「それで?」
心穏やかに。
出来れば姉のように、母のように話を聞こうと思ったのだ。
一路は、母を亡くしている。
そんな風に話を聞いてくれる相手などいなかったのだから。
そう振る舞える自身だってあった。
だが、その平静さを保っていられたのもほんの数分の事で、海賊船に、しかも悪名高いシャンクギルドの艦隊に文字通り吶喊した辺りで芽衣の血圧はピークに達した。
そしていつの間にか、先程の姉とか母とかそういった母性的なモノはほとんど何処かにすっ飛んで、ダメな生徒と教師、或いは不出来な部下と上司という様相に・・・。
「だから、えと、その・・・芽衣さんには悪いけれど、僕は灯華ちゃんの力になりたいんだ。」
流石に一路も芽衣の機嫌が、雲行きが怪しくなってきた事に気づいて怯えるように彼女を伺う。
「私に悪い?どうして?」
明らかに機嫌が悪いのにも関わらず、一路は想定外な彼女の返答に驚く。
「だって、芽衣さんを襲ったのは・・・。」
「あぁ。それで怪我をしたのはいっちーの方じゃないの。結果的に私は無傷だったのよ?"委員長"を非難する立場は、私よりいっちーの方が上じゃない。」
あれ?そんなものなのかな?
宴の席では樹雷皇や皆の手前、同じような事を並べ立てた一路は首を傾げる。
あの場にいた面々と違って、芽衣は当事者なのだから、それとこれとは文字通り話が違うのでは、と。
「だってそうじゃない?話を聞けば確かに殺意はあって、なによ、ソレとは思うけれど、要点だけをまとめれば早い話が、洗脳状態の殺人未遂で情状酌量の余地がある。被害者も被害届を出すつもりもない。その代わり自分に保護観察の役目をさせろってコトでしょう?」
「そんな大袈裟な事じゃないんだけど・・・あれ?そういう事になるのかな?」
芽衣の言う要点だけをかいつまんでみて述べるとそうなのかも知れないと一路が唸り始めると、とうとう芽衣はこめかみを押さえて呆れるに至った。
「何故かしら、もうこれ以上は心配しようがないくらい酷いのに、更に心配になってしまうのは・・・。」
こんなんでよくもまぁ、宇宙に出て今まで生き抜いてこられたものだ。
余程、良い仲間と運に恵まれたのだろう。
樹雷の艦隊所属ではあるが、彼をフォローするように全にも良く言って聞かせねばならないだろう。
「いっちーが何をしたいのかは解ったわ。それは全部いっちーが考えて出した結論で、いっちーだけの問題だわ。だから私には口出し出来ないし、しない。」
そう一言区切って。
「勿論、いっちーがちゃんと私の所に来て話をしてくれた事は嬉しいの。相談してくれれば私だって話は聞くし、出来るなら協力もする。それだけは忘れないでね?」
何というか一路にとって、ある意味で耳にタコが出来るような話ではある。
皆、何処かで実はグルで口裏でも合わせてるんじゃないだろうか?
「うん、ありがとう。」
「それはこっちの台詞。そう言えばお礼もまだだったわね。助けれてくれてありがとう。でも、あんな無謀な事はもうしないで。」
意外とすんなりと感謝の言葉も注意の言葉も言えたので、芽衣としては満足だ。
「あぁ、でも委員長を引き取ったら連絡してちょうだい。私だって文句の一つや二つ言う権利はあるもの。」
「あはは、お手柔らかにね?」
「さぁ?どうかしら?・・・なんてね。」
束の間、地球にいた事と同じ呼び名、同じ空気に肩の力が抜ける。
そんな雰囲気に身も心も委ねた後、気を引き締め直す。
「じゃ、まずは樹選びの儀かぁ・・・でも、特に準備するような事がないしなぁ。」
「儀式って言っても、別に何かするわけじゃないのよね。ただ自分を選んで一緒についてきてくれる樹がいるかいないかってだけで。天樹の中の樹のいる間に入った時点で既に終わってるようなものよ?」
「あ、そうなんだ。僕、まだ詳しい事を聞いてなくて。じゃあ、本当に特に何かってワケじゃないんだ。芽衣さんは樹選びは?」
もしや、芽衣も樹雷の船を持っているのだろうか?
こんな大きな(地球の一般家庭の価値観で)屋敷に住んでいるお嬢様なのだ。
樹雷の船を持っていたとしても不思議ではないと一路は考えた。
この辺り、一路の樹雷に関する知識は深くない。
「まさか。私の家は眷属の上の方ではないもの。そうねぇ、中の中、ド真ん中って辺りかしら。別に家格が樹選びに関係する事なんてないけれど、家格がないとなかなか樹選びのお声はかからないわ。」
「こんなに大きなお屋敷に住んでるのに中の中?!」
思わず心の声が出てしまった。
「大きい家だからこそよ?だって皇家の船だったら、艦内に超空間で繋げた部屋が何十、何百と作るれるもの。家なんて玄関と飾り程度で十分よ?」
(スケールが違うよ、樹雷の船・・・。)
一路だったら6畳とは言わないが、恐らく8畳くらいあれば事足りるだろう。
「う~ん、仮に持てたとしても、使いこなせる気がしないや。」
どちらかと言えば、GPを抜け出した時に乗ってきたテトラマンボウ的な形の船くらいが快適でちょうどいい。
「慎ましいわね、いっちーは。皇家の船を持っていたら、もっとずぅっと上の家のお婿さんにだってなれるのよ?それこそ・・・っ・・・。」
「それこそ?」
「・・・・・・なんでもないわ。」
それこそ、"私と結婚だってできるのよ"と言いそうになって、その事実に赤面する。
(私ったら何を・・・。)
樹雷筆頭四家の眷属の血に生まれたのだから、そういう事もないわけではないが、それにしたって飛躍し過ぎである。
「そう?」
きょとんと首を傾げる例の癖を出す一路の姿を可愛いなぁと思いつつも、ポーカーフェイスを貫き通す。
「そうよ。」
「そっか。とりあえず、気楽に構えていればいいんだね。他はやっぱり灯華ちゃんの事くら・・・・・・い?」
「どうしたの?」
今度は反対に一路がぴたりと固まる。
「っ・・・。」
「?」
ぽつりとこぼれた一路の小さな呟き。
その瞬間、どっと一路の背に何かが押し寄せて来た。
それは例えるなら津波のような地響きと共に・・・そして、脂汗が吹き出る。
「い・・・。」
「い?」
「痛い。」
「痛い?」
途端、頭を抱えドサリと椅子から転がり落ちる。
「痛っ、いだ、いだだだだだだーッ!!!」
頭に杭を打たれたかのような鋭い頭痛。
「いっちー!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
芽衣の声に反応せず、ただ頭を抱えたまま、ジタバタとその場でのたうち回る。
「いっちー!しっかりして!誰か!誰かすぐ来て!いっちーが!!」
慌てて人を呼ぶ芽衣の声の後に、一路の意識はブッツリと途切れた。