真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第140縁:国と民、親と子。

「・・・樹雷に身柄を拘束されている漁火 灯華の引渡しを望みます。」

 

 これ以外の選択肢があるだろうか。

 

「ほぅ。」

 

 一路の言葉が想定したものとは些か違ったのか、樹雷皇は眉根を寄せる。

 

「それは何故だ?」

 

「そもそも彼女を先に捕まえたのはこちらです。身柄の優先権はこちらにあると思いますが?違いますか?」

 

 所属はこれでも一応GPだ、学生といえども緊急時の逮捕権はある。

もっとも、まだ除籍されていなければの話だが。

それに実際のところ、何の罪で?と問われたら、海賊行為という一点張りの主張しか用意していない。

 

「・・・ふむ、一理あるな。確かに裁量の範囲内でもある。」

 

「数分の一だけね。」

 

「チッ!もう来たか。」

 

 露骨に顔をしかめる阿主沙、しかも今絶対に舌打ちまでした。

 

「あら、樹雷皇自らお声がけする宴にアタシが欠席っていうのもいただけないでしょう?」

 

 ゆっくりと樹雷皇に歩み寄る女性の一団。

その中心にいるのは・・・。

 

「・・・・・・か、がみ、さん?」

 

 鷲羽の功績記念館で出会ったあの女性だとすぐに解った。

間違いない。

 

「檜山殿、樹雷としては確かに感謝はするけれど、その申し出は受け入れる事は出来ないわ。」

 

 一路の言葉を気にする事なく、まるで初対面というように冷たく言い放つ。

 

「おい、瀬戸。」

 

「彼女には暗殺未遂の嫌疑がある。ここで身柄を引き渡したら他に示しがつかないわ。これ以上不届き者が出ないようにする為にもね。皇族、その眷属に対する不法行為は厳罰、そういう決まりよ。」

 

 樹雷皇の非難の声も何のその、瀬戸は美しくも艶かしく冷徹な言葉を吐いてゆく。

 

「それが・・・貴方の本心ですか?」

 

 あの時出会った彼女は、慈愛に満ちた人に思えた。

少なくとも、平然とこんな事を言ってのける人だとは全く感じなかった。

 

「えぇ。」

 

 胸が痛い。

どうして痛いと思うのだろうか・・・どうして人は、"自分達"はこんなにも厚顔不遜に振る舞えるのだろう。

 

「彼女が・・・生まれた時から何の選択肢も与えられず、誰からも守られず、良い悪いを考えられるような環境にいなかったとしても?それが彼女のせいじゃなくても?」

 

 鼓動が・・・胸が苦しい。

 

「確かに、情状酌量の余地はありそうね。でも、罪は罪よ。」

 

「大体、あの事件の時、実際に被害にあって重体になったのは僕で、一番の被害者が言っていても?」

 

「殺意があった事は明白。ならば国としては民を守らければならないの。その為には時に厳正な裁きを下す必要がある。」

 

 どうしてこうなるんだろう・・・泣きたくなる。

 

「鏡さんッ!」

 

「アタシは鏡ではないわ。」

 

(嘘つきッ!)

 

「つまり、こういう時だけ大人は何もしてくれなかったとダダをこねる子供は虫が良すぎるって事ですか?」

 

「そうとも言うわね。」

 

 あぁ、これだから子供の反抗期って嫌だなと一路は思う。

恐らく鏡もそう思っているに違いないだろう。

そう考えながら一路はくるりと踵を返す。

 

「あ、おい!一路殿!」

 

 一路の行動に声を上げたのは兼光だ。

兼光の横、自分の席まで戻って一路は手近なそれを掴んでいた。

そして掴んだ瓶を逆さにして盛大に喉を鳴らしながらそれを呷ると、その瓶、"酒瓶"を投げ捨てた。

 

「だったら・・・。」

 

 再び背を振り返る。

 

「僕はそんな国も、大人もいらない。」

 

 そうまでして自分のメンツを押し通して守ろうというのならば、自分だって大切なモノの為に好きにさせてもらう。

一路は折れた木刀の切っ先を、決意を以て瀬戸に突きつけた。

 

 


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