「何故、あんな強引な事を?」
自室へと引き上げようとする阿主沙の背に向けて瀬戸は皮肉の言葉を投げかけた。
宴も終わり、皇族の部屋へと至る回廊には人の気配はない。
「瀬戸の方こそ、何を強情に。あんな年端もいかぬ者相手に大人げない・・・・・・のは、いつもの事か。」
ふと、そうだったこのクソババアは、と今頃思い出したかのように阿主沙は頷く。
「まぁっ。」
こちらもこちらでワザとらしいが、既に今更発言を引っ込めてひっくり返す事も不可能だ。
なので、このやりとりはどちらかというと後付けの意思確認と、ただのじゃれあいなのだが、樹雷皇と鬼姫のじゃれあいなど、怖くて見たものは卒倒している事だろう。
「子供がな、と言っても樹雷では特に珍しくもない齢いだが、ひよっ子には変わらん。それがどうだ?あの覚悟した者の眼差しは。」
阿主沙個人の、一人の男として、戦士としてはその意気や良しと多少の(多少どころではないのだが)無理無謀でも大いに褒めてやりたい。
しかし、為政者としては前途有望であろう若者にあんな悲壮な覚悟を持たせてしまった事は落胆すべき点だ。
「あれは、いかん。あの目は護る者の為ならば、己の滅するのも厭わんという目だ。あんな目を若者にされてはな・・・どうにもオマエの玩具にされてしまうのが不憫で、惜しくなった。」
大体、瀬戸が関わるとその者の人生をより困難であったり、遠回りさせられてしまう。
一路を親身に兼光が気遣っていたのがその証拠だ。
自分の二の舞、同じ轍だけは踏ませてなるものかという。
彼も、結果的に己の能力に見合う地位と力を手に入れたが、それまでは・・・今もだが、瀬戸に散々振り回さっぱなしの人生だ。
・・・これからもだが。
同様に一路も前途多難としか思えない、それを阻止してやったりと阿主沙は何故だか瀬戸に勝ち誇る。
「解っていてちゃち入れる方が大人気ないわよ。いい?今は加速的に時代が"進ませられている"最中なの。そこに新興勢力や更なるバランスブレイカーを入れてごらんなさい。」
「その中心がオマエだろうに。」
阿主沙は渋面を作った後に微笑む。
樹雷でも外様も外様、圏外に"行った"父母の息子である自分を樹雷皇に押し上げたのは瀬戸だ。
彼女のやりたい事も解っている。
解らなければ"樹を通して"聞けばいい。
第一世代である自分の樹の問いを拒否できる樹は、他に幾つもない。
それにそういった者達は、困った事に揃って樹雷の政治の圏外にいるのだ。
しかし、阿主沙は瀬戸に、瀬戸の樹に対してそんな事はしない。
何故なら、阿主沙にとって瀬戸は"家族"なのだから。
「・・・それにな、ワシは地球の、柾木の者に嫌われたくない。」
こちらもこちらで半分以上は本心である。
この言葉を出されては、瀬戸は肩を竦めるしかない。
自分に贔屓の存在がいるように、阿主沙にそれがあって然りなのだから。
「で、本当にやるの?樹選び。」
やるならばやるで、他の二家、自分の神木家と阿主沙の柾木家を除く家の者達を説得せねばなるまい。
既に事の次第は耳に入っているはずだ。
「選ばれなくとも、樹選びに樹雷出身でない身で出たというだけでハクはつく。」
少なくとも一路の発言を子供の戯言だと一蹴してないがしろには出来まい。
樹雷の粉つきというのも、瀬戸や彼の両方の利になる。
「選ばれたら?」
樹選びが行えるのは、皇族かそれに連なる家の者達が選出した者のみ。
そして、樹に選ばれるという事は、即皇族或いは連なる家の者の眷属の仲間入りする事を示す。
つまり・・・。
「それは、勿論、皇族の末席、或いは皇位継承者入りだろうな。」
上位の樹であればある程、そのマスターに選ばれた際に相応の地位につくことになり、これがまた第一世代ともなれば自動的に皇位継承者になる。
ちなみに現在、真の皇位継承順は上から、柾木遙照(勝仁)、柾木天地、山田西南となっている。
が、肝心の1位は行方不明扱いの立場を(対外的には)貫いているし、そのお陰で天地は存在自体を(これも対外的には)公にされていない為、同、山田西南が1位という事になってはいる。
「権力争いの渦中に投げ込むつもり?」
それこそ保護すべき子供という対象から逸脱して、汚い大人達の陣取り合戦に巻き込む事になるのではないかと、瀬戸は非難めいた目で阿主沙を睨む。
「なぁに、"先例がある"と言っただろう。」
それが前述した山田家だ。
樹雷の筆頭四家は、柾木、神木、天木、竜木、そのどこにも山田家の名はない。
皇位継承の最上位であるにも関わらずだ。
つまり、この山田家とは樹雷にとっての例外中の例外であり、かつ手が出せない位置にいると言っても過言ではない。
別段、山田西南に何の野心がなくとも、そういう形で政治の焦点から外れるようにしている。
最悪、ここに放り込んでしまえばいいと阿主沙は言っているのだ。
「どちらが大人気ないんだか。」
それでも、一路を樹雷の者達が囲い込むよりはマシだ。
(それに・・・あの小僧、瀬戸を鏡と呼んでいたしな。)
鏡とは文字通り、瀬戸の鏡であり影武者であった存在だ。
あったとは、今では少々事情が異なってきているからなのだが、樹雷の最高機密の1つで、それを知り正確に把握している者は他に3人しかいない。
しかも、一路の態度を見ていると、瀬戸と鏡を区別出来ていそうに感じられる節がある。
これはこれで、我ながら樹選びの儀、面白くなるぞと、阿主沙は内心ほくそ笑むのであった。