瀬戸が自分の感じた事を二人に話している時、一路は必死に走っていた。
(絶対に見間違いなんかじゃない!)
その証拠に彼の耳には次々と囁き声が入ってくるのだ。
ある声は行き先を示し、ある声は自分を激励してくる。
その声の導きのままに熱病にうかされるよりも少し、確固たる足取りで進む。
時に行き止まりかと思えた場に直感で飛び込み転送、転送させられる度に周囲の色が空気が、ひいては世界が少しずつ変化してきている事に一路は気づいていない。
気づく余裕がなかった。
ただ、途中から耳に入る声がはっきりしたものになりつつも、数が減ってゆき、その間隔が空いていくとやがて一切が聞こえなくなった。
「待って!」
もう一度、探していたモノの服の裾が視界に入った時には力の限り叫んだ。
「はい、待ちますよ。ここがゴールですから。」
そう返事があって初めて、その存在が現実にあるという認識がやっと出来た。
「やっぱり・・・。」
自分の声に応えて振り向く女性の姿に一路はほっと息をつく。
灯華とは違った意味で、会えるのならばもう一度会いたかった人だ。
いや、人と表するには間違っているのかも知れない。
何より、もう二度と会えないのだろうと思っていたのだから・・・。
「やっぱり"天使さん"だった。」
「天使さん?」
それはあの時、地球での死、この宇宙の理論でいうところのアストラルの海に沈んでいきそうになった一路の手を取り、引き戻してくれたあの和装の天使だった。
「あ、あの時は名前が聞けなかった・・・から。」
だからといって天使という通称は、少々恥ずかしい。
そこに気がついて赤面する一路を見て、相手は微笑む。
「そうでしたね。私の名前は・・・。」
微笑んだまま自己紹介をしようとした天使は、少し間を空けて笑みの形を変えると・・・。
「名前は、天使さんという事にしておきましょう。」
あっさりとそう言い放つ。
「・・・命の恩人にそれはどうなんでしょう?」
だが、本人(?)にイタズラっぽく微笑まれながら言われてしまっては、強く反論する事も出来ない。
「私はそんなにだいそれた事はしてはおりませんよ?どんなに力を尽くそうとしても、生きる力、意志がない人はどうにも出来ません。ですから、あれは貴方自身の力なのです。」
「そういうものでしょうか?」
「えぇ、そういうものなんですよ。」
断言されてしまうと特に言いかせないのは何故だろうと思いつつ。
「じゃあ、天使さんで・・・えと、天使さんは樹雷の方だったんですか?」
あの時は和装の天使というインパクトと樹雷という存在を知らなかった。
今ならば、彼女の着ている変則的な和装が樹雷の衣服と酷似している事が解る。
「そうと言えば、そうとも言えますし、微妙なところでしょうか。」
YESかNOの問いにこうまで微妙で曖昧な答えが返ってくるとはおもわなかった。
しかし、この場にいるのだから少なくとも樹雷の関係者である事には間違いないのだろう。
そうなると次に出てくる疑問は当然決まっている。
【一体、何の目的で何をしにこのタイミングで現れたのか?】
このタイミングだというのは、自分が樹選びの儀式に挑んだからなのは恐らく間違いない。
となると・・・。
(天使さんは・・・。)
「一路さんにもう一度会ってお話をしてみたかったという事もありますが、頼まれてしまいましてね。」
「頼まれた?誰にです?」
もっともな突っ込みである。
「それは"船穂"と・・・。」
全く聞き覚えなのない名が出てきた後、天使は一路に向けていた視線をついと外す。
そして、その先には・・・。