このまま友達100人できるかなでいきましょ~。」
美星でなければそこそこ良い発言、シャレに取られたかも知れないが、残念な事に美星だ。
全部、本気。
「そいつは女か?えぇ、ヲイ。」
最早、魎呼は完全に悪い酔いしているとしか思わない。
下品に小指を立てて、うりうりと一路に見せつけている。
「魎呼・・・。」
見兼ねて注意する天地の声も全く耳に届かない。
「え、えぇと両方です。」
「それは良かったね、一路殿。」
「はい。初日から仲良く出来たのは嬉しかったかも。」
一路自身も最初が肝心と思っていたが、その懸念は運良くいい方向に解消されたと思う。
「あ、でも・・・。」
「でも?」
一日を振り返って、そう言えばと思い出した事。
「皆はクラスが持ち上がりだったから済ませたらしいんですけど・・・。」
「何だ?どーしたってんだ?」
「何かお困り事でも?」
「い、いや、二人共・・・近い。」
ぐぃっと阿重霞まで乗り出してくるとは思ってなかった。
少し、いい匂いがする。
着物を着ているからお香か何かの香りだろうか。
「で、何だい?」
「あ、えと、進路相談なんですけど、三者面談らしくて・・・。」
「サンシャメンダン?」
「三者というと?」
魎呼と阿重霞の二人にハテナマークが浮かぶ。
天地は学校を途中で止めてしまっていたので、二人がそういう単語を聞いた事がなかった。
大体、阿重霞は皇族だし、魎呼にいたっては学校にすら行っていない。
そのせいかこの二人には、そんな知識を仕入れる機会がなかった。
「あぁ、面倒だよな。ウチはじっちゃんがいたし、それに神社の宮司になるって言えば大丈夫だったからなぁ。」
同じ片親である天地にとっては身に沁みた出来事だ。
親が仕事していると余計に面倒になる。
今はここにはいない天地の父は比較的子煩悩で、在宅でも仕事が可能だったし、祖父である勝仁がいたからなんとかなったが、一路はそうもいかない。
「父君はダメなのかの?」
「あ、父はまだこちらに引っ越してきてなくて、まだ東京に・・・。」
「え?じゃあ、一路お兄ちゃんご飯とかは?お洗濯は?」
家事に気が回るとは、柾木家の家事を担う砂沙美らしい。
「え?洗濯はしてるよ?普段は部屋干しだけど・・・ご飯は、うん、今日、久し振りに美味しいモノを沢山食べられたかな。」
「うぼぁ~っ、いけましぇんよ~一路ざぁ~ん。ちゃんと食べないと死んぢゃいます~。」
変なスイッチが入ってしまったのか、唐突に美星が泣き出す。
それはもう滂沱のように目から鼻から水分が。
「いやいやいや。」
その余りの変貌ぶりに引きつつ、なんとか美星を宥めようと試みてみるが、一向に治まらない。
「毎日インスタント麺は嫌なのぉ~っ。」
インスタント麺?
今の会話の流れの何処にそんなワードがあっただろうか?
いや、確かにレトルトやレンジでチンとか、そういった類いのモノが多いは多いのだけれど。
「ありゃぁ~、コリャ、何か変な貧困トラウマのスイッチでも押したかね。」
恐らく今の彼女の脳裏には、地球に来て間もない頃の貧乏生活がリフレイン再生されているのだろう。
とうとう嫌々と泣きながら激しく首を振り始めた。
末期症状寸前か?
「美星お姉ちゃん、別に一路お兄ちゃんは何も食べてないワケじゃないから。」
埒が明かないと、砂沙美が宥め始め、絶妙なタイミングでティッシュを差し出すと、美星が鼻をちーん、ずびずびと・・・。
年下の、それこそ小学生に慰められる大人の女性。
一路から見れば実にシュールな光景である。
「で、なんだったかね?あぁ、そうそう三者面談、三者面談。」
美星が泣き止んだのを各にしてから、何とか脱線した話題を鷲羽が戻す。
「だからなんなんだよ、サンシャメンダンって。三発の弾を避けるテストかなんかか?」
一瞬の間。
そして、×三射面弾→○三者面談の構図がようやく完成して・・・。
「って、解りにくいボケをカマすコだね、このコは。いいかい?三者面談ってのはね、クラスの担任と生徒と親の三人で今後の進路とか勉強方法を現状の成績を見ながら話し合う事だよ。」
「なぁ~る。あれ?でも、一路、今・・・。」
ようやく問題の核心を理解したらしい。
本当、ここまで来るのが長かった。
「仕方がありませんね。」
すっくとその場に立つ阿重霞。
「仕方がないだと?!阿重霞、オマエなんて冷てぇ事を!」
「不肖この阿重霞、一路さんの御両親代理として、その三者面談に望ませて頂きます!!」
くわっと見得を切って、高らかに宣言する阿重霞。
食卓に夕食の食器類がなければ、そこに足を上げて歌舞伎ばりの大見得を切っていたかも知れない。
「一路さん、この阿重霞が一肌脱いでさしあげますから、大船に乗ったつもりで安心してくださいな。」
先程まで三者面談の意味すら知らなかったとは思えない言い様だ。
それでも自信満々に任せろと言ってのける阿重霞は凄いと言い切れる。
「ばっか、オメェ、泥舟の間違いだろ?阿重霞なんかに任せられるわきゃねーだろ!」
酒の酔いも覚めたとばかりに阿重霞に食ってかかる。
天地と一路に関しては、阿重霞に譲る気は全くない。
「一路の三者面談はアタシが行く!」
持っていた一升瓶を食卓をどんっと置き立ち上がると、阿重霞に中指をおっ立てちゃう魎呼ちゃん。
「そっちの方がよっぽど泥舟ですわっ!出港すら無理無理無理。」
お話にならないですわ、はんっと鼻であしらう阿重霞に一歩も引かない魎呼。
その様子をぼけっと見る天地。
普段だったら天地が止めに入るのだが、タイミングを完全に逸した。
争いごとの原因は大半が天地に関して、これが柾木家の日常の光景。
それならば天地だって止めに入れたのだ。
しかし、今回の原因は一路の事で、張り合いの理由も天地を奪い合う嫉妬でもライバル心でもない。
基本的に母性と良心というものが先行しての、何時もと微妙に違う現状についぼけっと眺めてしまっていたのである。
「こほん。天地、呆けておると足元すくわれるぞ。」
勝仁のこの一声にようやく我に返る始末。
勝仁も自分で止めないで、天地に止めさせようとするところがどうしてなかなか狡猾である。
まぁ、天地命の二人の事だ、天地が止めに入るのが一番効果的なのはその通りなのだが、困った事に天地の仲裁はあくまでも公平にどちらか一方の味方にならないようにしなければならない。
でなければ、必ずどちらか一方が拗ねる。
拗ねるだけならば良い。
下手をすると、被害は拡大するどころか更に大きな問題へと発展するのだ。
天地の脳裏に【瀬戸大橋、謎の崩壊!!】という新聞の一面がチラついたりチラつかなかったり・・・。
「二人共、いいかげ・・・。」
「アンタ達、いい加減におし!」
言いかけた天地の言葉を遮ったのは鷲羽だった。
「全く。そんなに引っ張ったら、子供の両腕が抜けちゃうだろ?」
魎呼と阿重霞が互いに喧嘩をせず、大人しくなる事の一つにTVというものがある。
その中の時代劇であった有名な一幕だ。
「だってよォ・・・阿重霞が・・・。」
「魎呼さんが・・・。」
どちらも養母でも生母でもないのが、ある意味非常に問題だ。
譲り合う事をしないのだから。
「一路殿を無視してそんな話をして、困ってしまうだろ?」
「そうだ!一路に決めてもらえば!」
「リョーコ。」
メッと睨みつける鷲羽にあっという間に勢いが殺がれてシュンとする。
これが正しい母と娘の教育というものだ。
「いいかい?一路殿にとって、いや、誰でも家族というものは大切なもんなんだよ?代わりなんていやしないし、誰もなれやしない。それを軽々しく、しかも本人の意思を無視して、代理だの何だの、呆れて物が言えないよ。」
「言ってんじゃん。」
「リョーコ!じゃあ、アンタはある日突然、天地殿の代理でーすって輩が来て納得するのかい?阿重霞殿は?アンタ達がやってるのはそういう事なんだよ?」
家族や絆、それがどれだけ大事なものなのかを一番に理解しているはずの二人の無神経さに腹が立つ。
「えと、あの、僕なら別に怒ってないです・・・その二人とも助けてくれようとして言ってくれたと思うし・・・その少し嬉しかった・・・です。」
腕を組んで憤慨している鷲羽の勢いに負けながら、おずおずと一路が口を挟む。
確かに母や父の代わりなどはいない。
鷲羽が言った事は正しいと思った。
でも、数日前まで土地勘も知り合いすらもいなかった自分が、こんなにも温かい食卓に囲まれている。
こんなに優しく、自分の為に動いてくれようとしてくれる人がいる。
それはありがたい事で感謝しなければならないと一路は思うのである。
「たは~っ。どうやったらこんな良いコに育つのかねぇ。御両親の教育の賜物だわ。それに比べ・・・。」
チラリと魎呼を見て脱力しつつ溜め息。
「な、何だその残念モノを見る目はっ!」
本当に残念な
「ダメですよ~、一路さん。困ったら、助けて欲しいってちゃんと言わないと~。じゃないと、みんなどうすればいいのか困っちゃいます~よぁ~?あれ?困ったが困ったを呼んで困った事に困っちゃいますわ~。」
「・・・美星殿もどうやって育ったんだかねぇ・・・。」
こちらもこちらで真っ直ぐ過ぎる程にド天然。
だが、思い切り呆れる鷲羽には悪いが、どちらもアナタの"血縁"ですよと突っ込みたい気分に駆られる。
誰が?
それは静観していた砂沙美。
正確にはその中にいる者だが。
「とにかく、本当にどうしようもなくなったら何時でも言ってくれよ。オレ達で出来る事があれば協力するからさ。」
今度こそ何とか事態の終息を宣言するかのように述べた天地に、そして皆に感謝の意を込めて頭を下げる一路を横目でみながら。
「まだまだじゃの、天地。」
と、一人、静かに茶を啜る勝仁だった。
う~ん、やっぱり計上される数値がどれくらいがどうなのか、未だに解らない・・・。
まぁ、数値が高ければ高い分いいのか、ちょっぴりトオイメになります。
兎にも角にも、感想・評価随時受付け中です。