・・・あ、元々こういうヤツでしたね。
"クソババア"という単語が辺りに響き渡る。
それもまぁ、何故だかエコー音つきで。
樹雷で1、2を争う反抗してはいけない相手に対して最も言ってはいけない言葉に、周りにいた全ての者が『あ、血の雨が降るな。』と確信していた。
余談だが、樹雷で最も怒らせていけないのは樹雷皇・・・ではなう、その奥方の船穂である。
ちなみにちなみだが、完全に物理攻撃のみでボコられる。
「・・・1つだけ、他の選択肢があるぞ?」
そんな立つ瀬のない樹雷皇が一言、静寂解けぬ緊張感の中で何事もなかったかのように口を開く。
「この樹雷皇、柾木 阿主沙の名の元に、檜山・A・一路よ。"樹選び"の儀式をやってはみぬか?」
その言葉が更なる混乱を呼ぶ。
一路が口にした言葉も衝撃的だったが、こちらの発言も輪にかけて衝撃的な事なのだ。
「樹選び・・・ですか?」
ただ一人、事の重大さを理解出来ぬ一路は疑問の声を上げる。
これに対して、瀬戸は渋面の表情をしている。
「阿主沙殿?いくら樹雷皇でも戯れが過ぎるのでは?樹選びはそもそもそれを受ける資格というものが・・・。」
「そんなモノ、選ばれた時に考えれば良かろう。酔いの助けを借りたとはいえ、瀬戸、お前に真っ向切ってクソババアと言ってのける輩が、"ワシ"と"遙照"の他に誰がいる?」
その言葉に、その場にいた誰もが表には出さずとも、心の中で大きく頷いた。
樹雷の鬼姫、第七聖衛艦隊の司令、樹雷でも中心たる戦力を持つ彼女に禁句がを言って生きてかれる事の出来る人間などいない。
「それは・・・。」
確かに何百年振りだろうか?
第一、彼女自身がそれを楽しんでいる面がある分、否定は出来ない。
「皆、思っていても口にが出せんだろう?」
この点に関しては、当然ながら周囲に瀬戸の味方は一人もいない。
ある意味で強固な結束力がそこにはあった。
「その勢いを買おうというのだ。どうだ?今の状況より好転する可能性があるぞ?本当は人と争う事自体好まぬ方と見たが?」
でなければ当代一の剣聖と呼ばれてはいても、あの放蕩息子がだ、型とはいえ武を教えるという事はないだろうと阿主沙は思う。
戦う事を好まぬ純朴な少年の自己防衛の為のみに教えたというのだろうという事も容易に理解出来る。
一路にしても指摘の通りで、人と争う事自体、宇宙に出てきてから顕著になっただけだし、そもそも日本の競争社会というものにだってあまり馴染めなかった方かも知れない。
だが・・・。
「お断りします。」
それは予想外の反応。
一路が来てから、周囲の人間は驚かされっぱなしである。
勿論、それは提案した方もだ。
但し、瀬戸は一路のその返答に表情を変えない。
事実、今まで樹選びを持ちかけてそれを断った人間はいる。
かくいう目の前の男の父もだ。
まぁ、あれは家格とか駆け落ちとか、そういうヲチがあってからの事だが。
「ここで・・・戦う事になってもか?」
「出来れば、それは避けたいです・・・。」
誰が好き好んで人を傷つけようとするだろうか。
自分だけが傷つくのならまだしも、この戦いはプー達、大事な友人も巻き込む。
今だって溜め息の1つや2つをつきたい気分だ。
だが、ここで譲るわけにはいかない。
「樹選びの儀は樹雷でも限られた者しか出来ぬのだぞ?」
「だからです。だってそれって成功したら・・・成功するか解らないですけれど、樹雷の人間になれって事ですよね?」
樹選びという名がつくくらいだ、あの樹雷の樹のマスターになるという事は解る。
そんな力を手に入れた人間を樹雷が、他の組織に入れてよしとするわけがない。
「僕の帰る場所は友達と、僕をここまで送り出してくれた人。そして、僕を生んでくれた"亡くなった母"の眠る場所だけだから・・・。」
悲哀に揺れる一路の眼差しに、一瞬だが阿主沙の頬が緩んだ気がした。
「母か・・・・・・亡き母の名を出されて無理強いは出来ぬな、相分かった。」
そうなると結局、振り出しに戻るのだが、一路達を取り囲む面々は瀬戸に対する彼の発言を聞いて、戦意のほとんどは無くなっている。
逆にある意味で勇者扱いだ。
さて、これをどう収拾をつけたら良いものか・・・。
「ともかく、その辺の事は後でどうとでもなる。幸い"使える前例"がある。悪いようにはせん、樹選びだけでもやれ。上手くいけば、この星での発言権も得られる。事態も好転するだろう。解ったな?」
「阿主沙殿。」
「樹雷皇様。」
何が解ったというのだろうという、まさかのスルー力を発揮して強硬する阿主沙に、尚も抗議の声を上げようとする二人を鋭い視線で制する。
なんだかんだでこれでも樹雷皇なのだ。
「二人共、ワシにこれ以上言わせるな。瀬戸、ワシは最初に樹雷皇の裁量の範囲内で"褒美"をやると言ったぞ?檜山・A・一路、お前だとて心の底から瀬戸を嫌っているわけではなからろう?」
阿主沙には信じられぬ事だが、確かに一路の瀬戸を見る目には嫌悪だけではない、そう、親愛のようなモノを感じた。
そんな目で瀬戸を見た者も、クソババアと呼んだ者も、この数百年で数える程しかいない。
片手の手で足りるだろう。
今回の事も、子が親に反発しているような雰囲気に似ていた。
そんな風に瀬戸を想うなど、この年で何を不憫なと嘆きたくはあるが。
「・・・それは・・・解りました。ケンオウキ、ありがとう。」
「ミャウ!ミャウミャウ。」
いいよ、気にしないでと言うかのように一路の視界でピコピコと耳を振ったかと思うと、彼の纏うガーディアンが消えた。
解除されたようだ。
「では、これにて宴は終いだ。そこの闘士も、良いな?」
チラリと阿主沙が目配せをした先には、先の舞いの一団がいた。
仮面の一団、その一人が仮面を外すと、その下から現れたのは・・・。
「全・・・。」
よく見れば、他の仮面を外した面々も、全の艦で見た事ある者達ばかりだった。
「ホント、命が幾らあっても足りゃしないぜ、いっちー?」
憂鬱そうな言葉に対して、全の表情はしゃあないなぁと兄が弟を見守るかのようだった。
「良い友を持ったな。さて、あとはゆっくりと宮殿で休むがいい。」
全の、反乱とも取られかねない行動を完全に無かった事のように黙殺する樹雷皇の気遣いには、ただただ感謝するしかない。
「その事なんですが、樹雷皇様・・・。」
ひたすら平服するしかないのだが、一路が阿主沙にもう1つお願いがあった。
「ん?」