真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第150縁:その樹の木陰で。

「やぁ、君が噂の強者(つわもの)だね?」

 

 朱色に染め上げられた回廊を抜けて行き止まりまで行くと、そこには好々爺といった印象の恰幅の良い男性が立っていた。

 

「僕の名は天木 舟参(あまぎ しゅうざん)。一応、樹選びの儀の門番みたいな事をしている。まぁ、どのみち樹に呼ばれないと通れない所が多いから特に門番が必要ではないんだがね。」

 

 にこやかに微笑む。

 

「あ、僕は檜山・A・一路と申します。今日はよろしくお願いします。」

 

「うんうん、知っているよ。久し振りに自分や阿主沙殿以外で、瀬戸殿に堂々と楯突く無謀な人物が現れたと思ったねぇ。」

 

 ここに至って一路はようやくアレ?僕ってやっぱりやらかしたんだなぁと自覚する。

暴言という点で反省する事はあっても、樹雷の人々にどういう反応や受け取られ方をするかまでは考えていなかった証拠だ。

それよりも、気になる事が1つ。

 

「天木様も?」

 

「おっと、様付はいらないよ?もう隠居の身でね。こうして門番や立ち会い人をしながら、次はどんな素晴らしい若者がやって来るのかと楽しみにしているんだ。あぁ、質問の答えだけれども、若い頃にねぇ。いやはや若気の至りというのかな?お陰で瀬戸殿達にコテンパンにされてしまったよ。」

 

「まぁ、舟参殿ったら。」

 

 あはは、うふふとまるで同窓会のような雰囲気を醸し出す二人に対し、すすすと阿主沙は一路の傍らに寄る。

 

「こんな事を言っとるが、そんな可愛いもんではないからな?人死が出てもおかしくないレベルの諍いだ。」

 

 小声で一路に囁く阿主沙の言葉に、権力者怖いっ?!というトラウマを軽く植えつけられそうだった。

 

「さて、始める前に軽く説明しよう。樹選びは比較的若い樹のいる部屋から順に巡って行く。向こうからも語りかけて来る事もあるから、直感で連れて行くコを選んでくれたまえ。もし、その場にいないとなれば、1つ上の世代に行く事になる。但し、一定以上世代が上の樹への部屋は呼ばれない限り踏み入れないからね?」

 

 手順は別として、芽衣が述べていた事とおよそ違いがなかったので、一路は質問する事なく頷く。

特に何の緊張もない。

 

「さて、じゃあ、深呼吸して。いやぁ、何だか自分までドキドキしてきた。」

 

 そう苦笑すると広間の中央に備え付けてあるゲートを起動させる。

 

「では行きましょうか。」

 

 瀬戸に促されて一路は淡く発光するそこへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「こんな所で油売ってていいのかい?」

 

「そっちこそ、こんな所まで来ていいの?」

 

 小さな部屋の中でだらしなく仰向けに寝そべっているのは二人の女性。

瀬戸と鷲羽だった。

 

「必要があれば何処だって行くサ、そうだろう?」

 

 と、鷲羽。

 

「そう。じゃあ、アタシは行く必要がなかったから、ここにいるの。」

 

 と、瀬戸。

互いに仰向けのまま、視線を交わす事なく数分の沈黙。

今頃は一路が樹選びの儀を行っている頃だろう事は、二人共解っている。

 

「どうしてあんなのつけたの?」

 

「何の事だい?」

 

 鷲羽は"昔から"こうだった。

寛容さと孤高さ、そして慈愛を合わせ持っていた。

彼と、子供と別れるまでは。

 

「名前よ、名前。解ってるんでしょ?」

 

 言わせないで欲しいわと独りごちる。

 

「いい"目印"だったデショ?」

 

「"人の名前"を迷子札みたいに。」

 

「事実、アンタは拾ったじゃないのさ。いいだろう?どーせ、もう使うアテもないんだ。」

 

 使うアテというより、使えなくなったと言った方が正しい。

皆が知る朱螺 凪耶はもう何処にもいないのだから。

 

「まぁ、正直なところ、何かあげたかったのよ、あのコに。自分をさ、それこそ自分で言うのもなんなんだけどね、こんなアタシを慕ってくれるあのコに。愛情表現ってヤツを。」

 

 ゴロリと寝返りを打った鷲羽は、瀬戸の横顔を見つめる。

 

(なんとも、まぁ、老けちゃって。)

 

 恐らくは禁句だろうから口には出すのを控えつつ。

そういえば、昔から気苦労を背負い込むタイプだったなぁと思い出す。

 

「アタシの名前じゃ物騒過ぎてアレだからね。愛情と信頼の証に、アタシの中で大事な名前を"宇宙限定"であげたのよ。」

 

 その言葉を聞いていた瀬戸も、彼女の方へ向き合うように寝返りを打つ。

 

「随分と入れ込んでるじゃない?」

 

 らしくない感傷かも知れない。

確かに鷲羽は血の繋がった息子を、建前上だが初めて亡くすという経験をしたわけだが・・・。

 

「そっちこそ、アタシは拾って見守るくらいで十分だと思ってたんだけど?」

 

「アタシじゃないわよ。阿主沙ちゃんがね・・・やっぱり親ってモノに何か思う所があるのよね。あのコ、樹選びの儀をしないかって言われた時、何て言ったと思う?」

 

 思うと聞きはしたが、瀬戸は特に鷲羽の答えを待っているわけではなく、一息置いて口を開く。

 

「樹に選ばれたら、樹雷の人間にならなければならないのなら、やらない。自分の戻る、帰るべき場所は樹雷じゃないからですって。」

 

 瀬戸の表情は呆れているのか、面白がっているのか読み取る事は出来ない。

 

「"らしい"わ、全く。」

 

 だがどうやら鷲羽にとっては予想の範囲内だったようだ。

 

「誰に似たのかしらね。」

 

「誰って、決まってるだろう、"親"にだよ。」

 

「どうだかぁ。そっちの悪影響じゃないの?」

 

「人聞きの悪い事を言いなさんな。」

 

 軽口を叩いて会話を楽しんでいるように思えるが、二人共一路が気になっている事には変わりはない。

 

「どうなる事やら。」

 

「そんなの決まってるさ、"朱螺"の名前に負けない、誰もが成程あのコらしいと思える結果を出すってね。」

 

 十分入れ込んでるじゃないと鷲羽に対して思いながら瀬戸は口に出さなかった。

 

「案外、次世代の朱螺になれるかもよぉ~?」

 

「だから継ぐような大層な名前じゃないって言ってるのに。」

 

「血が繋がってなくてもさ、そういう存在がいるってのもいいもんだよ?」

 

 瀬戸にしてみれば、鷲羽程ではないが娘もいるし、孫もいる。

それ以外にも養女がいて、一応血族という者はいるのだが、鷲羽が言っているのはそういう事ではないという事も解る。

 

「それこそ、彼次第じゃない?」

 

 瀬戸にとって、いや鏡にもだが、自分の人生にこれから先も寄り添えるだろう者はいる。

だが、朱螺 凪耶としてはどうだろう・・・それを覚えていて寄り添ってくれるのは、もはや目の前にいる親友しか・・・。

ふと、そんな事を思う瀬戸だった。

 

 


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