何故、自分がここにいるのか解らない。
それが一番正しい感想だった。
帰還早々にアカデミーを追い出され、地球へと強制送還コース直行だと思っていただけに、リーエルに先導されて彼女の家に向かうというこの状況ははっきり言って想定外だ。
そんな風に自分の中で一連の出来事が処理出来ぬまま見慣れたエントランスを抜け、ドアトゥドアで彼女の家へ。
(そういえば、この広さに初めて来た時は驚いたっけ・・・。)
それも何故だか遠い過去の出来事のように感じる。
(僕は・・・これからどうすればいいんだっけ・・・。)
冷静に自分の今後の身の振り方を考えねばと思い至って、ようやく事の顛末や木刀の事を含めて柾木家へ、地球へと帰ろうと思っていたんだっけと・・・。
里帰りとでも言うのだろうか、父に連絡を取らなければとも。
(その前にアカデミーの皆に今回の事を謝らないと。)
これは当分の間、謝罪参りの日々になりそうだ。
そんな事を考えているうちに、目的地に着いてしまった。
視界の先には小柄な少女。
眉根に皺を寄せて困り果てた顔で立っている。
実際、困っているんだろうなぁと一路でも理解出来た。
自分をどう迎えればいいのだろうか、怒るべきか、無事で良かったと言うべきか、それとも泣けばいいのだろうか、そういった諸々の事を思案して結論が出せないでいる顔だ。
何故、一路にそんな事が理解できるのか。
それは簡単だ。
彼女、シアと同様に一路自身もどんな顔を彼女に対してすればいいのか解らなかったからだ。
よって、今の自分の表情も目の前の彼女と似たり寄ったりの状態に違いない。
そう思うと心境は複雑だった。
それでも互いにせめて何か一言でも言おうと思い、先に口を開いたのはシアの方である。
「・・・おかえり、なさい。」
「た、ただいま。」
思わずそう返して、一路はここにも自分の居場所はあったんだなぁと思う。
「あらあらあら。」
そんな二人の間に流れるぎごちない空気を察してか、手で口を抑えながらニヤニヤするのはリーエルだ。
「な、何かおかしいのよ?別におかしくないでしょう!」
帰って来た者へかける言葉がどういうものかイマイチ理解していないシアでも、自分の言動は間違っていないと確信出来る。
「そりゃあ、私だって自分に似合わないのは解ってるわよ!仕方ないじゃない"エル以外"にそんな言葉を言う機会なんてなかったんだし!」
「あ・・・。」
その瞬間だった。
何処か他人事のように、ある種の燃え尽き症候群のようになっていた一路の心に新たな火が灯ったのは。
「何よ?アンタまで笑う気?」
ふいに声を上げた一路に今にも噛み付ききそうな勢いのシアに微笑む。
「うぅん、ありがとう。」
それは様々な意味を込めて。
「は?え、まぁ・・・うん。」
急に尻すぼみになるシアの態度をよそに、一路はリーエルに向き直る。
「あの、部屋は前と同じ場所で?」
「えぇ、そうよ。」
今までの流れがまるで無かったかのように、ただ赤面したシアだけがいるという状態で、淡々と切り出す。
「なんなのよ、もぅ!部屋ならもう先にあの"変なロボットが荷解き"してるわよ!」
「NBが?!」
ただのロボットならまだしも、"変な"という冠詞がついたらNBしかいない。
しかし、荷解きという単語が引っかかる。
一路はアカデミーと発つ時も、樹雷からの帰りも特に荷物らしい荷物は持って出なかった。
となると、NBが荷解きしているという荷物とやらば、どうせ、いや、きっとロクナモノではないだろう。
「ちょ、ちょっと見て来ます!」
何か被害が出て広がる前に!と慌てて以前に自分が住んでいた事のある部屋と走り出した。
「NBィ!今度は一体何?!」
「んー?おー、遅かったやないか。」
「なっ?!」
部屋の中に入った一路を出迎えたのは、ギンギラと鋭く光る、まるでミラーボールを連想させるドデカい椅子に座っているNBだった。
童話にも出てくるのではないかというくらいの大きな、そう、王様とかが座っているのを彷彿させるような椅子。
しかも、日頃の行いが祟って酷いメに合うタイプの話に出てきそうな悪趣味な椅子。
そして、その背もたれの上部からは同じくギラギラと光る傘のようなモノが突き立っている。
「お、遅かったか・・・。」
へなへなとその場にうずくまる一路。
もはや突っ込む気力も失せていた。
「で、坊。ワシな、一つ聞きたかった事があるんや。」
にょきぃんっと何処からか出してきた極太の葉巻に口をつけ、ぱふぅ~っと煙を吐く。
ロボットに一体何の効用があるのかは解らない。
「あぁ・・・もう、なぁに?」
「灯華はんの件は、まぁ望みをつないでリベンジするとしてや。」
もうリベンジという単語からして、一路とNBの認識に差異があるように思えてならないのだが、一路としてはその話題は丁度いいタイミングだった。
一路もNB同様に聞きたい事があったからだ。
「んとさ、一旦は地球に戻ろうと思うんだ・・・けど・・・。」
「けど?」
「けど・・・その・・・。」
非常に言い出し難い事だった。
「坊、ワシと坊の仲やないか。」
葉巻を口に咥え、ヂヂヂッと音がして赤い
「えぇと・・・その、もう一回、"ここを出た時みたいな事"をしちゃダメ、かな?」
聞いたら誰もがブッ飛ぶような発言だった。
オマエは反省という言葉を知らないのか!と誰からも突っ込まれる事だろう。
「ふぅむ・・・それをやらなあかんような事を思いついたってワケやな?」
「え?あ・・・うん。」
まさにNBの言う通りなのだが・・・。
「よっしゃ!」
シャキーンと何時の間にかNBの目には黒い逆三角のサングラスが覆っていた。
「そんな事もあろうかと!ふひひっ・・・このスゥパァ"ピー"通信機、【キテるね、イッてるねくん】の出番や!コイツを使えば"ピー"を使ってどんな"ピー"にも繋がるとっておきの"ピー"通信機なんや!」
ちなみに細かく説明するとピーの音は、NB自身の声から発せられている。
「なんで、ところどころそんな・・・。」
「ん?あぁ、"ピー"の技術は、ワシの言語中枢じゃ情報封鎖されて発言が許可されてないみたいやな。多分、突っ込んだら負けな部類なんやろ。」
「自主規制みたいなもの?」
「ほんま、世の中、規制規制で世知辛くなるばりや。たかだか"誰も確立していない"相互"ピー"通信なだけやないか・・・あ゛ーっ!もう!」
NBとしても不本意のようで、とうとう癇癪を起こし始めたのを宥めつつ、ピーの音を一路自身もうっとしいなぁと思いながら説明を求めるのだった。