溢れる光、宙に浮く円盤の数々。
その一つ一つに樹が存在する。
但し、その全てが普通の植物のように大地に根付いているわけではない。
地に根付いた樹はやがて大地と同化し、その特殊な力を失うからだ。
これは本来、樹が惑星開拓の礎となる為だからだと言われているが、何処から来て何処へ還るのか、自分の存在とは何なのかと嘆く女神の想いの表れかも知れない。
(もう、このくらいじゃ驚かないぞ。)
転送された先で学習能力を発揮させるのが、一路の第一の行動だった。
「どうかしら?」
「オマエはこれから、この樹の一つ一つと言葉を交わし、己の樹を見つけ・・・・・・?」
樹雷皇としての威厳を以て、厳かに説明をしようと振り返った阿主沙は、視界の先にいるはずの一路を見失っていた。
「む?」
「二人共、ほら、彼ならそこに。」
事態を把握しきれなかった阿主沙、そして瀬戸に舟参が指をさす。
そこには地面を転げまわる一路の姿があった。
「何を、しているのだ?」
「あひゃっ、ちょっ、くすぐったっ、うわっひっ、やめっ、やめてっ?!」
脇腹を、体のあちこちを押さえたまま、ジタバタと身を捩らせる一路の姿に瀬戸と阿主沙はドン引きである。
「やっ、ひっ、せとさ、んっ、見てなあぁっ、で、たすけっ、てっ!」
「えーと、一言でいうと。彼、絡まれてるねぇ、樹に。」
冷静な舟参の説明と助けを求める一路の声にようやく事態が飲み込めた。
「阿主沙殿が言わないと。」
「あ、うむ。あー、皆、よさないか。」
第一世代の樹のマスターたる阿主沙が声をかける事で、ようやく悶える一路が止まる。
そこで初めて、一路の体が淡く発光している事が解った。
動けない樹の生体への接触行為である神経光だ。
通常ならば、線状のはずの神経光が寄り集まって一路に降り注いでいたのである。
「笑い死ぬ・・・かと・・・。」
光がみるみる治まっても立ち上がれずに脱力したままの一路が、息も絶え絶えに呟く。
驚かないと構えてはいたが、まさかこんなこんな事になるなんて思ってもいなかった。
「ごめんなさいねぇ、気づくのが遅れちゃって。」
「まさか、樹選びがこんなにも"賑やか"なものだなんて・・・全然思わなかった・・・です。」
「賑やかだと?」
なんとか息を整えつつ、感想を述べた一路には予想外の出来事だったのだが、彼のその感想を聞き逃さなかった阿主沙は訝しげに問い返す。
「ここに来た時から五月蝿いくらい賑やかですよ?今はそんなもでないですけれど、ほら子供の、赤ん坊の声みたいなのが。」
一路は天に向かって指をさしたが、それに対して顔を見合わせたのは阿主沙と瀬戸の方だ。
「それはきっと樹が君に挨拶しているんだよ。」
「挨拶?なんて過激な挨拶だ・・・こんにちは。もう、あんな挨拶はやめてね?僕が笑い死んじゃうから。」
宇宙に出て死因が笑死はカッコ悪過ぎる。
「あ、僕の名前は檜山・A・一路、よろしくね。」
自己紹介をしていなかったと一路は周囲に向かって語りかける。
「いやはや、礼儀正しい子だねぇ。そして何より面白い。いやぁ、長生きはしてみるもんだ。」
呑気に声を上げる舟参に対して、瀬戸と阿主沙は何やら2、3言話し合った後に一路に向き直る。
「よし、一路。」
「はい?」
「ワシは決めたぞ。ここは飛ばして、次の部屋に行く。そこでもう一度樹が何を言っているのか聞いてみろ。」
「え?もう次ですか?ここはいいんですか?まだ入ったばかりなのに?」
「樹は沢山いるわ。今ここで決めて、後でもっとカワイイコと出会ったら困るじゃない?」
微妙過ぎる例である。
第一、一夫多妻制もOKな樹雷でそれを言ってもと思うのだが、そこは一路にでも解るようにと説明したのだろう。
実際、一路にしてみれば、言いたい事は解るが、特にプレッシャーも感じずに物見遊山気分でここまで来たので、それ程心動かされる提案でもなかった。
「いいじゃないか、檜山君。奥に行けば行く程、レアで時に何処へ導かれるか解らないなんて、ちょっとした冒険で滅多に味わえるものではないのだから。」
あ、この人は意外とマトモなのだなと一路は思う。
少し、樹雷に来てアレな人なかりと接していたせいだろうか。
そういえば、昔は瀬戸と真っ向から対立していたみたな話をしていたし・・・。
「あ、えと、苦労なさったんですね。」
思わず思考の結論を口に出してしまった。
「ん?あっはっはっはっ、うん、うんうん、君は確かに次の部屋に行くべき人間かもね。」
今度は一路に代わって涙目になるくらい笑った後、舟参はぽんぽんと一路の肩を叩く。
「いや、本当に長生きっていいねぇ。ねぇ?」
そう言うと舟参は瀬戸と阿主沙に微笑むのだった。
さてさて、行く先はどのお部屋かな?