ドゴンという鈍い音の後、船の内壁が陥没して煙を上げる。
「あれぇ?避けていいの?船、傷ついちまうぜ?」
ワザとらしく、実にワザとらしく言い放って全は笑う。
「脅しのつもりか?」
「うんにゃ、至極真っ当な駆け引きだよっと。」
ベキンッと破砕音がして、全の拳が壁面にめり込むと、壁の中に埋め込まれていたケーブル類を引きちぎる。
「な?」
余裕の笑みを互いにたたえてはいるが、アラドの方が多少分が悪いのは否めない。
本来ならば自分の船の中で戦っている側のアラドが、地形的という表現が正しいのか解らないが有利であるはずだ。
しかし、味方の援護もなく、一路との戦いで披露している今、その何時くるのか解らない援護を待ちつつ時間稼ぎをするしか勝つ展開が見込めなかった。
そのうえ、時間稼ぎというのは相手をする全も望むところなのだ。
「忌々しい。」
そう愚痴りたくもなろうというものだ。
更に今の全の行動のお陰で、彼の攻撃は回避せずに受けるか、ああして全が船内をめちゃくちゃにする前に攻撃を仕掛けるしか選択肢はない。
この男、ヘラヘラしている割には抜け目がないとアラドは言わざるをえなかった。
「そう思うんなら、このまま見逃せば?こっちはそれで構わないんだぜ?お互い、変なプライド抜きにしてさぁ?」
「・・・先程と言っている事が矛盾しているが?」
先程までの全は、アラドをブッ飛ばすと息巻いていたはずだ。
今の彼の発言はそれとは矛盾している。
「あら、オタク、そっちのがいいの?マゾなの?」
安い挑発だ。
だが、相手の言い分に一理ある分、確かにやりにくい相手であるには相違ない。
「「くぅおらぁっ!一路!!」」
ニヤニヤと笑みを浮かべる全を忌々しげに睨んだその瞬間、怒声が響く。
「「なぁにチンタラやってんだコラァッ!!トロトロしてんならこの"魎呼"お姉様が全部やっちまうゾ!」」
言わずと知れた半ばキレ気味の魎呼の声だ。
だが、アラドにとっての問題は、その名の方だった。
「魎呼だと?!」
今まで冷静に努めていたアラドの表情が驚愕に揺れる。
"伝説の宇宙海賊"の名は伊達ではないのだ。
当然、海賊であるアラド達にもこの名の威光は届く。
「偽物だと思うか?はてさて、伊達や酔狂で名乗れる名前かねぇ?」
わざわざ偽物であるかも知れないと全は言う。
これが揺さぶりなのか否かは測りかねる。
「あ、ついで言うと、オレ、演習中で抜け出して来てんだわ。下手したらオレもアンタも"不幸な事に出くわす"かもな。いや、こっちはマジな、マジ。」
流石にこれはトドメになった。
全は最初に自分の所属する艦隊を述べている。
その艦隊といえば、あの樹雷の鬼姫、対海賊船の最終殲滅艦【水鏡】が旗艦だ。
「とっ、トリプルゼット・・・。」
完全殲滅コード、それがトリプルゼットだ。
これにはアラドも嫌な汗が出てくる。
「駆け引きにもなんねぇけどな。」
正直なところ、当の本人が現れた日には、全自身も被害を被るのは目に見えている。
鬼姫こと瀬戸に睨まれたら、『あら、不幸ね。』だけでは済むはずがない。
尻の毛まで全部抜かれてしまう。
今まで被害を受けた者達の末路を見れば明白だ。
「・・・そ、それまでにオマエ達を人質にとれば・・・。」
「あ゛?出来んのかよ?まぁ、人質をとったところで、十把一絡げで巻き込まれて、ボンッ、だろうな。というか、それ以上言ってくれるなよ。互いに三下感丸出しになる。」
それくらいの覚悟をしなければならないのだから、天を仰ごうというものだ。
「だから、正直駆け引きもあったもんじゃないよなぁって、オレも思う。」
言っている全だって、もしそんな事になったら泣きたくもなるが使えるカードはブラフでも何でもいいから使いたい。
実際、全は瀬戸がこちらに向かって来ている事は知らないのだから、幸というべきか不幸というべきか・・・。
「でも、ま、大丈夫だ。いっちーは甘いがオレはそうじゃねぇ。きちんと"再戦"の約束くらいしてやるよ。」
オマエはオレの獲物。
全はそう宣言する。
一路の事だ、灯華さえ救えれば後の事はどうでもいいのだろう。
勿論、目的は達成出来たのだから、それでいい。
問題は相手がそんな理屈など通用しない、面子と体裁を気にする輩だという事だ。
恐らくは、今後どんな手を使っても一路を抹殺しようとするだろう。
拳を交えればそれがよく解る。
「ま、オレとしてはだ、ここで最後まで
決断くらいは相手に委ねてやろうと、全は笑う。